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3-3

 蛙の王子様は、少し先にある沼で釣りをしている筈だという。門番らに方角を教わり、フェイルたちは再び歩き出した。差し入れの肉は、門番が既に城の中の誰かに渡してしまった。だから手荷物らしい荷物はない。

 手製の弓を腰にさげて、フェイルははたと気がついた。

「あっ、リスは!?」

「しらねー。でもいいだろ別に」

「だって、まだ裁判してないし」

「そこか問題は」

「してなくて逃げたら、絶対ジルカが探しだして後でいじめるわよ。ジルカいつも暇そうなんだもの」

「いや暇だから探しだしていじめるとかじゃないと思うけど」

「それに、森で迷子になってたらかわいそう」

 道案内をすると言ったし、迷うことはないと思うが。男性陣に向かって、フェイルは顔をしかめてみせた。

「あの子、ここに来るまでちゃんと、アーサーの頭にいたわ」

「頭にっつう言い方もどうよ」

「私、ルトヴィヒとジルカが遅いから、何度も振り返ってた。私たちが使った道、あのリスは使わないで帰らないと、私たちに目撃されちゃうんじゃないかな」

「で?」

「逃げたにしろ、ただはぐれたにしろ、迷ってる気がする。勘だけど」

 少し引き返したところまで、フェイルが走っていく。時々ずるりと滑って、転びかけるがどうにかバランスはたもつ。

「リスー、リスー、名前が分からないから、リスって呼ぶけどリスー」

 後ろで、一歩も進まずに、ポケットに手を突っ込んだまま立っているアーサーがぼやいた。

「後ろめたい奴が、呼んで返事すると思うか? フツー逃げるだろ」

「お前も逃げるのか」

「お前も結構な天然ぼけだな」

「何が」

 ものすごく不機嫌に、吐き捨てられ、アーサーは肩をすくめる。まったく悪びれない雰囲気に、ルトヴィヒはふんと鼻を鳴らす。

「っつーか、親父くさいなぁお前。折角女にもてそうな顔してンのによー」

「やかましい」

「あったー!」

 フェイルが明るい声をあげた。見ると、少し先でしゃがみ込み、地面を指でつついている。掘り出されたのは、小さくなった茶色の塊だった。黒い泥で毛の大半が寝てしまい、触るのもためらわれるような汚れ方と臭いがした。

 来た道の途中で泥に埋もれていたリスを、フェイルはひょいとつまみあげ、掌に乗せた。

「綺麗な水がないかなー」

「さぁ。聞いてみるか?」

 言いながらアーサーは、近くにいた門番を呼んだ。一部始終を見聞きしていた門番は、暇そうなくせにそっぽを向いてから、ルトヴィヒにじっと見られて、しょうがなさそうに奥に行った。戻ってきたときには布と、湯の入った桶を持っている。

「ありがとう」

 とても小さな桶と布だが、リスにはいいサイズだ。泥を拭って毛を洗い、フェイルは目をしっかりと閉じて動かないリスに話しかけた。

「大丈夫? 痛いところはない?」

「心が痛いわよう! あんな、あんなところにおっことしていくだなんて! あぁ!」

「何で俺を見るんだよ」

 たじろいだアーサーは、フェイルに頭の上を指さされて黙った。

「そう、ごめんね。かわいそうに、泥から出られなくて怖い思いをしたわね」

「そうよ! 誰もあたいを助けてくれない! 汚いからって、カラスも寄りつきゃしないんだからあ」

「助かって良かったじゃねえか」

「ふん!」

 濡れた毛を、身を震わせてとばし、リスは素早くフェイルの頭にのぼった。

「やだくすぐったいって。肩におりて。お願い」

「あんたは案外いい人だね、あたいを助けてくれたね」

「だって、私がここまでつれてきてしまったんだもの。たとえ犯罪者でも、裁きまでは私が責任もって管理しなきゃ」

 笑顔で言われて、再び掌までおりてきていたリスは、体を硬直させた。

「……信じられないわぁ……あんた、どういう子なわけよぉ、今笑顔でひどいこと言ったのよ、管理ってあたいは物じゃあないんだからねぇ?」

「知ってるわ、あなたはリス。お名前は?」

「名前! 名前だってえ!?」

 リスがとたんに金切り声をあげた。

「名前なんて聞かれたこともないから答えようがないわね! はん!」

 すさまじい勢いでその場で回転し、急に止まる。

「皆が皆、人間みたいにややっこしい自分専用の名前を持ってるだなんて、そんな、そんな、」

 憤慨したように地団駄を踏む。ルトヴィヒが、平静に言った。

「そんな羨ましいこと?」

「なっ、」

 リスが鼻白んだ。「ンなわけないでしょおおお!? あんた何様よお!?」

「泥棒リスとしか呼ばれずに育って、人間のように知恵の多少はある生き物の心が、傷つかないとは言えない」

「そっか、……じゃあ、私たちがあだ名をつけるっていうのは? 本当の名前でもいいけれど、それを私たちがつけるなんて、リスの気分が悪いかもしれないし、あだ名なら、誰が呼ぶのかで変えられるわけで」

「変えられる名前なんて! あってもしょうがないわよおお!」

 リスは物を掴んで投げつける仕草をする。

「じゃ、名前をあげてもいいの?」

「名付け親かぁ、こりゃ責任重大だな。名前って大事だからな」

 ルトヴィヒは黙っている。猫ものんびりと事態を見守っている。

「リス……うーん、アーサー、いい案ない?」

「俺に聞くなよ。一応考えてるけど」

「ハロルドとか」

「それは男だろ」

「そっか」

 素でがっかりしているらしい。フェイルが何かいう前に、アーサーがいくつかの名前をあげた。

「じゃ、アシェンカ」

「おいフェイル、お前今の意見総無視かよ」

「それってかわいいわけぇ?」

 くねくねとしっぽをうねらせ、リスが問う。

 フェイルはにっこりと笑って、答えた。

「お城の知り合いの、親戚の名前よ。男の子と女の子の名前を考えていたのに、女の子の名前は使わなかったって、前に聞いていたの。きっととってもかわいい名前だわ。あなたのために、神様が取って置いてくれたのね」

「……なぁ、今の素か?」

「私に聞くな」

 三者と猫が見守る中、リスは難しい顔をしてから、くるんと宙返りをしてみせた。

「いいわ、その名前。あたいが初めて、プレゼントされたもの! あたいだけのものよね!?」

「まぁ、同姓同名というのがあるくらいだから、重なることはあるけれど。でも、それぞれがその人のためだけの、大切なものよ」

「そう、そうなのねぇ、あぁ、ありがとうお姫様!」

 フェイルは笑ったまま、考えていることがあった。

 ともかく、蛙の王子様に会いにいかなきゃ。だって、お城の皆は、本当に無事なのか。早く帰らないと。早く、助けないと。

 フェイルの焦りもあり、一行は再び歩き出し、ものの数分で、蛙の王子に出くわすこととなった。

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