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6-3

   *

 暗闇。

 気がついたら、一人だった。

 外のざわつきが耳に触れる。

 あぁ眠りかけていた、フェイルは瞬きして思う。他の二人はまだ外に出ていて、宿で猫と二人、ベッドに寝転がっていた。

 柔らかなビロードのような感触がして、フェイルは猫を抱きしめる。

 銀灰猫の毛は、猫柳のようにふさっと揺れる。

 フェイルはそのとき、確かに目が覚めていた。

「会いたいな……」

 ユーリはどこにいるんだろう。

 涙がにじみかけた。

 大事な友達なのに。

 どうしてあんなことをしたのか。

 聞きたかった。

 他の誰の前でも泣けないけれど、ユーリの前だと、泣いてしまいそうで、格好悪くて嫌だったけれど。

「ユーリ、どこにいるの……」

 ふわりと包まれるような感覚があった。音が丸くなってきた。やがて耳が雑音を拾わなくなる。

 しんとして、視界は暗く、のっぺりした空っぽの部屋にいるのだと分かる。先ほどまでの、ベッドと板床のある部屋とは違う。

 ずっと長いこと閉め切られた、広い部屋のようだ。

 魔法で出来た空間だ。フェイルは以前、これを見たことがある。

 ジルカの展開したものも、イルギリスが使ったものも。そして彼ら以前に、幼いときに、幼なじみが作った場所。

 他の魔法や条件、それらからの干渉を避けて思い通りの魔法効果を出すために、魔法使いがよく用いる。自分だけの、異空間だ。

「でも、誰のものなの……」

 かつ、と誰かの足音がした。硬質な床を踏む音。振り返ると、真っ白いローブを肩にかけ、白い上下をまとった少年がいた。多少鋭い目だが、十分、可憐な少女にも見える。

 相手は無言のまま、数歩先で立ち止まった。

 フェイルは思わず声をあげた。

「ユーリ、どこに行ってたのよ……!」

「ずっと、側にいた」

 泣き出しそうな顔で見られ、ユーリは心持ち困った表情になった。

「側にいたよ、フェイル」

 唇をへの字に曲げ、フェイルは首を左右に振る。いなかった。ユーリは側にはいなかった。

「うそつき、」

「嘘じゃない」

 剣呑さがないユーリは、幼い頃の面影があって、ただ懐かしい。フェイルは涙が出そうになる。

「どうしてあんなことをしたの? こんなことになって、皆戻ると思うけど、もし、」

「こんなことになったのは、ごめん。フェイルを傷つけるのは本意じゃない」

「でも、何か変なのろいをかけようとしてた」

「してたけど、絡まって別の魔法に引きずられて持って行かれてしまったから。だからまだかかってない」

「何で、呪いを?」

「最初に言ったとおり。ただあのときは、いらついて思わず爆発しただけなんだけど……それに、フェイルは十六だろう、そろそろ婚約とかの話が、あるじゃないか。聞いたんだ、噂で。フェイルがアルタイルの王子と婚約するかもしれないって」

「私十四のときにふられてるんだけど。元々その気もなかったし」

 顔をしかめ、ユーリは自分の話を続ける。

「守れなくて、ごめん」

 守る云々の前に、言いたいことがある。

 フェイルはむっとして、けれどうまく言葉が出てこない。喉よりも手前ですべてつかえる。

 仕方がない。このまま泣いてしまいそうで、回避するために唇を開いた。

「ユーリ、ジルカの考えは正しいと思う? 魔法使いの立場から答えて」

 フェイルは目を見た。相手の目は水色にも似た、綺麗な空の色をしている。フェイルの目は、安っぽい、まがい物の宝石のような、「青」らしい青。昨日見たのに、今日は鏡を見る暇もなかった。本当にいつも通りの格好なのか、フェイルには分からない。

「フェイルは変わった」

「ユーリ?」

「少し、きれいになった」

「ユーリ、からかってる場合じゃないわ。まず城の皆を助けなければ」

 ユーリまで、社交辞令の真似事をする。フェイルの右頬に、ユーリの左手のひらが触れた。

「なぜいつも、フェイルは僕の話を聞かないんだ」

「ユーリが、先に私の質問に答えてないからよ。順番」

 強気に出られ、ユーリはため息をついて目をそらした。そらしたまま言う。

「僕の見立てでは、魔法が絡んでいる。内訳としては、ベルガラスとジアンと、それ以外の魔法が絡んで複雑になっている」

「ジルカと同じね」

「……まぁ、そんなところ」

 ユーリは言葉を濁したが、すぐに平静になった。

「ジルカ・ジアンが手だてを考えているところだろう? 彼女は有能な魔女だ。信じるにたる。任せておけばいい」

「でも」

 ふとユーリがいやに真剣な眼差しでフェイルを見た。反射的にフェイルは首を左右に振る。

「やだ」

「フェイル、こっちへ」

「いや」

 首を振ったフェイルに、ユーリは一歩で近づいた。ゆらりといくらか遅れて白いローブが足元に舞う。靴音が妙に神経にさわった。

「や、」

 ため息まじりに、ユーリがフェイルの名を呼ぶ。反射的に目をつぶったフェイルの頬に右手を触れ、深く口付けた。鉱物が舌の上にのせられ、無理やり奥へ押しこまれる。感触が、ぬるくて冷たい。喉に左手が触れて、反射的に嚥下する。

 我に返って「突き飛ばす」という技を思いだし、フェイルは実行した。よろけながら、ユーリが口元をぬぐう。目を逸らした。

「フェイル、僕はまだ君が好きだ。君が危ない目にあうのは嫌なんだ」

「だっ、て! ユーリが、やったんじゃないの、城があんなことになって、そんなふうに言うのならどうしてあんなことを」

「だから! あれは偶然、他の魔法が」

「でも引き金になったのはユーリの魔法じゃないの!」

 ユーリは口をつぐむ。眉間にしわが寄っていて、いらつきが目に見えた。うまく言葉が出てこないようだ。

「大体、こんな、キスみたいなまねして、何飲ませたのよ……好きなら、私の嫌がること、しないでよ」

「好きだけど、フェイルは僕を相手として見てくれてない。

 それと、僕はまだ、完全に魔法学校を正式卒業したわけじゃない。今指にしてる指輪だって、石はまだ仮段階だ。力が安定しきらない。第二段階の試作品の宝石を、君にあげる」

「……飲んだから、多分数日中に出ちゃうと思うんだけど。くだせばもっと早いし」

「リアルにそういうこと言うな」

「言っても幻滅して嫌いになったりはしないんだ?」

「させたかったのか? 残念だけど、それもフェイルだから嫌いにはならない。石についてだけど、体内に入った時点で僕が分解させた。君の「中に」置いた。物理的な問題じゃなくて、いわば……魔法使い的な意味での、人間の内側」

「良く分からないけど、出ないのね」

「出ない。これで君に向かう攻撃は僕がはね返す」

「ユーリに負担になるんじゃないの? そんなの大丈夫なの、危ないでしょ、ユーリあんまり丈夫じゃないんだし」

「それは、過去の話」

「そんなに細いのに?」

 むっとして、ユーリが背を向けた。白にも見える、クリーム色がかった金色の髪がさらりと揺れる。綺麗な、繊細な色味だと思う。抱きしめてみたいくらい、まだ頼りなげに成長途中の、細い背。

(嫌いじゃなくて、好き、なんだけど)

 それはユーリの求める「好き」じゃないらしい。

「早く帰れば」

 つっけんどんにユーリが言った。

「危ないまねばっかりして、僕の思いも知らないで」

「一歩間違えるとただの変態みたいな発言」

 何だかしつこくすねているようなので、フェイルも同じくらいすねた発言を投げた。

「帰るもの。迷惑かけててごめんね」

 固い声になる。ユーリが振り返らない。何だか恥ずかしくなって、フェイルは真っ暗な中を駆け出した。物理的な距離より長く走って、部屋の端に出た。ベッドから数歩の距離。あの空間では、かなりの距離。

 悲しくて、ふてくされて部屋の隅に座り込んだ。

 銀灰猫すらいなくなっていて、部屋はただ薄暗い。


「本当はどういう見立てだ?」

「いたのか」

 魔法で作られた空間。取り残された影に、一人の影がひょいと近づく。

 顔をしかめたユーリに、ジルカが笑った。

「だってフェイルと一緒にいるんだもの。一緒に魔法領域に行ってもおかしかないだろ」

「それはそうか」

「さすがにお前さんは回復が早いね。学年第三席」

「うるさい、主席と次席が人間離れしすぎなんだ」

「別に三番目ってのをバカにしてるわけじゃないけど。からかおうとはしたからあんまり言えないねェ。ともあれ見立ての話」

「……別の魔法が絡んだ、と言った」

「聞いてた」

「招かれていない、予測不能な誰かの魔法が絡んだから、その異質さを判定するのに間に合わず、皆の魔法がそれを計算に入れられなかった。結果魔法が絡み、おかしいことになった、と考える」

 素直な表情で言われ、ジルカもまた一瞬だけ真顔になった。

「それだけ考えてるなら、案外色々なことが見えてるのを黙っているんじゃないのかい? だてに王宮魔法使い就職志願じゃないなァ」

「なぜ知ってるんだ」

「あたしが偉い魔法使いだから。なぜジルカに任せると言った? 思い人にアピールするチャンスだったじゃないか。自分で助けてやると言ってやればよかったじゃないか! そしてうまくいったらご褒美にキスでも何でも強奪すればいい」

 大げさに身振りを加えて、ジルカが笑う。憤慨したようにユーリは顔をしかめた。

「僕の専門分野は、光魔法と薬草学だ。魔法の追跡と解除は、不本意ながら、普通の魔法使いより少しうまいくらいのものでしかない」

「変身学とかは?」

「人の体に乗り移るのも含めてか?」

「案外根に持つ子だねェ、あたしが中にいて気持ちよくなかったのかしらァ」

「吐き気がする」

 ユーリは身震いし、それから背を向けて歩き出した。

「どこ行くんだい」

「探す。お前のやり方ではないものを」

「フェイルのために、のわりにはうかないねェ。自分が絶対に君を助けるよ、とかなんとか言ってばーんと威張っておいて、やり遂げる発憤材料にすりゃよかったのに」

「お前は、そういう、他人の期待が好きなのか」

「大好物だねェ、期待されればされるほど幸せ。絶対に裏切らないよ、あたしは。期待には答えるし、持ち上げられるのは大好きだ」

「では、今の仕事は適職だな」

「あんたは、失敗したら怖いんだろう。そう思うから出来るものも出来なくなるのさ! ハードルは絶対に飛び越えるところしか思い描く必要はない。魔法使いは理論と目の前の論理を疑って構わないが、自分が出来るかどうかを疑うな」

「大きな事なら話は別だ。僕は自分が出来ることは疑わない。真実それを信じている。ただ、僕以外の他の連中が動いていくほうが、安全で勝手が良いことがある。複数名味方がいるのであれば、連携出来るものはすべきだ。

 そもそも可能性のあることをつぶしていく際には、最初から大言壮語するよりは、ジルカに目を向けさせておいて、その間に立ち回ったほうが動きやすいこともある」

「水面下の努力は、人には見えない。評価されないよ?」

「最後には目立つところに出る。それまで静かにしているのも芸のうちだ」

「案外、宮廷魔法使いに向いてるのかもねェ」

 魔法の空間がとかれ、ジルカの姿も徐々に消える。

 宿の部屋が、一瞬だけはっきりと見えた。

 ジルカはほのかに笑ってみせる。

 フェイルはうとうとと眠りかけているようだ。


「裏切り者はだーれだ?」

 ジルカの声が聞こえた気がした。

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