3 想像していたのと
二つの人影が焚火を囲んでいる。
「ふーん、お前は、違う世界で一度死んで、ここに来たのか」
「まぁ、そういうことですね……本当にバンクさんに会えてよかったです」
「まぁ、困った時はお互いさまってやつよ」
そう言ってバンクは累の背中をバシッと叩いた。
彼の名前はバンク。ボサボサで固そうな髪の毛に、ワイルドな髭。筋骨隆々の体つきと、男らしい男であった。
中肉中背(最近お腹が気になる)の累と比べれば、男らしさは天と地と言ったところか。
「バンクさんは、どうしてこの辺りを通っていたんですか?」
「俺はちょうど、もうすぐうちの町で行われる祭りの買い出しにな」
「祭り?」
「あぁ、感謝祭って言って、三日間の間、色んなものを飲んで食って、贅沢に過ごそうっていう、まぁ、町全体で行う宴みたいなものだな」
「へぇ、楽しそうですね」
「もちろん、この三日間は財布の紐が緩むから、稼ぎ時って訳だ」
「あぁ、お客様感謝デーみたいなもんですね」
「なんだそりゃ」
「元いた世界にも似たようなのがあったんです」
「へぇ」
パチパチと火花が音を立てる。
「ルイ、お前、どうせ行く宛てもないんだろう? なら、感謝祭の手伝いを頼まれてくれないか?」
累にとって願ってもない話だった。
「いやぁそんな。ここでバンクさんに捨てられたら、本当に、飢え死にしてしまいますよ。こちらからこそ、お願いします」
「朝から晩までこき使ってやるからな?」
バンクはニヤッと笑う。
「えっと、それって大体何時から何時までですか?」
「え?」
予想外の返事にバンクは困惑する。
「あ~、大体10時から17時とかかな……」
「七時間で良いんですか!? うわぁホワイトだなぁ」
「……言葉は通じるんだが、意味がよく分からん言葉を話すな……ルイは」
「……そういえば、バンクさんって、ひらがなとか、カタカナとか、漢字とかって、分かります?」
「ん? 当り前だろ」
バンクはそう言うと、指を使って地面に文字を書き始める。
ひらがな
カタカナ
漢字
「これだろ? 累が言ってるのは」
「はい。その通りです。エンス語って日本語と何が違うんだろう……」
「ルイの言う日本語とエンス語は同じ奴が作ったんだじゃないのか?」
「う~ん……まぁ、言葉が通じないよりは全然良いので、気にしないことにします」
「そうだ。分からないことは考えない方が良いぜ」
バンクはそう言って累を指差す。
「何故なら俺は、お前が異世界から転生したって話すら眉唾だ」
バンクはそう言うとゲラゲラと笑った。
「さて、そろそろ寝るとしようぜ。ルイ、テントを張るのを手伝ってくれ」
「あ、はい」
二人が組み立てたテントは、大人二人が入るには、少し狭かった。
二人は体をくっつけた状態で横になっていた。
「狭いけど、我慢してくれよ」
「会社の椅子で寝るよりマシですから」
「カイシャ? 知らない言葉だな」
「……悪の親玉が住む場所なんです」
「そりゃ、そんなところで寝れないな」
「僕も……そう思います」
「それじゃあ、なんだってお前はそんな場所の椅子で……って、寝たのか」
バンクは一つ溜息をつくと、自分も目を閉じて、眠りについた。
強い光を瞼に感じて、累は目を覚ました。
「ん……朝か……」
目をこすりながら辺りを見回す。
「は? ここは……どうして僕は外に……」
「おはよう寝坊助。よほど疲れてたんだな」
「……えっと、バンクさん……あ、そうだ……ここは異世界で」
「あまりにも起きないから、テントから引きずり出しちまったよ。乱暴だけど勘弁してくれよな」
「いえ、全然大丈夫です」
累は立ち上がって一つ伸びをした。
「う~ん、なんだか空気が美味しい……」
「空気が美味しい? ルイは空気の味が分かるのか?」
「いやぁ、そういう訳ではないんですけど、僕の住んでた場所は、全然自然がない場所だったので」
「ルイは砂漠にでも住んでいたのか?」
「……東京砂漠ってところに住んでました」
「ふ~ん、まぁ、砂漠よりかは、ここの方が良い空気かもな。俺は砂漠に行ったことはないんだがな」
バンクはそう言ってハッハッハと、豪快に笑った。
「さぁ、早速出発しよう。日が暮れる前に、町に着いておきたいしな」
鬱蒼とした森を、二人は進む。
二人が歩き始めて3時間ほど。木の葉に隠れて顔を覗かす太陽は、ちょうど頭上にあった。
「ルイ、そろそろ休憩しよう」
切り株を椅子代わりに、二人は腰を下ろした。
「このペースなら、夕方には町には着くだろう」
バンクは、鞄から水筒を取り出して、累に渡す。
「ありがとうございます」
「しっかし、この旧街道も、すっかり寂れちまったもんだぁ」
「旧街道?」
「そう。俺らの町、マートの町と、中心街であるセブンの都をつなぐ道。まぁ獣道だけどな」
累は、水筒をバンクに渡す。
「きっちり整備された新街道が出来てからは、わざわざ旧街道を通る奴はめっきりいなくなっちまった」
「じゃあなんでバンクさんはわざわざ旧街道を?」
「まぁ、昔からこの道を通っていたから、癖でって感じかな」
「あぁ、そういうのありますよね」
「まぁそれは建前で」
「建前?」
「旧街道は検問が適当でな……ちょっとぐらいならズルしても……って話」
バンクはゲラゲラと笑う。
「そういや、今回は古くの知り合いに、変なものもらったな」
バンクは、鞄から哺乳瓶ほどの大きさの瓶を取り出す。コルクで留められたその中には、白い粉がぎっしりと詰まっている。
「それは?」
「出所は不明なんだが、すごく貴重なものらしい。ただ、おれもそいつも使い道はさっぱりわからんがな」
再びバンクは大笑いした。
森を超え、野原を超え、気付けば空がオレンジ色に染まりつつある。
累とバンクは、高原の上で、幾度目かの休憩を取っていた。
累は、ぼうっと、原風景のような景色を眺めていた。
真っ赤な太陽を背に、小さな黒影が空をかけて行く。
カラスのような鳴き声が聞こえてきた。
「夕暮れだ……」
累は、異世界だというのに、あまりにも見慣れたその景色に、やはりこれは夢なのではないか、と思って頬を抓った。痛かった。
「ほれ、見えるか? あの門が」
不意に、バンクは遠方を指をさした。
「門? あ、本当だ! じゃあもしかして」
「あぁ、町はもうすぐだ」
ゴールが見えると足取りも軽くなるもので、二人は足取り軽やかに、獣道を進んでいく。
門が肉眼でもはっきりと捉えられる距離になったとき、累の目線に、一人の少女が写った。
「あれ、女の子が、門の近くにいますよ」
「ん? おお、確かに……って、ありゃフェリアじゃねぇか」
「フェリア?」
バンクは、大きく手を振りながら、駆け足でその少女に近づく。
累は、慌ててその後を追う。
「はぁ、急に走って疲れた……どうしたんですかバンクさん」
「おお、悪いなルイ。可愛い出迎えが居たもんだからよ」
バンクがそう言いながら笑うと、隣にいた少女が、頬を膨らませながら、
「ちょっと、また子ども扱いして……あたしもう16なのに!」
少女は腕を組んで、フンッと鼻を鳴らす。
「はいはい。悪かったって」
「えっと、バンクさん、彼女は……」
「おお、紹介が遅れたな、こいつはフェリア。俺の娘だ」
「娘……」
フェリアは、むすっとした表情をしているが、整った顔立ちだった。赤味がかった茶髪を、そのままセミロングにおろしている。
身長は160……はなさそうだった。16歳の少女にしては幼い体形に見える。胸のサイズも年相応そうだ。
「この人、お父さんの知り合い?」
「まぁ、知り合ったのは、ほんの昨日の事だがな」
「ふーん」
フェリアは累の体を上から下までじっくりと眺める。
「なんだか、華奢そうな人ね」
「……」
そりゃ、君のお父さんに比べればね。
「おいフェリア、初対面の人に失礼だぞ。ルイはな、確かに華奢そうだが、変わってることがあるんだ」
あ、バンクさんもそう思ってたのね。
「何よ」
「こいつはなんと、異世界から来たんだ。まぁ、本当かどうか知らんけどな」
バンクはそう言いながらガハハハと笑いだす。
「あ、あはは……」
累はなんだか気まずそうに愛想笑いをしていたが、
「あんた……それ本当なの?」
「え?」
フェリアは累ににじり寄る。
「あんた、本当に異世界からやってきたの!?」
フェリアの急な叫び声に、累はもちろん、笑っていたバンクも驚いている。
「ねぇ、どうなの? 答えて!」
とても16歳とは思えない少女の圧に、累はすっかり腰が引けてしまっていた。
「あぁ、あああ、そ、そそ、そうです」
「……」
フェリアは下を俯いたかと思うと、拳をプルプルと震わせている。
「や、やっ、やっ……」
「や、殺らないで……」
「やったぁあああああ! 遂に異世界からの人に会えたぁあああああ!」
フェリアは両こぶしを空に掲げると、歓喜の声を上げながら、その場で小躍りを始めた。
累とバンクはあっけとした表情で、フェリアの様子を眺めるしかなった。
累は思った。
僕の知ってる異世界転生と何か違う……と。
次回があるかは未定です