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「まずは、やっぱり、ジルカの宝石を見つけださなきゃ」

「あ、俺聞いたことある。泥棒稼業のリスが出るんだと」

「それだ!」

 フェイルとルトヴィヒ同時に振り向いて叫ぶので、アーサーは何だか驚いたような顔で引き気味に「そうなの、か」と答えた。

「でもそうなると、ちょっと厄介だな。動物の森を通らなきゃならない」

「動物の森?」

 心持ち難しい顔でアーサーはうなずく。

「ラチタは平地ではあるけど、森に囲まれてるだろ。というかむしろ、森の中に町が二つと城が一つあるだけだ。んで、城の側の森とつながってて、町へ抜ける森があるんだけど、何でも魔法生物みたいな、人語も喋るし文化文明も持つ、動物が住んでるんだそうだ。面倒くさそうだし怖いから行ってないけど。噂ではそうなってる」

「……人間みたいな動物?」

「いや、ウサギがふつーに走ってるけどたまに二足歩行とか、ネクタイしめるとか。喋るとか。ランチにナイフとフォークだとか。そんな感じ」

「おとぎ話みたい」

 そういうと可愛らしいようだが、現実はどうか。アーサーはとりあえずといったふうに、数度小刻みにうなずく。

「そんな感じ。聞いたことねえの? あんた姫なんだろ」

「あんまり。森で狩りしてたときに食べてないか気がかりだわ、さすがに悲鳴は聞いてないけど」

「境界線からこちらには滅多に出てこない筈。森は城の管理下ですが、一般人は迷うように魔法がかけられていて、うまく内部には入れない」

 ルトヴィヒが視線をあげないまま言葉を続ける。

「彼らは古代の流れをくむ生物なのです。もう時代が過ぎ去って、言葉も文明も廃れ、ただ野山を駆け回るだけになったものも多い、」

「ルトヴィヒ、詳しいのね」

 いえ、前に出会ったことのあるキツツキが言っていました。ルトヴィヒが、取り繕うように付け足した。アーサーは暇そうに、しゃがみ込んで猫の頭を指で撫でている。毛並みがつやつやで、気持ちがいい。

「善は急げ。行きましょ」

「姫。ふつう、森へは入れない」

「リスが出てきてたわ、どこかに、出入り口があるんじゃないかと思うの」

「どこに」

「うーん。ジルカなら分かるんだろうけど。分かる? 分からないか」

 猫はフェイルに話しかけられ、にゃー、と答えるが、嫌そうにアーサーの手を避けることに手一杯らしい。結局爪を出してパンチし、アーサーをひかせた隙に走り出す。

「あっ待ってよ」

「姫、弓置いていってどうするんですか、」

「えー、俺逃げていいわけ?」

 わらわらと、三人は猫を追いかける。銀灰猫は森の影に入っても、木漏れ日を集めてきらきらと光る。

 追いかけながら、フェイルはぼそりと呟いた。

「宝石なんてどうするのかなぁ」

「飾って見つめてうっとりするんだろ。普通の女と同じじゃねえか」

「そんなものかなぁ」

 そんなものだ。ルトヴィヒとアーサーはうなずいて、木の根を飛び越えて走る。

 ただし例外はいくらかあって、宝石が単なる宝石ではなくて、魔法の力で作られた結晶である場合――飾るだけでは済まないだろう。

   *

「みーつけた!」

 嬉しそうな顔で、フェイルは木の枝を掴む。蔓性の枝を、手近にあった石でぶちきる。組み立てて、弓が出来た。矢も作っておき、目の前を通り過ぎる影を射止める。

「うまいなぁお前」

 アーサーが手を叩く。

「狩りだけはうまいのよね、自分の事ながら」

 メルヘンな響きの「動物の森」に入る前に、手みやげをかねてフェイルが鳥とウサギをしとめた。

 蛙の王子が、魔法について詳しいらしい。アーサーの情報だ。

「どうせ動物の森に行くんなら、魔法に詳しい奴の手を借りるべきだろ。リスを捕まえるにしろ、途中で寄ってって知恵を借りたらいいさ」

「アーサーも結構情報多いわよね」

「そりゃまぁ。あちこちうろついてるしよ」

「手みやげに、肉だなんて……蛙って肉食?」

「さぁ。虫は植物ではないから、肉食かも」

 ルトヴィヒが呟く。

「そろそろ、森の境界です。狩りはやめて」

「ねえ、これ絞めなくていい? 血抜きしなくても、すぐに着くならいいわよね、長くかかるならちょっと腐りそうでさ、」

 えへへ、と笑ったフェイルに、

「……姫なのかお前。ホントに」

 アーサーが呟いたせいでなのか、銀灰猫が頬にかみついた。途中からずっと肩に乗せてもらっておいて暴挙である。

「この猫性格変じゃねえか!?」

「アーサー、甘がみで良かったね。あとがあんまりついてないわよ」

「……待て」

 ざ、と落ちている葉を踏んで、ルトヴィヒが立ち止まった。荷物も持たず、空手のままで立ちつくす。フェイルが城から持ち出した弓矢は、古すぎてすぐに折れてしまい、森に入ってすぐ捨ててしまっている。武器といえば、フェイルが自作した弓矢(丸みがあって小さいが案外よく飛ぶ)と、アーサーの万能ナイフ(ネジ用とかハンマーなどがついていた)くらいのものだ。素手で戦うのに今一つ弱そうなメンバーに、フェイルは一人、自分を奮い立たせた。

(いざとなったら、私が守らなきゃ……!)

 がささ、と茂みが鳴った。徐々に近づいてくる。やがて木の上に音が移った。

 小さい影が、頭上をひょいと飛び越えていく。何だか大きなものをくわえていて、十本くらい木を飛び移っては、疲れて休んでいた。

 くわえているのは、赤紫の、大粒の宝石。

「ジルカのだ……!」

 小声で叫んで、フェイルは迷わず矢をつがえる。

「殺したらまずくねえの、」

「そうかな!?」

 アーサーの言葉で振り返り、そのせいでリスが、こちらに気づいた。あからさまにリスがしまったという顔になるのを、三人は初めて見た。

「あっ逃げちゃう!」

 靴底を木の根に打ち付けて、フェイルが駆け出す。遅れてアーサーが続き、ルトヴィヒは地面におろされていた猫を拾い上げて走った。


 リスは、小さな自分の巣に戻って安堵していた。

 茶色の毛並みをふるわせて、やっと落ち葉と自分の夏毛で出来た毛布の布団にもぐりこむ。腕には宝石を抱きしめて。あぁ幸せ。

 目をつぶろうとしたとき、木のうろの前に、大きな目玉が二つ並んだ。

「みーつけたー」

 うふふ、と笑って、人間の顔の、目と鼻と口ばかりが、狭い穴の入り口に押しつけられている。恐怖のあまりリスは悲鳴をあげた。

 手を突っ込んでフェイルはリスの胴体を難なく掴む。リスがかみつこうとしても、掴み方がうまくて、逃げることもできない。

「何なのよう!」

 リスが女の、高い声で叫ぶ。甘ったれた口吻に、フェイルが瞬きした。

「離してよう、あたいが何したっていうのさ!」

「あー、ええと。宝石泥棒」

 きゅ、とリスの胴体を手で締めて、フェイルは木からするすると降りる。木の根もとにいたアーサーが、「うわすげえな、ホントに姫?」と叫んだ。

 ルトヴィヒはちょっと息が切れ、疲れている。が、リスがぼとんと落とした宝石を片手で掴み取った。色と大きさを見て、アーサーは口笛を吹く。

「すげえや、それがジルカ・ジアンの魔法の指輪かぁ。高く売れそうだけど、他の魔法使いにゃ使えなさそうだな、あくが強い魔法っぽい」

「……魔法に詳しいようだな」

「え、意味が分かるんなら、そっちのが詳しいンじゃないのか?」

 きょとんとしたアーサーの耳に、リスのつんざくような悲鳴が響く。

「やだあ離してぇ! もう、宝石なら返したじゃないのよお、出来心だってばぁ、だって、お城に入ったらびっくりじゃないの! あぁやだ! ちょっと落ちてるクルミ拾うみたいに、大きくてきらきらしたものを拾っただけなのに。何て野蛮なのかしらね人間は!」

「野蛮はごめん、よく言われるの。でも、泥棒は泥棒なので」

 ぎゅ、とフェイルは締め方を強くした。リスが青ざめて、きゅ、と鳴く。

 ちょっとかわいそうになったので、フェイルはどうしたものかとルトヴィヒを見やった。

「どうしよう?」

「私に聞かれても困ります」

「とりあえずさー、必要なもんは戻ってきたんだろ、あとは用事を済ませようぜ。蛙の王子に会うんだろ。俺、詳しい場所までは知らないから。そいつに聞けば? 動物の森のもんだろ。そもそもここまでトラップなしに森を歩けたのも、リスを追いかけてたせいだろうし」

「それはいい案ね」

「し、知らないわよう!」

 リスが、茶色の巻きしっぽを限界までまっすぐにのばす。びりびりと毛が逆立つ。

「知らないとしても、つれていかないと。泥棒だしね」

 裁きの判断をしなければならない。今は後回しにするが。

 フェイルの表情が全く揺らがないので、リスは別の手段に移った。ねだるように、瞬きして上目遣いになる。

「ねぇ、あんたあの城の姫だろ? あたい知ってるよ。とってもかわいいお姫様」

「生憎、身内以外はその言葉を冗談でしか言わないの」

 少しむっとしつつ、フェイルは付け足す。

「その上、嫌みで」

「いやそれだけじゃないと思う」

 アーサーとルトヴィヒが同時に、取りなすように言う。言ったはいいが、じっとフェイルに見られて、困った顔でお互いに次を言えと肘で小突きあった。フェイルは太陽の色をした髪を振って、もういいとジェスチャーする。

「ユーリの方がよっぽど美少女なのよ。私は、まぁ、男の子と間違われないけど、かわいいの方向性がやんちゃっていう意味で使われるようなタイプで。おだてるつもりなら、ちゃんと上手にやるといいわ。じゃないと絞め殺されても仕方ないと思うし」

「ていうかあんたあっけらかんとして言うわねぇー怒ってないの? 口調がえっらくフツーだけど。何よそれとも最近流行の、無関心スルー型の性格なわけぇ?」

「怒ってはいるけど、でもかわいいかどうかって他人からみた判断でしょう?」

「何か話それてきたから戻すけどさぁ、蛙ンとこ行くの、行かないの」

 アーサーがポケットに手を突っ込んで首を傾げる。顔をしかめていたルトヴィヒが、おもむろにアーサーの服の首を引っ張った。

「何すんだよ!?」

「今、服から音がした。お前、まだ盗んだものを全部返してない」

「いてえな! あとで返すって!」

「いいや。今返してもらう」

「でもルトヴィヒ、それ返してもらっても、入れる袋がないわ」

 フェイルがあっさりと言葉を投げた。

「だから、帰ってから返してもらえばいいの。どのみち犯罪者なんだし」

「犯罪者って言うなよ!」

「ただのこそ泥にしたって、犯罪は犯罪でしょ」

「ただのこそ泥っつうのもどうなんだよ、それ」

 ポケットから、小指の爪ほどの大きさの、翡翠がこぼれた。リスの目がびかりと輝く。よだれもたらさんばかりに目を下に釘付けにし、リスが小さな掌でフェイルの掌を叩いた。

「ね、ね、あんたさぁ、あれ、あたいにくれるなら案内してやっていいよ。蛙の王子に会いに行くんだろ」

「どうしてあげなきゃいけないの、だってあなた、泥棒したのよ。だから、裁かれても報酬をもらえるものじゃないわ」

 フェイルは体をかがめて、片方の手で宝石を拾う。ポケットにつっこまれるまで、リスは手をいっぱいにのばし、あわあわとふり、それから恨めしそうな顔でフェイルを見上げた。

「道に迷ったら二度と帰れないよ? あたいにそれくれないってんなら、絶対案内してやんないから。嘘ついて、あんたらがひからびるかかびだらけになるかで死んでから、あたいだけ悠々と石をもらって帰るんだ」

 フェイルはリスの顔を見つめる。無意識に手に力が入り、リスは絞められた(指がちょうど首周りにあった)。

「ごめん、でもどのみち、あなたは城に不法侵入した挙げ句、宝石を盗んだ生き物だから。大人しくしててね」

「わ、分かったから!」

「お姫さん結構やることえげつないな」

「……鳥とウサギを射殺して腰につるしてる時点で、結構そういう感じだと思う」

 後ろで男二人が呟いている。フェイルはリスを高く掲げて立ち、笑顔で言った。

「さ、行きましょ!」

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