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私が死ぬたび、婚約者の冷酷な騎士様だけが記憶を取り戻す

作者: 久世朱里
掲載日:2026/11/02

「君がいるだけで俺は幸せだから」


 そう言ってダルベルトが私を抱きしめる。


 ダルベルトの鎧には傷一つないけれど、鎧の下の身体はボロボロだった。


 私は聖女でもなんでもないから、ダルベルトの身体を癒すことは出来ない。


 スーッと横でダルベルトの吐息が聞こえるけど、身体を重ねるだけであなたが癒されているなんて信じられない。


 私が触れると、あなたの塞がっていた傷が開いて、私の手を血が濡らす。


 そのことにも気付かずに眠ってしまう——。


 もう、あなたは痛みすら感じないのだろう。


 ——私と出会ったから、あなたは傷だらけになっている。



◆◇◆


「ダルベルト様、王都を魔物から救ってください!」


 王都からの使者が俺の城の門を叩く。


 「相手にするな」と門番には言ってある。


 自分達で引き込んだ魔物に手を焼いているからと、俺の力を当てにされても命をかけて助ける価値もない。


 多くの騎士たちの命を犠牲にして、王都とつながっている魔界への直通路は維持されている。


「ダルベルト、でも、お金が必要よ。隣国から物が買えなくなると、みんなの生活が大変になってしまう……」


 幼なじみのカーリーが言う。


 王都から離れた俺の城と領地では食料なら自給自足ができているが、服飾品や嗜好品は別の場所から持ってこなければいけない。


 何より日用品が足りない。


「……仕方ない、これだけ払えるなら助けると使者に伝えろ」


 俺が従者に伝えるとカーリーの顔が少し曇った。


「大丈夫よね? ダルベルトは魔物と戦っていなくても毎日訓練はしているし、体力も十分あって、魔物に負けないくらいに、万全だものね?」


 俺の身体に刻まれた無数の傷に、カーリーは不安になるのだろう。


 田舎から王都に来た俺が、この城と領地を手に入れるために、作った傷だ。


 城と領地を手に入れた後には、そこまでこんな物が欲しかったのか不思議に思う。


 カーリーと一緒に暮らす為には、ここじゃなくても良かったんだ。


 ずっと田舎にいる方が、王都からの使者を疎ましく思うこともなかった。


「……領地のみんなはあなたが頼りなのよ、ダルベルト。だから、がんばりましょうね……」


 カーリーの笑顔は田舎にいる時と同じだ。


 俺の冷たい心が少しだけ暖かくなる。


 田舎から呼び寄せたカーリーと領民たちの為にも、魔物討伐の報酬を王に要求しに行こうか。



◆◇◆



 城から抜け出すのは久しぶりだった。


 前に見つかって連れ戻されてからが特に監視が厳しくなった。


 私が何のために抜け出しているのかお父様の国王は知らないはずなのに。


 昔、私が魔物に拐われた時のことを思い出すらしいけど、どうやって助かったのかは誰も覚えていない。


 この奇妙さがお父様やみんなの心配を掻き立てる。


「今日は魔界への通路には行かないわ」


「ん? じゃあなんで城を抜け出したんだシルヴァリア」


 私の左肩に乗った子猫のような生き物が答えた。


「王都の外に行くのよ。魔界への通路を消そうと思ったら、王都だけじゃなくて、もう一箇所あるでしょう?」


「……それは、無謀だ、シルヴァリア……」


 子猫が呆れてる。


「無謀になるしかないでしょう? あなたとの契約がそうさせるのよ」


 子猫は一瞬、黙った。


「……なら、仕方ないか」


「……」


 契約を変更してくれたりはしないか。


 見た目は子猫のようだけど、牙も爪もずっと鋭くて、尻尾の先は尖っている——仲良くなれたと思っても、悪魔はやっぱり冷たい。


 キョロキョロと私は周りを見渡す。


 商店が並ぶ王都の一角なのに人通りはまばらだ。


 魔界との通路から、強い魔物が現れる時期なのだろう。


 そういう時は街から人は消える。


「サイラス、人間になって」


 私が言うと子猫は人間の姿になった。


 黒髪に黒い瞳、黒い服。


 肌だけは青白くって不健康そう。


 本当の悪魔の姿だともっと魔物に近いらしいから、人間に擬態するなら私と同じ二十二歳くらいになって欲しいけど、年下の十七、八歳に見える。


 悪魔としての年齢がそれくらいで、人間になったらのイメージと同じ姿にはなれても、姿を自由自在に変えられるものではないらしい。


「あの仔猫がサイラスの本質を現してるイメージなのよね」


 生きてる時間は私よりもずっと長いらしいけど、可愛い子供だった。


「や、やめろ!」


 私が頭を撫でたらサイラスは嫌がっている。


「ダメよ。私を守る騎士の振りしなきゃ王都の外に出られない。令嬢が一人で外になんて門番が絶対に出してくれないわ」


 例え、王都の外の方が安全でも……。



 ドンッと音が響いた。


 通りの先に魔物がいた。


 騎士たちが戦っているのも見えた。


 けど、騎士たちは布切れみたいに飛ばされて地面に倒れている。


 それでも、騎士たちは立ち上がって魔物に向かって行く。


「……」


「シルヴァリア、王都から出るんだろう。今なら門番も混乱してるから、外に出やすい」


 遠くの騎士たちと魔物の戦いを見つめる私にサイラスが言う。


 私は後ろ髪を惹かれながらも前を向いて門に向かった。



◇



「ダルベルト様!」


 門番たちが馬を連れた立派な鎧の騎士に向かって歓喜していた。


「あなたが来てくださったなら、王都はもう大丈夫です!」


「王へ以前の討伐の報酬を貰いに来ただけだ」


 門番たちががっかりしている。


 私はドクンと胸が高鳴った。


 王都から出て行こうとする日に、会ってしまうなんて——。


 ダルベルトは変わってない。


 茶色の髪に緑の瞳と端正な顔立ち——けど、顔は冷たかった。


「シル、行くぞ」


 私とサイラスは、ダルベルトたちの後ろで門番と外へ出るための手続きをしていた。


 本当の名前は書けないから架空の令嬢ということにした。


 話し声に気付いたダルベルトが私を一瞬見た。


 ドキッと私の胸が再び高鳴った。


 でも、ダルベルトは一瞬見ただけで、再び視線を元に戻して門番たちと話していた。


 これで良かった事は分かっているのに、ズキっと胸が痛む。


 サイラスに促されて私は歩き出す。


 けれど、私たちとは逆に歩き出したダルベルトが気になった。


 通りでは、今、騎士たちと魔物が戦っている。


 ダルベルトも戦うことになると思う——。


 ダルベルトの身体の傷が脳裏を横切る。


 ——会ってしまったんだから、魔物と戦った後の無事な姿を確かめたい。


 ダルベルトが負けると思ってはいないけど。



◇



 通りに戻ると、騎士たちが倒れて動かなくなっていた。


 魔物はまだ獲物を探している。


 魔物にとって、人間はエサでもあったけど、王都に来る魔物にとは違う。


 魔界と王都をつなぐ通路が出来てからは、王都自体が今や魔物にとってのエサを供給する施設になっているから、本気で潰しには来ない。


 ただ、その状態こそが魔物にとっては気に入らないらしく、憂さ晴らしにたまに暴れに来る。


 強すぎる魔物に殆どの騎士が倒されるだけだ……。


 今倒れている騎士の中で何人が死んでいるのか……。


 強い魔物を倒せるのは、ダルベルト……あなただけ——。


 でも、魔物はダルベルトを見ない……真っ直ぐに私を見つめて、私の身体を突き刺した。


 ダルベルトは私がいたことにも気づいていなかったから、その様子を眺めていた——。



◇



「一回目の死だな」


 目が覚めるとサイラスが言う。


 ここは王都の外らしい。


「ダルベルトがどうなったの!?」


 私は真っ先にサイラスに聞いた。


「シルヴァリアを殺した魔物を倒した後、王宮に歩いて行ったみたいだったが……」


 ……良かった……。


 ダルベルトが負けるわけないのに。


「……あと四回しか、死ねない……」


 身体を冷たいものが流れる。


 自分の愚かさに寒気がした。


 ただ、ダルベルトに会いたいだけで、貴重な命を一回使ってしまうなんて……。


 ダルベルトは私にことなど気にもしていなかった。


 安心したけど、悲しくもなって……何の意味もない事だった。


 サイラスによって死んだ身体を平原に横たえられていた私は立ち上がる。


「行きましょう……」


 私にはやらなくてはいけないことがある。



◆◇◆



 王宮で王から魔物を倒したことの報酬を貰う。


 騎士たちが五人も殺されたというのに王たちは魔物に関心がないようだった。


 要求した額がすんなりと払われる。


 俺は長居する気はないから即帰る支度をする。


「ダルベルト……待って……!」


 王妃が俺を呼び止めた。


「王女を…シルヴァリアを探してください!」


「王女……?」


 この国のたった一人の王女、シルヴァリアが行方不明なのだという。


 探してくれと言われても俺は王女を知らない。


「銀髪で薄い紫の瞳をしています。見ればきっとわかります」


 報酬を弾むというが、探す気にはなれなかった。


「見つけたら連絡しよう」


 それだけでも王妃は涙を流して喜んだ。



 領地への帰り道に、魔物と戦った場所を通ると、ふと魔物に殺された令嬢の姿を思い出す。


 髪は黒く瞳は濃い紫色だった。


 王女とは違う。


 まだ少年の従者に『シル』と呼ばれていた。


 ……何故、彼女のことを覚えているのか……。


 そんなに気になっていたのか?


 でも、もう彼女は死んでいる。


 俺が気づかずに、助けることが出来なかった。


 ずっと昔、俺が騎士になる前に、俺だけが気づいて、助けられた少女がいたのに——。



◇



 あれは八年前——俺がまだ十四歳だった時だった。


 まだ田舎の村に住んでいる子供だった。


 周辺に魔物が多い村で、村の中に入り込むことも多かった。


 俺は魔物を倒せるように鍛えていた。


 剣や槍、弓を教えてくれる大人たちはいて十四の頃には俺が一番強くなっていた。


「ダルベルトがいればこの村は安泰ね」


 みんなに言われて期待されていた。



 ある日、空飛ぶ魔物が少女を連れ去って行くのを目撃した。


 俺は迷わず追いかけて少女を助けた。


 森の奥で魔物が休んでいる所を倒す。


 少女は草の上に寝かされて気を失っていた。


 顔を覗き込むと息を飲むほどに綺麗だった。


 時間を忘れて見つめていると、少女の目がゆっくりと開いて、俺の気配に気づいて身構えた。


 目が合うと、少女がホッと息をつく。


「あなたが助けてくれたの?」


 鈴のような可愛い声と微笑みに、また息が詰まる。


「……」


 俺は言葉を発する事が出来ずにうなづくだけだった。




 村では、少女を助けた功績で、俺をカーリーの婚約者にしようという話になった。


 カーリーは俺の幼なじみで、村の有力者の娘だった……。


 助けた少女がカーリーじゃないのか?


 ずっと一緒にいて……領主になった今も一緒にいるのはカーリーのはずだ。


 でも、カーリーは俺の婚約者じゃない——。



◇



 王都を出て、馬に乗って俺の城のある領地に戻る途中に、旅人を見かけた。


 歩いて俺の領地の方向に向かっている。


 若い令嬢と少年の従者……王都で会った二人だった。


「生きていたのか……!」


 魔物にやられて令嬢の方は死んだと思ったが。


 俺が馬を横につけて声を掛けると、令嬢は振り返って俺を見る。


 ——息が止まる。


「……シル……ヴ……」


 俺の唇が勝手に動くが……続きが出て来ない。


「ダルベルト……」


 令嬢が俺の名前を呼んだ。


 そうだ、彼女はシルと呼ばれていたんだった。


「……どうして俺の名前を知っているんだ?」


「英雄のダルベルト様は王都では有名ですから……」


 王都で魔物を倒していたのがずいぶん前のような気がする。


 だが、まだ若い令嬢にも俺の顔を知られているくらい最近のことなんだ。


 ——どうしてこんなに遠い昔のように感じるんだ。


 領地の暮らしが合っているから昔のことを忘れてしまったと言えるほどに、俺は領地のこともよく知らなかった。



「……怪我もなかったのか……」


 俺は令嬢の姿を見つめて聞いていた。


 王都で令嬢が魔物に倒されていた時はこんなに興味を持って見ていなかった。


 “殺された”そう思っただけで、興味がなかった。


「大袈裟に倒されたように見えただけで、大丈夫だったんです!」


 あの時の事はどうだったか覚えていないけれど、ドレスにも汚れがないくらいのことだったか?


 見ていなかったから分からない。


「ここからは俺の城まで何もない。歩いていたら城にもつけないぞ」


「そっちに行くのではないから大丈夫です」


 令嬢は答えるが、俺の城に行くのではないならますます今夜の寝床はないんだから、荷物の少なさが気になった。


「ええ!?」


「シルヴ……」


 俺が馬に令嬢を引き上げると、令嬢と若い従者が驚いて声を上げた。


「今日は俺の城に泊まれ。後で連れの迎えも連れてくる」


 俺は令嬢を馬に乗せて、城に向かった。

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◆◇◆



 王都の外に出て歩いていたら、ダルベルトに出会ってしまう。


 そして、何故かダルベルトの城に連れてこられた。


「その子はどうしたの!?」


 城にいた女性が驚いていた。


 カーリーと呼ばれた女性に、ダルベルトが私が王都で魔物に襲われて外を歩いていたと説明した。


「そうだったの。泊まる部屋を用意するけど、名前はなんて言うの?」


「シル……です」


 ダルベルトが王都で門番に名乗った名前を勘違いしてくれているので、そう名乗った。


 髪の色も門番に私が王女のシルヴァリアだとバレないように、サイラスに黒く変えてもらっていた。


 元の銀髪だったとしても、私とダルベルトが婚約者だったことを無かったことにした世界で、ダルベルトが私だと気づくことはないのだけど、私が王女だとは気づかれるかもしれない。


 王家のものしか銀髪がいないわけではないけど、王女だと疑われて毎回誤魔化すのは面倒だった。


 この城の中で黒髪の私を王女だと疑うものはいなかった。



 カーリーが親切に私の世話をしてくれている間に、ダルベルトが迎えに行かせた従者がサイラスを馬に乗せて城に戻って来た。


「馬は嫌いだ。元の姿になればすぐここまで来れたのに、ずっと人間の姿で待っていなければいけなかった……」


 サイラスの顔がますます青白くなっている。


「ありがとう、サイラス」


 私の願いを叶えてくれた悪魔のサイラスに、更に大変な苦労をさせてしまったようだった。


 カーリーがサイラスの部屋も用意してくれると、「夕食までゆっくり休んで」と出て行った。


「……良い人ね、カーリーって」


 心からそう思ったのに、私の胸はズキズキと痛んだ。


 私を忘れたダルベルトとずっと一緒にいて、彼を支えて欲しい。


 カーリーがいてくれて良かった。


 本気でそう思っているのに、私の目からは涙が溢れていた。



 “ダルベルトが私のことを忘れて、もう怪我をしなくていいようになりますように”


 それが私の願いだった。



◇



 夕食はダルベルトとカーリーと、私とサイラスの四人だった。


「シルは何処に行こうとしているの?」


 カーリーに聞かれる。


「……あ」


 この先には森が続いていて、まともに人が住めるのはこのダルベルトの領地と、別の領地に所属するダルベルトの出身地の村だけだった。


 私が八年前に王都から空飛ぶ魔物に攫われて、村に住んでいたダルベルトに助けられた場所がある——。


 あのまますぐに王都に戻されて、私は田舎の村にも強い少年がいるのねと思い出すだけだった。


 そして、魔界との通路を作ってしまった王都の人たちは、滅びるしかなかったのだろう。


 ボーっとそんなことを考えていると、


「まさか、魔物の住むところに行くんじゃないわよね?」


 カーリーに言われてしまう。


 ダルベルトの村の先は深い森を挟んで、魔物の住む魔界になっていた。


「む、村に行くだけです! 名前を忘れてしまって」


 本当ははっきりと覚えているけど。


「トリス村に行くのか……?」


 ダルベルトが驚いている。


 この先に進むなら領地の別の場所か、トリス村しかないのだから、そんなに驚くことはないと思うのだけど……。


「カーリー、昔、俺は魔物に攫われた君を助けたことがあったか?」


 ダルベルトは私ではなくカーリーと話し始めた。


「いえ、ダルベルトには魔物からは何度も助けられたけど、私は魔物に攫われたことはないから別の子だと思う」


 私はドキってした。


 それは私はのことだから。


「おかしいわね。私も、ダルベルトが誰かを助けたのは覚えているけど……誰だったのかしら……?」


 カーリーとダルベルトが不思議そうに昔話をしている……。


「サイラス……どういうこと? ダルベルトは私のことを忘れたんじゃないの!?」


 私はほとんど声を出さずにサイラスに聞いた。


「……シルの願いは二重になっているからな。一度死んだことで、願いの報酬の命の価値も減って、記憶を消す力が弱くなったのかもしれない」


 サイラスがなんでもない事のように小さな声で言う。


「え……」


 私が死んでしまったせいで……。


 ……どうしても叶えたかった願いは、ダルベルトが怪我をしないで済むようになることだけど……そのせいで王都のみんなが傷つくのも嫌だったから、魔界への通路を消せるようにも願ったけど……そのせいでダルベルトの記憶が戻ってる……!?


「……私は、死んではいけなかったの……」


 呆然と呟いた。


 あと、四回死ねると考えてはいけないんだ。


 もう、死なずに魔界の通路を消すしかない……!



◇



 翌日、朝早くに起きて出発の準備をする。


 といっても、サイラスに頼れば魔法で色々出してくれるから、旅支度はほぼない。


 だからこそ怪しまれてしまうんだと思う。


 カーリーが色々と準備をしてくれて、荷物が増えた。


 荷物は従者ということになっているサイラスに持たせるけど、サイラスは力も体力も全くないらしく荷物を見ただけでげっそりしている。


 出発した後には、サイラスが荷物を魔法で消したりしまったりできるんだと思うけど、見られているうちはサイラスが荷物を持たないといけない。


「ありがとうございます」


 サイラスのことはほっといて、私はカーリーにお礼を言って出発しようとする。


「待って、シル。ダルベルトがまだ来てないから」


 カーリーに呼び止められたけど、ダルベルトと別れの挨拶をするのは辛くなる。


「ダルベルト様には、私たちがとても感謝していたとお伝えください」


 私が言うけど、カーリーに引き止められた。


「そうじゃないのよ。ダルベルトも村に戻りたいって言うの。私も気になるんだけど、昔、魔物に攫われたところを助けた女の子のことが気になるんですって」


「え……」


 それは……。


 私が驚いていると、ダルベルトが支度を済ませて来た。


「シルは俺の馬に乗って、従者のサイラスは俺の従者の馬に乗って行こう」


 すっかり私とサイラスと一緒に行くつもりになっていて……私は戸惑ったけど、もっと困ってる人が横にいた。


「嘘……だろう……」


 サイラスが馬を見て青くなってつぶやいた。



◆◇◆



 馬を走らせているとサイラスの具合が悪くなってきたようで、ダルベルトの従者が馬を止めた。


 馬から降りたサイラスはパタンと地面に横になっている。


 ここは森の間を通る道で、ダルベルトの出身のトリス村から大きな街に荷物を運ぶための馬車が一台通れる程度の道幅だった。


「そんなに馬が苦手だったの?」


 私はダルベルトの馬から降りてサイラスに近づく。


 悪魔なのに……地面に寝ているなんて……。


「馬車を借りてこよう」


 サイラスの様子を見てダルベルトが言うけど、借りに村に行ったのは従者だった。


「ダルベルトが行けば、村で聞きたいことを聞いて、ずぐに用事を済ませて城に帰れるのに」


 私が言うとダルベルトが私を見る。


「君たち二人を従者には任せておけない。魔物避けがあっても、この道には魔物が出ることがあるんだ」


 魔物避けとは街や村の周り、道に埋め込まれた特殊な石っで、魔物が近寄ってこない効果がある。


 強力な魔物には効かずに、街や村と違って外の道では石の間隔が広いから魔物に会う確率も高くなる。


 従者だって魔物に勝てないことはないと思うけど、ダルベルトの方がずっと強いのは確かだった。


 バサバサッ


 森の奥で音がして身体が強張った。


 魔物の話をしたから魔物かと思ったけど、ただ鳥が飛んで行っただけだった。


 ダルベルトは私の様子に何も言わないけれど、ダルベルトが残って良かったと納得するのに十分な反応だったと思う。


 サイラスと二人きりでもこの道は通ることになったけど、その時に私はどうするつもりだったんだろう?


 私は寝転がって具合が悪そうなサイラスを見た。


 サイラスがある程度は悪魔の力で協力してくれたと思うけど、五回死ぬことが出来るからって、無謀すぎる旅を計画していたみたい。


「俺が君たちを助けなかったらどうするつもりだったんだ?」


 ダルベルトにも聞かれてしまう。


「歩いて来れると思ったのよ……昔、トリス村に行った時はすぐに着いた気がしたから」


「昔? トリス村に行ったことがあるのか!?」


 ダルベルトが大声で言うと、バサバサと鳥たちが、また飛びたった。


「……あ……うん……」


 私はまずいと思った。


「いつだ!?」


 ダルベルトが必死な顔で私を見つめた。


 ダルベルトは記憶を少し取り戻して、『昔、魔物に攫われたところを助けた女の子』を気にしているんだった。


 私がトリス村に行ったことがあると言えば当然にその子と結びつけられる。


 しかも、トリス村は滅多に都会から人が来るようなところじゃないし……私のような令嬢が訪ねたことがあれば絶対に村の人は忘れるはずはないと思う。


「村には寄らなかったけど……近くまで、か、狩りに着いて来たのよ」


 ダルベルトの目から期待が消えて、目に見えてガッカリしている。


「たまに貴族が狩りに来て魔物に襲われていることがあるが……。そういう時は魔法で移動するから村が近く感じたんだろう」


 力なく肩を落とすダルベルトの姿に胸が痛むけど、嬉しくなる気持ちも隠せない。


 私が本当にトリス村に来た理由は魔物に王宮から攫われたからで、空を飛ぶ魔物で私もほとんど気を失っていたから、早く移動して村までが近いように思っていたんだと思う。


 ダルベルトは、今、その私を思い出して、会いたいと思ってくれている。


 それがすごく嬉しい。


「……」


 倒れているサイラスと目が合った。


 “悪魔との契約は変更できない”


 サイラスの目がそう言っている気がした。


 それは分かってるし、変更するつもりなんてない。


 ——でも、近づけば離れられなくなりそうで……。




 従者が馬車を連れて来て、サイラスを荷台に寝かせて村に運ぶ。


 私も荷台に乗ろうとしたけど、馬の負担になるとダルベルトの馬に乗せられた。


 ……私はそんなに重くない。


 けど、もう空は暗くなっているし、言う通りにして早く村に着いた方がいいと思った。



◇



 村に着くとダルベルトは、私とサイラスを村長の家に預けて、自宅に戻った。


 少し寂しいと思ったけど、一緒にいなければいつでも抜け出して魔界に出発できる。


 サイラスがやっと調子が戻って来たみたいだった。


 でも、すぐにダルベルトが村長の家に戻って来て『昔、魔物に攫われたところを助けた女の子』のことを聞いているが、覚えていないと言われていた。


「確かに助けたのに誰も覚えていないなんて……」


 ダルベルトが肩を落としている。


「きっと無事に家に帰れたんじゃから、心配することはない」


村長の言葉に、


「心配はしていません。ただ、彼女に会いたいだけです」


 ダルベルトが答えた。


 たまたま……聞いていた私は顔が真っ赤になる。


『やっと会えた——!』


 トリス村から王宮の私に会いに来てくれたダルベルトを思い出す。


 傷だらけだったダルベルト。


 とても強い魔物を倒してその褒美に私に会いたいと言ってくれた。


 私を魔物から助けてから五年もの月日が流れていた。


 私も会いたかったけれど、ダルベルトも会いたいと思ってくれていたなんて思わなかった。


 王宮の外は自由だから、強くて自由な少年が私に会いたくて、五年間ずっと王都で魔物退治をしていたなんて思いもしなかった。


 ダルベルトは王女に会いたいと五年間ずっと騎士団で言っていたらしい。


 恐ろしく強い少年だったけれど、その時の魔物は騎士団員だったら誰でも倒せる強さのものが多かったのだ。


 それが、騎士団員同士で協力しなければ倒せないものが増えていき、ダルベルトにしか倒せない魔物が現れた。


 その魔物を倒して私に会いに来てくれたダルベルトをすぐに好きになった。


 でも、それは喜んではいけないことだった——。


 魔界との通路から現れる魔物が強くなっている証拠だったから。


 魔物は人間への通路から捨てるゴミをエサに強くなっていく。


 数年前に出来上がった王都での生活を向上させる魔法技術には、膨大なゴミもついて来た。


 そのゴミを捨てるために作られたのが魔界への通路だった。


 弱い魔物だけが通路を通って王都に来るのなら、それほど問題はなかった。


 でも、人間が魔物を育てていた。


 それを分かっているから、強い魔物は人間を絶滅させる気はなく、憂さ晴らしで殺しにくる。


 ダルベルト以外には魔物を倒せる者はいなくなり、ダルベルトの傷が増えていく。


 それでも魔界との通路は閉じる事が出来ない。


 便利な技術が使えて、魔物も人間を本気で殺さないなら問題はなかった。


 ダルベルトさえ戦っていれば、魔物も倒せて被害は抑えられる。


 だから、私——王女シルヴァリアと婚約させる。


 そう約束することで、ダリベルトはますます強くなって、傷が増えていく。


 私のせいで——。



◇



 村長の家の夕食はダルベルトが帰って来たことと、私という客が来たことで、村人たちが集まってちょっとした宴になった。


 ダルベルトは村人たちに囲まれて、領主の顔ではなく昔の少年の顔に戻っているようだった。


 私は罪悪感でいっぱいになる。


 私の記憶を消しても、出会ったことは消せなかった。


 本当なら村の中でもっとのびのびと暮らしていたはずなのかもしれない……。


 私はダルベルトとは離れて、明日には魔界を出発する事を考えて、お酒は飲まずに水を飲んでいた。


「シルさん、どうぞ」


 村の女性が果物を浮かべた水を進めてくれる。


「果物を浮かべても、ただの水だろう……」


 サイラスが悪態をつけるくらい元気になっていた。


 同じ水でも、やっぱり果物を浮かべただけで美味しそうに見える。


 私はかすかに甘酸っぱい水を飲み込んだ。


「シル……飲むなっ!!」


 ちょうどサイラスの叫ぶのと同時だった。


 お腹の中でムカムカと飲み込んだ水が逆流する感覚——。


 私は、口から水を吐き出したと思った。


 けれど、それは赤く——真っ赤な鮮血だった——。


 これが、二回目の死——。



◆◇◆



 ガタン、パリーン


「きゃーー!!!」


 何かが倒れてガラスが割れて、悲鳴が上がる。


 久しぶりに戻った故郷のトリス村の村長の家での宴の最中のことだった。


 俺がいた場所の反対側に女性が集まっている場所があった。


 中心に駆けつけると、シルが口から血を流して倒れていた。


 ——っ!


 ゾクっと一瞬で全身が冷たくなった。


「シル……ヴァ……リア……」


 自分が発した声がなんなのかも分からず、彼女を見つめる。


 駆け寄って身体を起こそうとしているのはシルの従者のサイラスだった。


「毒を盛られた……!」


 サイラスが俺を見て言うが、彼の口からも血は流れている。


「お前も……飲んだのか?」


 床にはグラスが割れて水がこぼれていた。


 爽やかな柑橘の匂いが場違いだった。


「……どうして、同じ物を飲んでお前は生きてる!?」


 俺はシルに駆け寄って、サイラスを怒鳴りつけた。


「死んでない……まだ生きてる!」


 サイラスが言う。


 シルの血が吐き出された口から風を感じた。


「……呼吸してる……!」


 俺が言うと息を止めて様子を見ていた周りがホッと息を吐き出した。


「良かった……!」


「死んじゃったと思った……」


 涙を流しながら喜んでいる。


「……まさか……生きてるわけが……」


 一人だけ、本気で死ななかった事を疑問に思う声があった——。


 一人だけ表情が違う女性——。


 俺と目が合うと、持っていた水差しを床に落とした。


 たっぷりと入った水が床に広がって、水に浮かんでいた果物は水分を吸っていて転がることなく床に沈む。


「お前が……シルを……」


 大量にこぼれている水の量から飲んだのはシルとサイラスだけだったのだろう。


 よそ者の二人を狙ったのか……!?


 俺を見て怯えている女性は……七つ年上で小さな頃から俺たち年下の子供たちの面倒を

う見てくれていた……。


「……この人たち——王都の人たちのせいで……夫が死んだのよ……!」


 彼女が誰に言うでもなく叫んだ。


「……っ!」


 俺は唇を噛み締めて、彼女から目を逸らすことしか出来なかった。


 目を逸らした先でサイラスがシルを連れて部屋を出ていくところだった——。



◇



「サイラス、シルは毒を盛られて倒れて、お前も血を吐いているじゃないか……!」


 階段を登って泊まっている部屋の方に向かうサイラスとシルに声を掛けた。


 倒れていたシルをサイラスが引きずっているのかと思ったが、シルはサイラスに支えられながら自分の足で階段を登っていた。


「ダルベルト……」


 シルは俺を振り返って、俺の名をはっきりと口にする。


 ……毒を盛られて血を吐いていたのに……まだ唇と服に血の跡が残っているのに……まるで、何事もなかったように元気そうだった。


 サイラスの方も顔色は青白いが唇の血は消えて足取りもしっかりしていて……毒を盛られた後なんて嘘みたいだった。


 ……本当に勘違いなら、さっきの女性——お姉ちゃんは毒など入れてない! 無実だ!


 ——だが、本人が言っていた。


『王都の人たちが魔界の魔物にエサを与えるせいで、魔界が近いこの村にくる魔物も強くなって。そのせいで、夫が魔物に殺され、他の村人達だって犠牲になっているのよ! 王都の人間なんて、憎いだけよ!」


 村人が調べて水差しに毒が入っていて、彼女の服のポケットから毒の入っていた小瓶も出てきた。


 しかし、村人たちの顔色が変わって、同情の色が濃くなっていく——。


 ……シルとサイラスを殺しても現状が良くなるわけじゃない。


 それでも、どうにもならない現状の憂さを晴らしたい……魔物が王都に定期的に攻めて来るのと同じなのかもしれない。


 俺だって現状がいい状態だとは思っていない……ただ、彼女にさえ会えたらいいと思っていた……。


 また、忘れていた事を思い出す——。



◇



 俺が助けた少女は王女様だった。


 魔物に攫われた王女を助けるために騎士たりが村に来ると、まだ子供の俺が魔物を倒して王女を助けていたので驚いていた。


 驚いたどころではなく、魔物を倒して王女を助けたなどとは騎士の誰もが信じていなかった。


 “魔物が王女を置いて逃げた”


 そういうことになって、王女を保護した報酬は村長に渡されて、俺のことは忘れさられて王女は王都に戻っていく。


 俺が王女を助けたことは、村人だけは知っていた。


 村では、王女を助けた功績で、俺をカーリーの婚約者にしようという話になっていた。


 そうじゃなくても、カーリーとは幼なじみで、結婚する相手はカーリーなんだろうと俺は思っていた。


 でも、俺はカーリーとの婚約を断った。


 助けた王女様が忘れられなかった。


 騎士たちに囲まれて村を去る時に、王女様が俺を振り返えった。


「……バイバイ、ダルベルト……」


 泣きそうな目をしている気がした。


 王女様は俺に何か言いたかったのか……?


 騎士たちからも助けて欲しかったのか……分からない……。


 ——ただ、会いたい。


 もう一度会って、真相を確かめたかった。


 もしかしたら、俺と同じ気持ちを抱えているのかもしれない——。



◇



 俺は、村長の家のシルが今夜泊まる部屋にいた。


 シルは服を着替えて血の跡はどこにもない。


 シルもサイラスも毒の影響は全くないようだった。


「どういうことだ。致死量の毒を混ぜたと言っていたのに」


 この辺りの森にある毒で、柑橘系の果物に混ぜたら匂いも味も分からない。


 魔物を倒したり魔法のアイテムとして使われるから、外の街に運ばれることはあるが……村の中で使われることなどほとんどないものだった。


「……っ」


 シルが何かを言いたそうにして、一度唇を噛んだ。


「……ダルベルト……あなたが探していた人のことは分かったの?」


 シルに意外なことを聞かれた。


 ちょうど今、思い出したばかりだ——。




「……そう、ダルベルトの会いたい人は王女様なの……。でも、王女様は亡くなったの——」


 シルに俺の探している会いたい人——シルヴァリア王女のことを話す。


「……亡くなった……まさかっ!」


 俺が、王女と会ったのは八年前だ……それから、亡くなっていたのか……。


 だが、王都を出る前に会った王妃は、王女を探していた。


 王女が、亡くなったなら王妃と別れた後ということになる——。


「……どうして君が知っているんだ——」



◆◇◆



 二回目の死——。


 こんなに早く……しかも、人間によって殺されるなんて——。



『……この人たち——王都の人たちのせいで……夫が死んだのよ……!』



 でも、これは間違いじゃない。


 そういうことが起こっていると分かっていたのに……恨まれている自覚が足りなかったっ!


 昔、私が魔物たちから助けられた時に会った、素朴で優しい村の人たちのままだと思っていた。


 私もダルベルトも、こんなに変わってしまったのに——。




 毒を盛られて血を吐いて汚れた服を着替えると、村長に貸し出された部屋にサイラスとダルベルトを招き入れた。


 サイラスは私が毒で死ぬ前に自分も毒を飲んで警告してくれたし、私は血を吐いて倒れた。


 ダルベルトに私たちが毒を飲んでいないと信じさせることは出来ないだろう。


 疑われたら、すぐにバレてしまう。


 私の姿を変える魔法を解くアイテムも、悪魔を見破る方法も、珍しいものではない。


 私は唇を噛んだ。


 私がシルヴァリアだと知られるわけにはいかない……詮索されないように、話せることは話す……けど——。


 

「王女様は亡くなったの——」


「……亡くなった……まさかっ!」


 私が二回目に死んでダルベルトの記憶を消している力がまた弱くなった。


 ダルベルトは八年前に助けた王女に会いに王都で騎士になったことまで思い出していた。


「王女様は、王都にある魔界への通路のことを気にしていたの。王都の人たちの生活は魔法技術で便利になったけど、他の村の人たちにはなんの恩恵もないばかりか、王都からのゴミで魔物を強くするから、私に毒を盛った女性の旦那さんのように魔物の犠牲になる人が増えている……」


 ダルベルトも悩んでいたことだと思う。


「王都でいくら訴えても、誰もその問題に向き合おうとしないから、王女は悪魔と契約することにしたのよ」


「……悪魔……!?」


 悪魔の存在は知られていて、願いを叶えたという人もいるけど、命だけ落としたように見える人もいた。


 願いを叶えた人も詳しいことは口を閉じているから、完全に信じられてるというより半信半疑という扱いだった。


「ここにいるサイラスが悪魔なの」


 ダルベルト驚いてサイラスを見る。


「だから……毒が効かなかったのか……」


 実際に毒の効果がなかった現場を見ているから、疑うより納得の方が勝っているようだった。


「王女様は、サイラスに自分の命と引き換えに、私を助けて魔界から王都と魔界を繋ぐ通路を消す手伝いをするように願ったの。それで私は五回分の命を貰って、毒を飲んでも生きているの」


「……」


 ダルベルトは黙って考えていた。


 事実とは違う説明だけど、サイラスも何も言わない。


 実際のサイラスへの願いは“ダルベルトの記憶を消すこと”で、ついでに“魔界への通路も消したい”と言ったら快く二つ引き受けてくれた。


 悪魔には悪魔の事情があって、魔界への通路は悪魔も消したかったらしい。



 ダルベルトはまだ黙って考えていた。


 そして、


「——彼女なら……そうするかもしれない……」


 やっと、ダルベルトが口を開く。


「……そう……?」


 ダルベルトには私はどう映っていたのだろう。


 地方の村のことを心配はしていたけど、ダルベルトのことがなければ、きっと悪魔に願ってまでは助けようとはしなかったと思う。


 ダルベルトがまだ怪我が少ない間は、自分本位に村の人たちを助けないことを選んでいたんだもの、毒を盛られるほど恨まれても仕方ない。


 ……せめて魔界と王都の通路だけは消さないと。


 私は拳を握って、決意する。


 その願いも、結局は私を忘れた後のダルベルトに傷ついて欲しくないから。


 強くなっていく魔物からはダルベルトも逃げられない。


 王都の魔物討伐の要請を引き受けなければいけない理由は、お金だったり、物資だったり、いくつか思い付く。


 だから……絶対に消さないと……!



「ダルベルト……私と一緒に来て、王女様の願いを叶えてくれませんか?」


 私が言うと、ダルベルトはうなずいた。


「もちろん、そのつもりだ」


 ……。


「ありがとうございます」


 ダルベルトに、王女の死を納得させて、このまま王女を忘れてもらうには、私がもう死んではいけない。


 死なないためには、ダルベルトに守ってもらわないと魔界は危険すぎる……。


 ……迷うけど、三回目に私が死んで、ダルベルトの記憶が戻ったら……意味がない。


『大好きよ、ダルベルト!』


 再会して、私もあなたが好きだと何度も何度も言った。


 それを思い出しても、私はもう死ぬだけ——。



◇



「すぐに出発するのか?」


 それまで黙っていたサイラスが、話しがまとまった後の私とダルベルトに聞く。


「夜中だけど、大丈夫、ダルベルト?」


「早く出発した方がいいだろう。君は毒を飲んで生き返ったんだ。今は村人も混乱しているけど、すぐに君たちを怪しみだすだろう」


 ダルベルトはちゃんと状況を分かっていた。


 私たちに毒を盛った女性が気になるけど、同情が集まっているだろうし、重い罰は与えられないだろう。


 今は、そんな事より魔界に行く方が先だ。


 村のことは村に任せよう。


 ダルベルトが村長に出発するとだけ伝えて、私たちはこっそりと村を抜け出した。



◆◇◆



 シルとサイラスと村を出て真夜中の森を行く。


 サイラスの魔法で暗闇でも目がよく見えて、足音も響かなくなって魔物も近寄ってこない。


 便利な魔法だ。


 悪魔というのはこれだけでは信用できないが、俺はシルが死んでいるのを二回見ている。


 人間が自然に生き返るなんてことはない。




 森の中に平らな広場のような場所があった。


「ここで野宿しよう。俺が魔法で見張ってる」


 サイラスに促されて寝袋を出して眠る。


 焚き火は焚かなくても悪魔と一緒なら平気らしい。


 シルがスーッと寝息を立てて寝ているのを確認して、俺はサイラスに小声で声をかける。


「シルが、シルヴァリア王女なんだろう?」


 サイラスは暗闇の中で俺を振り返った。


「……そうだ」


 悪魔は誤魔化す気がないらしい。


 俺はほぼ確信していたが、やはり肯定されると、シルの顔が違って見える。


 最初にシルを見た時——王都の門で彼女を見た時には何も感じていなかった。


 シルが魔物に殺された時だってなんの感情も持たなかった。


「……っ!」


 思い出すと怖くなる。


 血を流して倒れていた彼女を俺はなんの感情もなく見つめて、そのまま見捨てた——。


 どうしてそんな事が出来たんだ……。


 自分の行動に血の気が引く。


 ずっと憧れて、追いかけて来た王女のシルヴァリアに、どうして気づかなかった……!



 八年前に俺が助けた少女——シルヴァリア王女を追いかけて、王都に来た——。


 俺は、忘れている事を思い出している。


 思い出したから、シルと再会して、彼女に惹かれていったのか……?


 分からない……どっちが先なのか……。


 ただ、ここにいるのが誰であれ、俺はシルを好きになっていた。


 シルヴァリア王女のことを思い出す前から、王都で再会し、シルをただの貴族令嬢だと思っていた時から、惹かれていた。


 それがシルヴァリア王女なら、納得できる。


「お前はシルヴァリアの願いを叶えて、彼女自身に五回の命を与えたんだな? それと、俺の記憶がないのと関係あるんじゃないか?」


 俺はサイラスにまた問う。


 サイラスは今度は答えなかった。


 ……悪魔の考えていることはわからない。


 俺とシルヴァリアにはもっと思い出していない何かがあるんじゃ無いのか?


 シルは自分が死んだと嘘をついてまで、何かを俺から隠そうとしている。


 俺が、シルの正体に気づいたことは言わないつもりだが……。


 俺に隠し事をしたまま、シルが何をするつもりなのか分からないと、下手に協力も出来ないが、


 シルの二回の死……血を流す彼女の姿……。


 もう、絶対に死なせることだけは出来ない……!


 彼女が俺に言っていない事があっても、俺を連れて行く気になっているのなら、危険からは守れる。


 最低限、それだけはしなければいけない。


 だから、彼女がシルヴァリア王女だと俺が知っていることは隠さなければいけない。


 ……だが、


「まさか、お前が話したりしないよな?」


 サイラスには俺がシルがシルヴァリアだと知っている事を知られてしまったが……。


 悪魔に秘密を約束させるにはどうすればいいんだ?


「……もしかして、俺の願いも叶えられるのか、サイラス——」


 俺はサイラスにまた尋ねた。



◆◇◆



 朝になると食事の用意が出来ていた。


 サイラスが作ってくれたらしい。


「悪魔って親切でしょう?」


「……そうだな」


 私が言うとダルベルトが素直にうなずく。


 ……朝食を作ってくれるなんて本当に悪魔のイメージと違って親切だと思うから、ダルベルトが同意してもおかしくなんだけど……すごく違和感がある。


 サイラスは、人間みたいにカーリーが持たせてくれた荷物の中の料理の道具と日持ちする食料で朝食を用意してくれたけど、魔法でどこかの店から取り寄せた焼きたてのパンを出してくれる。


 取り寄せたと言っても、お店の人に聞いて持ってくるわけでもお金を払ってるわけでもないから、盗んだと言うのが正確な言い方だろう。


 私は旅の便利さには変えられないし、ダルベルトも正義感をここで振りかざす程に融通が効かない人じゃないから……サイラスが朝食を用意してくれたことに文句はないと思うけど……。


「片付けるのか?」


 食事が終わるとダルベルトがサイラスに言って、片付けを手伝っている。


 ダルベルトは村で育っていたから森での野宿の経験もあるし、カーリーの持たせてくれた道具は扱い方も知っていると思う。


 でも、サイラスと並んで片付けている姿がおかしい。


 サイラスの事を簡単に受け入れすぎている。


 昨日の夜に悪魔だと知らされて……王女がその悪魔の願いで死んだと聞かされたばかりなのに……。


 ……ダルベルトの記憶がないから、王女の死をそんなに悲しんでいないの?


 王女に会いたかった気持ちを思い出したはずなのに、ダルベルトの会いたいとか、好きってその程度のものだったんだ……。


「シル、もうこっちは片付いたからいつでも出発出来る。シルの調子はどうだ? 昨日も 、その前にも、君は二度も死んでいるんだ」


 ダルベルトが私の顔を心配そうに覗き込んで声をかけてくれる。


 ……シルヴァリアのことはどうでもいいくせに……。


 ダルベルトに対して、怒りが込み上げて来た。


 ——そして、自分の間違いに気づく。


 ダルベルトが王女のシルヴァリアにこだわられたら困るのは私だった。


 ダルベルトを利用して、三回目の私の死を回避して、王女のことを忘れたまま、魔界との通路を消すのが私の目的だ。


 ダルベルトが王女を忘れているままならいいことなのに……。


 ダルベルトがそばにいるとよく分からなくなる。


 ダルベルトがもう傷つかないでいてくれるなら、それでいいはずなのに。


 私のことは好きでいて欲しいと思ってる。


 忘れているから、無関心なだけで、思い出したなら、私を一番に想っていて欲しい。


「シル」


 ダルベルトが私に手を伸ばす。


 それは、森の中に慣れていない私への配慮なのだと思うけど……複雑な気持ちになる。


「それじゃ、俺は荷物の中にいる」


 そうサイラスが言って、子猫のような姿になって荷物に入って行った。


「え? ……ずるい……」


「猫!!」


 ダルベルトは驚く。


 朝食や夜の見張りをやってくれたから、休む時間も必要なんだと思うけど……。


 ダルベルトと二人で手を差し伸べられて助けられながら進むのって……こんな複雑な気持ちのままだと……大変。



◇



 その後は二回ほど野宿を挟んで、魔界の通路の前まで来ることが出来た。


 夜はサイラスが見張りをして、夕食と朝食を作ってくれる。


 保存食が足りなくなって、ほぼ魔法で食事を出してもらう事になったけど。


 後は特に変わった事はない気がする……。


「シル、見張りがいるかもしれないから、出て行くのは危ない」


 私を抱きしめてるダルベルトが言う。


 変わったことはないはずなのに……ここまで来る間に、ダルベルトが私を抱きしめているのが当たり前になってしまった……!


 少しでも離れると、落ち葉の間の窪地に落ちたり、魔物に見つかったり……私が危険なことをやりすぎたからだけど……これじゃ、記憶を消す前のシルヴァリアの時と同じだ。


 嫌がって私が三回に命を落とすのもダメだから、ダルベルトに言われるままにしていたけど……ここまで来たら離れないと……!



 ——魔界への通路を消すのは私の力で出来ることじゃない。


 王都の魔法使いたちが巨大な魔力で運用しているもので、王女でも魔力はほぼない私には消せないし、大魔道士と呼ばれる人だって、複数人の集まった巨大な魔力に抵抗する事はできないだろう。


 だから、悪魔に願った。


 五回死ねると言うのは、サイラスのくれたおまけで、本当の力は通路に入って内側から通路を消す力。


 その代償は私自身の存在——。


 ダルベルトと私が出会って愛し合っていた記憶を、全ての人から消した私の最初の願い。


 二回目は代償として、全ての人から私がいたという記憶が消える。


 ダルベルトの記憶も消えてくれたらいいけど、サイラスが言うには最初の願いのせいで、ダルベルトが思い出した記憶は残り続ける可能性が高いらしい。


 だから……二回の死で思い出した分だけ……王女を探していた事があるという記憶だけに止めたい。


 ギュッとダルベルトが私を抱きしめている。


 体温からダルベルトの気持ちが感じられる気がする。


 王女じゃない私——シルのことは忘れられるから……もう傷つかないで——。



「魔物がいない間に通路に入りましょう、ダルベルト」


 私が言うとダルベルトが周りを見る。


 サイラスも起きて来て、魔物たちを警戒する。


 ——そして、一瞬の隙をついて、魔界の通路から気付かれずに中に入った。


 通路と呼んでいたけれど、中に入ると、もうそこから王都がすぐそばに見えた。


 通路をサイラスから貰った力で消した瞬間に、ダルベルトは王都側に脱出できるだろう。


 私はどこに行くか分からないとサイラスに言われているけど、契約した悪魔とは離れられないらしい。


 だから、安心だった。


 私は、最後にまたダルベルトの温もりを感じられて良かったと思う。


 これ以上は、考えても離れがたくなるだけだから——。


 光が通路を包むと、王都と魔界にも眩い光が行き渡る。


 そして、光が消えると昼間なのに一瞬夜のように暗く感じられた。


 通路はなくなっていた——。



◆◇◆



 地面に膝をつく。


 俺は自分がどうしているのかもわからなかった。


 眩い光が消えて、一瞬の暗闇があたりを包む。


 静寂の中で、世界が元に戻る。


「今のは……何?」

「魔界への通路が消えてるっ!」


 あたりが騒がしくなる。


 ここは王都で、俺は王都にいるらしかった。


 記憶が曖昧になっている。



『お前はシルヴァリアの願いを叶えて、彼女自身に五回の命を与えたんだな? それと、俺の記憶がないのと関係あるんじゃないか?』



 ——そうだ!


 俺は、悪魔と話した。


『……もしかして、俺の願いも叶えられるのか、サイラス——』


 俺がそう聞くとサイラスは答えた。


 でも、シルヴァリアは俺がずっと会いたいと思っている王女だが……彼女とは——誰だ?



◇


 

「お前の願いは叶えられるが、先に叶えている願いが優先。先の願いを侵害するような願いは受けられない」


 ちゃんと答えてくれるのは契約についてだからか?


「俺が忘れているシルヴァリアの記憶を思い出させてくれと願えば叶えられるのか?」


「叶えられない」


 サイラスがあっさりと答える。


 やはり契約については嘘はつけないのか?


「……シルヴァリアが、なぜ俺の記憶を消す必要があるんだ……?」


 また、サイラスは答えない……かと思ったが、


「分からないのか? どうしてシルヴァリアが、お前に自分を忘れさせたのか」


 答えが返ってきた。


「覚えてないんだ、分かるわけないだろ。……でも、俺が嫌いだからか? 魔物を倒せるのが俺しかいないから……嫌いでも追い払えなかった……」


「そうだ」


 サイラスが真顔で答えた。


「絶対に違う!」


 今のシルの俺を見る目が違うと言っている。


「悪魔も嘘を付くのか……」


 そう言えば、トリス村への移動中に具合が悪くなって道に倒れたのは目の前の悪魔だった。


 若い男の従者だと思っていたが、悪魔だと思うとおかしい。


 馬によって具合が悪くなって悪魔が地面に倒れているなんてイメージじゃない。


 意外と親しみやすいし……見た目の年齢が実態を表していて、まだ若い未熟な悪魔なのかもしれない。


「お前の考えている事は分かっている。俺が未熟だというのは事実だ。契約した人間を助けたいと思っている」


 サイラスが言う。


 まさかの悪魔の告白に俺は息を呑む。


「彼女は自分のために願いを叶えたいと思っているわけじゃない。誰かを助けるための願いだ。このままお前が協力すれば、簡単に叶うだろう。その時に、願いの代償を払わせなければいけない」


「なら、お前がその代償を取らなければいいだろう」


 悪魔にも彼女の優しさが伝わっていることに少し嫉妬する。


 俺が忘れていることまで彼女のことを知っていて、彼女を助けたいと悪魔のサイラスは言っているんだ。


「悪魔の契約は変更できない。それは悪魔自身も縛られる」


「じゃあ、契約内容はなんなんだ」


 シルの願いと願いを叶えた代償が分からなければ対処方法もない。


「契約内容は俺からは伝えられない」


 そうだと思ったが……。


「俺の記憶を消すことと、彼女に五回分の命を与えることが願いだったのか……?」


 シルはこう言っていた。


『王女様は、サイラスに自分の命と引き換えに、私を助けて魔界から王都と魔界を繋ぐ通路を消す手伝いをするように願ったの。それで私は五回分の命を貰って、毒を飲んでも生きている』



 『シルヴァリアの命と引き換えに』


 『魔界から王都と魔界を繋ぐ通路を消す』


 『私は五回分の命を貰って』


 五回分の命は貰ったと言った……。


 俺の記憶を消すことと、魔界の通路を消す。


 願いは二つなのか?


 代償は命だが、それは一つの願いの代償で……じゃあ、もう一つの願いの代償はなんだ?


「……契約内容は伝えられなくても、契約外のことは言えるんだろう? シルが言った『五回分の命を貰った』と言うのは、契約じゃなく、お前が勝手にやったことだろう?」


 サイラスが笑った……気がした。


「二つ目の願いを叶えるために必要だと思ったからで、全く契約と関係ないわけじゃないからな。二つ目の願いを叶えるためにはダルベルト、お前が彼女を助ける必要があると思ったから、一つ目の代償の力を弱めた」


 契約と無関係じゃないから、はっきりとは言えない事なのか?


 一つ目の代償の力を弱めたということは、一つ目の願いを叶える力も弱まったということで……だから、シルヴァリア王女のことを俺は思い出せたのか?


 完全に忘れて無関心になっていたら、シルのことに興味も持たなかった……でも、きっかけさえあれば、また彼女を愛すようになれる。


 思い出は消えてしまったけれど、彼女との未来は残っている。


 シルとこのままどこかの村に身を寄せてもいいと思う。


 ただ、魔界の通路が残ったままだと未来なんてなくなる。


 魔物がどんどん強くなっていけば俺でも倒せなくなる。


 通路を消して、王都の便利な暮らしに慣れた人たちには恨まれるし、トリス村の人たちへの影響は消えない……。


 シルは元の王女として生きるより、今のように正体を隠して生きた方がいいのかもしれないが、まずは通路を消さなければいけない。


「お前が命をシルに五回分与えたと言うことは、シルは一つ目の願いの代償を取られてすぐに死ぬ事はないんだな」


 サイラスははっきり答えないが、シルを助けたいと言ったのもサイラスだ。


 俺の考えが間違っていたら、何か反応があるだろう。


 二つ目の願いの代償は分からないが、シルが生きていれば、俺は必ず彼女を助けられる。


 魔界への旅の間に、シルを大事な気持ちを確認した。


 抱きしめれば温もりを感じる。


 何度離れても、彼女を好きになる——。


 確信が持てる。


 思い出が消えてしまう事が、代償になっても——大丈夫。



◆◇◆



 私は荒野に立っていた。


 横にはサイラスがいた。


 サイラスは悪魔だけど、私は誰なんだろう?


 何もない場所でもサイラスに任せていれば食べ物も水も出てくるし、寝る場所も作ってくれる。


 なんの心配もないのだけど……。


 何をすればいいんだろう?


 私は何のために、何処へ向かっているの?


「代償で君が自分を忘れても、俺と一緒にずっといればいい」


 サイラスが言う。


 サイラスは、ずっとそばにいてくれた気がするけど思い出せない。


 私は自分の事を忘れてる。





「シルヴァリア!!」


 遠くから馬に乗った騎士が見えた。


 名前のような気がするけど……。


 それは、ダルベルトだった。


「シルヴァリア!」


 駆け寄ったダルベルトが私を抱きしめてくれる。


 でも、シルヴァリアって誰なの……?


「……ダルベルト……!」


 私もそのままダルベルトに抱きついた。



「でも……シルヴァリアって誰なの?」


「君の名前だよ。王都では誰も覚えていなかったけど……。俺は君に会いたくて村から出て来たはずで……それに、王都の魔界への通路も消えていたよ」


「魔界への……?」


 私には何を指す言葉なのか分からなかった。

 

「サイラス……魔界の通路を消したかったのは、お前だろう?」


 ダルベルトがサイラスを睨んでいる。


「そうだ」


 サイラスがあっさり答える。


「魔物の方が人間より強くなってしまえば、人間の数や願いにも影響が出るんだ、困るのは悪魔もだろう。猫の姿のお前を、シルヴァリアに会いに王都に来た日に見た。お前は通路を消す方法を探してたんだ」


 私にはダルベルトの言っている事はわからなかった。


「シルヴァリアに願わせたとしても、お前がそうなるように誘導していたなら、契約は無効だ、代償を返せ……!」


 私も悪魔と契約したからルールは知ってるけど……騙されたの? 私!?


「いいだろう」


 サイラスが言う。


 けど、


「……と言いたいけど、全て戻されても困る。シルヴァリアのことをみんなが忘れているなら、それは俺とシルヴァリアに都合がいい」


「そ、それでいいの!?」


 私が驚いて聞く。


「俺は記憶を忘れても、どんな事があっても君を愛してる」


 ダルベルトが真っ直ぐ私を見つめて言う。


 私も、私のことは忘れても、ダルベルトを好きな気持ちは変わらない。


「じゃあ……ダルベルトは愛の力で私を見つけてくれたの?」


「……」


 ダルベルトが黙った。


 違ったみたい。


「サイラスに頼んで願いを叶えてもらった。代償は領主の地位で……」


「……ダルベルト、領主に向いてないから辞めたかっただけでしょう……」


 それでダルベルトが幸せなら、私も嬉しい。


「領主ならカーリーが城のいい奴と結婚して続けるし任せて大丈夫だ。シルヴァリアには俺とずっと一緒にいて欲しい」


「……トリス村に行きたい」


 言った後に私の胸がざわつく。


 忘れてるはずの記憶のせい……?


「忘れてるなら、色々変わってると思うから、いろんな場所を見てみたいの」


 ダルベルトは笑う。


「きっとシルヴァリアは俺と同じで、いろんな場所に行きたいんだと思った」


「え?」


 私は私のことを覚えていないけど、きっとそうなんだと思った。


「サイラスも契約をどうするか決まるまでは一緒だな」


 便利に使いたいだけな気もするけど……。




 私たちは、記憶が消えて自由になった。


 そして……もっとお互いを好きになる!


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