5話 編入試験 <前編>
5話前編です。
更新遅くなってすいません。
「火系初級魔法であるこの魔法陣に、更に組み込むことで威力を上げることのできる術式を3つまで答えなさい。ただし、練る魔力の量は変わらないものとする」
「えーと、この魔法だと風収集術式と、方向指定術式、空気抵抗を抑える結界の術式を魔法陣に組み込むといいんじゃなかったっけ」
「おー正解!ハクは飲み込みが早いね!」
「そりゃどーも」
ユミールとハクが勉強に励んでいるのは、現在ハクが借りているブリューナク本部の宿泊施設の一室である。
時刻は夕方の17時を過ぎたところだ。
「でね、このパターンの問題には(2)が付くことが多いから気をつけてね!」
「確か応用が出やすいんだったな。(2)では、この魔法を防ぐ障壁に組み込むと良い術式は何かとか、威力ではなく魔力を節約するためにはどの術式を省いても発動可能かとか」
「そうそう!でね、節約させる問題の場合はここの―――」
飲み込みが早いハクに勉強を教えるのが楽しくなってきたのか、どんどんハクとの物理的な距離を縮めていることに本人も気づいていない。
「あのー…」
「ん?わかんないところでもあった?」
ハクから質問があると勘違いして、横を振り向くと、そこには至近距離に映るハクの黒い瞳があった。
「顔…近くない?」
人間というのは、本心から驚くときは声も上げることなく、ただ唖然としてしまうとよく言われるが、今がまさにその状況である。するとそこに、
ピーンポーン
部屋にチャイム音が鳴り響き、その音で覚醒したユミールは顔を赤くしながら飛び跳ねるように慌ててハクから距離を置いた。
チャイムに助けられたハクは、急ぎ足で部屋に設置されている小型モニター付応対パネルで一応顔を確認してから、扉へとむかう。
「お疲れ様。差し入れもってきたわよ」
「おう、サンキュー」
訪れて来たのは紙袋を手にしたミクだ。
「お、やってるわね……って、何でユミは顔がゆでダコみたいになってるわけ?」
ジト目でハクを問い詰めるが、目を逸らしてごまかす。
「ココロアタリガナイナー、タイチョウワルイノカ?」
「なんで片言なのよ…まぁいいわ。で、順調なの?」
「あぁ、おかげ様でな。なんとか間に合いそうだ」
「それは良かったわ。この中に模試も入れといたから明日最終確認に使ってちょうだい」
「おぉ!助かります!流石ミクさん!」
「褒めても何も出ないわよ。それより、もうそろそろ帰らなくていいの?」
「おっと、もうこんな時間か」
二人は余程集中していたのか、時間を忘れていた様子である。
「ユミ〜!そろそろ現実に戻って来なさ〜い!」
「は、はひ!何でもありません!」
「なんでもあるわよ…もうそろそろ帰らないと」
ユミールは団員でもなければ、一人暮らしでもないため帰るにはいい時間である。
「私が送って行きましょうか?」
「いや、あの、えっと…」
「…あ、ごめんなさい。マルスから頼まれた仕事があったんだわ。というわけで、ハク、ユミのこと頼んだわよ?」
「おう、任せとけ」
何故かモジモジしはじめるユミールを見て、ミクは何かを察すると、わざとらしく急用を思い出す。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね。ユミは早く帰り支度しなさいよ?」
「お前ほんと良いお母さんみた―――」
「まだ若い学生の私に何か言ったかしら?」
デリカシーのないハクがミクの気にさわってしまい、口だけ笑って目は笑っていない笑顔で問い詰められる。
「いえ、何も言っておりません」
「そう、じゃあまた明日」
「はい、また明日」
恐怖を感じたハクは、腰を90度に曲げてお辞儀をしてミクを見送った。
「ふぅ…」
死地をくぐり抜けたかのような安心感に襲われて、思わずため息をつきながらユミールの様子を見る。
広げていた勉強道具を鞄へとしまい終え、脱いでいた上着を着ているところだった。
「準備できたか?」
「うん!大丈夫!」
身支度を終えたユミールがハクの下へと寄り、二人で宿泊施設を後にする。
ここはブリューナク本部から少し離れたところにある歩道。二人は肩を並べて帰路をたどっていた。
「明後日が本番かぁ……」
「心配ないよ!私が保証する!」
「そうだな、教えてもらってるのに結果を残さないわけにはいかないもんな」
ユミールは握りこぶしを作り、自分の胸に押し当てながらハクを激励する。
事件があった日の翌日から、ハクの編入試験に向けた特訓が始まった。午前中はマルスと北側の森へ出向き、魔物討伐の任務をこなし、前日に習った魔法を実践で試したり、生物学の試験で出題される魔物の弱点や対処法などをおさらいしている。昨日は薬として利用される魔草の採集などもして、試験勉強に役立てた。
午後は15時までマルスかミクによる魔法の基礎訓練が行われる。
今まで魔法陣使わないで技を出していたため、慣れを治すのは少し苦労した。
そして、15時から18時はユミールによる座学となっている。
もともとハクは、マルスほどではないが、物わかりが非常に良く、教わることをどんどん吸収していった。
そして、18時以降は休息及び自習時間となっている。
このスケジュールを今日まで続けて来たのだ。
「ありがとね?毎回送ってもらっちゃって」
「勉強を教えてもらってるのはこっちなんだ、お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だよ」
その言葉に対し、首を横に振りながらユミールが反論する。
「もとはと言えば、私と同じクラスになるためにこうして頑張ってもらってるんだよ?お礼を言うのはこっちだよ!」
「もともと、編入試験の勉強はするつもりだったんだ。それの目標が少し高くなっただけだし」
「ムムム…でも、私も魔法の訓練に参加させてもらってるし、こっちも勉強になってるもん!」
ユミールの言うとおりで、午後から行ってきた魔法の基礎訓練には、魔法が少し苦手なユミールも参加しており、一緒に特訓してきたのだ。それに、ときどき団長も少ない時間ではあるが顔を見せに来るときがあり、獣化のコツなどを教わっている。
「まぁ…これも仕事の内だからな。ユミが気にすることはない」
『ハァ、何てバカなの!?もう、こんなんだからリムだって苦労しちゃうんだからまったく…』
(あ?いきなり何を言って――――)
「そ、そうだよね……仕事……だもんね」
ハクの言葉を聞いた瞬間、ユミールは顔を暗くさせ、シュンとした態度を取り始めてしまった。流石のハクも今の発言はよろしくなかったと後悔したので、すかさずフォローを入れる。
「で、でもこの仕事を提案したマルスには、不謹慎かもしれないけど感謝してる。こっちに来てからミクとマルスしか友達がいなかったから、友達が増えて嬉しいんだ。それに、ユミと一緒に勉強したり、魔法の特訓したり、こうして学校のこと話しながら歩くことも凄く楽しいんだ。だから、こんなに仕事が楽しくていいのかなって思うときもある」
これは嘘偽りの無いハクの本心であり、ブリューナクに来てからというもの、多くの刺激を貰う毎日で、周りの人間には感謝しているのだ。
そんな本心を、頬を人差し指でかきながら、照れくさそうに打ち明ける。
「ほ、ほんと!?」
先程の暗い顔からパァッと明るい顔へと変わり、身長差のせいか上目遣いでハクに尋ねる。
「あぁ、本当だ」
「そっか!ウフフ!」
『ちょっとやり過ぎじゃない?』
(確かにガラでもないこと言ってたな、俺)
『いや、そうじゃなくて~…まぁいっか』
(最近何だか当たりが強くないか?)
『べっつに~?気のせいですよ~だ!!』
今度はベルの機嫌を損ねてしまって、心の中でため息をつく。最近、特にユミールと一緒にいるときに、こうしたベルの態度を見ることが多く、ハクにとっては何が何だかわからない状況なのである。
あれからも、他愛もない話をしながらユミールの自宅を目指して歩いていた。
ブリューナク本部からは約20分程で到着する距離で、住宅街のとあるマンションの一室に住んでいる。
ガチャッ
オートロックをくぐってから、ユミールの自宅に到着した二人は、鍵を開けて玄関へと入る。
「おかーさーん!ただいまー!」
玄関から母親を呼ぶと、廊下の奥から黒髪ストレートでロングヘアの、ユミールよりも頭一個分ほど背の高い大人びた女性、マリシア・アルケミスが顔を出した。
「あら、おかえりー!ハク君も毎度お疲れ様~」
「いえいえ、こちらこそお世話になっております」
玄関まで近付いてきたマリシアには、獣人の特徴である獣の耳が付いていない。ベルによると、魔法具によって隠してるわけでもないらしく、つまりは"そういうことなのだろう"と悟ったのだ。
そのため、深く追求することもしなかった。
玄関まで辿り着いたマリシアに団員証を渡して、画面にサインと指紋の登録をしてもらう。ちゃんと依頼をこなしているという保証をしてもらっているのだ。
それを終えたアリシアはハクにある提案をする。
「ハク君は今日も食べてく?」
「いえ、誘って頂けるのは嬉しいのですが、今日は帰ってやらなきゃいけないことがあるのでご遠慮させて頂きます」
「あら残念…明日も来るのよね?」
「えぇ、もちろん」
「じゃあ明日は少し豪華にしようかしら!」
「アハハ、期待してます」
ハクはユミールをこの家に送ってきたこの数日間は毎度、夕食をごちそうになっていたのである。アリシア自身もハクのことを大変気に入っております、良くしてもらっている。
「じゃあね、ハク!あまり夜中までやっちゃ駄目だからね!しっかり寝るのも大事なんだから!」
「わかってるさ。ではこれで失礼します」
「はーい、また明日ー」
ガチャッ
「晩御飯できてるから手洗ってきなさい」
「はーい」
マリシアはリビングへ戻り、晩御飯の盛り付けをし始める。
洗面所から戻ってきたユミールも、飲み物やスプーン、フォークなどの食器類の準備を手伝う。
準備が完了したとき、「頂きます」という声とともに二人は夕食に手を付け始める。
が、マリシアの発言により出鼻をくじかれる。
「で、今日はどこまでいったわけ?」
「!?…ゴホッゴホッ!!……ゴクゴクゴク………はぁ…ちょっとお母さん何言ってんの!?」
思わず口に入れたものを喉に詰まらせ、慌ててコップにそそがれていた飲み物を飲んで平常に戻す。
「いやだって、男女が同じ部屋に二人きりなのに何もないわけないじゃない。あ、でもちゃんと節度はわきまえてね?」
「だぁかぁらー!ハクとはそんなんじゃないって何度言えば――」
「だって今までユミが男の子のことを呼び捨てで呼ぶなんてはじめてじゃない」
「そ、それはハクがそう呼んでくれって言うから…"ハクくん"って何だか発音しずらいでしょ?」
「そういうことにしておこうかしら、でもお母さんはハク君なら大歓迎だからね?応援してるわよ」
「だ、だからそんなんじゃないって!」
「はいはい」
「まったくもぅ…」
顔を赤くしながらムスッとした表情で料理に手を付けるユミールを、マリシアはにやけ顔で見守るのであった。
「ぶぁっくしょん!!」
『なに、風邪でもひいた?うつさないでよ?』
「お前風邪ひかないじゃんか」
人通りの少ない帰り道で、ほとんどひいたことのない風邪を疑いつつハクはブリューナク本部を目指す。
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「おはよう、ハッ君」
「あぁおはよう」
今日もいつも通り朝8時に1階ロビーで集合したハクとマルスは、ミクの元へと向かい、編入試験前日に受けるにふさわしい依頼を探す。
「おはようミク。今日のオススメ何かある?」
「その飲食店に来たときのような対応どうにかならないのかしら?」
「まぁまぁ、気にすんなって。で?あるんでしょ?」
「私を誰だと思ってんのよ…。はい、これが依頼書」
「サンキュ、えーとなになに…ジャイアント・ベアーの討伐?これが明日の試験と何か関係があんのか?」
渡された依頼はランク5以上が対象とされており、資本主義国家カピタルに出現したジャイアントベアーの討伐と書かれており、一見すると明日の編入試験には関係無さそうだ。
「ジャイアントベアーは、学生のレベルではまず勝てない魔獣の中でもっとも遭遇率が高いの。高等部となると、それなりに危険を伴う場所に行くことも増えて、ジャイアントベアーと遭遇することも少なくないのよ。だから、この魔獣についての問題はほぼ毎年出題されているわ」
「へぇ〜なるほどな。何度か戦ってるけどあんまり自信ないな」
「あなたなら心配はいらないでしょうに…、まぁマルスもいるし、もしものことは起こらないわよ」
「それもそうだな、じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
依頼を正式に受注した後、二人は転移ポータルへと向かうべく、車へと乗り込む。
転移ポータルは、世界中に10か所程度設置されており、転移魔法が使えない者でも転移ができる場所である。転移するには、毎回転移先の魔法陣から許可された場合のみ可能であり、勝手に転移することはできない。他にも、転移ポータル専用パスポートが必要だったり、最速で毎分30人という制限があったり、転移ポータル整備士が世界で2人しかいないことなど、様々な手間暇が必要な側面を持つ。
ちなみに、アトランティアに来るときにハクが船を使った理由は、単純にはじめて見る海を堪能したかったからである。また、転移ポータル専用パスポートは年会費が高額なため、船の需要は高いのだ。
大規模な駅のような外観をした転移ポータルに到着した二人は、団員専用の窓口から魔法陣が設置してある部屋へと足を運ぶ。団員証を持っていれば、転移ポータル専用パスポートの必要はなく、テーマパークのファストパスのように優先して利用することができる。
スーツケースやアタッシュケースを手に持った人たちに紛れて、魔法陣の上に立った二人は淡い光に包まれると、一瞬にして転移を完了させる。
転移先にもブリューナク専用の窓口があり、軽い手続きを終えると、早速外へ出る。
「カピタルに来るのはこれで2度目だな。港町とはだいぶ様子が違うけど」
「カピタルは広いからね。地域によってだいぶ特色が変わってくるんだよ」
二人が転移してきたのはカピタルの首都から北東にある町で、魔物が住む森と一番近い場所にある。
この付近では酪農や農業が盛んな地域で、食事が非常に美味なことから観光名所にもなっている。
依頼主は酪農家の一人で、家畜の牛に被害が出ているらしい。
二人は依頼主に会いに行くために、路面電車に乗り込む。
移動中はジャイアントベアーの特徴や、有効な魔法だけでなく、ジャイアントベアーと被害状況が酷似して間違われやすい魔物などもマルスから教わる。
電車に揺られること20分、あたりは自然に囲まれ、放牧された様々な動物たちを見ることができる場所で降りた。ハクはこの光景を地下避難地区の酪農層でみたことがあるため、驚きは少ない。
早速、依頼主の酪農家の方へ依頼の開始報告と最新情報を聞き出して討伐へ向かう。
報告を受けたマルスとハクは外でストレッチをしながら目的地の方へと目を向ける。
「ここから先は道が舗装されてないからね、走って行くよ」
「あいよ。準備はできてる」
「風魔法も付けるけど平気?」
「あぁ、あれはもう修得したから問題ない」
二人は体中に魔力を巡らせて身体強化を行うだけでなく、足の裏に魔法陣を出現させる。
「カウント3で行くよ。…1,2,3!」
マルスが3を唱えた瞬間、二人の立っていた場所に突風が吹き出すとともに、姿が消える。
そして、まるでアクション映画を早送りで見ているかのように、山道や道なき道を物凄いスピードで走り抜けていく。ときには大ジャンプ、ときには壁(木)キックをするなど、パルクールのような運動を高速で行うような感覚だ。
身体強化だけでもかなりのスピードが出るにも関わらず、足裏に風魔法を使うことで、足を地面から離した瞬間加速が生まれるのだ。
そんなこんなで、あっという間に最後に目撃された座標に到着すると、二人はまったく息を切らすことなく次の行程へと移る。
「継続時間伸びたんじゃない?」
「前に比べればなぁ、でもまだまだだよ。んじゃちょっくら見てくるわ」
「よろしく頼むよ」
そう言うと先程と同じ容量で、高速で木から木へと壁キックをしていくようにしてどんどん上へと登っていく。
背の高い1本の木のてっぺんから、ベルに頼んで索敵をしてもらうためだ。
(どうだ?)
『んー…たぶんこれかなぁ…あ、見つけたよ!』
(あいよ。…あっちか)
この方法はハクだからこそ可能な技であり、本来であれば魔物が残した魔力の痕跡や足跡などを地道に辿ったり、魔物を誘い出すために魔力石に大量の魔力を込めたりするなど創意工夫が必要なのだ。
標的と思われる一際大きな魔力を見つけたハクは木から降りると、マルスに報告してから気配を消して標的に近付く。
すると、川の付近でその巨体を確認できた。
ジャイアントベアーと思われる魔獣は、4つ足でウロウロしているが、それでも高さはハクより少し高く、2足で立つと体長は2メートルを軽々超えると思われる。色は全身黒くなっており、赤い目を異様に際立たせる。
二人と標的は20メートル程離れているが、向こうは気付く気配はない。そこで二人は作戦の内容を改めて確認する。
「じゃあハッ君、作戦のおさらいを頼むよ」
「標的の固有魔法を発動される前に、有効とされる炎属性の魔法で先制攻撃をした後、土属性魔法で留め。もし先制攻撃に失敗した場合は雷属性の魔法で体を麻痺させる。でいいんだよな?」
「あぁ、完璧だ。じゃあハッ君のタイミングで作戦開始だ」
「了解」
魔物にはそれぞれ固有魔法が存在し、普通の動物と魔物の区別はこの固有魔法を持つかどうかで判別されている。魔物はそれぞれの種類で最低1つ、高位の魔物となると5つ魔法を使うことができる。
今回のジャイアントベアーは固有魔法が2つあり、一つは体毛を鋼のように固くする硬質化。二つ目は直線上に物凄い速さで移動する脚力強化である。
特に準備することのないハクは、物陰に身を潜めながらも早速手の平に魔法陣を出現させ、魔力を練りはじめる。
魔物はその魔力を読み取ったのか、ウロウロしていた足を止め、
2足でピンと背筋を伸ばして直立し、辺をキョロキョロする。
「気付くのが遅かったな。炎獄!」
ハクが魔法を唱えると、標的を中心にして火柱が複数出現し、動きを封じ込める。
そして、すきを与えることなく、今度は左の手の平に準備していた土属性魔法を発動する。
「な!?」
後ろでマルスが驚きの声をあげているが、気にすることなく魔法の発動に集中する。
「ロックニードル!」
炎の中で暴れ回っているジャイアントベアーの足元が突如隆起して、巨大な石製の針が突き出る。炎によって身動きを封じられた標的は、避けることはできずに胸部を針で貫かれて、痛みでもがき苦しむが、しばらくすると動きを止める。
手応えを感じたハクは、2つの魔法を解除し、標的の死体の元へと歩み寄ろうとするが、マルスに肩を掴まれてそれを止められる。
「待て待て待て、何さらっと何事もなかったかのように後処理をしようとしているのさ」
「何か問題でもあったか?魔法陣を出すのはやっぱりまだ慣れてないから下手くそだったか?」
「いや、作戦内容は良かったよ。だけど、僕はハッ君に2つの魔法を同時に発動するやり方なんて教えてないぞ!?」
「あぁあれね。昔師匠が使っていたのを思い出して昨日の夜中に練習したんだ」
「それだけでか?」
「後はベルも何回かやってるのを見たからな。あいつ人に物を教えるのが壊滅的に下手くそだからお手本を見せてもらうくらいしかできないが」
「…ちょっとベル呼んでくれないか?」
「まぁ構わないけど…ベルさ~ん」
何か納得しない表情のマルスが、ハクにベルを呼ぶように指示する。すると、いつも通り黒い円が出現しベルが姿を現す。
「なぁ~に~マルス〜、聞きたいことでもあんのー?」
「2つの魔法の同時発動なんてどこで覚えた?」
「んー忘れちゃったー!テヘペロー!」
前の契約者が使っていたなどと口が裂けても言えるわけもなく、なんとかごまかそうとする。
「ハクは最近魔法の発動方法を学んだはずだ…」
「んーアタシたちだからねー、理解しようとするだけ無駄かもー!」
持ち前の甲高い声で脳天気なことを言うベルを見て、眉間にしわを寄せるマルス。
「でもそんなに驚くことかな?ハクは元々、魔法ではなくても8属性までの属性を一度に操って…ムググ」
口を滑らせようとしたベルに、ハクが片手でベルの顔を挟んで両頬をムギュっと摘む。
(お前はアホか?)
『だってー』
(もういい、戻れ)
ベルの顔から手を離したハクは、ベルの実体化を解く。
「ばいな~ら〜」
黒い穴から帰っていくベルは、別れの言葉を残してその場から姿を消した。
「本当に何なんだお前たちは」
「気にしたら負けだぞ」
頭を抱えて理解するのを諦めたマルスの肩に、言葉をかけながら手を置いたハクは、そのまま討伐した標的の元へと歩み寄る。
そこには先程の巨体は見当たらなく、2つに割れた赤い石と少量の臓器や肉片が転がっているだけであった。
魔物は生命活動を絶たれると、少量の臓器や肉片と石だけ残し、消えてしまう。それは、肉体を構成している大部分が魔素によって魔力で実体化したものだからだ。そのため、死亡した直後、魔力で構成されていた肉体は魔物石と呼ばれる石に変換される。
生きている間、この石は体内にあり、体中に魔力を巡らせる機能を果たしているため、破壊されると魔力が魔力石へと逆流して死に至る仕組みだ。
魔物石に再び魔力を流し込むと、毛皮や爪などが具現化されるため、討伐した証拠にも使われていたり、直接高値で取引されたりしている。
ハクはその魔物石を拾い上げて腰のポーチへとしまう。
「さあ、帰りますか!」
「…はぁ…」
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