1話 地上の光 <前編>
1話の前編になります。後編はもう少々お待ち下さい。
第3次世界大戦により、もはや地球とは呼べなくなるほど様変わりしてしまったこの世界を、人々は世界共通語であるメル語で、
"アルバステラ"と呼ぶようになった。誰がこの星のことを日本語で地球と呼び始めたのか、英語でEARTHと呼び始めたのか、EARTHとはどういう意味なのか、名称の由来など気にする者などいなかったように、アルバステラもまたしかり。
そんなアルバステラの世界各地の地下に作られた避難地区の一つ、第9避難地区で一人の青年が大きな1歩を踏み出そうとしていた………。
____________________
世間では何の変哲もない、いつも通りの金曜日の朝、通勤通学をするサラリーマンや学生が疲れたような顔をしたり、考え事をしている顔、友達と楽しそうに笑いあっている顔、様々な感情を抱いた人たちが、今日もいつも通りこの都市、「第9避難地区」通称"ウラシマ"を賑わせていた。
そんな中、住み慣れた街であるはずの景色を神妙な顔つきで眺めながら歩く青年がいた。
「どうしたの、はっくん?やっぱり地上に行くの嫌になった?」
そう質問したのは青年の隣を歩く幼馴染のリム・カーミルである。
身長160センチ前後で赤い髪を短く切りそろえ、目もパッチリとしていて表情豊かな如何にも活発そうな雰囲気をしており、実際に同級生の友人も多かったりする。
対して質問をされた青年、はっくんことハク・ファールティはあきれたような笑みを浮かべながら首を横に振った。
「まさか。ただ、この景色を見ることは当分ないんだと思うとほんの少し寂しくなっただけだよ・・」
そう答えたハクはその言葉通り少し寂しさを交えた表情をしながら上を見上げた。
しかし、そこにはどこまでも続く空や雲、さんさんと輝く太陽さえどこにもなかった。
そこに見えるのは、まるで太陽のように輝くパネルとそのパネルが放つ光を反射させながら淡く光る空色のパネルが広大に広がっていた。このような特殊な環境にもかかわらずウラシマを賑わす人々はそれが当たり前のように、気にもせず変わらない日々を過ごしている。
「この天井がない世界がどんなところなのかなって…」
「地上では天井の代わりに空というものが広がっている。私も最初に見たときは長い間見入ってしまったものだよ」
ハクの呟きにそう答えたのはリムを挟んでハクたちと歩いている男だ。
誰が見てもいくつもの戦場を潜り抜けてきたかのような屈強な肉体と、閉ざされた右目の上に走る傷跡、茶色の短髪をオールバックにした髪型が特徴であり、リムの父でもある、ヘクトル・カーミルである。
「いいなぁ、私も空ってやつを眺めてみたいなぁ、私にも守護霊がついていたら良かったのに…」
「わがままを言うなリム。この調子で鍛錬を続けてさえすればきっと守護霊も目をつけてくれるさ」
「そういやー師匠はおいくつで守護霊がついたんですか?」
「ん?私か?んー…いつだったか…確か22歳くらいだったか?」
「えー!その頃にはもう私は学園には通えないじゃん!」
「おいおいリムさんや、守護霊がつくだけでもトテモスゴイコトナンダゾー。」
「適合者でもないくせに最年少で守護霊がついているちょっとだけ有名なハッ君に言われても嫌味にしか聞こえないんですけどー!」
そう言ってリムは無意識に頬を膨らまし怒りを露にしてハクに視線を送る。
この世界において唯一科学的に証明すことができていない存在が守護霊である。
第3次世界大戦終戦以降、魔素が蔓延してしまった地上において生命活動を維持するためには3通りの方法が存在する。一つ目は、魔素を魔力に変換する臓器"魔蔵"を保有する"適合者"であること。二つ目は、魔素を酸素へと変換させる"トランスレーター"と呼ばれる首輪や腕輪型のデバイスを肌身離さず装着すること。三つ目は、守護霊の加護を受けることで魔素を魔力に変換してもらうこと。
このため、地上に住む人間は99%以上が魔蔵持ちの適合者で構成されている。
3つ目の守護霊の加護については、守護霊自体が非常に貴重な存在となっているため数が少ない。
というのも、原因は不明だが、適合者に守護霊がつきやすく、加えて魔法の実力がより備わっている者についてくれる傾向にある。そのため守護霊と契約できる確率は適合者の0.1%以下、更に非適合者だと0.01%以下となっていることから、守護霊を頼りに地上で活動する人間は非常に少ない。
「はっくんはどうやって守護霊さんとお友達になれたの?」
「お友達って………ベルにそういう理由聞いても『天命を受けた!』としか答えてくれないんだよなぁ」
「ちなみに私の守護霊ガルガも『それが我の天命なのだ』としか答えないな」
ちなみに基本的には守護霊は契約している主としか会話ができない。しかし例外として、守護霊から多大なる信頼と、保有魔力を膨大に使用することで守護霊は実体化をすることができるが、魔力の燃費があまりにも悪すぎるため、戦場で大勢の敵に囲まれたときなどにしか実体化させることはなく、自分の守護霊の姿を他人に一度も見せることなく人生を終える契約者も少なくない。
「そういえばベルちゃんともしばらく会えなくなるんだから最後に会わせてよ!ねぇいいでしょ?」
「んー……あいつ出すの疲れるんだよなぁ……それにここで呼んでも目立っちゃうしなぁ」
あまり特徴のないハクと違って、はたから見れば笑顔が眩しくて可愛い顔立ちの美少女と厳ついおっさんが並んで歩いている時点ですでに目立ってしまっているのだが、そのような視線に3人はとっくに慣れてしまっているため気にすることはなかった。
「早めに家を出てきたことだし、まだエレベーターが来るまで時間はあるだろう。ベルゼをだすのならあいつの店に顔を出してやるといい」
「えーあのおばちゃん苦手なんだよなぁ。まぁいっか、当分見ることはないだろうし」
ヘクトルの提案に、ハクは苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。
「ステムさんのところに行くの?やったぁ!あそこのパンケーキすんーーごく美味しいんだよね~早く行こう!」
そう言って二人を急かしながら前を歩くリムは鼻歌まで歌い始める。
「さっき朝ごはん食べたばかりじゃないかまったく・・・」
「リムは昔っからおばさんのお菓子が好きだからね」
そんな話をしながら一行はウラシマの各階層を繋ぐエレベートターミナルのすぐ側にある喫茶店に到着した。周りの建物は駅近なだけあって目新しい雰囲気だが、一軒だけ昔ながらの木造建築が建っており、看板には"喫茶店ステイシア"と書かれている。
ハクはそんな店を記憶に留めておくかのように少しばかり見つめたあと、先に入店したリムとヘクトルの後を追うようにして扉を開けた。
カランカランと高い音色が店内に響くのを感じながら、みんながどこに座っているか探した。
入り口の右手前から奥にかけて伸びるカウンター席に誰もいないことを確認してから、店の左側に4人テーブルが5つ縦に並んでいるところの一番奥のテーブルに3人の姿を発見した。
リムはすでに着席しており、足をプラプラさせながらメニューを食い入るように真剣な顔で「このパフェも捨てがたい…」などと小声で呟いている。
ヘクトルはというと、着席せずに一人の女性と談笑している。
ハクが二人に近づくと談笑をやめた女性が口をニヤけさせて近づいてきたハクを見る。
「久しぶりじゃないか、やんちゃ坊主。元気にしてたか?」
「見ての通り何も変わっちゃいないよ、ステムおば――」
「あ?今何か言ったか?ハク坊?」
ハクがステムのことをおばさん呼ばわりしようとした瞬間、まるで重力が倍になったんじゃないかと錯覚するほど空気が重くなった。
「いやいや、何も言ってないよ、ステムさん!」
そう言ってハクは、苦し紛れな言い訳をしつつ、ステムの容姿を確認する。身長はリムと同じくらいだが少し肉付きがよろしいようで、武器を持たせるなら絶対ハンマーだとハクは昔から思ってたりするが絶対にそんなこと言えない。とは言え、本人曰く、昔はとても美人だったらしくヘクトルも同じことを言っていた。ちなみにヘクトルとステムは腐れ縁らしい。詳しいことは謎だ。
「…生意気坊主もさっさと座って注文しな。そんなにゆっくりできないんだろう?」
「そ、そうさせてもらいます」
そう言って顔を引くつかせながらリムの隣に座り、ヘクトルも続いてハクの向かい側に腰掛ける。ハクが入ってくるときヘクトルとステムが談笑してたのは3人が今日来た理由でも話していたのだろうと座りながらハクは予想した。
「んじゃおいで、ベルゼ」
ハクがそう唱えると、突如空中に人一人分がちょうど通れるような黒い円形のゲートが出現し、つま先からゆっくりと人の形をした何かが姿を現した。その姿は、ジーンズ生地のショートパンツにTシャツ一枚という守護霊のイメージとはかけ離れた服装をしており、女性特有の二つの山によりそのTシャツは大きな膨らみを持たせている。
そして、ゲートから最後に出てきたのはまるで人形のような顔立ちに、赤い右目と黄色い左目のオッドアイ、背中まで伸ばした銀色の髪が特徴の頭部だった。
ちなみにハクはベルゼのことをベルと呼んでいるが、守護霊よ召喚の際は正式名称でなければならない。
「おっひさー!リムに、ヘクトルに、ステムさん!元気にしてたー?」
妖艶な雰囲気をぶち壊すかのような甲高い声とハイテンションで現れたのはハクの守護霊、ベルゼである。
「ベルちゃんおひさ!ベルちゃんこそ元気だった?ってその様子を見ると聞くまでもないか!これからみんなでお茶するところだから一緒にどう?」
「もちろんよ!ハク頑張ってね!」
ウィンクしながらベルがそう答え、ハクは短く「ハイハイ」とため息交じりにつぶやく。
ステムは4人が席に着いたのを確認すると注文を促す。
「私は特性パンケーキで!」
「俺はホットココアで。さ――」「砂糖多めでしょ?」
「よくご存じで…」
「ヘクトルはいつものアイスコーヒーね?」「うむ」
「あたしはこのデラックスチョコバナナパフェで!」
「お、良いチョイスじゃないかベル、流石俺のパートナーだ」
そう、何を隠そうハクとベルは大の甘いもの好きなのである。
実は守護霊には食事は必要ないのだが味覚はあるので、ハクやヘクトルはたまにこうして守護霊とともに食事をしているのである。守護霊と食事をしようなど考えるのは人類の中でも両手の指で数えられる程度にしか存在しなかったりする。
そして注文を終えてから、リムとベルゼは溜まりに溜まった女子トークを繰り広げ始めた。その間ハクとヘクトルはハクのこれからのことについて話し合う。
「とりあえずハクは入学式まで約半月あるわけだが、その間地上の生活に慣れてもらおうと思う。まずは地上にでたら電車で港町に向かうんだ。その後船で中立都市"アトランティア"に向かえ。一日中ずっと移動だからな、乗り遅れでもあると日付が変わってしまうから気を付けろ。アトランティアに着いたら傭兵団"ブリューナク"にこの手紙を持って行ってくれ。おそらく受付の緑色の髪をした嬢ちゃんに見せれば伝わるだろう」
そう言いながらヘクトルは手紙と船のチケット、大まかな地図を手渡す。
「わかりました。まぁなんとかなりますよ。てかブリューナクなんて凄い傭兵団と何でパイプもってるんですか?」
「んー……まぁ行けばわかるだろう。泊まる部屋も用意してもらえるらしいからな」
ヘクトルのごまかしに納得いかない様子でハクは腕を組み始めると、ステムがキッチンから注文した飲み物などを持ってきた。
「ゆっくりしていきな…と言いたいところだがもう行くのかい?」
「そうだね、これを飲み終わったらもう行こうかな」
とヘクトルが答えると、「そうかい・・」と呟くように言いながら後ろを振り返りキッチンへと戻ろうとするが去り際に、
「……ハクを頼んだよ」
「あぁ…」
と短い言葉を交わしてキッチンへ戻っていった。そのやり取りに対してハクは頭にはてなマークを浮かべるが、まぁいっかとテキトーに流すことにした。
それからというもの、リムが幸せそうにパンケーキをほお張ったり、何故かハクの思い出話に会話を弾ませたりワイワイと短い時間を過ごした。
「それじゃあそろそろ行くか」
とみんなが飲食を終わらせていることを確認したヘクトルがそう言って出発を促す。
「そうだね、ステムさんごちそうさまー!いつも通り美味しかったよー!」
とリムが声を張るとキッチンの奥から「あいよー」と声が返ってきた。
「ベルちゃんもじゃあね!寂しいけどまた会えるもんね!ハクをよろしくね!」
「まっかせといてよー!んじゃぶぁーいばーい!」
リムとベルゼがお別れの挨拶を済ませたら、再度、空間にゲートを出現させゆっくりと体を浮かせると徐々にゲートに体を入れていき、姿を消した。それを確認したハクとヘクトルも順にステムへの挨拶を終わらせて店を後にする。
一行は少し歩いて、旧東京にあった東京駅程の大きさを誇るエレベートターミナルの内部へと足を踏み入れる。現在この駅は通勤時間真っ只中で、各階層へと仕事へ行く大人たちで賑わっていた。
ハクは入り口付近にある柱へと歩み寄ると、柱に取り付けられた液晶パネルを注視した。そこには、下から順に、発電層、漁業層、工業層、酪農層、穀物層、農業層、林業層、住居層2、住居層1、第3次産業層、研究層、軍事基地層、と全12項目が表示されており、各項目の横に出発する時刻がズラズラと並べられている。
「あったあった。1層の軍事基地層行きだから、んー次の登りの出発は10分後か」
「そうだな、その箱で間違いなさそうだ」
「んじゃ、リム、たぶん次会うときは卒業してからだから3年後だな。元気でな!」
「ご飯作らなきゃいけない人が減って助かるわー」
「はいはい……またな」
そう言ってハクは改札ではなく、改札の端にある関所に向かって歩きはじめる。
URASIMAに暮らす人々はそれぞれ与えられた権限を持ち、権限が有効な階層にしか行けない仕組みになっている。例えば発電所で働く者は居住層と第3次産業層、発電層にしか行けないなどの制限がある。そのため権限のない層に行くにはアポイントが必要であり、身分証明書の提示を関所で行うことを義務付けられている。
5歩分程の距離が空いたところで後ろから突然張り上げた声が聞こえた。
「ハッくん!………ちゃんと栄養のあるご飯食べるんだよ?朝もちゃんと起きて、遅刻しないようにね!洗濯物溜め込んじゃ駄目だよ!変な女に引っかかっちゃ許さないからね!それから…」
「お前は俺のオカンか」
「う………お願いだから無茶だけはしないでね……」
「そんな心配するな、大丈夫、ちゃんと帰ってくるさ」
「地上の奴らにイジメられたりしたらちゃんと連絡するのよ?私が皆殺しにしてあげるから!」
「物騒なこと言うなよ。ならイジメられないよう上手くやらなきゃな、俺のクラスメイトが無残な姿にならないように」
「………行ってらっしゃい!」
「あぁ、行ってくる!」
と、親指を突き立てながら笑顔で別れの挨拶を終えると関所に入って行った。
「権限外の層への移動ですか?でしたら、この台の上に携帯端末を置いて少々お待ち下さい」
そう受付の人に言われたのでハクはポケットから携帯端末を取り出し、薄い円盤型の台上に置いた。それを確認した受付の男性はPCを操作しはじめ、アポイントの有無と個人情報の確認をし始めた。
「パーソナルコードのご入力をお願いします」
すると自分の携帯端末に入力画面が現れたのでハクはそれに従ってアルファベット2文字と8桁の数字を入力した。
「…はい、確認致しました。ハク・ファールティ様ですね。理由は・・軍事機密!?もしかしてあの噂の留学生ですか!?」
「(軍事機密もクソもないない・・)はい、そうです。で、通してもらえるんですか?」
「は、はい!取り乱して申し訳ありません。問題ありません」
ハクは会話する前からこの反応をされると予想できていたし、これ以上面倒なことにならないようにワザと淡々とした態度で対応した。その後、携帯端末をポケットにしまい関所を後にする。出口の近くには腕を組んで壁に寄り掛かっているヘクトルが待っていた。
「よし、軍管轄の地上行きエレベーターまで送っていこう」
「ありがとうございます。今日は基地でのお仕事じゃないんですか?」
「あぁ、今日はちょっと研究所の方に用がな。トランスレーターの小型化ができたそうだ。」
「それって軍事機密なんじゃ・・・」
「何を今更。私の弟子という立場を利用して色々調べていることは知っている」
「あはは・・・ばれてましたか」
「・・・まったくお前ってやつは」
そんなやり取りをしていると、目前に4つのドアがついた巨大な長方形の箱が迫っていた。軍事基地層行きのエレベーターは大きな兵器を運搬することもあるため大きめに設計されている。二人は見慣れたかのように驚きもせず箱の中に入り、慣れた手つきで着席した後シートベルトを装着した。
そして数分したらアナウンスが響き渡り出発の合図をすると、すべてのドアが一斉に閉まりゆっくりと上昇し始める。そして2分もしないうちにアナウンスで到着を知らされる。
「おっこらしょ。じゃあ行きますか。乗り換えはすぐそこですよね?」
「あぁ、地上行きのエレベーターは定期便じゃないからな。早速行こう」
そして二人は地上行きのエレベーターを目指す。
1話二部構成で更新する予定です。
とりあえず今後は5話まで更新しようと考えていますが、
その先は1人でもしおり登録者数が増えたら更新していこうと思います。
ゼロからイチへ!!