2 ご都合主義には……
昔からヒーローとかに憧れていたわけじゃない。
でも、なれるものなら、なってみたい。
誰しもがそう思うだろう?
子供のころに憧れていたのは、やりたくもない仕事を押し付けられて、日々をすり減らす大人ではなかったのだから。
「途中までは、良い話だと思ったのにな」
累は、ぼそっと呟いた。
「ここは、どこなんだろうな」
幾度目か分からない呟きだった。
累が目覚めた場所は、花々が咲き誇る美しい花園だった。
こんなきれいな場所なら、最初からやたら好感度が高くて、露出度の高い服を着た可愛い女の子が、出迎えてくれるのではないかと高をくくっていたが、待てども待てでも、人っこ一人現れる気配もない。
しびれを切らして(あと、空腹を感じて)累は、花園を後にした。
人の痕跡を求めてあてもなく歩き続けたが、行けども行けども、人はおろか、建造物すら見当たらない。
「さっきから森を抜けたら、草原、その奥には森……」
累は大きくため息をついた。
異世界か……。
あの小太りのおばさんの言うことが真実なら、ここは異世界。自分の知らない世界。
今まで読んできた異世界転生の小説の主人公たちは、こんな苦労をしてきたのだろうか。人に巡り合えず、そのまま飢えで死んでしまう小説なんて、絶対人気でないだろうな……。
累は、自分を覆い隠そうとしている鬱蒼とした森を見つめる。
そして、何か実のなる木はないかと、必死に目を凝らすが、そんなものはありはしなかった。
腹の虫が鳴る音がする。
「ファミチキ食べたい……」
累はそう呟くと、そのまま地面に突っ伏してしまった。
そしてそのまま糸が切れたように眠りについた。
「……」
眠りこけている累の鼻が、かすかに揺れた。
「……肉の匂いを検知」
どこにそんな体力が残っていたのか、累は即座に身を起こすと、匂いの方角へと走り出す。
何度も、つまずきながらもただひたすら匂いの方向へと走り続けると、パチパチという音、そして、かすかなオレンジ色、炎が見えた。
「ほ、ほ、炎! 文明発見!」
狂乱しながら、走る累の姿には、文明はまったく感じられない。
「誰だ! イノシシか? 止まれぇい!」
低く、野太い重低音があたりに響く。
猟銃を持った厳つい男性が、累の前に現れた。
「人……誰だ……まさか野盗か?」
「ひっ、ひっ、ひっ」
累は目に涙を浮かべながら、過呼吸に陥る。
「人だぁああああああ」
累はそのまま男性へと抱き着こうとする。
「何だこいつ気持ち悪っ」
男性は抱き着いてきた累を足で蹴り返した。
「っ……」
みぞおちに蹴りを食らった累はしばらくその場で芋虫のように丸くなっていた。
「怪しい奴だな……貴様、名は?」
「黒瀬……累」
累はお腹をさすりながら答える。
「クロセルイ。貴様はどうしてこんな夜更けにこの森にいる? ここに用のあるものなどほとんどいないはずだが」
「道に、迷っていたんです」
「道に? 貴様、どこの出身だ?」
「えっと、日本、です」
「ニホン? 知らない名だな……」
「で、ですよね……って、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「今、僕がしゃべっているこの言葉が日本語! 意味わかりますよね!?」
「……お前が何を言っているかはよく分かるが、俺が今使っている言葉はエンス語だ。ニホン語とやらではない」
「え、エンス語……知らないぞそんなの」
目を泳がせながら落胆する累。
そんな累を見て男は、
「……クロセルイ、貴様はどうやら俺に害をなす存在ではなさそうだ。体つきも弱そうだしな」
「まぁ、普通のサラリーマンでしたからね……」
「サラリー? まぁそれはともかく、お前、腹が空いているんだろう?」
「えっ? まぁ」
「さっきから、あそこに炙られている肉に目を奪われっぱなしじゃないか。食べたいんだろう? こっちにこいよ」
「……やっぱり僕、主人公になれたのかもしれない……こんなご都合展開……」
「あん? さっきから何をブツブツ。いらないのか?」
「要ります要ります! 食べさせてください!」
続くかは未定です