④ いかつい顔のアクセサリー
とある駅前でフリーマーケットをやっていた。
何気に立ちよって、見て回っていると、あるアクセサリーに目がとまった。
そのアクセサリーは、薄く切ったカステラの形を模したスポンジに、目や鼻や口が描き込まれたものであり、顔のつくりにも何パターンかあった。どれもにこやかで可愛らしい微笑みを携えている。ひとつを手に取り、値札を見ると、三十円と書かれてある。こういうフリーマーケットで売られている商品だからだろうか、相当に安い。
「お兄ちゃん、ボクを買ってよ」
その顔はにこやかに微笑みながら、俺にそう告げるのだった。
と、別の顔にふと目をやった。他の顔は、大概にこやかに微笑んでいるのだが、その顔だけは、サングラスをかけ、何だか他の顔に比べると、表情もいかつい。
何となく気になったので、その顔も手に取ってみた。値札を見ると、十円。他のやつよりも、格段に安い。
「どうしてお前だけそんなに安いんだ」
俺が尋ねると、そのいかつい顔のそれは、ぶっきらぼうに答えた。
「オレって、他のやつらと違って、可愛くないだろ。だから、なかなか売れないんだよ」
そのいかつい顔のやつが話し始めると、他の顔の連中は、そっぽを向いて知らん顔を始めた。いかつい顔のやつもその雰囲気を感じ取ったらしい。「ケッ」といって、黙り込んでしまった。
異様な空気を感じ取った俺は、いかつい顔のやつをもとの場所に戻し、別の商品を見ることにした。さっきのカステラアクセサリーの向かいに、ケーキやパフェなど、スイーツの形を模した置き物があった。
「あなた、カステラのアクセサリーとお話してたわね」
プリン・ア・ラ・モードのようなのが、話しかけてきた。
「あの連中、どうなってるんだい。サングラスかけたのは、他の連中と仲が悪いのか」
俺が訊くと、プリン・ア・ラ・モードは答えた。
「いや、ワタシもそんなによく知っているワケじゃないんだけどねェ。あのサングラスかけたの、どうやら周りの調和を乱してるみたいなのよ。周りが和気あいあいと楽しい雰囲気になってても、仏頂面してチクリとイヤミを云ったり、お客さんが『かわいいー』って見に来ても、イヤーなムード醸し出しちゃって、結局あの中の誰も買ってもらえなかったり。それで、他のイイコちゃんたちから、煙たがられてるみたいよ。確かに、あんなのがいたら、迷惑かもねぇ。まぁ、はたから見てたら、どっちもどっちってカンジだけど」
プリン・ア・ラ・モードがここまで喋り終わると、隣にいたイチゴパフェが、口をはさんできた。
「けれど、たぶん悪いコじゃないのよねぇ。うまく他の人に自分の気持ちを伝えることができないんじゃないかしら。誰かと交流した経験があまりないのかもしれないわね」
このふたりは、どことなく他人事のように話していた。
俺は、例のサングラスのやつを買ってやろうかとも思ったが、これから用事があり、あまりここに長居しているわけにはいかなかった。それで、その日は店を後にした。
後日、このフリーマーケットに訪れた。
その時には、例のサングラスはいなかった。
例のプリン・ア・ラ・モードに訊いてみると、買って行った人がいたらしい。
「昨日、女性のお客さんが来てねぇ。あのサングラスのコを見て、『かわいい!これが十円なんて信じられない』って云ってたのよ。あのコがブスっとして『俺なんか買ってもいいこといいことないぞ』なんて云っても、『そういうところがかわいい』って云って、結局、買って行っちゃったのよね。ワタシも、あんなののドコがいいんだろう、と思ったんだけど、その女の子は、とても幸せそうな顔してたわ。そう云えば、あのサングラスのコも、何となく嬉しそうに見えて、このコもこんな顔するんだなぁ、と思ったわね。もっとも、他のイイコちゃんたちは、不満そうだったけれど」
捨てる神あれば拾う神ありとはこのことだろうか。
たとえ、ある場で周りから認められなかったり、嫌われていたりしたとしても、どこかに認めてくれる者は必ずいるものなのかもしれない。
大切なのは、自分なんてとひねくれるのではなく、自分を認めてくれる人が必ずいると信じて、素直な自分を見せることなのかもしれない。