① 歩き続ける男
歩いていると、ときおり、面白いものに出くわすことがある。
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先日、人気のない路地で、ひとりの中年の男に出会った。
その男を見るなり、俺の胸には何やら得体の知れぬ興味が湧いてきた。何となく、話しかけたいという欲求が抑えきれなくなった。
何が俺をそのような欲求にかき立てたのか。男は驚くほどやせ細っていて、頬もこけていた。目の下は黒ずみ、顔はやつれて十も二十も老けて見える。しかし、その不健康そうな身体つきとは対照的に、目には異様なほどにぎらぎらした光を宿しており、何か大いなる野望を持っているような印象を受けた。そのような男のアンバランスなふたつのインプレッションが、俺の興味をかき立てた要因だったのかも知れない。
男は、自分は旅人だと云った。これまでどこを旅してきたのかと訊いたら、男は東京・大阪間を、この三十年もの間、一度も休むことなく、歩いて往復しているのだという。何の意味があるのかと尋ねたら、男はこのように答えた。
「どのような意味があるのか、的確に答えるのは難しいな。ただ、何だか、そうしなくてはいけないような気がするのだ。それをやり続けることが、私の天から授かった使命のような。この行為をやめてしまえば、私がこの世で生きる意味を失くしてしまうような、そんな気がするのだ」
男はこう云って、不気味と形容して差し支えない、ニンマリとした笑みを浮かべた。そして、こう続けた。
「これまで、多くの人が君と同じ問いを私に投げかけ、私がこう答えると、ある者は軽蔑したような笑みを浮かべ、またある者は気味悪がって、いずれも私のもとから去って行った。君もそうだろう。どうせ、私のことを誰も理解できないのだ。さあ、どいてくれ。そろそろ私は行くとしよう。これから、大阪の町を隅々まで歩き通して、また東京に向かうのだ」
男は、俺を押しのけるように歩きだし、去って行った。
去りゆく男の背中には、「自分は外れ者だ」と悟っているかのような、あきらめのような感情がにじみ出ていた。だが俺には、少なくともその男が際限なく行っている行為に対する気持ちが、少しは分かるような気がした。そして、広い世の中には、俺と同じように、男の気持ちが少しは分かるという人が幾人かはいるような気がする。だが、今のところ、男には「我が道」しか見えていないのだろう。
男は、いつか自分にも少しは理解者がいることに気づくのだろうか。もしその時が来るとすれば、男の生き様に幾分かの影響を与えるのだろうか。男の姿が見えなくなった路地にひとりたたずんで、俺はそんなことを考えていた。