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 隣のカフェテラスには、人影がまばらにある。近所の人と、旅の途中で森での野宿を免れて休んでいる者。

「いないみたい」

 フェイルはついでに、売られていた安いキャラメルを手に入れて二人に渡した。

「作ってる暇がなさそう。娘さんなんだけどね、さっきふらふらっとどこかに出ていったんだって。捜さなきゃ」

「こういうときこそ出番だ、いけ!」

 アーサーが銀灰猫を地面に放ったが、猫は地面に落ちて、ものすごく嫌そうな顔で振り返り、そっぽを向いて座り込んでしまった。フェイルは手を伸ばし、猫の頭を撫でて抱え上げた。嫌がるでもなく、猫は大人しく、フェイルの腕におさまる。長いしっぽが、腕の上を通ってぱたぱたと振られた。

「お、満足そうだなー、野郎よりいいってか」

「どこにならいそうかなぁ」

 城に行って帰ってきた女の名は、サマサ。

 茶色の髪に大きな目。そばかすの散った小さな鼻。

「いた」

「どこ」

「ていうかルトヴィヒ、お前全然動じないであっさり指さしやがってよ、走れバカ」

 向こうの通りに、小走りに駆けていく少女の後ろ姿が見えた。赤茶に近い色の髪が、頭の高い位置でくくられている。小鳥の尾のように小さなしっぽだ。

「何か探してるのかな」

「だから、即座に追わない方がいいかと」

「じゃあどうやって捜す気だよ」

 左手を持ち上げてから、ルトヴィヒは痛いことに気がついた。

「魔法が使えない」

「それ見ろ。だから俺は、自分の魔法ばっかりに頼るなって言うんだ」

「初耳だけど」

「魔法使いってのは魔法が使えさえすれば偉いみたいな顔してるからさ、周りにいればよく言う。今はほら、魔法使いらしい魔法使いが身近にいないから言ってないだけで」

「なるほどねー」

 言いながら、足音を立てないように追尾し出した二人を、ルトヴィヒは見送る。銀灰猫は案じるように、フェイルの腕から振り返って見ている。

 ルトヴィヒは、あるかなしか唇を動かす。相手が魔法使いであるなら、その意味が分かるはずだ。

 果たして、猫は頷いた。そのように見えた。

 ルトヴィヒはポケットに手を入れ、ため息をついて歩き出す。ポケットの中に、リスと、魔石がある。アーサーは「なくなったらすぐに気づく」と言ったけれど、同じ重さの石を入れたら全然気づかなかった。

「身辺には気をつけられよ、若き姫君」

 呟いて、ルトヴィヒは石畳を踏み、フェイルたちが行ったのとは反対方向へと角を曲がった。

   *

 フェイルが走っていると、アーサーがすぐに追いついた。フェイルはふと思いつき、アーサーに彼女を呼び止めてもらっておこうと決める。

「私、城の方に行ってみる」

「おい、危ないまねすんなよ」

「アルタイルの王子の証言から考えれば、茨の中に行かない限り、眠り込んだりはしないみたいだし。近づいても、危険はないと思う」

「魔法使いなめてかかんなよ」

「少し近づくだけだから」

「ルトヴィヒぐらいつれて……あ、ルトヴィヒは?」

 首だけでちらりと振り返り、アーサーが眉をひそめた。フェイルも「本当だ、いない」と呟いたが、

「あとで合流できるんじゃないかな?」

「おーまえなー。信じるのも大概にしねぇと、バカ見るぞ」

「もう散々みてる」

「……反省の色がねぇよ」

 フェイルは黙って肩をすくめた。

「じゃ、とりあえず。また後で追いつくわ」

「どこで待ち合わせりゃいいんだよ」

「この子が捜してくれるといいなぁ、なんて。まぁ最終的には宿に戻ってて」

 フェイルが銀灰猫を示す。アーサーは去っていくフェイルを見送ってから、顔をしかめたまま呟いた。

「あいつ、俺が逃げるとかそういう考え、ねぇのかよ」

 どうせ後でジルカが見つけだすという算段だろうが、何だか心配になってくる姫である。


 森を斜めに抜けて、城へ続く大きめの、舗装のない道に出る。

 フェイルの肩に乗って銀灰猫はゆらゆらと尾を揺らし、眠たそうに前を見ている。

 何も起こらない。城がどんどん近づいてくる。

 このまま帰ったら、皆何事もなかったように動いているかもしれない。

(お父様もイルギリスも、ユーリもいて、皆無事で)

 それで、

「に」

 猫が耳元で鳴いた。うなるように、後ろを見ている。

「何?」

 地鳴りのような、猛る音が響いている。耳を澄ませすぎた、音はすぐ近くでいやというほどうるさく響いている。姿が見えないと思ったら、もうすぐ隣を走っていたのだ。

 それは馬車だった。二頭立ての、黒塗りの馬車。この町では荷車くらいしか見ないし、乗り合い馬車は町の入り口までしかこない。ここは町の奥だ。城の森に入りかけた場所であり、ここまで来る馬車があるとすれば、城に用があるぐらいしかありえない。

「誰、」

 止めないと。反射的にそう思った。もし茨をかきわけて運良く入れたとしても、アルタイルの王子の従者たちのように、中で眠り込んでしまうかもしれない。よりにもよって客人をこれ以上巻き込むわけにはいかない。

「止まって……!」

 フェイルは早駆する馬の前に走り込むようにし、逆に速度を上げられた。

「当たり前か……!」

 どうやって止める? 迷わず弓を使おうとしたが、手が腰を空振りした。

「森で、あのとき落としたきりだ、」

 猫が鳴いた。まだフェイルの背にのぼっていた猫は、ぱっと飛び出すような、構えの仕草をする。

「ごめん、飛んでくれる!?」

 森のさしかける枝が、左右にたくさん並んでいる。枝を落とせば、馬が止まる。驚かせて暴走したら困るのだが、フェイルはそこまで考える前に猫を投げた。ばさりと枝を落とし、猫はひらりと体をひねって幹にしがみつき、自力で降りる。

 馬は案の定後ろ足で立って前足で空をかき、大声でいなないた。が、御者の腕がいいらしく、すぐに落ち着く。

「ごめんなさい、私はテルテット・ラチタの王女フェイル! 今城には行かれないの、危ないので引き返してください!」

「これは……」

 どういう、といぶかしそうにした御者に、フェイルは首もとから細い鎖を引っぱり出し、その先についていた、小さな丸い時計を見せた。金の蓋に、ラチタの王の紋章が入っている。王の子である証だ。見せてすぐにしまい込む。

「これはご無礼を! 私はアルタイルの者。白の魔女殿と連絡が付かないから、迎えにあがったのです」

「白の魔女とは、エレイン……エルレイン・ソフィエルのことですね?」

「はい」

「迎えに、とは――王子殿下のことではなく?」

「そもそもエルレイン・ソフィエル殿が、フェイル姫の祝いに駆けつける予定でした。ですが火急の用があり、かなわないこととなり、翌日参られることになりました。王子はついでです」

「ついでとすげなく言われるなんて、王子も結構、人望があるというかないというか」

「いいんです。殿下は次男。長子シデリール様が世継ぎ。殿下は領内の娘と結婚する予定があるのに、もうずっと逃げてらっしゃる。腰抜け扱いされてますよ」

「それは言い過ぎだと思うけど。その、本も読んでらしたし」

「本を読めば賢いというわけでもない」

 ぐす、と鼻を鳴らしてから、御者は手をさしのべてきた。

「良ければ話を聞かせていただきたい。本来は私が降りて話を聞いた方がいいが、ここを離れた方がいいのでしょう?」

「えぇ、まぁ」

 良かった、と微笑み、銀灰猫と目を合わせ、黒髪の青年は急に笑みを消した。

「減点したくなる程、気になる弟子もいることだし」

「え?」

「いえ。エレインは私の弟子なのです、彼女からあなたの話は聞いている」

「あの。失礼かもしれませんが、エレインは今二十代で、あなたは十九くらいに見えるんですが……お名前も教えていただけませんか?」

「これは失礼を。私、魔法学校第二百二十七期教官、ソルフィアン・バルドスと申しますお見知りおきを」

 果たしてこれはラッキーなのか。

 フェイルは、この男が偽物なんじゃないかという疑いをはらすことが出来ないまま、一緒に御者台に座っていた。かたことと軽い音を立てて走る馬車は、後ろに衣食関連の資材を積んでいると、ソルフィアン・バルドスが教えてくれた。

「いったいどういうことなのか。まったく連絡がつかない上に、領内に入った瞬間私の魔法も使えなくなったのです」

「え、なぜ、」

「手癖の悪い輩が。いや実に心外です、リスが魔石を……魔石というのは、ご存じですか。我々魔法使いの、魔法を使うため自分専用に作り上げた、魔法を安定して用いるための道具なのです。あれがなければ、どんなに強い魔法使いも、己の魔法を扱いかねる。ミルク壷の注ぎ口が奪われたようなものです。口がなくて、出せないのです」

「……じゃあ今は」

「無力ですね。残念ながら。何かを見抜くとか、そういう力は、魔法でないものとしてこの身にありますが」

 言いながら、彼は猫を見た。

「ふがいない」

「この子を知ってるんですか?」

「知っているも何も。何のために魔法を学んだのか」

 猫はうつむきそうになったが、一度きっと顔をあげた。鳴くように開きかけた口を、男は指でつついて閉じさせる。

「いいか。リロードで情景だけ見たが、噴飯ものだぞ」

「リロードって何ですか?」

「時間をさかのぼってもう一度見ることが出来るのです。私は、現時点で自分の魔法は使えないが、道具は使える。蓋を開ければ、願った時間に巻き戻して事態を把握できます」

 ちらりと、片手で胸元から小箱を引き出し、男が見せてくれた。手をのばしかけるが男はすぐに懐にしまってしまう。

「でしたら、どうしてこんなことになったのか、分かるんですか!?」

 はっとして叫んだフェイルに、えぇ、と男は頷いた。

「ですが、ここでは言えない。タイミングが悪いことに、うちの弟子がろくでもないきっかけになっている。そもそも知らない人間を見たら疑えと言うのに。簡単に言いくるめられて」

「弟子って誰ですか」

「仁義です。言わないでおこう。ジルカはどこに? 宝石に閉じこめられたとはいえ、そろそろ力が戻っている筈」

「あ、ここに――」

 フェイルはポケットに手を入れる。指の先に、体温でぬくもったなめらかな石の表面が触れる。一瞬、軽くびりっとした。

「?」

 不可解な、違和感。フェイルは首を傾げ、いったん手を抜く。

「けがはしてないような、」


「知った気配があると思えば……」

 ルトヴィヒが、森の影から手を伸ばした。掌にあった空色の宝石が、太陽の光を受けて真っ白に輝く。やがて飴のように溶けだし、地面にまでたれおちた。

 小さく呪文をささやいて、ルトヴィヒは馬車に叫んだ。

「姫を任せると言ったろう! 馬鹿者、気配と魔法の名残に騙されたな!」

 それまでうつぶせに頭を垂れていた銀灰猫が、瞬間ばっと顔をあげた。

 血の気が引いたような表情に、フェイルは何事かと、見守って、気づいた。猫の視線の先、御者台の男が、黒い塊になって、ゆっくりとこちらに手を伸ばしている。

 悲鳴をあげたフェイルの前に、銀灰猫が躍り出た。背を丸め、猫がうなる。

 加勢するように、溶けた魔石の一滴が目の前に飛び、猫はそれを前足で叩く。苛烈な白い光が走った。

 黒い塊は、間延びしたように四方八方へと裂け、そのまま霧散して消えてしまった。

 気づけば馬車も跡形もない。ぺたんと地面に座り込んだまま、フェイルはまだ警戒を続けている猫を、後ろから抱きしめていた。

「何、今の、」

「投影です。魔法を用いる当人ではなく、魔法で作られた影。近辺に魔法が使えるものがいるらしい……何者か」

 ルトヴィヒが答えて、木の陰から歩み出た。白金の髪が光を受けて、雪のようにまぶしい。フェイルは目を細めてから、

「ルトヴィヒ、今、魔法が使えてた……?」

「えぇ。小さい石でしたが、質は良かった。ですがあれ一回きり。あと何度やれるかどうか」

「そっか……やっぱり、ジルカを待っていたいけど、彼女が来る前に先に動き出していないとまずいみたいね……」

「私は先ほどまで町を見て回っていたのですが、動きがあったのは今、姫が会われたものだけです。しかも信用させるために、実在人物を装われた。

 やはり離れるべきではありませんでした。申し訳ない」

「ううん、それは、いいけど」

 猫が、苦しげに身じろぎした。フェイルはそれでも抱きかかえたまま、立ち上がろうとする。バランスがよくないので、ルトヴィヒが後ろから手で支えた。

「ごめん、何か結構、怖かったみたい……」

 怖さよりも強く感じたのは、野性的な勘で分かる「寒気」だ。冷たい空気の舌でなめられたような、ぞろりとした感触。一角獣に出くわしたときのような神聖さはない。逆の、おぞましさがある。

 ルトヴィヒが背を掌で押さえるようにして上下に撫でた。掌のぬくもりが、寒気で抜けていった生気を与えなおしてくれるようだ。

 体が震えているフェイルに、ルトヴィヒが叱るように言った。

「当たり前です。魔法使いでも、実際に戦闘となれば恐れは出る。ましてや初めてでは。姫は、悪意の魔法に出くわすのは初めてでしょう」

「そうね、だから、普段結構のんびりしてる……まさかこんなことになるなんて」

「自分の身が危うくなるまで、人というものは、己が危機に陥っている事実にすら気がつかないものです。

 アーサーが、先ほどの女性に追いついている筈、我々も合流しましょう」

「うん、」

 手をさりげなくひいてくれたルトヴィヒに、フェイルはひかれるまま歩き出した。銀灰猫が足下に寄り添う。ぴんと立ったひげと尾が、勇ましげに歩くのにあわせて揺れている。

「ねぇ、二人とも。ありがとうね」

 小さな声でささやいてみると、猫は顔をあげ、どういたしましてというように小さく鳴いた。

 背後では、茨に覆い隠された城が、巨大な巣のように控えていた。

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