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0 十年前、城下へ続く道の途中、広い野原で


 フェイルはきらきらした太陽を見上げて笑う。同じ色を宿す金髪が肩の上で踊る。足首までのスカートがまくれていて頬は引っ掻き傷や泥で汚れているが、彼女はとても機嫌が良かった。

「ユーリ」

 友達の名を呼んで、フェイルは振り返った。足下では草がそよぎ、小さな花々が顔をあげ咲き誇っている。青空がどこまでも広くひろがっていて、気持ちが明るくてただ嬉しい。

 先ほどフェイルに花飾りをくれたユーリは、長いまつげをまたたいて、座り込んだままフェイルを見上げた。日の下で見るといっそう肌が白く、療養中の薄幸の美少女然としている。フェイルはユーリの方が似合うと言って聞かず花飾りを返し、ユーリの頭にひっかけて微笑む。

「ね! ユーリのほうが、すごく似合う!」

 大発見をしたように、フェイルは誇らしげに胸を張った。

「ユーリはきれい。ユーリはかわいい。ユーリのこと、だいすき」

「ありがとう、」

 ユーリはぎこちなく礼を言って、花冠をはずした。

「どうしたの?」

 さっと、上空の雲が通り過ぎて影を落とす。

 ユーリは真剣な顔をして言った。

「フェイル、僕のおよめさんになってほしい」

「むりよ! だってユーリは、友達じゃないの」

「友達だって、こいびとになれる」

「こいびと?」

 フェイルは必死に首を振った。

「ありえないよ、ユーリは大事な友達だもの。こいびとって、ものも食べられないくらい、だいすきっていうことなんでしょう? 私、食べられないのいやだもの」

「……いや、そういう意味じゃなくってさ……」

 ユーリはぼんやりと呟いた。風が吹いて、恥ずかしさと照れでほてっていた頬を冷やす。

「……もういいや、フェイルがそれでいいのなら。フェイルが絶対にほれるように、僕がなればいいんだから」

「ユーリ?」

「いいんだフェイル。でも忘れないで。僕は絶対に君を、あきらめない。好きだよ、フェイル」

 城内にいないと気づいた女官らが、フェイルを呼ぶ声が響く。

「さぁフェイル、行って」

「何を言うの、ユーリ? ユーリだって、今は一緒に、お城に住んでるじゃない、帰るならいっしょだよ」

 ユーリはかすかに笑う。

 足下から、ちぎれた草の葉が空へと舞い上がる。

 翌朝、フェイルは女官から恐ろしいことを聞いてしまった。

「ユリアノクは、今朝、ここを発ちました」

 女官は冷たい声音でそう教えた。

「先日から貴方も聞いていたでしょう、彼の母である白の魔女・ベルガラスが出身の村に戻ること、同時に、息子ユリアノクは適齢にあたり、永世中立地帯にある遠方の魔法学校へ入学し、ここへ戻らない」

「魔女様のことは聞いたわ! だけど、ユーリのことなんて聞いてない」

「姫」

 むっと頬をふくらませ、フェイルはみとめないもん、と言い放った。

「やだ、やだもの。ユーリは友達で、ずうっと一緒にいるって言った。……もしかして私がふったのがいけなかったのかなぁ……」

「ふった?」

 老いた宰相が首を傾げる。フェイルはあのね、といつもの内緒話のように軽く背伸びをし、宰相が普段通り、ひょろ高い背をかがめて、フェイルに耳を貸した。

「あのね、だいすきだから結婚しようねって約束しようとしたユーリに、私、ごめんって言っちゃったの。だって恋愛ってよくわからないし」

 子供の言うことだから、宰相はあー、とうめいてちらりと天井に視線を走らせ、答えに困ってから、喉の辺りに咳払いっぽいものをはわせた。

「えぇ、ですから、そういうことのせいではありませんよ。姫はまだお小さい、十年もすれば、お互い立場も見方も変わります。恋など、そのうち、でよろしいのです、貴方はまだ五歳になったばかりなのですからね」

「違うわ、六歳よ!」

 フェイルはそこで叫んで――目が覚めた。

「あら?」

 白い掛け布が、裸足の足でふっとばされて、ベッドの下にふわりと落ちる。さらりと背に昔通りの金髪が流れ、深い青の目が瞬かれる。

「十六の誕生日、よね? 誕生日にこんな夢見るなんて、なんかついてないっていうか……いやいや私現在幸せまっしぐらだもの、多分。良い日になるって言ってればきっと幸せになるのよ、うん」

 向こうにある姿見まで裸足で近づき、爪先でくるりと回ってから、フェイルは自分に頷いてみせる。今日は誕生日。

「お父様が、お話みたいに、七人の魔女からの祝福っていうイベントをくれる日」

 だから、悪い日になるわけがない。

 フェイルは、鏡の中の自分ににっこりと笑いかけた。そこでドアが開いて、

「あーらフェイル様、十六になったら大人になられたのかしら、時間になっても起きてこないところは同じだけれど起こしに来たあたしより早起きだなんて!」

 ふくよかな女が、おおげさに嘆くようなポーズで体を振るわせた。桃色の女中服にスミレ色の前掛けはちょっとエキセントリックに見える。乳母同然に、小さい頃から一緒に居た人。母のいないフェイルにとって、大切な、叱ったり褒めたり、抱きしめたりしてくれる人。後妻も持たない国王としても娘を預けられる大切な家族。

「私、十六になったの」

「はい存じ上げております」

 頷いた女は、緩やかに微笑む。目の端に涙が光って見えた。

「いやだ、まだ私、式典に出ても無いのよ? 泣くのはまだ早いわ」

「私は嬉しいんですよフェイル……あんなに小さかった子が、いい娘さんになって。あぁいけない、姫に向かって、口が、庶民だわ」

「いいのよ、貴方は私の母親みたいなものだもの。それに、小さい国の、小さなのんびりした王様とその娘なんだもの。気にしないわ」

「いけませんよ、姫。ご自分の立場を、ゆめゆめお忘れなきよう」

「分かってるわよ」

「いいえ、あんまり分かってらっしゃいません」

「何よ」

 フェイルはむくれる。あんまりにも変わらない表情と仕草に、女は少し、涙のことを後悔した。姫はまだ成長途中らしい。

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