そろそろ男の人が話し相手に欲しい・・・だが女だ
魔王ー!オレだー!結婚してくれー!
だが男だ、それがいい。
自分の名前はソフィア、どうしてこうなったのか今でもわからないが、前世の記憶を持っている、前の世界の小説で言うなら転生者・・・というのだろうか?
誠に残念なことに前世は男で、今世は女だ、家族構成は新興貴族の両親に姉が一人、兄が二人、所詮自分は搾りかすってところだ。
ついでに髪の色は赤茶色で瞳の色も同上、背は高いほうであると思いたい、この世界の基準はよくわからない・・・。
ただ前世のこともありサバサバした性格が貴族には受けがよろしくないようで、社交界ではあまりいい話を聞かれないそうだ、姉からの情報であって自分は知らないのだが。
そう評価されることになんら不快も何もなかった、前世でも自分は末っ子であったからこういうことには慣れていた。
ただこのまま飼われ続ける人生は前世の男の自分もあり嫌だったので、貴族の女でも許されている教会への従属を申し出たところあっさりと了承を得てしまったので、直ぐに教会にて託宣?をいただいたところ、どうにも何故か、天兵という謎の職業を手に入れてしまった。
天兵は数十年に一人出るか出ないかだそうなので大変な低確率らしい、まあ予備知識でそれは知ってたのでそこまで驚かなかったが驚いたのがクラス:天兵の希少価値たるワンオフスキルについてだ。
クラス:天兵には少々特殊な階級制度があり、天使の名前が横に並んでいる。
そして自分に書いてある天使の名前はケルヴィム、回転する炎の剣を神から与えられた命の実の木の守護者、まあそれくらいしか知らないが。
ついでにこの世界にそんな話は一切なかった、天使の名前も、クラスに出てくる名前だけであった、妙なところで前世とリンクしてると不思議な気分になる。
当然能力もその逸話通り、炎の剣を、自由に召喚し動かせる能力だった、その剣自体も破壊力が凄まじく、教会から人に対しての使用を禁止されるほどであった。
だからかもしれない、人には手に入れえないその力を手に入れてしまった代償に自分は驕ってしまった、自分こそが最強だと思っていた、そうあの化け物に出会うまで。
「ねえ、あなた強いんだって?」
「誰だお前?」
一人で魔物を殲滅し自分以外誰もいない孤独な戦場、だが自分は満足していた、足でまといはいらない、見下すことも見下されることも、侮蔑されることも侮蔑することもないこの孤独こそが自分の欲していたものだったからだ。
そう思っていた時に、突如彼女は現れた、燃えかすの、物が焼け終わったあとの爽快な空気が冷めた戦場を満たして、最高の気分だった自分は少し、いやかなり気分を害した。
後ろを振り向くと美しい金の髪を腰まで伸ばし、誰もが、女でさえも見惚れてしまうような、美少女がそこにいた、いくら世間に疎い自分でも彼女に見覚えはあった。
「・・・誰かと思ったら勇者様じゃぁありませんか?どうかなされましたか?」
軽い軽金属のプレートを縫い付けてある元々は赤と銀だった赤銅色のスカートを簡易的ではあるが少しだけ上げて頭をこれまた少し下げる。
私はこの勇者があまり好きではなかった、この国の王子が手ずからこの女勇者を運んできたことがまず問題である、国の責任者の息子が突然平民の女を連れてきて、あまつさえ勇者だと?
確かに、先天性の光魔法を身に持つとはいえ話が急すぎる、平民という点で貴族は少なからずいい思いはしていないそうだ、それと王子が手ずからという点も問題だ、最近噂されていることに、王子と勇者の恋仲の噂が真しやかに流れている。
そのせいで、平民からの熱狂的な支持はあるが貴族全般からは嫌われている様子。
まあ自分はそういうところが嫌いなわけではない、自分が嫌いなのは、彼女の目だ。
「あなた強いんだって?」
この瞳が狂気的だったならばどれだけ助かったことか・・・それくらいならばどれだけ気楽だったろうか・・・。
これは毒だ、それも1gで数千人が死ぬレベルの、狂気なんかじゃ説明しきれない歪みがこの勇者の瞳にはある。
「あ・・・ああ・・・」
思わず気後れして引きつった声を出してしまうが、直ぐに自分を恥じる。
正直言って前世の自分は頭が良くなかった、だからここに来てすごい力を手に入れて、ようやく自分は人より優位に立てれるようになった、そう思っていた。
「じゃあ私の仲間になってよ、強いんでしょ?」
「は?」
「私の魔法じゃみんな死んじゃうからある程度強い人がいないと道中が大変だからさ、ほら」
そう言って軽く手を振ると、極光が大地を抉る、それを見て思ったんだ。
自分は所詮どこに行っても下なのだ、ということを。
そして自分は。
「お供させてください、勇者様」
「うん、分かった」
今までの誇りも思想も全て絶対強者に譲り渡し、せめて一秒でも生き残りたいと彼女の下僕となることを決めたのだった。
馬上から前方の馬車を見やる、あの中には勇者様が居られる、そして隊長が勇者様に次の街で起こったことに着いて話しているが、適当に流されたらしい。
とぼとぼと馬の上からでもわかる気落ちさでこちらに戻ってくる隊長に周りの連中が慰めの言葉をかけている。
そうしていると隊長から呼び出しがあった。
「ソフィア」
「なんでしょうか?」
この軍は勇者様が引き抜いてきた選りすぐりの人間たちで、教会の人間だったり、王国の騎士だったりギルドの人間だったりと様々で、その中でもそれらを纏める隊長さんは技術だけだったら力押しの自分では全く歯が立たないほどの技量だ。
「次の街にでたという新種の魔物、勇者様は心配無用と言ったがその魔物にどんな隠しだねがあるかもわからん、先に偵察を頼んでいいか?」
「・・・・・・一人で、でしょうか?」
「ああ、その間の代わりの部隊長はほかのやつらに任せる、頼めるか?」
「分かりました」
「頼んだ」
短い挨拶だけを交わして自分は馬車を追い抜き、次の街に馬を駆けた、一瞬ちらりと馬上から馬車の様子を覗いたが勇者様は全くの無表情で中空を眺めていた。
それに背筋をゾクリとさせ、すぐに頭を振り、任務のことを考えた。
取り敢えずは街の警備隊からの報告を聞かねばなるまい。
揺蕩う意識が覚醒してくると、朝の冷気が背中を冷たくしていることに気づく、ここはあの宿とは別の宿で、被害が少なかった場所だ。
あの後すぐに宿の場所を変えて正解だったのか今表には事件があった場所に向かい往復する警備隊の人間たちが多く居た。
朝から晩まで働き通しであろう白髪の混じった死んだ目の初老の男性の泣きそうな顔が頭に浮かびほくそ笑むと、お腹のあたりでもぞもぞとトラウマを彷彿させる金色が寝返りを打ち、俺の掛け布団を全て持っていった。
「こいつ・・・いつのまに俺のベットに・・・」
そう言いながらふと懐かしい思い出が胸を通り過ぎる、いや懐かしくないな・・・。
「あれは・・・恐怖だったな・・・」
10歳ぐらいの頃だったか・・・?勇者が家に泊まりに来たことがあった、俺は床で寝るつもりだったのだが勇者に言われて――脅迫されて――ベットに添い寝させられた。
あの時も。
「こいつみたいに胸に顔グリグリしてきたんだよなぁ・・・」
いっそ砕けんとばかりに押し付けて壁と密接していた背骨が折れそうになった苦い思い出とは裏腹に今感じる軽い重さは何と言うか、そんな苦い思い出を払拭してくれるようだった。
「・・・なんか寒いな、朝方だし仕方がないか」
断じて勇者の超直感が発動して俺の思いを見抜かれたわけじゃないと信じたい。
アリシアに掛け布団を全て持っていかれて寝るための毛布がもうない俺は朝方の冷気を薄着一枚で感じることになり、肌の見えている肩がとても寒い。
「はぁ・・・」
勇者といいアリシアといい、髪の毛サラサラだよなぁ・・・まあ俺はイケメン主人公みたいにナデポができるわけでもニコぽが出来るわけでもない、つーかそんなものは絶対にいらないが。
ベットに横たわりながら肘を付いてアリシアを眺める、セミロングになってしまった髪の毛は先っぽで少し跳ねており、何と言うかアリシアという少女を表してるようだった。
暫くしたら彼女たちの墓を作りにいかなければな・・・。
いいことがあると嫌なことを思い出してしまうのはなぜだろうか・・・実はまだ彼女たちの死をあまり受け止めきれずにいた。
というよりどう悲しんでいいのか分からなかった、泣けばいいのか悔やめばいいのか・・・俺には分からなかった。
鼻が半分詰まったかのようなスピーという可愛らしいけどアホみたいな寝息が規則正しく、この狭い宿の部屋に小さく広がる。
全て忘れてこの時間が一生続けばいいのに、そうすれば死も生も忘れて、何も思わず生きていけるのに。
そう思うからだろうか、これからも今までどおりに生きていけるような気がしないのは。
勇者に会えるよ、ヤッタネミルド!




