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少年記  作者: 牧瀬
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プロローグⅡ

今回から基本的に圭視点で話を進めていく予定です。

盛り上がりには書けますが、ゆったり読んでいただけると幸いです。

説明することはたくさんあるだろう。

まず僕は誰なのか、目の前にいる女性とはどんな関係なのか、なぜ一人で住んでいるのか。一つ一つ話していたらどれだけの時間がかかるか予想できたものではない。

とりあえずは、僕のことから話そうか。



白川圭は、普通の家庭に生まれた。

貧乏というほど貧乏でもなく、かといって裕福かと言われたら自信をもってそうといえるわけでもない。常に年中支援を求めている発展途上の国などに比べたら裕福といえるのだろうが、まあそのあたりの細かいことは考えないことにする。

父親は普通の会社員、母親は花屋で働いていたが、僕が生まれたのを機に退職し近所のスーパーでパートをしていた。

僕は順調に育っていき、中学生になったとき、父親が死んだ。交通事故だった。早朝会社に向かう途中で反対側から走ってくるトラックと思いっきり衝突した。トラックの運転手は居眠り運転をしていたとされているが、運転手も同時になくなってしまったのでそれを確かめるすべはない。

葬式には父親の兄弟や父母、会社の同僚や上司、後輩、友人などが多く参列していた。とても周りの交友関係に恵まれていた人だと思った。

葬式中に僕は泣いた。そりゃそうだ、父親が死んだのだから。ここまで育ててくれた父親に大したお礼もできないまま別れを突き付けられてしまった。父親の友人の中には何度か家に遊びに来て僕とも面識がある人も数人いた。そんな人たちはそろって「辛いかもしれないけど、頑張って生きろよ。」なんて言われてしまった。友達たちも泣いていた。

僕が頑張って生きたとして、彼らには何かあるのだろうか。僕がどれだけ頑張っても、父が帰ってくることはない、幼いながらにそんな父の友人たちの言葉に社交辞令的な意味が含まれていると感じてしまったのだ。

父親の死後、母親と2人で暮らすことになった。父が死んだことで保険金も下りて、しばらく暮らす分には問題ないだろうと中学生になったばかりの僕に、とても悲しい感情を含んだ、それでも弱いところを見せまいと明るく振舞おうとしているような声で告げてきた。 僕は毎晩寝ているときに母親が泣いていることを知っていた。


2人で暮らし始めてから約1年がたったころ、母親が一人の男性を連れてきた。母親が言うには新しく付き合うことにしたんだと。

あの涙は何だったのだろうかと内心思ってしまった。とはいえ女手一人で男を育てていくのは大変であるということは、もう中学2年生になろうとしている僕でも理解できることだった。

その男性は父親の友人らしく、母親とも交友関係はあったらしい。僕も何度か見たことある気がした。

その後は3人での生活が始まった。

本当の母親と、ほぼ知らない男性と、僕との異様な生活であった。


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