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「ルトヴィヒ、今お前のポッケに何が入ってる」

 イルギリスが片眉をひそめた。

「アーサー……アーシアル・ベルガラスによってもたらされた魔石が、予備で」

「それ以外に。ホラぁ、おかしくなかったかァ? いくら何でも、眠りすぎてる奴がいるじゃねェか。まるで、魔力を回復するために眠りで防御に入った魔法使いみたいに」

「! リスか!」

 イルギリスはポケットを押さえる。けれどそれより一瞬早く、茶色の小さな塊は足を伝って床におり、素早く玉座の前にまで走った。ユーリは舌打ちするが標的が小さすぎて狙いにくく、魔法をかける前に、リスがこちらに向き直ってしまった。

「っ、フェイル!」

 向き直ったが早いか、駆けていたフェイルが手を伸ばし、リスの胴体を左手で掴む。

「あっ」

 しかしリスはやはり一瞬早い。しっぽの先の毛だけ残して、リスははねて逃げてしまった。

 リスは全身の毛を逆立てて叫んだ。

「この、役立たず姫にやられると思うのか!」

「役立たずって……失礼ね」

 フェイルは腰にさげていた剣を鞘ごと外し、どんと突く。振動でリスが飛びあがったが、怯えがない。半眼で見下ろし、馬鹿にしている。一度なりともこの場にいる全員を出しぬいて城をのっとりかけた実力があるのだから。もっとも、ジルカがうろんげに睨むと体を斜めにして居心地悪そうに手をもぞつかせていたが。

「そうね……確かに私は勉強が特別出来るわけでもなければ、魔法が使えるわけでもない。剣だって重たくて振るえない。だけど、ね」

 フェイルはよどみなく、平静に言葉を続ける。

「私は王女。そして私によって集められた人々が私に力を貸してくれる。その力によって貴方は倒されるのよ」

「はァ?」

 敵が脳天を突きぬけるような声をあげ、ジルカが口をあけて、しばらくして爆笑した。ひいひい言う声が広間に響く。フェイルはジルカをじろりと睨んだ。

「ジルカ、黙って」

「だってよーおっかしーじゃん。はー、面白ーッ」

「ジルカ」

「そっかぁ、それがお前の答えか。間違いじゃないな。ていうか前俺そういうこと言った気ィするけど。そうかァ」

 涙をぬぐいながらジルカが手を振る。邪魔してごめんさっさと続けて、ということらしい。フェイルは気勢を削がれていたが、咳払いして毅然とした声を作った。

「剣であれ魔法であれ、一人一人がすぐれていても、出会わなければ意味がない。私がいたから、今ここにいる彼らは出会って、私がいるから連携出来た。たまたまそうだっただけ、だけれど私がいなければきっと出会うのにもっと時間がかかったことでしょう。王様ってそういうものなんじゃない? 一人一人がすぐれているなら、それを結び合わせて力を発揮させていく。商人と同じね、何かと何かを出会わせるためにあるのよ」

 だから、それが私の存在意義。

「私の旅は、きっと貴方たちを出会わせるためにあったの、そしてそれらの力を借りるために。皆、助けてくれてありがとう」

 にっこりと笑った少女に、イルギリスはかすかに唇の端に笑みを浮かべ、目を伏せる。

「まだ何もしてねえけど。それって今から俺たちが力貸すのが当然で決定で「ありがとう」?」

「アーサーはいいのよ。今まで十分助けてくれたわ。最後の一押しが必要なの、この目の前の、悪い魔法使い殿を捕縛して」

 自分でやりたいんだろうに、とユーリは思う。幼い頃から、誰かが危険な目にあいそうなら、真っ先に走っていって、かばおうとするのだから。

 でも、今、フェイルは自分の能力を自覚しているらしい。人に願い人を使うことを考えている。

 ユーリはすごいんだから!

 そう言った、幼かった頃の彼女の声がよみがえる。すごいんだから、と言いながら、ユーリの恋を蹴った女。

「……俺が、いやえーとあたし? 私が、やっちゃっていいと思うんだけどさ」

 ジルカが面倒そうに言った。

「今回一応、ユリアノクの所為でこういう、ややこしいことになったというか、タイミング悪かったわけでさ。名誉挽回というか、ユリアノクの反逆罪を名誉で帳消し、にはしきれないだろうけど、相殺させてやりたいと思う。どう?」

「私は、かまわないけど」

 構わない、と言ったわりに、フェイルは戸惑ったような顔でユーリを見る。瞬いた目に、ユーリはどうにか表情らしきものを作ってみせた。肩をすくめる。

「僕も異論は無い。しかし陛下が許してくださるだろうか?」

「お父様、」

 フェイルがふりあおぐ。国王がため息をつく。

「姫の誕生日に呪いをかけようなどという心、その罪、またそれによって引き起こされた状況、それを考えるととても無罪とは言えぬ。十六という歳にふさわしく罪人としての刑を課すのが正当だろう」

「お父様!」

「だが」

 非難しかけたフェイルに目をやり、国王は咳払いした。

「……これは政治的なものというより、まだ幼い心の起こした、兄弟喧嘩の一種だろう。偶然、国に害を成すことを企む魔法使いが入りこんでいて、機会を与えてしまっただけで……そもそもその機会というのも、フェイル姫の誕生祝いだった。七人の魔女による祝福を与えるということを命じたのは私であり、魔法使いの人選と管理チェックミスをしたのは、イルギリスを初め、城の者にもある。ユリアノクのみを責めるものではない。イルギリス!」

「は!」

「本件による被害は」

「現時点で、私が宰相務を離れておりました手前、完全ではありませんが、――商業や取引関連以外、人的被害も盗難被害も、特別見当たらないようです。城下で火事がございましたが、めくらましでしかなく、怪我も熱もほとんどが現実ではなく、幻想の産物。直接の被害は、そう大きくはないかと。アルタイルの王子が城下に宿をとっておりますが、ご無事の様子。

 配下が既に情報収集にあたっている筈、引き続き調査いたします」

「うむ」

 大木のように、ゆら、と国王が揺らぐ。頷いたらしい。

「ユリアノク。後日詳しい判断を下す。現時点では、お前がフェイルの幼なじみであり城に仕えておる魔法使いベルガラス一統の白魔法使いであることをかんがみ、改心しておるなら、そこの犯罪者をひっとらえ、我々に忠心を示すがいい。それで許す」

「はい! ありがとうございます!」

「馬鹿馬鹿しい! 私に手出し出来ると思うのか若造が!」

 魔女が金切り声をあげる。ジルカが「でも現に今俺が閉鎖した空間から出られないじゃん」と呟くが無視された。ユーリが魔女に右掌をかざし、真剣な眼差しで呪文を唱える。歌うような綺麗な声は、フェイルにとって懐かしいものだった。記憶の中の声よりもずっと低くなりはじめていたが。

 初めは見下した目でいた魔女だが、不意に嫌な顔をした。舌打ちして掌をユーリに向ける。左手――魔法使いの指輪がはまっている方の手だ。真珠の大玉を金の台座につけた指輪をしている、悪い魔女。

 魔女が体をくねらせる。ぐるぐるとねじれて、色柄がかろうじて魔女だったのだろうというくらいに人間の形を失う。巻いた模様がマーブルのようになる。

「あぁああ!」

 魔女がどこか間伸びして見えた。縦横に、温めた飴のように伸びる。

 ユーリがそこで初めて、右手をひき、左手をかざしなおす。左、魔法使いの証である指輪のある方の手を。

 金の台座には小さめだが青い石。彼の目と近い色で、澄んでいて美しい。

(あぁ、やっぱり。ユーリはきれい)

 どこからともなく風が吹く。髪が巻き上げられるのをフェイルは手で押さえる。

(ユーリは、好き。だけどユーリが望む好きとは違うみたいで、ユーリはそれを怒ってる、多分今も)

 でも、こんなにきれいで、どきどきして、今まさに魔女を捕まえようとしている魔法使いの彼を、どうしてそれ以上、恋人のようには見られないのか。

(ユーリは私じゃなくて、他に良い子がいると思う……大事なんだけど。好きだし、助けてって叫ぶときはつい、ユーリなんだけど)

 小さいとき身近にいた歳の近い者がフェイルくらいで、親しかった気持ちが勘違いされているだけだと、思ってもいる。

(そう、だからたとえば弟で……)

 誇らしい。背筋をぴんと伸ばし、凛と顔をあげ、毅然と戦い、礼儀正しく人に礼を言える、幼かった可愛らしい弟が今や青年にさしかかる少年で、フェイルは嬉しい。家族みたいに嬉しい。――家族?

「でもやっぱり、何か違うか」

 呟いたとき、ふっと光が消えた。ユーリと魔女の間にあった筈のものが。

「あ、あれ?」

 もしや今のを全部独り言していてユーリに聞かれていて、ショックで魔法が途切れたとか――「やっと終わったかー」

 時計を確認する仕草をして、ジルカがやれやれというように肩をすくめた。

「ユリアノク、お疲れ。しかし普通に捕まえればいいのに、わざわざあたしがやられたみたいに、魔石に突っ込まなくてもいいだろうに」

「貴方なら、徹底的に自分がされたことと同じこと、またはそれ以上の仕打ちをするでしょう。僕にとっても、このぐらいやらないと」

 気が済まない。

「あーでもお前こいつのおかげで良い思いもしただろ? あたしは忙しかったけれど、見てたし。猫になってる間にフェイルに抱き上げられたり頬ずりされたり一緒に寝たり」

 少しは慌てそうなものだが、ユーリはちらりと王を見やり、澄ました顔でさぁ、と首を傾げる。意味が分からないフリだ。内心焦っていることを、拳を握っているクセからフェイルは分かる。

「ジルカ殿は何をおっしゃっているのか。僕には見当もつきません」

「でも、これ持ち運び楽だな」

 話を聞いていないらしく、ジルカはひらりと玉座前に行き、指先で魔女の指輪を拾った。魔女の姿は、魔法使いたちには指輪の真珠の中にあるように見えているのだろう。フェイルには分からないけれど。

「で、フェイル」

 それにしても別に戦いの邪魔にはなっていなかったらしいとほっとしていたフェイルに、ユーリが冷たく硬質な口調で、話し掛けた。

「何が違うって? 僕の魔法がへたくそだってことか? それとも自分でふんじばったほうが早いって意味? ちんたらしてるなって」

「えっ? そりゃ時間かかるなーとは思ったけど」

「思ったのかよ」

「ユーリ、口悪くなってない? アーサーとかの影響かしら」

「僕は口は悪くない。フェイルのほうが悪い」

「何よー」

 壇上では、ジルカが国王を手招きして呼んでから、思い出したように玉座の前にひざまずき、頭をたれている。

「ほんと、何でジルカってお父様に仕えてるのかな、あんなに偉そうなのに頭平気でさげるし」

「頭をさげることの一つや二つぐらい、この身の何が削られるかよ。あたしはあたしの誇りで生きてンだよ。誰かにどうこう言われたって言われなくたって死にやしないさ、まぁこの誇り高さをあがめまつれフハハとは思うから自慢するんだけど。

 国王はこの国で首一つで他国と決着つけてくれるヤツで、生まれで決まってンなら余計大変だろ、あたしくらいのヤツが頭さげて助けてやんないと可哀想じゃん」

「同情なのかよって感じ……?」

「フェイル、口悪いぞー」

「だって、可哀想って言ったし」

「王様可愛いしかっこいいじゃん。俺たちが守ってやんなきゃ死んじゃうかもしれねえんだぜ? お前だってそうだ。お前がお前の力で存分に生きればそれでいい、だけど俺たちの力を、お前が使ってくれるんだろう? 自分一人では人は力の使い道が狭くなるもんさ、あたしぐらいの強い魔法使い、べたーって民間で人間助けてんのもいいけど、国に仕えてでかい規模でざばーって掬いとって助けていけるほうが、他の、中位の連中が出来ないことやってくほうが、いいじゃねえか。色々都合があるンだよ、このジルカ・ジアン様の都合がな」

 広間に声が響き渡る。

「そしてェ、ちゃんと働いたら、誉めてくれ? 我々魔法使いは、お前らに大事だありがとう大好きだと言われるのが生き甲斐の一つみたいなもんなんだからな。」

「誉めるって……それは、ありがとうって、思ってるわ。ジルカも、ユーリも、ルトヴィヒ……イルギリスも。アーサーも。ありがとうって、」

「ユーリのこともさ、もっと褒めてやれよな」

「ユーリを?」

「あれでいて、結構がんばってるんだからさァ、結果はどうあれ。振るなら振り切るのも礼儀だけどなァ、わっかんねェだろうなァ」

 振り切る。

 これまでに告白されてきたことについて、だろう。フェイルは瞬きしてから、

「そんなの、いきなり白黒完全につけろっていうほうが、難しいわよ、」

 妙にうわずった声で叫んだ。

 叫んだが、ジルカは既に王と喋っていて、イルギリスは何らかの指示に向かい、アーサーとユーリ以外誰も話を聞いていなかった。

「ちょっとジルカ! 話を振っておいて何よー」

 むくれた姫君に、アーサーが声をかける。

「いーじゃん別に。もうさ。ばたばたしてるんだし。ちょっとぐらい時間が待てないっつぅの?」

「待てるけど! 絶対、あの人覚えてないわよ」

 フェイルはむくれたまま両手を握りこむ。

 小さい頃から相変わらずなフェイルに、ユーリは、何でこれがかわいく見えるのかと思ったけれど、やっぱり、贔屓目に見なくても、好きなものは好きなのだ。フェイルがユーリを好きだと言うように、その思いはまだ、続いている。

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