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 広間で光が収まってから、数時間が経過した。ジルカがあれこれ動き回っていたが、あまりかんばしい成果はあがっていないらしい。フェイルは先程まで、皆を部屋に運んでいた。完全に眠り込んでいる人々を、引きずって広間から出し、客用の部屋に押し込む。それだけで日が暮れてしまった。お腹がすいたと言ったら、いい気なもんだにゃあとジルカが言って、それでも簡易パンと水を置いていった。

「……光ったかと思ったら、銀灰猫になったジルカ以外皆、意識不明で倒れてたし」

 フェイルはぼやく。

 魔法使いたちは姿がなかったが、それぞれ猫になっているんじゃないかとジルカが教えてくれた。

「もしあたしみたいにうまく対処してなかったら、魔法が使えないただの猫。三日くらいしたらハッとして、自分が猫じゃなくて人間だったって気づいて帰ってくるンじゃないかな。でなきゃどうなってるもんだかねェ」

 なぜ分かるのか聞いたら、

「相手の魔法とぶつかって、あたしの魔法が別のものに変化しちゃってさァ、何ていうの、変身魔法系に変わってて。あっどうせならきれーな美人猫になりたーいって思ったンだけどォ。色々、魔法の自然進化が激しすぎて、予想外っていうか。いっそう問題がややこしいっていうか」

 と言った。

「何よそれー!」

「だってなァ……あたしもびっくりなわけよ」

 まさかイルギリスとか他の白魔女とかの魔法がごちゃごちゃと混ざったせいで、変になってしまうとは思わなかった、らしい。

「いつもはあたしの魔法がいちばん強いから、全部の魔法があたしの言うことに従うんだぜ?」

 綺麗な黒銀縞の入った長い尾を振りあげ、ジルカは力説する。フェイルはピンクの花を指先でつついてくしゃみさせた。

「そんなだから、こんなことになるのよ」

「ていうかさーフェイル、あれ誰? ふったの?」

「あれって、ユーリのこと? 幼なじみだよ。私が五、六歳頃に、魔法学校に行くために出ていったの。好きって言われたけど、友達がいいって思ってふった。それっきりかな……せっかく久しぶりに会ったのに」

 む、と唇を引き結んで、フェイルは難しい顔になった。それは意に介さず、ジルカがふーん、と尾を揺らした。尾にひっかけてある、ジルカの魔法使いの指輪が、つられてぶらぶらと重たげに揺れる。

「で、あれ、どこの魔女?」

「男の子なんだけど。女の子みたいって言ったら怒るの」

「そりゃーなァ。ふつーの子はそうだろな。俺どっちでもいーんだけど」

「ジルカ、よく性別変わってるよね……一応女の方が多いけど。美女なお姉さまの方がかっこよくて好きかなぁ」

「そりゃ嬉しい。で、魔法系統は?」

「ユーリの?」

「お前の魔法系統ねェだろばか」

 二人きりでもそうでなくても、公式の場以外はジルカの物言いは容赦がない。口調もつっけんどんなので、誤解されることも多い。でも、出会うと全身で大好きだよと抱きしめてきたりするので悪い人ではないとフェイルは思う。

「フルネームとかは?」

 ジルカがきょとんとしながら問いを言い換える。銀色の毛皮(柔らかなビロードの手触りがする)をじわっと撫でながら、フェイルは答えた。

「ユリアノク・ベルガラス」

「魔法系統名以前に、ベルガラス血統だな。力はもっと純粋な気がしたけど。へぇ」

 魔法使いの言うことはよく分からない。つっこんで聞いても、嬉しそうに(あるいは面倒くさそうに)長い説明を重ねられ、抽象的に丸だの三角だの比喩だのを並べられるだけだ。だからフェイルは、「ユーリのお母さんが、白の魔女ベルガラスだったの」と言っておいた。

「ベルガラス代表でここに仕えてたってことか。あたしが来たのが六年前で、イルギリスが五年前。ンで、今日から仕えるって予定でお披露目もかねてた白の魔女がベルガラス、そんでもう一人、ベルガラスが来るって聞いてたけど。ユリアノクっていうのかァ」

「名前、聞いてなかったの?」

「や、来るかもって話だった」

 はたはたと尾を振り、耳をひねるように撫でられて迷惑そうに目を細め、ジルカはつぶやく。

「ま、何とかしよう。お前寝てていいから」

「えー、」

「不満げにするなっての。大丈夫、寝て起きたら、全部が元通りかもしんないからさ!」


 で、それを信じて(することもないので)フェイルはいつでも動けるような普段着を着たまま、ベッドに入り、眠りに落ちて。

 目が覚めたら、断末魔のような悲鳴がして、フェイルはベッドから転がり落ちた。

「何!?」

 シーツを抱きしめて、薄い絨毯の上を転がる。太陽の色をした髪が、ぐしゃぐしゃになって鳥の巣のようになる。

「ジルカ? それとも、誰か、」

 フェイルはぱっと上着を掴む。決然と扉の外へ駆けった。

 もし、この城に招かれた(あるいは働いている)人だったら、フェイルが助けなければならない。どんなに剣が下手であろうが、フェイルには、その責任があるのだから。

(だって私は、王女なんだから)

 上着の内側に並んで仕込まれていたナイフを抜く。フェイルは廊下のむきだしの石を踏んで、止まった。人影が見えない。明るくなった城内に日が射していて、いつもと違うのは人の気配がないことだ。

 遠くから、猫の声が聞こえた。だんだん近づいてくるようで、フェイルは耳を澄まし、足音をたてないようにして走り出した。

「ジルカ、」

 呼んだ方がいいのか、それとも、黙って飛び出した方が有利か。フェイルは迷って、小さな声にとどまる。

 しかししばらくして猫の声がやんだ。焦って、見て回ったが、猫の姿など見つからなかった。

「どうしよう……」

 探すしかない。一階の、調理場付近の廊下を歩きながら、フェイルは祈るようにジルカを探す。

 調理場の中も念のため見てみる。人が倒れているのがわかり、フェイルは「昨日忘れてた、ごめんなさい……!」とあわてて中に入り込む。

 パンを焼いていたのだろう、竈の前で、生地をひっくり返して夫婦が倒れている。料理中の者らが刃物を持って倒れたわけではなかったのを確認し、フェイルは胸をなで下ろした。

 隣の仮眠室に数人を運び込んだ。重たくて、引きずったが、どうにかやりとげる。数人額に擦り傷が出来たが、風邪を引くよりましだろう。毛布をかけて、目が覚めたときのために、そばに水とグラスを置いておく。

 再びジルカを探そうとして廊下に向かったフェイルは、戸口に、もう一人倒れているのに気がついた。ユーリより、白に近い金を帯びた髪の、青年だ。

「こんな人いたっけ……」

 フェイルは城の人員を思い出してみたが、パン職人の側で倒れているし、職人の奥さんに似ていないこともないので、息子だろうと判断した。一応声をかけてみる。

「大丈夫ですか?」

 これまで通り返事はない。背が高い相手だが、フェイルは臆さず、よいしょ、と肩を入れる。

「う」

 そこで相手がうめいた。ぎょっとしたフェイルの肩で、相手は目を開く。冷たい、氷のような薄い青。反射的に緊張する。

「……ここは、」

 かすれた声で呟き、彼は首を左右に振った。眉間にしわが寄っている。遠くで猫の鳴き声がして、フェイルは「ジルカ!」と叫んでいた。

「フェイル様、ジルカは無事なのですか、」

「昨日までは。魔法使いは皆猫になっちゃって、自分が自分だって分かってる人はジルカくらいのもの、らしいけど。昨日自慢してた。何度も」

「猫……」

 青年は額を押さえ、ため息をついた。

「頭が痛い」

「え、水とか飲む? えーと、パン職人のリールさんの関係よね。名前は?」

 青年は顔をしかめ、しばし口を開けたままになる。なぜ名前を知らないのだと言いたいようだ。前にも、一度自己紹介した人を忘れていたことがあった。フェイルは慌てて聞き直した。

「ごめんなさい、ちょっと度忘れしちゃて。名前と歳を聞いたら、はっきりと思い出せるかも」

 つかの間迷ったが、青年は口を開いた。

「ルトヴィヒ。前は旅を――していて。城の関係者ではある、」

 言いながら、パン職人の方を見やった。

「今日たまたま、用があってここに来たら、倒れた」

「そう。巻き込んでしまって悪かったわね」

「否を認めるのか。そう簡単に」

「単に、通りすがりで巻き込まれた人に申し訳なく思っただけよ」

「でも、そういう態度は危ない。良くない。立場をわきまえないと」

「よく言われる」

 肩をすくめようとして、フェイルはふと気づいた。

「自分で立てそう? 出来たら歩いてもらえると助かるの、」

「あぁこれは失礼」

 きまじめに答えて、ルトヴィヒはフェイルから離れた。

「犯人だとは思わないんですか。現状の」

 フェイルはルトヴィヒに背を向け、廊下に出た。

「ユーリとイルギリス、それにジルカ、白魔女たち、彼ら魔法使いの魔法でこうなったのよ。機密事項かもしれないけど、あなたのせいじゃないことは知ってるから、言っておくわ」

「他に犯人がいるかもしれない」

「他って、誰」

「……何かをたくらんでいて、便乗した者」

「たとえば隣国で姫を騙したっていう、悪い魔法使いとか?」

 フェイルは思わず吹き出していた。

「ないわよ。この国には隣国みたいな国庫はないし。魔法使いが入り込んだら、ジルカやイルギリスが気づくわ。彼らはかなり優秀な魔法使いだし」

「そうとも限らない」

「あなたがその魔法使い? 違うんでしょ」

「違う。ですが、短絡的に信じてはいけない」

「正直怖いの」

 フェイルはあっさりと白状した。

「城中空っぽみたいで、静かで、皆眠ってる。守らなければいけないし、助けなければいけない。でも、私に出来ることといったら、ジルカがといてくれるまで待つことぐらい。……目が覚めて、悲鳴が聞こえて、誰もいなくて、誰かと喋って気を紛らわせられるのが嬉しいの。何が起こったのか、あんまり分からないし、怖い。あなたが悪役なら、ここで捕まえておかなきゃならないけど」

「私は姫を傷つける気などない」

「よかった。せっかくだから、一緒に人を捜してもらえない? 今は銀灰色の猫なんだけれど。ジルカを」

「構わない」

 真剣にうなずき、青年は廊下を先をじっと見つめた。見覚えがあって、フェイルは「パン職人に小麦を運んでた親戚の子か……」とぼんやりと思った。しっかりしていたその男の子は、フェイルより三つくらい年上だった。重たい荷物を一人で運んで、フェイルが犬に追い回されているときに助けてくれた。

(あのころは、ユーリももう、魔法学校に行って、いなかったし)

 ユーリのことを思い出したら、何だか悲しくなってきた。

 友達が、十六にもなって、幼い復讐心でこんなことを起こすなんて。

 腹が立つより、寂しかった。

 城内に、ユーリの姿はない。

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