ステータスオープン・エンジニア
世の中にはステータスオープン・エンジニア(SE)というお仕事がある。
本日もクライアントであるメガミサマのところへ営業に訪れたひとりの商品アドバイザーがいた。
「最近のゆとりは全くもう、やれステータス見せろだの、やれスキル寄越せだのってやかましいの。黙ってわらわに従いなさいって感じ」
メガミサマは足を組み腕を組みながら愚痴をこぼす。
かつての日本人は奥ゆかしき民族であった。ぽっと出てきたカミサマ相手ですら、カミサマに召喚されたと知れば文句ひとつ言わず頑張る奥ゆかしき民族であったはずなのだ。
しかし時代は流れていくものである。いつしか指先一本で動く者などいなくなってしまった。
自分だからこそ、選ばれた。選ばれし俺様には特別なパワーが与えられて然るべきである。
そういうプレミアがないと働かないビジネスライクな生き物になってしまったのだ。
「大体ねえ、ニンゲンごときがオンリーワンなんておこがましい! なあにが特別よ。単なる量産型ホモサピエンスに過ぎないと思い出すべき!」
まばゆい宝飾品に身を包み乱心するメガミサマを見て、商品アドバイザーは口を開いた。
「装着型デバイスはいかがでしょう。例えばこちらのブレスレット、装備者の脈拍を感知するパッドが内蔵されています」
「ふうん、それで?」
「どんなに雑魚いゴーレムでも、遭遇するとやっぱりドキドキしますよね。その脈拍変動により発光する仕様になっております。さらに地面へ魔法陣画像を投影する照灯も付いていますので、魔術師の気分が味わえます」
パンフレットを提示しながら商品アドバイザーは説明を続ける。
「こちらのイヤリングは、被召喚者が女性である場合にオススメのデザインとなっております。カメラが内蔵されていまして、装備者の見ているものを自動的に認識、その場にあった雰囲気の音声が再生されます」
「……ブレスレットに比べてなんだか地味ねえ」
メガミサマの反応は芳しくない。商品アドバイザーはここぞとばかりに売りを説いた。
「人語を話せないモンスターは多いです。グオーと吠えられてもねえ……そんな時、このイヤリングは『お前を喰ってやる!』と再生するわけです。獣語を聴く能力が備わったと勘違いさせることができます」
「あら、面白そう」
メガミサマが前のめりにパンフレットを覗き込んだ。ここで最後の一押しである。
「ニンゲンは騙されやすい生き物なのです。その場の雰囲気や演出次第でいくらでもその気になってしまう。メガミサマがおもむろに身につけているブレスレットを差し出したらどう思うでしょう……そのお美しい耳たぶに揺れるイヤリングを外して微笑んだらどう思うでしょう……」
「私が宝物に宿るスキルを授けているという雰囲気に?」
「そういうことでございます」
営業所長の高らかな笑い声が響く。
「いやー君、今日も契約取れたなんて素晴らしいじゃないか。しかも一度に四商品、各二十個。大口契約じゃないか!」
「いえいえ、まだまだ今月のノルマは達成していませんから……」
商品アドバイザーは謙遜しながらも満更でない表情だ。
「スキル表示の製品をお求めのようでしたが派手好きな方でしたので。ブレスレットとイヤリングごり押しで楽勝でした。ついでにチャームとロッド型ランプもいただきました」
本社への発注書を作成しながら商品アドバイザーは言った。
この会社では様々な『ステータスを演出する』製品を取り扱っている。日本人に馴染み深いところでいうと、特撮ヒーローの変身ベルト玩具とほぼ同じだ。玩具で変身なんて出来っこないが、ヒーローになった気分だけは味わえる。被召喚者に『そんな気分』になってもらい、火事場の馬鹿力を出させるお手伝いをするのが製品の役割である。
また別の商品アドバイザーが外回りから帰社した。
「蓄光玉、千個はいりましたー!」
「せ、千個だって?」
営業所全体が色めき立つ。桁違いの契約に営業所長の目は輝く。まだ締日まで十日ほどあるが、利益率の高い蓄光玉が千個も入れば今月のノルマ全国一位の座は固い。
あんな地味なものを千個なんて、どういう営業トークをしたのかと次々に他の商品アドバイザーが彼の元へ駆け寄った。
「とっても恥ずかしがり屋のカミサマでねえ。とにかく被召喚者と話をするのが苦手だっていうから、召喚したらとりあえず蓄光玉をそいつのそばに転がしておけばいいって勧めてみたんだ」
「たったそれだけ?」
「カミサマにはちょっと離れたところから『スキル石を授ける』とでも言っておけばオッケーよってアドバイスしたんだ。目の前にスキル石なんてあったら絶対やつら『ステータスオープン』とか言うだろ」
「なるほどー!」
蓄光玉は声に反応してステータス表示を壁や地面に投影する機能を備えている。それ以外は蓄光塗料が塗ってあるだけのプラスチックの塊である。
それでも最初期は流行っていたがチープな見た目なので、ただのプラスチックではないかと被召喚者に見抜かれる事故が多発していた。子供騙しにも程があるこの商品に対して懐疑的なカミサマも増えてきて売上は減少傾向、宝飾品を模したモデルやステータス表示以外の機能を備えた新機種が開発されるに至ったのだ。
そんなものを千個も売りさばいてきた彼は得意気に語ってみせた。
「どう考えてもこれ、カミサマとの親和性が悪いと思っていたんだよ。偉そうに上から目線で物言うやつがこんなプラスチック出してきたって有り難み半減よ。ご託宣並べてないで最初からシンプルに言えば良かったんだ。引っ込み思案なカミサマにこそうってつけだよな」
なるほど確かに、尊大で傲慢知己なカミサマには変わらず不向きだろうが、口下手でシャイなカミサマには丁度よいかもしれない。それが見た目美幼女なカミサマとかだったら効果てきめんである。
日本人はあれこれ妄想するのが得意な民族なのだ。電源プラグと電源タップでカップリングを生み出すほど妄想力豊かな民族なのだ。あれやこれや詳しく説明などしなくても勝手に使い方を妄想してくれる、察する能力だけは馬鹿高い民族であることを我々はすっかり失念していたのだ。
「今度、製造部門にLEDライトを内蔵したものを作ってくれないか提案してみるつもりなんだよね。賢者の石とかメタモルフォーシスとか、それっぽい感じに光るやつ。蓄光だけじゃこの先厳しいわ」
二件の大口契約に営業所が盛り上がっているところ、本社の商品開発部門より突然の知らせが舞い込んできた。
「まずいことになったぞ。製品が使えなくなるかもしれない!」
一報を受けた営業所長は顔を青ざめながら言う。
「テンノウが『お気持ち』を発表されたらしい……」
商品開発部門では地球の情勢を知らせるカワラバンに、本部長は頭を抱えていた。
それ以上に険しい顔をしているのは下っ端のSEたちである。
「元号が、変わってしまう……」
ひとり、お腹が痛くなってきたとトイレに駆け出した者がいる。また別のひとりはちょっと落ち着いてくると屋上へ煙草を吸いに行った。しばらくしてその同僚が、転落しないよう見張ってくると追いかけた。
「元号が変わると何か問題でも?」
唯一のんきなのは新人クンだけである。
「最近の製品は、被召喚者のプロフィールを反映してステータス表示が変化するようになっているだろ。元号が変わると、生年月日登録に影響が出る……」
どういうことなのかまだ分からないのか新人クンは首を傾げた。
「被召喚者は圧倒的に日本人が多い。彼らは勤勉だからよくカミサマに従ってくれるんだ。民族性ってやつだな。そういうわけで生年月日には日本の元号を採用している」
マニュアルや要件定義書を示しながら先輩は説明を続ける。全ての製品には名前や生年月日に身長体重スリーサイズに至るまで、幅広い被召喚者のリアルスペックをデータ化して登録してある。それを商品開発部門のデータベースで一元管理しているのだ。
「明治は1、大正は2、昭和は3、平成は4と連番が振られている」
「じゃあその次は5で良いじゃいですか」
「そんな簡単なことじゃない! 元号の漢字とそれに付随するフリガナにも対応せねばなるまい。でも肝心の元号が決まらなければ出来ないじゃないか……」
ああ、終わったと先輩は天を仰ぎ見る。
他の者も皆同様、いつか改元される日は来ると知っていたが、それは今日じゃないと言い聞かせてきたのだ。それがまさかの『お気持ち』表明によりにわかに現実味を帯びてきたのだ。
「マジでリスペクトしてるからあと五百年くらい頑張ってくんないかなー!」
「リスペクトでどうにかなる問題じゃないよ……」
「じゃあ百年でいいからー!」
なんだか訳の分からないことを喚く者まで出現する始末。地獄絵図とはこのことだ。
相も変わらずのんきなのは新人クンただひとり。
「ところでテンノウって何ですか?」
「そんなことも知らないのか!」
先輩は溜息交じりに新人クンを見る。
「ま、ぽっと出のカミサマなんかよりリスペクトされているお方かな」
「へー、凄いですね」
「ぽっと出のカミサマなんて、俺たちの製品使わなきゃ威厳を保てないんだからな。あんまり大したことないよ」
そんなことよりと、先輩は本題に戻す。
「もし被召喚者が新しい元号の生まれだったら大変だ。システムエラーを起こしてステータス表示が出来ない。エラー頻繁によりサーバーダウンなんてことになったらすでに出回っている商品にも影響が……」
「超まずいっすね」
「そうなんだよ。超まずいんだよ」
超まずい事態を回避するためにああでもない、こうでもないとそこかしこのデスクでは激論が交わされている。
そんな喧騒をおさめたのは新人クンの一言であった。
「とりあえず平成を『ひらなり』って読ませとけば良くないですか?」
「……それだ!」
ラスト三行だけ実話。