5話 編入試験 <後編>
1章の最終話です。
「おかえりなさい。って何でマルスはそんなゲッソリしてるのかしら?」
「んー俺にもわからん。依頼はすんなり終わったんだけどな」
依頼を終えた二人はブリューナク本部へと戻ると、ミクに依頼完了の報告を行うが、何故かマルスはげんなりとした表情でいる。
「いつになったら慣れるんだろう…」
「?まぁ深くは追求しないけど、マルスは帰り次第団長室に行くようにとのことよ」
「了解」
「ハクの午後の魔法訓練は私が見るわ」
「よろしく頼みます」
テキパキと連絡事項を伝えたミクは、他の団員の対応に戻ろうとするも、ハクが「あ!」と声を漏らすことでそれを中断する。
「そういえばベルがミクと何か相談したいらしくて、昼休みに一緒に食事して欲しいそうなんだが、いいか?」
「えぇ、構わないけど何かしら。でもハクはお昼ごはんどうするの?」
「俺のことは気にしなくていいよ。この前のパトロールで気になるラーメン屋を見つけたんだ。あそこでパパっと済ませてくる」
「編入試験前日なんだからもっと栄養を―――」
「あーはいはい、わかったから。じゃあお昼休みになったら俺の部屋に来てくれ。ベルをそこで待たせとくから」
「…わかったわ」
「それじゃまたあとで」
「えぇ」
今度こそ会話を終えた3人は、各々やるべきことをすべく、行動に移る。ミクは他の団員の対応をはじめ、マルスはエレベーターへと向かう。ハクは受付を離れて入り口へと向かうが、ベルが何かを発見する。
『ムムムムムム!この魔力は!』
「ん?誰か見つけたのか?ってあれは…」
ロビーの入口付近に目を凝らすと、見覚えのある小さなシルエットがこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「こんにちはハク!」
「おっす!今日は来るの早いな。何か用事でもあんのか?」
「え、えとね?その…ハクはもうお昼ごはんは食べた?」
「んや、まだだけど」
それを聞いた小さな少女、ユミールは顔を明るくさせる。
「あのね!今日はお弁当つくってきたの!一緒に食べない?』
モジモジとした態度を改めて、勇気を振り絞って昼食に誘う。
「え、マジで?めっちゃ嬉しいよ!早く食べよ!」
(ラーメンは惜しいけど、これでミクにグチグチ言われなくて済むぞ)
心の中でゲスな喜び方をしていると、突然ベルが頭の中で発狂しはじめる。
『ムキーーーーー!!今度はお弁当攻撃ですと!?』
(うるさいなさっきから)
『ハクのアンポンタン!』
(…最近マジで理不尽だと思うわ)
「あ、でも部屋に少し用事あるからちょっと待ってて」
「わかった!」
ベルを部屋に召喚するために、一度ユミールと別れる。
とうのベルはというと、ずっと頭の中で「うー」とか「ムムム」とかうなっている。
宿泊している部屋にベルを召喚すると、何故か背後にゲートが出現して、ハクの後ろに姿を現す。
すると、ベルはハクの後ろから肩を叩いてこちらに振り向かせる。が、肩を叩いた手の人差し指を伸ばしたままにしていたため、ハクの頬にベルの人差し指がめり込む。
「こんのっ!」
「べーだ!」
流石のハクも額に怒りマークを浮かべてるが、対するベルはあっかんべーのポーズをとって対抗してきたため、溜め息をつくだけにとどめた。
「もう少しでミクが来ると思うからおとなしく待ってろよ?」
「…はーい」
「あと、帰るときもちゃんとこの部屋使えよ?」
「わかってるってば〜」
「じゃあな」
部屋にベルを残して、1階のロビーに戻る。
____________
一方、ハクが戻ってくるのを待っていたユミールは、昨晩の出来事を思い出していた。
「あ、ユミ。手っ取り早く男を落とす方法はね…ズバリ!料理よ!お父さんもこれでイチコロだったわ!」
マリシアは食器を片付けながら、唐突に男の落とし方を伝授しはじめる。
「りょ、料理?」
「そう!料理よ!その気になったらお母さんに言いなさい?いつでも教えてあげるから」
「う、うん」
いつの間にか否定することを忘れていたユミールは、少しの間何か考え込む仕草をしてから、食器の後片付けをはじめようとしていたマリシアに声をかける。
「お、お母さん!」
「うん?」
「明日の朝…お母さんがお仕事に行くまで、私にお弁当の作り方教えて!」
「ウフフ、えぇ、もちろん」
「約束だからね!」
「ハイハイ」
「…よしっ!」
ガッツポーズをして気合を入れたあと、何かを決断したかのような顔付きでお風呂場へと向かう。
「ハク、喜んでくれるかな…」
お風呂場から独り言が聞こえてくるものの、マリシアは顔をニヤつかせるだけで、何も聞かなかったかのように、隣接する洗面所から立ち去る。
____________
「お待たせ!どこで食おうか…食堂の机で食うか?」
「せっかく天気もいいし、近くに公園もあるから外で食べない?」
「お、いいね。早速行こうぜ!」
「うん!」
ブリューナク本部の近くにある公園は、オフィス街の真ん中にあり、働く人たちの憩いの場となっている。
そんな公園の中央にある噴水を、円で囲うように設置されたベンチのひとつに二人は座る。
「はいこれ」
「な、なんかでかくない?」
「え?男の人はこれくらい普通ってお母さんが…」
ユミールから渡されたお弁当は、普通のお弁当箱よりも一回りでかい箱が2段になっているタイプだった。
「こんくらいへっちゃらだよ。ちょうど依頼で疲れてたんだ」
「そうだよね!そう思ってたんだ!」
ハクが地下で一人暮らしをしていたとき、リムがハクの家で手料理を振る舞うことが多かった。最初に作ったときはついつい張り切って、二人分なのにも関わらず、大量に作ってしまい、残してしまったことがある。
実はその日、ヘクトルに付き添いで血なまぐさい任務をこなしていたという理由もあったりしたのだが、それでもその時のリムの表情が頭から離れない。
そのときからハクは、女性が自分のために作った料理は死んでも残さないと心に誓ったのだ。
ハクは早速、お弁当箱を開けて中身を確認する。
一段目は敷き詰められた白米を覆うようにして、黒い海苔がのせられていた。二段目には、ポテトサラダやミニハンバーグ、玉子焼など多種多様な具材が色とりどり盛り付けされている。
「ほぉ、手が込んでそうだな。冷凍食品使ってないのか?」
「むぅ!頑張って全部手作りしたんだよ?」
「おぉ、そうかそうか」
珍しく眉間にしわを寄せるユミールだったが、お弁当の中身が気になるハクは更なる質問をする。
「何でご飯の上に海苔が乗っかってんだ?」
「これはね、"のり弁"って言うらしくて今朝お母さんに教えてもらったの。ノリの下にかつお節が入ってるんだよ?」
「へぇ〜、見てるだけで腹減ってきたわ。食べてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
「いっただっきまーす」
最初に食したのはのり弁だ。
箸をご飯に差し込んで、一口大の量をすくい上げて口へ運ぶ。
ちなみに現在のアルバステラでは、箸を使える人は7割を超えている。というのも、かつて地上で日本食が世界的ブームになったらしく、お箸も普及していったという。
「ん!んめぇなこれ!」
はじめて食べるのり弁の味は、ハクの舌を喜ばせたようだ。
次に二段目の箱に入っている玉子焼に手を付ける。
「んー…これも美味しいな」
「本当?玉子焼には自信が――――」
「ただ…」
ユミールの喜びを断ち切って、人差し指を立てながら何かを説明しようとする。
「個人的には甘い玉子焼の方が好きだな。これはこれで美味しいけど、もっともっと甘くていいよ」
「なるほど!次からそうする!」
頭の中でメモをするユミールに対して、ハクは先程から気になっていた疑問をぶつける。
「そういえばユミはもう昼飯食べたのか?」
「う、うん!私のことは気にしない \ぐぅ〜/ う…」
実はハクの大量の弁当を作るのに必死で昼食を食べる暇がなかったので、ダイエットだと思い我慢してたが、お腹の方は正直なようだ。
「俺は一人で食べるより二人で食べたいから、ほいっ」
箸で掴んだミニハンバーグをユミールの顔の前に差し出す。
「あ、あぅ、あ」
「ほれ、あーん」
自分の手料理を男の人にあーんされるというなんとも言えないシチュエーションにどうしていいかわからなかったが、ユミールは意を決して流れに身を任せる。
ぱくっ
「うん…我ながら上出来」
「だろ?」
もちろん味見は済ませているため、味はすでに知っていたのだが、正直それどころではなかった。
このまま同じ箸で交互に食べるのは流石に精神が持たないと判断したユミールは、ハクがお箸を使えなかったとき用に持ってきていたフォークを使って一緒に同じ弁当を食べるのであった。
ブルルッ 「何だか寒気を感じる…」
「あら、守護霊でも風邪をひくのかしら?」
「ハクにうつされたかも…」
「編入試験は明日なのに彼は風邪をひいているの?大変じゃない」
その頃、食堂の隅っこで食事を楽しんでいる守護霊と受付嬢の二人は、何とも的外れな会話をしていた。
食堂は一般の人にも開放されており、少額でボリュームのある料理が食べられるということで、それなりに賑わっている。そのため、制服を着ていないベルも溶け込むことができているのだ。
「あれ、まだ来てないみたいだね」
「そうみたいだな、もうすぐ来ると思うけど」
予定の時間より10分ほど早く地下の訓練場に到着したハクとユミールは、訓練中の団員の中にミクの姿がないか探すが見当たらなかった。
契約者であるハクにはベルの居場所は鮮明に把握できるので確信を持っていたが、あくまで予想しているよかのような物言いにした。
しかし、ここで重大なことに気付くが、時すでに遅し。
「っておいおいおいおい、冗談だろ?」
「ん?どうしたのそんなに焦って?」
ハクの顔を覗き込むと、あまりにも嫌そうな顔をしてエレベーターの方を見ていたので、ユミールも思わず視線をエレベーターに向ける。
「あ、来たよ!…って隣の人は誰なんだろう?」
ハクはてっきり、エレベーターで上に向かっていくものだと思っていたが、何故か下に移動しているのを感じて、慌ててベルを自分の下へと戻そうとするが言うことを聞かない。
向こう側からミクともう一人、銀髪の美女がこちらにやってくるのを見て、ユミールは少したじろいでしまう。
一方隣のハクは、片手を額に当ててうつむいてしまっている。
「ハク、先に謝っておくわ。私は止めたんだけどね…」
ベルは、ハクを無視してユミールの前へと歩み寄る。
「はじめまして!私はベルっていうの、よろぴく~」
想像していた美麗な声色と大きくかけ離れた甲高い声とテンションのベルと自称する美女が、ユミールに手を差し出す。
「よ、よろしくお願いします…」
恐る恐るユミールも手を伸ばして握手をする。
「あ、あのぉ…ハクとはどういう関係なんですか?」
「ハクは私の「いとこだ!顔は全然似てないがな…」むぅ…」
髪も目も顔つきも全く違い、親戚関係を証明するものが何一つないが、無理やりベルとユミールの会話に割って入る。
「そうなんですか、でも何でハクのいとこさんがここに?」
「アタシは元々アトランティアに住んでてねー、ハクがこっちに来たった言うから会いに来たんだ~。受付のこの子が案内してくれたのー!」
「なるほど…」
「それで?そちらはハクとはどういう関係なのかな?」
「え、えぇと…その…「俺の大切な友達だよ」」
「ふーん、そうなんだ、これからもハクをよろしくね?」
「も、もちろんです!」
ユミールとの会話を終えて、今度はわざとらしくハクに話しかける。
「そういえば"幼馴染みのリムちゃん"は元気にしてる〜?」
「…あぁ、あいつは元気だ。もういいか?これから編入試験に向けて魔法の練習をするんだ。帰りは一人で大丈夫だな?」
「そうだよねー!お邪魔しちゃってごめんね!」
ハクは話を無理矢理終わらせてさっさとベルを帰らせようとする。流石の自由奔放なベルも、疲れ果てた顔のハクを見て素直に帰ろうとする。
「じゃあ、まったねー!ユミー!」
「はい!」
エレベーターの入り口までベルを見送ったあと、早速練習に取り掛かるために訓練場へと戻る。
(ここまで言う事を聞かないベルは初めてだな…)
ハクは、女子二人がベルについて話し合いながら歩く後ろで、考えごとをしていたのであった。
____________
魔法の訓練ではいつも通り、中等部で教わるはずだった魔法を中心に、基礎的な魔法を復習した。その後、ハクの部屋で学力テストの最終確認を、昨日ミクから受け取った模試を使って行った。
明日の編入試験に向けて万全の対策をし終えたハクは、約束通りユミールの家で夕食をご馳走になり、現在はブリューナク本部の自室のベランダで、手すりにもたれながら夜空を眺めていた。
「おいベルゼ」
「なぁーに?」
まるで呼ばれることを予感していたかのように、隣にベルが姿を現した。
「最近どうしてユミールをあんなに気にするんだ?」
「んー…リムとの約束だからそれは内緒!」
「なんだそれ…」
特に怒っているわけでもなく、純粋に疑問に思っていたのだ。
余計に謎が深まる結果に終わって、詮索することを諦めたハクは再び夜空を眺める。しかしそこに、ベルから補足が入る。
「でもね…それだけじゃないの…」
「ん?」
「頼まれたの…大切な人から、ハクをお願いって…」
「誰に言われたんだ?」
「ハクとアタシにとって大切な人だよ」
「…そっか」
ハクはこれ以上聞いてはいけない気がしてそこで会話を途切れさせる。が、珍しく真面目な顔付きだったベルは、いつもの笑顔に戻ると会話を再開させる。
「それに、自分の"家族"の友達に顔を見せたくなるのって当然でしょう?」
「んー…でもお前の友達に会いたいとは思ったことないぞ?」
「ちょっとー!何それー!ひっどーい!」
「アッハッハ!」
笑い声が夜の街に響くと、ベルも釣られて笑い始める。
しかし、先程のハクとのやりとりで、忘れられない記憶が頭をよぎった。
____________
「この子を……ハクを……頼んだわよ?」
『………うん………』
「ちゃんと……ご飯を…たくさん……」
『………ゔん………ヒック…』
「友達…も……いっぱい……」
『………うっぐ……うん………』
「変な…女に……引っかからない…よう…」
『……うん…………』
「たくさん……笑って…………笑顔が………いっ……ぱ………ぃ…」
『………うっぐ……ィッグ……』
「…愛してるわ………あと…ごめん………………ね………………」
『…ねぇ……嘘でしょ?………返事してよ…約束したじゃない、ねぇってば!…ぅあぁ……ゔっぐ……あ゛ぁ~ぁ~あ゛ーーー!』
____________
忘れられない記憶が蘇ったことを悟られないように、ベルは自然と姿を消した。それを感じたハクも、部屋の中に入り、就寝の準備を進めるのであった。
翌朝、久し振りに団員服ではなく私服に見を包んだハクは、ブリューナク本部の入り口におり、マルス、ミク、ユミールの3人に見送りをしてもらっていた。
「ちょっくら行ってきますわ」
「頑張りなさいよ」
「緊張はしてないようだね」
「ファファファファイト!」
「何でユミは本人より緊張してんのよ…」
3人それぞれの応援を貰ったハクは早速路面電車に乗り込む。
ブリューナク本部とアトランティア学園は電車で40分程の距離にある。その間は車内でユミールお手製のノートを眺めていた。
そうして時間を潰しながら電車に揺られていると、車窓から開けた広大な敷地が見えてきた。
ドーム状の練習場や、スタジアム、巨大な円筒状の建物など、どこかのテーマパークに迷い込んでしまった気分だ。中でも一際目立っているのが、敷地の中央にあり、旧ロシアにあったモスクワ大学をモチーフにしているとされている建造物で、高等部の授業はそこで行われるらしい。
そこまで広いと移動も大変になるため、学園敷地内にも路面電車が整備されている。
試験会場も中央の目立つ建物で行われるようなので、学園用の路面電車に乗り換える。
編入試験を受ける人は他にもたくさんおり、学園内の標識も詳しく書かれているので迷うことはなさそうだ。
目的の建物に到着すると、入り口付近で人だかりができていた。
おそらく自分が試験を受ける教室を見ているのだろう。
すると、その人だかりの中に一つ、身に覚えのある気配を感じた。
『ねぇ、あれって』
「あぁ、そのようだな」
ハクがその気配の持ち主を見ていると、向こうもこちらに気付いたようで、こちらに手を振りながら向かってくる。
「おー!ハクも転入生だったんか!」
「あぁそのようだな、トール。自己紹介も必要なさそうだ」
「せやな、でもワイの名前の読み方が実は違うねん」
「発音変だったか?」
「本当は発音だとトオルって言うんや。ウチの両親がメル語に合わせて書き直したのがトールっちゅうわけや」
「なるほどね」
偶然なのか必然なのか、二人は再会をすると、長話することもなく各教室へと向かっていった。
教室にいる受験者たちは、時間が来るまで指定されたイスに緊張しながら座っていた。が、一人の教師と思われる女性が入ってきた途端、教室の静寂が崩れた
教室がざわつきはじめるのも無理はない。それもそのはず、その教師の容姿がスタイル抜群で、長い髪をポニーテールにまとめ、眼鏡をかけた知的な雰囲気の美女であったのだから。
しかし、そのつり目で教室を見渡した途端、冷気に包まれたように静かになる。
「私はこの学園で魔法陣魔法学の講師をしております、エリス・ロザリンドと申します。本日、この教室にいる受験者の試験官を勤めます。本日の試験は2つのグループに分かれ、前半に学力、後半に実技、又はその逆で行います。早速ですが、今から読み上げる受験者は、この後第8練習場に移動してもらいます」
次々と受験生たちが名前を呼ばれる中、ハクは自分が呼ばれないかどうか聞き耳を立てていた。すると…
「受験番号4番、ハク・ファールティさん」
「はい!」
名前を呼ばれたことを確認したハクは、練習場へ向かうべく準備をする。
「以上、名前を呼ばれた生徒は、こちらのアガトス先生に付いて行って練習場に向かって下さい」
いつの間にか教室の隅に筋骨隆々の男が腕を組んで仁王立ちしていた。
「付いてこい」
それだけ言うと、さっさと教室を出て行ってしまったため、名前を呼ばれた受験者たちは慌てて後を追いかける。
教室から移動したあと、順番に各々の試験を受けていった。
ハクは先に魔法の実技を終えて、現在はとある練習場の一室の前で格闘の実技試験の順番を待っているところだ。
(ここの先生達、みんな相当な実力者だな)
『うん…中でもあのマッチョの人はヤバイね!』
(あぁ…ベルに言われるまであの人が教室に入っていたのに気付かなかった。相当な手練だ)
脳内で相棒と作戦会議を開いていると、目の前にある練習場の一室の扉が開いた。
そこから、肩を押さえながら落胆した顔持ちの受験者が出てきた。
「あ、次の人ですか?中で先生が待ってます」
「わかりました」
その受験者に一言だけ伝言を貰うと、早速練習場へと足を踏み入れる。
「失礼します」
そこには相変わらず仁王立ちして待っている教師がいた。
「お前が最後か」
「そのようですね。宜しくお願いします」
「うむ」
すると、ようやく腕を解いたアガトスは、腰を落として戦闘態勢に入る。
「試験内容は至って簡単だ。私に全力でかかってこい。但し、身体強化以外の魔力の行使は一切禁止だ。後半の学力テストに支障のないように、私がお前の実力が見えた時点で即終了となる。何か質問は?」
「大丈夫です」
(ベル、今回も手助け無しで頼めるか?)
『いいの?あのゴリラ、気配消すのめちゃくちゃ上手いよ?』
(あぁ、ここにいるみんなと同じ条件でやりたいんだ)
『…気を付けてね!』
「いつでも来い」
「では……行きます!!」
時刻は正午を少し回った頃…アトランティア学園に務めているとある教師が、格闘技の試験官を交代するため、アガトスのいる練習場を訪れた。しかしそこには…
「アガトス先生!?大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ…大丈夫だ」
練習場の中央で片膝をつきながら、息を切らしているアガトスの姿があった。最後の受験者であるハクが来るまで、何人もの受験者を相手にしたにも関わらず、息一つ切らすことはなかったアガトスがだ。
「アドガス先生がそこまで…」
「ハァ…ハァ…ふぅ…………今年の1年生は面白そうだ」
今まで常に勇ましい顔付きだったのだが、先程の試験を思い出すと、思わず口元を緩めてそう呟くのだった。
____________
一方その頃、守護霊だけが立ち入ることのできる天界では……
「それは真か、バロンよ」
「はい、確かにあの女は元ガブリエルの地位にいた者だと思われます。天界のルールをことごとく無視しておりました」
「あやつ、生きておったのか…引き続き監視を頼むぞ」
「はい、アダム様」
玉座に座る人物に対して頭を下げる巨大な獅子は、報告を終えるとその場を立ち去っていった。
引き続き誤字脱字の指摘や、アドバイス、感想等お待ちしております。少しでも気になって頂けたらブックマーク登録宜しくお願い致します。今後の更新の励みになります。