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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第二章

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道化師の歓待 6

 本部に帰り着くと、リアが出迎えてくれた。帰らずに待っていてくれたのだ。

「ああ、よかった。どこかで道に迷ってるんじゃないかと思ってたの」

「それが、色々大変なことがあって」

 あたしは中に入って話しながら応接間のソファーへ行き、剣を立てかけて腰を下ろした。リアは隣に座った。

「何があったの?」

「魔物に追われて、すごく怖くて、そう、サイラスは? 帰ってきてないの?」

「サイラス? まだ帰ってきてないみたいだけど……」

「どうしよう……」

 あたしが魔物に追われた時のことを詳しく話すと、リアは顔をこわばらせた。

「あたしがいたせいで、サイラスが……」

「だいじょうぶよ、サイラスなら」

 リアは気丈にそう言い切った。

「あ、お帰りなさい」

 振り向くと、応接間の入口にノアが立っていた。

「リアさんから話を聞いて、心配してたんです。帰ってこられたので安心しました」

 言って彼は、見ている者のほうが安心する穏やかな顔をした。あたしは彼を見て、無事に帰ってこられてよかったと思ったが、急いでサイラスのことを伝えた。ノアは真剣に話を聞いていたが、サイラスに関してはリアと同じようにだいじょうぶだとあたしに言った。

「それよりもあなたのほうが心配です。怖い思いをして疲れたでしょう。部屋で休まれてはどうですか?」

 ノアはあたしの顔色を気にしていた。そんなに疲れた顔をしているのだろうか。

「いえ、あたしは、だいじょうぶです」

「そうですか? 無理はしないでくださいね」

 ふとノアが持っている封筒に目がいった。白い封筒で、表面に凹凸がついている。柄のようだ。ノアはあたしの視線に気がついた。

「ああ、これですか。実はさっき、まあ、知り合いが来ましてね」

 ノアは疲れたように息をついた。

「それで、隣の領地に宿泊施設があって、そこで骨休めをしてきたらどうかと言われまして。まあ、簡単に言えば慰安旅行ですね。どうしようか迷ってるんです」

「そうなんですか」

 随分と友人思いの知り合いだ。

「それでですね、ツカサさんも行く予定に入っているというか、私の隊、全員というか、四人みんなで行ってこいってことらしくて。予約もしてあるとかどうとか」

「そうなんですか?」

「はい。申し訳ないです」

「……なんで謝るんですか?」

 驚いて返すと、ノアは胡散臭そうに白い封筒を見た。

「なんというか、手回しをしすぎているというか、これを寄越した人物の腹の底が知れないので……」

 ノアにとってそれほどまでに気疲れのする相手ということだろうか。そんなことを考えていたら、玄関の扉が開いた音がした。

「戻りました」

 顔に傷のできたサイラスだった。あたしは驚いて、応接間に入ってきた彼に慌てて駆け寄る。

「ああ、無事だったんだな。よかった」

 肩を二度、優しく叩かれた。

「リアも来てたのか」

「ええ。それよりも消毒しないと。待ってて」

 リアは慌てることなく彼を見たあと、ノアに何かを訊いていた。救急箱の場所でも訊いているような感じだ。

「さすがに今日は疲れた。まったく、俺もついてないな。ツカサも突っ立ってないで座れよ。剣、ありがとな」

 しばらくサイラスたちと話したあたしは、自身が使っている部屋に向かうため応接間を出て右に曲がった。右手にある階段を右回りに上がり、二階に上がってすぐ左には扉のない入口があった。その空間がなんなのかよくわからないが、そこに入ると前方と左に扉があり、前方はほかの寝室、左はノアの部屋だった。そこには行かずに廊下をもうすこし進むと、左、前方、右と扉がある。ここで左の扉を開ければ、あたしの借りている部屋だ。本当に扉だらけで迷ってしまう。

 赤いチェックのベッドカバーの上からベッドに座り、仰向けに寝転ぶ。天井は三角屋根の空間がそのままそこにあるというのか、屋根裏の空間が見えてしまっている。

 ひとりになって気持ちを整理したくなったのだが、まとめようとしても何をどうしたらいいのかわからない。左を向いて、明るい窓の向こうに目を向ける。

 〈メイト〉を毛嫌いする住人。

 ハンカチを貸してくれたコーラルとヘイル。

 魔物と対峙したサイラス。

 あたしの言葉を信じて、サイラスを助けに行ったガーランド。

 そういえば、コーラルが貸してくれたハンカチはどこに忘れてしまったのだろう。

 バッジも、懐中時計も返していない。

 起き上がって、ショルダーバッグを開けると、案の定、銀の懐中時計が入っていた。それからあるはずのない、落としてしまったはずのこの家の鍵が入っていたのには驚いた。ショルダーバッグに入っていなかったのは、あの時何度も確かめたはずだ。それなのに入っていたということは、あたしの見間違いだったのだろうか。ズボンのポケットにはバッジが入っていた。

 今回のことは、あたしが鍵を失くしてしまったばかりに引き起こしてしまったことのようで、とても居た堪れなかった。タイミングがずれていれば起こらなかったのではないかと自分の行動を恨んでしまう。

 ふたつある窓にカーテンをして、ベッドに横になり布団を被ると、色々な会話が思い起こされた。

『あの、さっきは言いにくかったから言わなかったんだけど……この町のひとは〈メイト〉をあまりよく思ってないの』

『でもそう考えると不思議だな。どうして俺とツカサは会話ができてるんだろう?』

『え、あれ、知らないんですか? ツカサさんの前に来た〈メイト〉がそのひとですよ? 確か六年くらい前らしいですけど』

 アサギの名字がサユラであるとノアから聞いた時、どこかで聞いたことがあると思っていた。けれど、どこで聞いたのか未だに思い出せない。あの日以来アサギは、ほとんどあたしの存在を無視するかのように行動をしていた。あからさまにやられると応える時もある。特にいまそれをされたら、さすがに参ってしまいそうだった。

 嫌われる理由はわからない。

 〈メイト〉同士、話したいことがある。

 訊きたいことがある。

 しかし、話せる自信はなかった。

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