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7-2

   *

「よー馬鹿な坊やァ」

 ジルカはへんと笑ってみせる。馬鹿呼ばわりされた少年は、真っ白い魔女をふりあおぎ、座り込んだまま毒づいた。

「やかましい、この中途半端。へたくそ」

「下手はお前もだろー? そもそもあたしのミスっつったら、相手の魔法とぶつかったから変化して思いも寄らない魔法に化けただけで、それがたまたま城中びっしり茨茂らせて皆眠り込んで起きないっつう状態作っただけでさァ」

「他にもある。馬車だ、僕がフェイルをガードしてなかったら、おしまいだった。火事のことだって」

「ハン! あたしが警告して中からどうにか防御魔法かけてたさ! 火事のことだって、威嚇してやったしな! 気づかなかったのかい坊やはさァ?」

「わざわざ魔法空間を開いてそこで夢をつなげておいて、言いたいことはそれだけか」

「あー、そうそう。宝石ん中って綺麗だけど、狭いし魔法使えないしうざいし、外の会話全部聞こえるし手出しできなくてもう、腹が立つばっかりで暇だよ」

「だから、何の用、」

「……ユーリ、お前いい子だよね」

 急にしみじみと言われ、ユーリは怪訝な顔をした。

「何が。僕はフェイルを呪ったんだぞ?」

「ミスっただろォ。何だかんだ言ってフェイルになつきまくりだし、フェイルにその気がなくても、ちゃんと守ってやってる」

「な、」

 少し頬に朱がのぼる。ジルカはにやりとし、銀色の目に喜色を浮かべた。

「その調子で守ってやってくれよ? あたしはもうちょっとの間、出るのにかかるからね」

「……お前が犯人なんじゃないのか?」

「あー、何か微妙に誤解が。そっかフェイルのそばにいるから、フェイルが聞いてた話知ってるわけだよな。ええと、ルトヴィヒだっけ? 魔女っつったから。でもあれ文脈違うし」

「え」

「なー、そうだろ。イルギリス」

   *

 フェイルの足下で猫が鳴いた。いつの間にか、ちゃんと足下に寄り添っていたらしい。アーサーがおおいたいた、とはしゃいだような声をあげる。

「よかったなぁお前。黒やけにならなくて済んで……えぇー?」

 猫が、石をくわえている。

「あっ、どこかで落っことしてきちゃったのね! ジルカごめーん! 許してーあー傷はついてないみたいねよかった」

 緋色に近い紫の、きらきらしい色をした宝石が光る。フェイルは手の中で、服の袖でそっと磨く。

 ぼんやりと城を見ていたルトヴィヒが、ややあって振り返った。猫の目をじっと見て、それからため息をこぼした。

「ジルカに今、精神的に空間をつなげて通信を試みたのですが」

「え、何、通信?」

 ルトヴィヒの声が硬質に響く。

「……どうやら、敵は城の中。午には完全に元に戻るから、朝、城内に行ってくれと」

「ジルカが言ったのね?」

「えぇ……危険だからやめたほうがいいかと思われますが。……私の指輪さえあれば、今すぐにでも済むものを」

 視線だけで殺しそうなほど、きつく冷たいまなざし。絞り出すような声。どこかで聞いたような、喉の上でかすかにかすれる声だ。

「ん……?」

 怪訝そうになるフェイルに、たまたま正面にいたアーサーが口をもごつかせながら「あ!」と言った。

「何、食べながらしゃべろうとしてるの?」

「さっき拾ったパン。うまいぞ」

「いらないいらない、あんまり拾い食いしてるとお腹壊すわよ」

「そう簡単に壊してたまるかよ」

「今、何かに気づいたみたいな感じだったけど。どうしたの?」

「あぁうん。本気で乗り込むってんなら、何もないよりましだから魔石、ルトヴィヒ、お前にやるよ。フェイルは質屋になかったっつってたけど。魔石あったぜ。ほら。人んちの引き出しの奥に」

 アーサーが服をぱたぱたとはたき、内側に手を突っ込んでポケットをひっくり返した。じゃらじゃらと、輝くような宝石がこぼれおちていく。

「どんだけ盗んできてンのよお! 返してきて!」

「だーからー。森の掟」

「ここは町でしょうー!?」

「あ」

 ルトヴィヒが、大声を出した。二人は前のめりに喧嘩していたが、声に驚いて振り返る。

「どうしたの」

「あった」

 アーサーが持っていた石の中に、銀色の台座、綺麗な夕焼けのような、あざやかな橙色の、透明な、飴玉みたいな宝石がはまった指輪があった。かなり大きい。

「あ? これ? これは、城で見つけたんだよ。このお姫さんに出くわすちょっと前。同じ日に、調理場の手前の廊下で。こりゃ上物だなぁと思って内ポケットにつっこんどいた。城に乗り込むんなら、高価だろうがなんだろうが、命よかましだから。使っちまおうと思って出してみたけど。何か問題が?」

「やはり、それは私のものだ」

 深く息を吸い、ルトヴィヒが手を伸ばす。フェイルはその石を見たことがある。だから彼のものじゃないと知っている。違う、それは、それはあの人のものだ、それは、

「イルギリスのものよ!」

 叫んで手をのばすフェイルに、アーサーがぶつかる。

「いやあってるって! 魔法使いの魔法の指輪ってのは、普通の宝石と同じみたいに見えるんだけど、魔法使いが相手だと力の質が違うから反発して、下手すりゃ体ごと爆発して吹っ飛ぶ代物なんだよ! 見てみろ、ルトヴィヒは無事だろ」

 左手の薬指、しなやかな指の付け根に、指輪ははまっている。リングは太めだけれど、きちんと違和感なくおさまっている。橙色の綺麗な石が、意志をもつように、きらりと光る。左手を宙にかざし、ルトヴィヒは嬉しげに笑った。

「きっとイルギリスのに似てるだけだって。過剰反応してんなぁ、どうどう、大丈夫だって。落ち着け」

「だって、ルトヴィヒが、あんなにきちっとしてる人が、人のものをとるなんて、」

「……言っとくけど、誰だって人のものとか回しながら生きてんだぜ。働いて、通貨回して、人のことだまして、正当に生きてやがんだ。覚えとけ」

 アーサーが手を離す。フェイルは言い返そうとしたが、アーサーに頭をなでられて邪魔された。

「ねぇルトヴィヒ、」

 何とか言い返してよ、と言いかけたが、フェイルは一瞬息をするのを忘れた。

「……イルギリスう!?」

 先ほどまで短めの金色だった髪が、少しのびて、漆黒になっている。顔は鋭角的になり、きつさが増す。表情を隠すように、鼻の下に髭。服装は違うが、身長がやや高くなり、黒の宰相イルギリスになっている。

「何、で、どうして! 騙してたの」

「騙すも何も。私はきちんと、名を申し上げました。ルトヴィヒと」

 黒の宰相イルギリスは、フルネームで、ルトヴィヒ・イルギリス・ベルガラスという。種明かしに対して、

「わーお」

 アーサーが、気のない声で問いかけた。

「あのさー、俺の盗み、ちゃらにしてくれますよね? 俺が指輪盗んだから、ほかの、転売とかする盗賊にも盗られなかったし、悪い犯人の手にも落ちず、あんたの手に戻れたんですから」

「今更その口調で言われても違和感がある」

「しょうがないでしょう宰相殿。俺すげえミスったと思ってるくらいだし。あぁもう逃げ出したいくらいに」

 棒読みだが、顔色がさえないので本当に困っているようだ。

「では」

 宰相は掌を振る。それでイルギリスは、前の通りというべきか、ルトヴィヒの姿に戻った。

「今しばらくの間のみ、ただのルトヴィヒだと思え。気にするな」

「するだろ普通」

「……そういえばお前、自分の魔石は」

「今まで聞き忘れてたろ。本気で」

「……まぁ、そうだな、」

 洞察力注意力のなさを言われているようで、ルトヴィヒも歯切れが悪い。

 アーサーは自分の首もとを指さしてみせた。

「一応持ってる。大きさに関係ないっていう話は知ってるだろ、さすがに」

 服の襟をゆがめて手を入れ、細くて消えてしまいそうな金の鎖を引っ張る。先には、小指の爪よりも小さな、丸くて不透明に赤い石がついている。

「指輪はなくしやすいし。俺手元にあるといじるくせあるんでね。それに、」

「魔法使いってばれやすいからなの?」

「その通り」

 フェイルは正解だと言われて、何となくすっきりする。

「それでアーサーは魔法の指輪を手元に持ってなかったのね。ずっと気になってたの」

「嘘じゃないなら、結構えらいなぁ姫さん」

「一応、考えてはいるのよ。ただ、何を考えてたのかよく忘れるだけで」

「バカじゃん」

 さっくりと切り捨てて、アーサーはへしゃげて変な顔になるフェイルの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「バカとか色々気づいたとかのついでに。俺、前に言ったよな。犯人の可能性のある人間をあげるなら、一番怪しいのは、フェイルの誕生日に初めて、城に来てた人物だろ。何度か顔をあわせてるなら、魔法使いは相手の魔法の気配や形質を覚えてるから、滅多に混乱状態にならない。魔法が絡まったとしたら、変なのが紛れてたってことで、怪しい人物がいるとしたら、可能性は高いんじゃないか? てことで、一応見当だけつけてみてくれよ。もうさ、何一つわかんねえっつうんじゃ気持ち悪ぃし。こうしてイルギリス殿もいらっしゃることだしどうせ行くんだし」

「……最初に歌を歌った人たちは、私が小さいときにも見たわ」

「じゃあ違うかもな」

「他の人も……ユーリも、違うわよね。そういえばユーリと一緒にいた人は、初めて見た。初めて、派遣されてきたっていう、ベルガラスの」

 間があって、フェイルもアーサーも、ルトヴィヒもユーリも声をそろえた。

「それだ!」

「ていうか何でユーリがいるの!?」

「さっきぎりぎりとけた」

 白のローブを翻し、ユーリは窮屈そうに首もとの金ボタンをはずす。

「ユーリって……えぇ? これが? てことはこれ男ぉ?」

 声も少し低めの少女と見なしてもおかしくない程度で、アーサーのあからさまにがっかりした顔が、全然笑えない。

 顔を見てから、ユーリは皮肉げな笑みを浮かべた。

「ずっと、仲良くさせてもらっていたんだが」

「仲良くって……あ」

 アーサーは気がついた。

「銀灰猫はお前かー! 色が違うじゃねえかよ!」

「色彩と変身に関連が必ずあるとは限らない」

 さらりと言って、ユーリは長いまつげをいったん伏せ、毅然とあげる。

「気づいてたんでしょう、あなたは」

「途中から。はじめのうちは、ジルカ・ジアンの気配と魔法の名残が混乱して、発見できなかった」

「……じゃあ、ユーリ、本当にずっと側にいたんだ」

 呟いたフェイルに、ユーリは肩をすくめた。

「猫として行動した方が、君を守りやすかったから。猫にされたのは偶然だし、当初はジルカに占拠されていたから意識がなかったんだけど」

「やぁ! 君たち無事だったのかい」

 朗らかに、脳天気な声が響いた。

 四人が振り返ると、路上に、どうにか着替えたアルタイルの王子が、着の身着のままの少女をつれて立っていた。そばかすの散った小さな鼻、子鹿めいた大きな黒い目。

「あー……結局告白しに行ったわけかぁ」

 どうせ王子に遊ばれて終わりだと言外に匂わせつつ、アーサーが首を振った。

「王子殿下もご無事で何よりです」

 フェイルが応じると、

「うんうん。魔法の炎だったが、城のことといい、ラチタは大変だ。国賓をこんなふうにして」

 王子は、すすけた服を見せびらかすようにして両手をあげた。「その上、こんな可愛らしい子と出会わせてくれて」

「本気かな」

「いーやー、身分的にもだめだろ、遊びだろ」

 フェイルは小声でやりとりしてから、

(あんまり踏み込んでも……でも自分が「好きな人がいるなら告白すれば」って言っちゃったからなぁ……だけど王子に片思いとか、まさか、思わなかったような……)

 色々思ったが、

「そうですか」

 と笑顔を向けておいた。

「そうだとも、フェイル姫」

「え、ひめ、姫って、あの、えぇ……?」

 王子に肩を抱かれながら、少女がひどく驚いた顔になった。

「てっきり、お城に用のある使者の方だと……えぇ……?」

「えーと。じゃあ私、ちょっと出かけますから。後始末は、午後にはします。お時間をいただいてよろしいかしら」

「構わないよ、私は。うちの連中が無事帰ってくればそれで」

「では」

 ルトヴィヒが一礼する。相手が黒の宰相イルギリスだと気づかぬまま、王子は国賓らしい鷹揚さで、あぁうん、と頷いてみせた。

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