4話 問題児 <前編>
4話の前編です。
ここは、ゴシック風な建造物が建ち並ぶ風情ある地区の裏路地。
そこに一人の少女を囲むように5人の青年がいた。
「おいおい、こいつ高そうな魔法具つけてるぜ?」
「やだ!離してっ!」
「あんだ?肩ぶつけられて転んじまったんだ、慰謝料として金目の物よこしな!」
「ぶつかって来たのはそっちでしょ!?って痛い!やめてっ!」
5人のうち1人のリーダー格と思われる大男が、その少女の手首に付けられたブレスレットを無理矢理外そうとする。
「やめてってば!大事なものなの!」
「だったら他に何かしてくれんのか?俺に付きっきりで手厚く看病してくれんのか?」
「「「「ギャハハハハハ!!」」」」
何とも下品なことを言いながらも、まだ無理矢理ブレスレットを外すことを諦めてはおらず、執拗に外そうとする。
すると…
…スルッ…
「あ……」
「やっと取れたぜ。んじゃこれは貰って……っておいお前…」
「やだ……やだ……こっち見ないで……」
ついにブレスレットを取られてしまった少女は、反抗することをやめて、頭を抑えるようにして屈み込んでしまった。
頭を手で隠したものの、そこから垣間見えてしまったのは…
そこには犬の耳と思われるものがあった。
「こりゃ傑作だ!こいつ獣人だ!アハハハハ!」
「何で"実験動物"がこの街をうろついてんだよ!」
「てめぇ獣臭えんだよ!」
「「「「「ギャハハハハハ」」」」」
大声で笑いあっているので、それに気付いてチラホラと集団を見る通行人も増えてきたが、苦い顔をするだけで皆その場を去っていく。
様々な罵倒を受け、精神的に限界を超えたその少女は、屈んだまま泣き崩れてしまう。
(もうやだ……誰か……助け………お父さん……)
「…ゔっく…」
「あ?さっきまでの威勢の良い態度はどこいった?何メソメソ泣いてんだワンコロ!」
そう言って、リーダー格の大男が足を振り上げる。
まるで同じ人間だと思っていないかのように、何の躊躇いもなく足に魔力を集めて振り抜こうとするが…
ズドン!!
凄まじい音がしたかと思えば、辺りは砂埃が舞って視界が悪くなり、何が起きたか把握できない。
少なくとも少女は蹴り飛ばされることなく、その場でうずくまってるままだ。
数秒経ったあとに、ようやく砂埃が晴れ、状況がわかるようになった。
が、少女含め、その場にいた全員は視覚から受けた情報の処理がうまくできずに、目を点にして驚愕することしかできない。
「やぁ、はじめまして。怪我は無い?」
「…………え?……」
ここにいるはずのないもう一人の存在が、大男の上から関節技を決め、頭を地面に押さえつけている姿が見える。
その大男はというと、白目を向いて泡を吹いている。
状況を飲み込めてない少女に対して、空から降ってきた男が呼びかけ続ける。
「おーい、聞こえてますかー?」
「だ、誰だてめぇ!そこをどきやがれ!」
「お、おい!よく見ろよ!ブリューナクの制服着てるぞ!それにあいつ、空から降ってこなかったか?」
空から降ってきた男を観察する4人の青年を無視するかのように、襲われかけた少女に向かって再び声をかける。
「あ、今顔隠してるのか。…ほいっ、これでどう?」
顔を見せた方が彼女を安心させることができると判断したのだろう、フードを外して素顔を見せた。
「だ、だれ?」
「お、やっと話してくれた。俺はハク。この辺をパトロールしてたらたまたま見つけたんだ。怪我はないか?」
「う、うん、大丈夫…」
「そっか!間に合って良かった!よく頑張ったな!」
(もう…同じ過ちは…二度と…)
ハクは、今朝見たばかりの夢が一瞬頭の中でフラッシュバックするが、すぐさま現状の解決に戻る。
一方少女は、一時は驚きの方が大きいせいで、涙がいつの間にか止まっていたが、ハクに優しい言葉をかけられて思わず、再び涙を流しはじめる。
「おい、やっぱり怪我したのか?どこやられた?」
『このトンチンカン!乙女心が分かってなさすぎ!』
(あんだと!?)
「…ヒック……ち、違うの…ヒック……」
「てめぇ!さっきから無視しやがって!よく見りゃクソガキじゃねーか!」
ついに痺れを切らした青年たち4人のうち2人が殴り掛かってくる。
もう2人が魔法を発動して、火球と水球を手の平に生成してこちらに撃ち放つ構えをとっている。
「…あ」
それを見た少女は思わず「逃げて!」と言いたかったものの、状況の整理がつかず、小さな声を漏らすだけ。
しかし、ハクはまったく動じもせずに、少女に笑顔を向ける。
「そこから動かないでね。もうすぐ仲間も来るから」
少女が返事をする間もなく、青年たちの攻撃がハクに迫る。
先に目前に迫ったのは火球と水球だが…
「魔断」
ハクが、打たれた魔法に向けて手のひらを向けただけで、簡単に2つの魔法は消滅する。
魔法を放った二人は驚愕するものの、残りの二人はそんなことに目もくれず拳を振りかざす。
しかし、ハクは首を少しずらして難なく回避する。
「くそったれが!」「チッ!」
二人は悪態をつきながら蹴りや殴りを繰り返すが…
(う~ん…どうしよっか…)
『気絶までならいいんじゃなーい?』
(簡単に言ってくれる)
『簡単でしょ?♪』
チンピラ二人の攻撃を、最小限の動きでかわし続けるハクは、脳内でどう始末しようか相棒と相談する。
一方その頃…
(やっと着いた…ってあれは!?)
ハクが攻撃をかわしてる最中に、マルスが守護霊のバロンにまたがりながら到着する。
「ありがとうバロン!」
「ヴル」
ハクが交戦しているのを見て、急いで守護霊を戻し、助けに入ろうとする。
「マルスはその子を頼む!」
そう言ってハクは一瞬だけ視線を少女へと向け、この子の保護を優先して欲しいと頼む。
「…わかった!」
一言返事を入れ、急いで少女に近寄る。
その少女は腰を抜かし座り込んでしまっているため、視線を合わせるために腰を落とす。
すると、見覚えのある顔が目に映る。
「やっぱりユミだったか」
「……ヒック……グスン……え?マルス君?」
マルスに呼ばれた少女、ユミール・アルケミスはマルスからの呼びかけで、やっと我に帰る。
「平気かい?」
「う、うん、でも何でここに?」
マルスに背中をさすってもらいながらも、涙目で質問を投げかける。
「あいつが見つけたんだ。お礼を言うならあいつに言ってくれ」
「そう、なんだ……」
色んな感情が胸で渦巻く中、心配するような眼差しでハクを見守る。
そんなハクは、打撃を避けつつ魔断で魔法を無効化させるという、高等技術で攻撃をかわし続ける。
しかし、焦りを感じたのか、相手の一人が大きく振りかぶってしまい隙を作る。
ハクは突き出された腕をそのまま掴むと…
ガシッ 「ふんっ!!」 ドスン!
そのまま、流れるような動きで背負い投げを決めて、一人を気絶させる。
すかさず、もう一人の背後に回って首筋に手刀を当て、意識を奪う。
黙って見ているだけかと思っていたが、今まで魔法を使って攻撃してきた二人組がハクに向かって両の手の平を向けて魔力を練りはじめる。仲間の二人が時間を稼いでいるうちに、大規模な魔法の準備をしていたのだ。
「「我が水の虜となり、糧となれ!「水牢球!」」
二人の詠唱が終わると、ハクの周りに水が発生し、瞬く間に球型の水に閉じ込められてしまった。
捕らえられたまま空中に浮き、水の中で身動きが取れなくなってしまった。
『魔力が吸い取られてるよ!』
(わーってる)
呼吸ができないことを気にすることなく、落ち着いて対応するべく目を閉じる。
すると、水の中にも関わらずハクの周りに炎が現れはじめる。
そして、次第にその炎が龍の姿をかたどり、ハクの体の周りを螺旋を描きながら水の中をグルグルと回る。
パァンッ!!
ついに、高温の炎に耐え切れなくなった水球が勢いよく破裂する。
その衝撃で、魔法を使っていた二人は壁に打ち付けられ、そのまま気を失う。
「おいハッ君!危ないじゃないか!」
「いやいや、マー君が障壁張ってたのを感じてたからこそだ」
「…まったく」
マルスは、万が一流れ弾が当たらないようにと、障壁を貼り続けていたのだ。ハクが水球に閉じ込められたときは流石に手を貸そうか悩んだが、一瞬にしてその考えは捨てた。
とりあえず一段落ついたハクは、最初に倒した男の側に寄り、その近くで屈んで、あるものを拾う。
すっかり正気に戻ったユミールは立ち上がり、ハクがこちらに来るのを確信してそれを待つ。
「はい、これ。大事なものなんでしょ?」
「は、はい!ありがとうございます!」
「どういたしましてー」
ようやく元気のある声を出せるようになったと思ったハクは笑顔で返答する。
そして、改めて彼女の容姿を確認する。
ユミこと、ユミール・アルケミスは団長とほぼ同じくらい背が小さく、栗色のセミロングに、一束の編み込みを横に垂らして黄色いリボンで留めた髪型をしているのが特徴だ。そして何より、認識阻害の機能が付いているブレスレットを付けてない今、頭上にある犬耳が印象的である。目もクリっとしており、ミクとは正反対でかわいい小動物のような雰囲気を漂わせている。
「さてと…」
「あの!」
「うん?どうした?」
マルスと話し合うためユミールに背を向けると、上着の袖を掴まれてそれを阻止された。
「ど、どうして助けてくれたんですか?」
「いや、困ってる人がいたら助けるだろ?普通」
「そ、そうじゃなくて、これ…」
そう言いながら自分の犬耳を指差す。
「ん?これがどうかしたのか?」
「ひゃぃん!?」
デリカシーの欠片もないハクは突然、ユミールの犬耳を撫で始める。
「やっやめっ//」
「すまんすまん、触り心地良さそうだからつい」
慌てて手を離すと、何故か名残惜しそうな目で離れていく手を見つめる。
「ん?顔赤いぞ?そんなに嫌だったか?本当ゴメン」
「い、いえ、そういうわけじゃ、むしろ…」
「ん?何か言っ」
「ってそうじゃなくて!何故私を助けてくれたかです!」
何かとてもマズイことを口走りそうになったので、顔を更に赤くさせ、慌てて本題へと話を戻す。
ちなみに、この間マルスは、気絶した青年グループを手錠で拘束したり、本部に応援要請を送ったりしている。
「ん?さっきの聞いてなかったのか?」
「聞いてましたよ…でも、その…私…獣人ですよ?」
「何か問題でも?うちの団長だって獣人だぞ?」
「そうなんですけど!そうじゃなくてー…」
「もうユミもわかってるんでしょ?こいつがそんなやつじゃないことくらい、認めてあげなよ」
一通りの作業を終えたマルスがこちらへ向かってくる。
「ハッ君は今日まで、獣人の存在すら知らなかったんだ。ド田舎から来たからね」
「そうなんですか?」
「うっせー、ド田舎出身で悪かったな」
本当は地下から来ましたなんて言えるわけもなく、不本意だがマルスの意地悪に乗っかる。
「そうだ、改めて自己紹介した方がいいよな。俺はハク・ファールティ、ハクと呼んでくれ。マルスとは幼馴染で、アトランティア学園に通うために最近こっちに来た」
「私はユミール・アルケミスと申します。マルス君とは同級生で、同じアトランティア学園の生徒です。改めて、助けて頂きありがとうございました」
お互い挨拶を済ませると、ユミールの方は頭を下げる。
「同級生ならそんなよそよそしい感じはやめてくれ。敬語も無しだ。オーケイ?」
「オ、オーケイ」
「よろしい!」
すると、ユミールの頭の上に手を伸ばし、再度犬耳を撫で始める。
「本当に触り心地がいいな!」
「ちょ、ちょっと!//わざとやってるよね!?」
「アハハ!敬語も無くなったし良かった良かった!」
顔を赤くして怒るユミールだが、何故かその手をどかそうとはしなかった。
(凄いなハッ君は…。僕らがユミと打ち解けるまであんなに時間がかかったというのに。僕がハッ君とはじめて会ったときもあんな感じだったな…)
「お、やっと応援が来たか」
ハクが道路を向いてそう呟くが、当の本人はユミールの頭に手を置き、腕をブンブン回しながらこちらに向かってくるユミールを抑えているシュールな光景がそこにはあった。
もちろん背の小さいユミールはその手が届くはずもなく、ギャーギャー言いながら必死に腕を回している。
「意地悪はそこまでだハッ君。ユミもブレスレットして」
「そうだった忘れてた」
ハクとのやり取りで、すっかりブレスレットを付けることを忘れてしまっていたユミールは、ブリューナクからの応援が車から降りる前に、慌ててブレスレットを腕につける。
「ただいま到着しました。この方が被害者でしょうか」
「そうです。我々で本部までお送りしますので車を一台お借りします。あと、壁に寄りかかっている5人組が加害者ですので、彼らの搬送は任せます。」
「はっ!」
こうした現場で、マルスが堂々と他の団員とやり取りをしている姿を見ると、改めて高い地位にいることを実感する。
黒色を基調とし、赤のサブカラーで統一されたブリューナク専用の3台の車が応援に来て、そのうちの1台の運転席にマルス、後部座席にハク、ユミールが乗り込む。
ここアトランティアでは、自動操縦が普及している現在、15歳から自動車の免許の取得が可能である。
運転を始めたマルスの顔は、事件を解決したにも関わらず、浮かない顔をしていた。そんな顔を、ハクはバックミラー越しに見る。
「どうしたんだマー君、そんな顔して」
「どうしたんだじゃないよ。他人事みたいに」
「え?」
「ハッ君はアルバステラにおいて飛行機の開発が協定で禁止されていることは知っているよね?」
「あぁ、もちろん」
「だったら今後、飛行魔法は非常事態以外に使うことは禁止」
「非常事態だったじゃんか」
「いやそうなんだけども…」
(始末書を書かなきゃいけないのは僕なんだよ……)
ここアルバステラでは、飛行機の開発を禁止している。
第3次世界大戦において、地上に生物兵器や化学兵器が充満してしまった一番の要因は飛行機の存在だったことから、三国協定にて飛行機の開発が禁止されているのである。
しかし、ここ最近は飛行時間の短いドローンや、明らかに兵器を積むことができない小型の無人偵察機の開発は認められているため、徐々に協定内容が改変されつつある。
そのため、例外なく飛行魔法にも制限がかけられている。
飛行するためには、領空を保持している国の軍に許可をもらわないと飛行できないが、例外としてその国の国民が命の危機にさらされている場合のみ、申請無しで飛行が可能となる。
こういった背景があるため、アトランティアに来る際の船での戦闘では飛行魔法が使えなかったのである。
「飛行魔法が使えるなんて凄いね!上から降ってきたときはびっくりしたよ!」
「まぁあれは厳密に言うと魔法じゃ」
「う、う゛ん!」
「?」
「め、めちゃくちゃ練習したからね!何回死にかけたことか…」
ハクが危うく口を滑らせてしまいそうだったので、マルスがわざとらしい咳払いで会話に割って入る。
それを察したハクは、決して嘘ではない体験談をすることでその場をしのぐ。
飛行魔法の取得はそれほどまでに難しいとされている。
合成魔法や特殊魔法を除いて、アルバステラで開発された魔法の難易度にランキングをつけるならば、1位は再生魔法、2位は転移魔法、3位は天候操作、そして4位が飛行魔法である。
時間停止や空間の拡張といった魔法は現在各国が必死になって研究を続けている。
「そういえば、何で団長には尻尾があってユミにはないんだ?」
ハクがずっと気になっていたことをユミールに尋ねるが、代わりにマルスが答える。
「団長は緊急時のことを考えて普段から少しだけ獣化しているんだ。いきなり獣化の段階を上げるのは時間がかかることに加えて、尻尾を出現させると魔力の探知範囲が強化されるんだ」
「へぇ~」
「アカリさんは凄いよね!常に獣化してるなんて並大抵の実力じゃ無理だもん…」
ユミールの言うことは正しく、獣人の中でも獣化ができるのは少なく、難易度は高い。
それは、普段から人間として生活していると、獣人としての感覚が失われていくことや、自分が獣人であることに誇りを持たないとできないことなどが原因であるからだ。
先の事件でもわかる通り、ここ中立都市でさえ、獣人の差別が少なからずあるため、受け入れることは余程の精神力が必要となってくるのだ。
ちなみにアトランティアでは、法律によって魔人や獣人に対する差別を禁止しているが、他国では法規制による差別の規制はない。むしろ宗教国家ユグドリスでは獣人や魔人は、魔物と同じように討伐対象となっている始末である。そのため、アトランティア側から法律の改正を各国にうながしているが、進捗状況は良くない。
「まだ何かあんのか?」
運転しながらも、未だに浮かない顔を続けるマルスに対して疑問を投げかける。
「ハクが飛行魔法を勝手に使用した件については、僕が報告書を分厚くさせれば済む話なんだ。だけど、その団長の方はどうしようかなって…」
「団長がどうかしたのか?」
「僕らが中等部1年のときにね、色々あってユミを団長に紹介したんだ。そしたら団長がユミをえらく気に入ってね。それ以来ずっと可愛がってもらってたんだ。そのブレスレットも団長からのプレゼントだよ」
「あー、何となく理解した」
ユミに対し差別的な言動及び、強盗、ハクに対する公務執行妨害などの罪に問われることになるが、もちろん死刑などにはならない。がしかし、実力行使で死刑を執行しようとしかねない人物が一人いるのだ。
「あいつらの顔を見た瞬間殺しかねないな」
実際に殺されかけた本人が言うと説得力が増すものである。
「そこなんだ。だから、多少の芝居が必要なんだけど嘘が下手クソな人がここに二名もいる」
「なんだ?お前らそんなんじゃ大人になれないぞ?」
「ハクとマルス君って素直そうだもんね!」
「お前らのことを言ってる!まったく…どうしたものか…」
盛大に勘違いをしているハクとユミールにマルスがつっこみを入れる。
「「え?俺?(私?)」」
本能のまま生きているハクと、天然娘のユミールが、勘のいい団長の前で芝居ができるなんて、とてもじゃないが無理なのだ。
運転している間も、その時が刻一刻と迫ってきている…
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