異世界の魔女
静かなティータイム。部屋の中には、私の後ろに直立不動の騎士が一人居るだけである。ちょっとした事故と偶然の一致が重なり、この魔法に満ち溢れた世界へと渡って早数ヶ月。この世界の人々は私を神の客人として持て成しながらも得体の知れない者と恐れている。そういう訳で部屋の豪華さやお茶の芳しさに対し、侍女は一人として居ないのである。
お茶のカップを置き、お菓子に手を伸ばした。花を象ったフィナンシェだ。実に可愛らしいそれを一つ摘まんで口に放り込もうとしたその時、不意に人の気配を感じた。かなりの人数居る様に思われたが、一先ず無視をしてフィナンシェを頂く。ゆっくりと味わってから視線をやると、黒ずくめの人影に囲まれていた。流石に穏やかでない訪問者に囲まれたままティータイムを続ける気にはなれなくて席を立つと、先程まで直立不動だった騎士が私を庇う様に立った。
「おさがり下さい魔女様」
「この人数相手に勝てるの?」
騎士はちらりと肩越しに私を見ると声を低めて言った。
「無理です。ですので、私と共に包囲網を突破しそこからはお一人で近衛兵の待機室を目指して下さい。私が足止めします。場所はお分かりになりますね」
騎士は勝てないと言ったにもかかわらず足止めをすると言う。私は死ぬつもりなのかと驚いた。そして軽く溜息をついて、騎士の前へ出る。訝しげな騎士に向かって微笑んだ。
「確かに今まで煩わしい鼠の相手は任せて来たけれど、勝てない相手と戦うことは求めてないわ。今日は私が相手する」
騎士は訝しげな表情を崩さない。魔女などと呼ばれているが、私の魔力は人並みだった。力がある様にも見えない私は普通に見ればただのか弱い女性だろう。私は思わずくすりと笑い声を漏らすと、部屋の扉を塞ぐ様に立っている黒ずくめに人差し指を向けた。
「貴方達は一つ忘れているわ。私は異世界の人間なのよ」
「貴女が異世界の人間でなければ、死んで頂く必要はあるまい」
指を差された黒ずくめが応えた。やはり彼が長なのだろう。
「ならば、貴方達は勘違いしているのね。異世界の人間であるということが、どういうことなのか」
「訳の分からぬことを仰る。無駄話はこの程度にしてそろそろ我等も仕事をさせて頂こう」
黒ずくめの長が言い終わるか否かの内に二本の雷光が此方を目掛けて駆けてきた。それを私は長の後ろにテレポートして避ける。勿論直ぐ後ろにいた騎士も連れてだ。私は事情を飲み込めていないらしい長の耳元へ口を近づけた。
「こういうことよ」
斬りかかろうとした長が刀を抜く前に、今度は長の目の前に再びテレポートした。刀は抜けない。何故ならサイコキネシスで押さえ込んでいるからだ。長の刀だけじゃない。この場の、私と騎士以外の全員が既に身動きを封じられている。黒ずくめ達も騎士も絶句して静まり返った部屋の中、私はにっこりと笑った。
「私はこの世界でたった一人の異世界人。つまりね、私はこの魔法の世界でたった一人の超能力者なのよ」
そして笑顔を崩さぬまま囁いた。
「お休みなさい」
黒ずくめ達は一斉に崩れ落ちた。私は未だ呆然としている騎士に顔を向けた。
「殺してはないから、暫くすれば目を覚ますわ。ただ、この部屋での記憶は丸ごと消去させてもらったの。能力についてはまだ知られたくはないからね。つまり後は」
そこで一度言葉を切って、騎士の顔を覗き込む。
「貴方だけね」
騎士の顔が僅かに強張った。私は一拍置いてから、人差し指を唇に当て薄く微笑んだ。
「黙っていてくれるわね?」
「御意に」
直ぐに帰って来たその返事は恐怖故だと思ったけれど、私の予想に反して騎士は再び口を開いた。
「私は、貴女の騎士でありますれば、御意に反することは決して致しませぬ故、御安心を」
私は騎士のその言葉に面食らってしまった。数度瞬きを繰り返した後、やっと声を絞り出した。
「貴方は、国の騎士なのだと思っていたわ」
「魔女様がいらっしゃるまでは。しかし既に我が主は魔女様ただ一人。敬愛する主のお望みとあらば何事でも致しましょう」
騎士の言葉を、きょとんとしたまま聞いていた私は、僅かの間の後じわじわと胸の中に嬉しさが広がっていくのを感じた。そして意図せず笑みを象る口元をそのままに、騎士へ言った。
「それじゃあ、冷めたお茶を淹れなおして頂戴。二人分よ」
「御意に」
久し振りに楽しいティータイムが過ごせそうである。
お読みいただきありがとうございました。
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超能力vs魔法。いつかちゃんと書いてみたいのですが、何分戦闘描写が苦手でして……。