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淡いクリーム色の生地はサテンのように表面が光る。少し安っぽい気がする、と思ったが、姿見に映った自分を見ると、結構似合っていた。
「ほらほら、見て!」
「見てます、あんまりくるくる回らないでくださいまし、ほつれますよせっかくのおぐしが!」
「だってー」
片足を軸にくるりと回ると、ドレスの裾が風をはらんで舞い、見た目にもきれいなのだ。その上肌に触れる感触がたまらない。窓辺のカーテンのような、柔らかな感じ。
「うふふふ」
高く結い上げた髪から、後れ毛がいくらか出ている。それを女官らが二人で、指先に化粧品と油分を使って持ち上げ、なかったことにしていく。
じっとしていないのでフェイルは後ろから乳母代わりの女官にはがいじめにされた。誕生日なのにやりすぎだと思ったが、靴も履かずに薄い絨毯の上でそわそわうろうろしない自信はないので、あまり強く文句が言えない。
化粧がくすぐったいし、いい匂いはつけられるし(口に出したら香水と呼べと言われた)、変な感じだ。でも特別な気がして悪くない。
「姫は野性味あふれすぎです」
作業を終了した若い女官たちが憤慨したように言って腕組みをする。
「でも、よくできました!」
「え、できたの?」
「さ、早くお行きくださいまし!」
どん、と突き飛ばすように背を押される。
「待ってよ、今どういう顔になってるの、ねえ!?」
途中から鏡を見せてもらえなかったので、フェイルはびくつく。不安げに首だけで振り返ると、皆が疲れたように、それでも笑顔で見送ってくれた。一様にうれしそうだが、どちらかというとフェイルのことより、野猿を人間の社交界に出るにふさわしい格好にしたてあげた自分たちへの満足感のようだった。
フェイルはとりあえず、部屋の中にある、廊下ではない方へのドアをくぐった。薄暗い。足下が、ふさっとした絨毯に切り替わって、少しだけヒールの高い靴だから歩きづらい。
「わ、」
転びそうになって、前のめりにはねながら前進した。壁をつかんでどうにかバランスを取り戻すと、周囲から、あきれたような視線を感じた。
(やっちゃったー!)
広間の脇にある数個の扉、そのうちの一つを通り抜けて出て、よろけているうちに真ん中に来ていたらしい。起立式のパーティをまねて、テーブルは壁の左右に寄せられ、イスはいつでも使えるように脇に並べて置いてある。中心が広く開いていて、フェイルは自然に、そこにいってしまったわけだ。
(はっずかしいー!)
自分の誕生日なのに何だか逃げ出したいが、姫らしく、ここは何事もなかったかのように振る舞うことにした(姫たるもの、何かがあるたびに怖じ気て逃げていてはいけないのだ。立ち向かわないと逃げ癖がついてしまうし。とフェイルは思っている)。
「本日は、私フェイル・ラチタのためにお集まりいただきありがとうございます」
十数名の、国内大手の商人だとか、城の重鎮だとか、王が呼んだ者だけが広間に立ってフェイルを見ている。悠然とほほえんでフェイルは一礼したが、王が咳払いした。
「私が紹介する前に、娘が言ってしまったが。今日は内々の、祝いの席だ。多少の堅苦しい手順は、このさい脇に置いておこう」
(しまった、私自己紹介するんじゃなくて、紹介されるの待ってなきゃいけなかったんだ……!)
ぱん、と手を打った姫君に、周りが再び不可解そうな表情になった(が、フェイルは当然のように気にしなかった)。
顔を上げる。
玉座に向かって右、文武官とともに、白いドレス姿の魔女、長いローブをまとう魔法使いの姿が見えた。合図を待たず、不意に二人の魔女が歌い始める。小さな金銀の星形の飾りのついた、白い三角帽をかぶっている。きれいでのびやかな、祝福の歌。これから先も長く、フェイルが健康に生きられますようにと歌う。小さい頃に、父の統治の何周年かの記念式典でも聞いたことがある。フェイルはありがとう、と、りんとした声で笑った。
白い列に加わっている黒のイルギリスが、咳払いして進行を促す。白くて長い髪、きつくつった目と眉の美女があくびをして、イルギリスに「ジルカ殿」とにらまれた(が、全然気にしなかった。つんと猫のようにそっぽをむく)。
次の一人が進み出る。白いローブの魔法使いで、金色の髪、晴れた空の、水色に近い青の目。
緊張のせいなのか、少し青ざめておもては白い。
「あれ? 初めて見る顔。友達になれそうな歳の女の子ね、魔女かな」
魔法を制御するという左手の薬指の指輪が見えた。たぶん魔女だ。
フェイルのつぶやきに、服の背にたれさがる長い、板のような帯飾りを床につく手前で持ち上げながら女官が応じた。
「あれ、ユリアノク様ですよ」
「は!? ユーリ、あれが?」
「姫、振り返らないでください」
「だって、えぇー……?」
広間の真ん中までユリアノクが歩く。背筋が伸びていて、顔を見なければ、緊張していないようにも見えた。彼の後ろに続いて、国につかえるベルガラス家の魔女がゆらりと踏み出した。綺麗に一礼する。昔、フェイルが小さかったときにいた魔女ベルガラスの親戚だという魔女は、にっこりと笑った。目元がふっくらとして、優しい感じになる。一緒に並んで、フェイルの正面に来た。
「このたびは、お誕生日おめでとうございます、フェイル姫」
「ありがとう、」
ユリアノクが気になって、フェイルはついおざなりになる。あのユーリなのだろうか。少女みたいな、透けるような肌と氷の女王のような凛としたまなざし、面影は確かに、小さい頃に一緒に遊んだユーリだけれど、背ののびたフェイルとほとんど変わらない身長だ。
「おめでとうございます」
ユーリは、まだ低くなりきらない綺麗な声で言って一礼する。フェイルが戸惑いながらも、礼を言おうとした、そのとき、
「……一生、出来ないようにしてやる」
ユーリが、ぼそりと真顔で言った。
「は?」
ぽかんとしたフェイルの顔に、右手の人差し指を突きつけて、ユーリが高々と宣言する。
「一生結婚できないように魔法をかけてやる!」
「は!?」
「仕返ししたくてしょうがなかった……!」
「何が、……何の仕返しよ、五歳くらいまでしか一緒にいなかったじゃない、」
「フェイル、即答したじゃないか。女の子みたいで弟みたいで、絶対にありえないって。何度も何度も。さっきだって女だ何だと――こっちが大人になってやめようと思ってたけれど、もうたくさんだ、急に腹が立ってきた」
「……告白の話? 確かに、十年前も私ふったけど。今だって答えはたぶん変わらないわ、だってユーリ、大きくなったけど、すごく綺麗な美人だし、友達としてしか。友達だよね?」
「だからだ! だから呪うって言ってるんだ!」
「何それ! ばかじゃないの!?」
反射で叫んだフェイルの前に、青白い炎が舞い踊った。広間があちこち斑に、雷に照らされるようにしてふわふわと光り出す。
ユーリの後ろでも、止めようというのか、ベルガラスが真珠のはまった指輪のある左手を持ち上げて天へかざした。
光は強くなるばかりで、辺りはほとんど真っ白になる。目が痛い。魔法の使えない者らは顔をそむけ、悲鳴を飲み込んでしゃがみこむ。
黒の宰相にして魔法使い、イルギリスが左手をかざし、呪文を唱えるが舌打ちした。ジルカが目をきらきらさせ、勢い込んで魔法を使う。緋色の宝石がはまった左手の金の指輪が、ひときわ強く輝いた。
「吹っ飛べ!」
「今のおかしくないジルカ!?」
フェイルの悲鳴を最後に、丸く光が爆発した。