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 森を抜けると急激に視界が広がって、フェイルは何だか怖くなった。狭い隠し通路で鬼ごっこをしていて広間にうっかり転がり出てしまったような、妙な心もとなさを感じる。

「はーやっと抜けた」

 頭についた木の葉を払い落としながら、アーサーが茂みを飛び越えて大きめの通りに出た。ルトヴィヒは猫を抱え、特別感慨もなく、そのまま通りへと歩き出した。

 町の様子を見て、ルトヴィヒが「西ですね」と呟く。靴の溝に詰まった泥を石畳で落としながら、アーサーが生返事した。

 城の正面の大門を抜けて森の間を行き進むと、南の町がある。城を出て西にある「動物の森」に入ったが、さらに南へ抜けて、町の西に出たらしい。

「お昼をちょっと過ぎたくらいかしら……明るいうちに帰ってこられてよかったわね」

 鋭いくらいに明るい太陽が空にかかっている。フェイルの金髪が、こうしてみるとやけに鮮やかさを失ってくすんでみえた。

「姫さんの太陽は、直射日光の下だと木陰みたいだなぁ」

「それ、どういうたとえなの」

「あー、まぁ、夜明けの月みたいな。太陽ほどは派手派手しくなくて、心と目にいいっていうか」

 フェイルは意味に気づき、肩をすくめた。

「よく言われるの。フェイル姫は太陽のようだけれど、本物の太陽にはかないっこないって。太陽と比べても意味がない気もするんだけど」

「そんだけ姫に注目してる奴が多いってことじゃねえの」

 アーサーがけろりとした顔で、フォローのようなものを入れる。フェイルは分からない、というように首を傾けてみせた。

「どうかなぁ……。まぁ、そういうのは言われて腹は立つけど、でも本当にそう思われるような髪なんだし。言いようとか、言っていいことと悪いこととか、あるでしょうって思うけど。言いたい文句はたくさんあるんだけど……」

「周りの奴らにやっかまれてんじゃねえの。あぁそーいうもんかって受け流しとけよ。拗ねない媚びない甘ったれない。自分がだめとか思いこまない。お前以外のものにあこがれてみてもいーけど、お前を否定すんなよ。俺は、今のお前にいいところたくさんあると思うし、お前だからついてきてやってんの」

 フェイルはきょとんとした。

「アーサー、話がよく分からないけど、なぐさめてくれて、ありが、」

「お前、他人をもうちょっと信じろよ。俺もルトヴィヒも、太陽みたいなお前についてきてんだよ。本物の太陽じゃなくて、本物のフェイルだからいいんだよ。つーか何こっぱずかしいこと言わせてんの、ルトヴィヒ、お前も何か言えよ」

「姫、お腹が空いていませんか」

 ルトヴィヒが真顔で振り返る。

「すいてますよね。すいているに違いない。嘘をつくな」

「まだ私何も言ってないんだけど」

「ちょうどそこに屋台が」

「でもお金が」

 ルトヴィヒがアーサーを見た。手を突きだし、

「そこに。換金すれば」

「あっそうか、アーサーが盗んできた宝石が」

「大声で言うな。しかも勝手に使っていいのかよ、」

 嫌な顔をしたアーサーに、ルトヴィヒは真顔で言う。

「いいです。私が許可します」

「お前に許可されても」

「じゃあ、後で私が怒られることにするから。一番小さいの使ってちょうだい。それ、その翡翠っぽいの。多分それ、子供の一年分のお小遣いよりは安いから」

「やっすい宝石だなおい」

「小さいしね」

 小指の爪よりも小さい石を、アーサーがルトヴィヒの掌に置いた。

「じゃあお前、行って来い」

「どこにだ」

「質屋。まさかお前、換金したことないんじゃねえだろうな。パン職人だって、小麦売った金はそのままつかっちまうだけじゃなくて、金目のものに変えて持ち運びやすくするんだろ?」

「アーサー、お前の価値観では、通貨は使えないもののようだ」

「使い勝手が悪いって言え。国を出たら使えねえ地域通貨なんざ、旅行に向かない上国が倒れたら一巻の終わりだ」

「アーサーの価値観は分かったから、今はそこのパンを食べるのに必要な、この国のお金と交換してこようよ」

 フェイルは「面白いから後でまた聞きたいけど」と笑って、ルトヴィヒの手から宝石を拾い上げた。

「行ってくるね!」

「何でお姫さんが、質屋の場所知ってンの」

「姫は幼い頃によく、城を抜け出して遊んでいたそうですから。私がここに来る前なので直接は知らないが」

「お前も大概、落ち着かないしゃべり方するなぁ」

 人通りが微妙にあるかないかで、のんびりとしている。ついアーサーもルトヴィヒも、太陽に当たってぬくもって、ぼんやりしてしまう。

 風向きが変わって、パンの匂いがはっきりと届いた。すぐにそれて、匂いのない風に変わる。

「換えてきたよー。えへへ、前にも換えてくれたおじいちゃんと同じ人だった。私のこと覚えてたわ」

「そりゃ自国の王女の顔忘れてる国民もいねぇだろ」

「ううん、そうでもないかと思うんだけど」

 そもそもおじいさんはフェイルが姫だから気づいたのではなく、小さい頃に換金しに来ていた子で、しかも目の前で「自分で作りました!」と言うもう一人の子供が一緒にいたことを覚えていただけなのだと思うが。珍しいことに、持ち込んだものは、大抵はユーリの作った魔石だったし。

「ともかく、腹ごしらえしておこうね」

「俺三つくらいもらえたら嬉しいんだけど。足りる?」

「足りる足りる。お金は気にしないで、アーサーにも後で請求したりしないから」

「にも?」

「そ。ルトヴィヒの場合はお城の関係者だから、私が責任を負うからいいの。アーサーはどろぼ」

「あーそれ外で言うなって」

「言われたくなければ、そういうことはやめたらいいのよ。確か城でも求人があったと思うし、服役ついでに奉仕してみない?」

「お前おもしれーこと言うよな、言うにことかいて泥棒に城で働けと」

「だってアーサー、全然悪人らしくないんだもの。あなた、悪いことがしたいわけじゃないんでしょ? 暇だから悪に片足つっこむなんて、かっこいいことじゃないわ。アーサー折角、人に好かれそうなのに」

「今の嫌みか、高度だなお前意外と」

「嫌みじゃないけど。ルトヴィヒはもうちょっと笑えば、皆がおそれて近づけないっていうのがなくなって、もっと友達が増えるんじゃないかな」

「増えても困る」

「困るの?」

 ルトヴィヒはこれには答えず、アーサーの方を向いた。アーサーは一瞬だけきょとんとしたが、直後飛びすさるようにして体をひいた。

「うわ無理矢理笑うな! 黒い悪役みたいやめろきもちわるッ」

「そういうこと言うからルトヴィヒが笑わないんじゃないの」

 ルトヴィヒが頷く。澄ました顔で頷かれ、アーサーは不機嫌に「心からの笑いじゃないからそうなるんだろ」とぼやいた。

 小さな屋台のおかみさんが、パンに野菜と薫製肉を挟んで客に渡していく。そう多くはない列がちょうど今ゼロになった。

「ルトヴィヒは二個でいい?」

 無言で頷くルトヴィヒに、アーサーは「拗ねたガキみてぇな顔してんなよなー」と小突くまねをした。

 フェイルは「私も二個」と微笑み、

「こんにちはー! 七つくださいな」

 屋台のおかみさんに明るく声をかけた。

「はいよぉ」

 ずっしりした肉の塊のようなおかみさんは、たくましく筋肉のついた太い腕を軽々と振り、またたくまに品を完成させた。そのわずかな間に、フェイルは話しかける。

「最近この辺りで、良い噂や悪い噂はないかしら? もう随分前からここには来てなくて」

「そうなのかい。それがねぇ、ついさっきから噂になってることなんだけど、お城が大変なことになってるっていうんだよ」

「え、」

「城中、茨に覆われてて、猫の子一匹通る隙間もないんだ、そっから見てごらんよ」

 おかみさんが近くの木を指した。ちょうど城の方が見える位置にある。

「誰がのぼれって言ったの! そこからでも見えるっしょ」

「あ、すいません」

 木の幹に片方ずつ手足をかけたフェイルは、のぼるのをやめて城の方を見やった。

「……あぁ」

 確かに、城は一分の隙間もないくらいに、枯れた茶色の何ものかで覆い隠されていた。単に茨で覆われているというだけでなく、おそらく城内に入れば、城関係者以外は吹っ飛ばしたり気がついたら外にいるというような惑わしの魔法もかかっているのだろう。

 アーサーがおかみさんからパンを受け取り、一つ食べながらルトヴィヒに二つ渡す。器用に食べているが、ルトヴィヒはそれに言及せず、

「中の様子は分からないのか」

「城の中かい? さぁねぇ。でもさっき、城に手伝いに行ってるロドリんちの娘が、転がりながら帰ってきたから。あの子なら知ってるかも」

「転がりながら?」

 三人の声が重なる。アーサーは自分が食べていたパンの半分を下におりていた銀灰猫にやった。「ただの猫ならまずいだろうけど、お前人間なんだろ?」とささやきながら。

 猫が食べている間に、おかみさんが頷いた。

「そう。文字通り。道を、こう、両手をあげて両足のばして、道幅いっぱいに広がって。ごろごろごろごろ。いったいどういう呪いなのか……」

「その呪い、もう解けたんですか?」

「アルタイルの王子が、城に異常があると聞いて勇んで来ててねぇ、それでやっと止まったんだよ。さすがに王子様は、魔法使いをつれてらしたから」

「アルタイル」

 ルトヴィヒがフェイルの顔を見た。

「婚約者」

「え、お前婚約者いたの?」

 アーサーが振り返る。おかみさんは意味が分からず、怪訝そうな顔になった。

「違うわよ、十四のときに歳があうからどうかって言われて、でもすぐにふられたわよ。森で狩りしてて、ドュリヘン卿とヘリングストン卿に全然かなわなくって、きゃあきゃあ騒いでた日にいきなり忍んできたのよあの変態」

「変態は言い過ぎだと思う」

「そうだな、お前十六で、今アルタイル王子グィネンは二十八。当時で十四と二十六だろ。襲われてもしょうがない気が」

「襲われてないわよ。むしろ向こうが大きめの獣だと思われて、卿たちがよってたかって追い回したもの。何で名乗らなかったのかしら、あのとき」

 想像する。可愛らしい姫君と婚約することになって、どうやって喜んでもらうものかなと思いつつ、花なんて持って、こっそり遊びに来てみた男。彼は森の中でたまたま、騎乗した卿と徒歩で弓矢を操る少女に出くわす。驚いて隠れようとするが、それがあだとなって「がさっ」「何かいるぞ」「大物かな!」多分、卿らは気づいている。姫だけあんまり気づいていない。面白がった卿らに、延々追い回される。悪ふざけもいいところだが、格好が付かなくてどうしても訴えられない。

「可哀想に」

 ぼそりと言った男性陣に、猫がにゃあと追従した。

「その女性って、どこに行けば会えますか?」

「向こうの、三本先の通り。角に宿屋パラスがあるから、そこで。そこの娘なのさ」

「分かった、ありがとう」

「パンも美味しい」

 真顔で食べ終えてから言うので、フェイルはもう一度ルトヴィヒに、「嬉しいときには笑うものよ」と教えてやった。

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