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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第二章

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道化師の歓待 1

 町に盗賊が来て騒ぎになった次の日。ノアはこの家のことを簡単に話してくれた。

 この家が町の警備隊の本部、いわゆる詰め所のひとつであることや、隊員が隊長のノアを含めて三人という少なさであること。この家は知人から借りており、綺麗に維持することを条件に無償で住んでいること、などなど。

 この家は本当に広かった。

 玄関から入り、褪せた紅い漆喰と木の柱でしましまになっている廊下を進んですぐ右手側にある部屋、あたしが目覚めた部屋は応接間で、皆がよく集まる部屋のようだ。あたしが使わせてもらった部屋は二階にあり、紅い廊下をすこし進んだ先の右手にある階段から上がることができる。紅い廊下の先には扉があり、その向こうも白い壁の廊下が続いていた。広くて面白そうな家の間取りに、すこしだけ好奇心が疼いた。

 次の日。

 応接間にいたあたしはサイラスに声をかけられた。

「会ってほしい奴がいるんだけど、いいか?」

「だれ?」

 ノアの誠実な対応に警戒心が解けたあたしは、サイラスに対してもふつうに接することができるようになった。しかしあたしを頑なに拒否したアサギに対しては警戒心というより嫌悪感を覚えていた。

「俺の幼馴染みだよ。おまえに会ってみたいってさ」

 サイラスが笑う。笑顔がまぶしい。

「幼馴染みって、どんなひと?」

「たぶん会ってるよ。町に盗賊が出た日に」

「え、ほんと? 誰?」

「人質になってた奴だよ。茶髪の」

「あっ、あの女の子?」

 あの日のことを思い出す。石畳に、石造りの家、クリーム色の壁、長方形の窓、植木鉢の花々。あの屋根にいた盗賊と捕まっていた少女。家を見上げる騒がしいひとたち。

「どんな子なの?」

「そうだなぁ、しっかりしてるかな。何かと気が回るし、アサギとも気兼ねなく話す。いい奴だよ」

 話しているだけなのにサイラスの顔は綻んでいた。あのアサギと仲良くなれるのなら、誰とでも仲良くなれる性格なのだろう。

「なんか、嬉しそうね」

 何気なく言うと、サイラスは何度も瞬きをした。それから照れたように頭をかく。

「あー、まあな」

 その反応を見て、つられて笑ってしまう。

 出かける準備をし、髪を頭の上のほうで結んでいつもの髪型にすると、あたしとサイラスは、何故か犬を連れて町に向かった。犬はゴールデンレトリバーに似ていて、盗賊騒ぎの折に迷子になっていたのを保護され、回り巡ってノアの隊の本部に来ていた。サイラスの提案は、飼い主が判明したこの犬を届けつつ、幼馴染みの少女に会いに行くというものだった。

 盗賊騒ぎの時も思っていたが、家々がドールハウスのように見え、町に着いてからのあたしは終始きょろきょろと首を動かしていた。物珍しさと好奇心で次から次へと色々なものが目に映ったが、心なしか、行き交うひととよく目が合った。隣を歩くサイラスはそのことに対して気づいているようだったが、特に何も言わなかった。

「そういえば黒い大きな狼、見た? 盗賊が来た日」

 犬、と、人質になっていた少女、でそのことを思い出したあたしは、気になったので訊いてみた。

「ん? ああ、出たみたいだな」

「見てないの?」

「時々見るくらいだし、わからないな。俺は一回も見たことがないから」

 サイラスは特に興味を持たず、といったところだった。彼はあの場にいたはずなのにおかしいなと思ったが、あたしは何も言わなかった。そういえばアサギは、特に怖がる様子もなく狼を見上げていた。彼のほうが狼のことを知っているかもしれない。

 どこをどう行ったのかはうろ覚えだが、起伏がところどころ急で面白かった。ある一軒の家の左右で上りか下りかになっている道もあった。道を覚えるというのはこんなに大変だったのかと改めて思う。方向音痴だとは思っていないが、完璧に覚えるにはあともうすこしといったところだ。

「はい、到着」

 サイラスが一軒の家の前で立ち止まる。周りの家とさして変わらない二階建ての家だった。周りはどちらかといえば三階建ての家のほうが多い気がする。焦げ茶の屋根に、必ず煙突がある。

「えっと、どっちの家?」

「これは幼馴染みのほう。いまなら裏庭にいると思う」

 サイラスが脇の路地に行き、慌ててついていく。やはり日の光が当たっていない路地は寒かった。ここに来た当初は本当に服がなくて困ったが、部屋のクローゼットに眠っていた服をどうにか使って過ごしていた。ほかにも着られる服を見つけられるといいのだが、もとから着る服がないというのはかなり深刻な問題だ。

 程なくして柵で囲まれた庭が目に入ってきた。前を行くサイラスが手を上げて誰かに声をかけた。庭の芝生の上に、数日前に見た茶髪の少女が白っぽい服を着て立っていた。ブリキのじょうろを持っている。

「あら、どうしたの?」

 少女は意外そうな顔をしていた。前髪は眉の上で切りそろえられ、大きな目が好奇心の色を帯びてあたしを見ている。

「会ってみたいって言ってただろ。ツカサだ。いまうちの本部で厄介になってる」

 サイラスが軽く紹介してくれた。あたしは「こんにちは」と言うしかない。

「こんにちは。本当に連れてきてくれたのね。わたしはリアよ」

 彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。あたしもつられて笑ってしまう。

「あら。この子も見回り? えらいわね」

 視線を下げ、リアの手は腰まである柵を越えて、大きくしっぽを振っている犬の頭に置かれた。犬は舌を出して嬉しそうにしている。

「もしかして、コンテさんちの犬かしら」

 リアは心当たりがあるようだ。

「その通り。やっぱり知ってたか」

 サイラスがこたえる。

「赤ちゃんの時から見に行ってたんだもの。ね、グーイ?」

 リアは犬に向かって笑いかける。犬は甘えたような声を出した。

「あ、じゃあちょうどよかった。俺の代わりに連れてってくれないか? あんなことがあったばかりだからさ、ちょっと心配なんだよ、町が」

 サイラスはどうやら町の様子が気になり、見回りに行きたいようだ。その時あたしは、あたしのことは忘れているのだろうかと内心思った。あたしはサイラスがいなかったらすぐ迷子になる自信があった。

「いいけど、ツカサさんはどうするの?」

「それも頼む」

「それはちょっと……」

「一昨日、建てつけの悪かった扉、直しただろ?」

「まったくもう、わかったわ。今度おいしいものおごってよね」

 リアは仕方なさそうに、しかしいつものような感じで言った。

「というわけで、よろしくね、ツカサさん。文句はサイラスに言ってね。すぐ忘れちゃうけど」

「えっと、迷子にならなければ、なんでもいいわ」

 あたしは仕方なく妥協した。若干サイラスのほうが多く顔を合わせているので、彼のほうが信頼はあるのだが、こうなっては仕方がない。

「悪いな。あとはリアに訊いてくれ」

「……悪いと思ってなさそうよね、あなたって」

「そうだな。あんまり思ってない」

 ふざけて笑う相手に、あたしは溜め息をついた。

「じゃあな。リア、よろしく頼む」

 サイラスは手綱をあたしに押しつけると、ひとつ手を振って、路地から先程の通りに抜けて、さっさと行ってしまった。なんとも淡白というか、さっぱりした男だ。犬は先程から伏せをしているので、手綱を持つのは楽だった。よく躾けられている。

「えっと、じゃあ、ちょっと待っててもらえる? 用意をしてくるから」

 ブリキのじょうろを地面に置き、リアはそう言ってすぐに家の中へ入っていった。まもなく用意の整ったリアが出てきたが、上着のケープを羽織ってきたことと手提げを持ってきたこと以外にあまり変化はなかった。犬の飼い主の家は近所なのだろう。柵の扉を開けて出てきたリアが手を差し出したので、あたしは逆らわずに手綱を渡した。

「はい。それじゃあ、行きましょうか」

 ほぼ初対面のあたしに向かって、リアが嬉しそうに号令をかけた。

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