第8話 中三 七月 『浮き上がる』
菫の中三編スタートです。
先輩は高二で、男子工芸部の高校部長です。
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――一年前、中学三年の七月。
蝉の音が遠くに聞こえる工作室で、菫はルーズリーフにシャープペンを走らせていた。
「じゃあ、今年も去年と同じく、LEDランプでいいよね。数は、例年どおり二日間で50セット用意するってことで」
「あぁ。なんだかんだ、やってみたらLEDのほうが圧倒的に楽だったしな。豆電球は扱いが面倒だ」
「ランプの発注は男子の方でやってくれるんであってる?」
「かまわない。いつもの山本商会に頼むから」
「じゃあ、組み立てキットはいつものやつ、女子で手配するね」
(LEDランプ、50セット、担当は男子。で、組み立てキットの担当は女子、と……)
次々と決まっていく項目を菫はひとつひとつ書き留める。
意見を交わしているのは、主に高二で工芸部高校部長の蜂須賀先輩と手芸部高校部長の島野明日香先輩である。
そして、それぞれの中学部長の佐々木くんと菫が、聞き役に回っている形だ。
「まぁ、全体的に去年と同じでいいよねぇ」
「んー、まぁ、そうだな……」
やっと試験期間が終わった本日は、男女の中高部長四人に、工芸部顧問の岩本先生を加えた五名で、夏休み前の幹部打ち合わせである。
「あと、去年みんなで行った九月のビーチコーミング。あれ、どうする?今年もやる?」
「あー、それな。悪いけど、今年は男子はパスでもいいか?」
「別に、うちもビーチアートに熱心だった広瀬先輩たちも引退しちゃったし、今年はどうしよっかって感じだったからなしでもいいけど……もしかしてなんかあった?」
「今年は新しい機材を入れたから、遠征費がキツい」
そう言いながら、蜂須賀先輩は工作室の片隅に置いてある真新しいスチール製の箱に、ちらりと目をやる。
「さっきサンドブラスターって言ってたやつ?え、ああいうのって部費積み立てて買うものじゃないの?」
「それは、そうなんだけど……」
珍しく歯切れが悪い蜂須賀先輩の様子に、菫はピンと来るものがあった。
「もしかして、材料費ですか?」
「正解」
思わず言葉を挟んだ菫に、蜂須賀先輩がふっと目元を和らげる。
「ん?どゆこと?」
「いや、新しい機材に夢中になって、色々な……」
蜂須賀先輩が誤魔化すように言葉を濁したところで、一歩引いたところから事の成り行きを見守っていた、岩本先生が口を開く。
「お前らが考えなしにバンバン使うからだろ。使い方も雑だし。あの砂、普通あんなに減るもんじゃないぞ。入ってきたときそこら中砂だらけでどこの公園の砂場かと思ったわ。幼稚園生か」
「スンマセン」
言葉少なに謝る蜂須賀先輩に被せるように、佐々木くんが口を挟む。
「そういうガンちゃんも夜俺らが帰ったあとに使ってますよね?ちゃんと知ってるんですよ」
「ばーか。俺はいんだよ。教師が機材に精通してなくてどうやって生徒たちに安全使用させんだよ」
「うぐ、正論……」
無謀な反論を試みた佐々木くんがすごすごと敗退したところで、蜂須賀先輩が後を引き取る。
「まぁ、そういうことだ」
「なるほどねー」
「そういえば、手芸部は材料費きつくないんすか?」
まったくめげていない様子の佐々木くんが、ふと思いついたように尋ねる。
「あーまぁ。少なくとも、うちら布もの班がメインでやってる劇部の衣装は、材料費あっちもちだから」
「そうか、スポンサーがいるんだ。いいっすね。羨ましい」
「まぁでも、小物班……と言っても今は佐藤一人なんだけど、結構そのへん悩んでるよね」
「そうですね……悩ましいです。特に新しいことやるときは、慣れないから材料も無駄にしがちだし……」
「そう!そうなんだよ!わかってるよね、さすが佐藤さん!」
「そうだな。佐藤さんは、オーシャンアートのとき、アクリル絵の具で練習したり、かなり工夫してたもんな」
「うぐぅ。佐藤さん、さすがっす……」
我が意を得たりとばかりに身を乗り出す佐々木くんに、蜂須賀先輩が冷静に言う。
男子二人の気の置けないやりとりに、明日香先輩は思わずといったふうに笑みをこぼす。
一方、フォローをしたつもりが逆に褒められてしまった菫は、なんとなく面映ゆくて視線を手元のルーズリーフに落とした。
(……あ。もしかして)
「あ、あの……」
おずおずと口を開いた菫に、他の四人の視線が集まる。
「ん?どうした?」
注目されたことに怯んで言葉が止まってしまった菫に、蜂須賀先輩がゆったりとした口調で続きを促す。
「あの、ちょっと思ったんですけど……。この、いつもの体験キット、自作してみたらどうですか……?」
「自作?」
明日香先輩がぱちくりと目を瞬かせながら聞き返す。
「えっと、つまり……いつもおんなじ市販のクラフトキットを用意してますけど、そうじゃなくてダンボールかなんかを切り抜いて、カラーセロファンとか貼ったらどうかなって」
「どういうこと?」
「なんというか、ステンドグラス風というか……ダンボールなら廃材利用もできるし、いいかなって」
「あー、エコってこと?」
「それももちろん、なんですけど……」
「材料費の節約ってことだな。ダンボールをあらかじめ切り抜いて、オリジナルの体験キットを用意するってことか」
「ちょっと、準備は大変だと思いますけど……」
おずおずと続けた菫に、明日香先輩は思案顔を見せる。
「そうねぇ、布もの班は劇部の衣装作りもあるから、うまくやらないと難しいけど……やってやれないことはないかな?」
(布もの班、忙しいのに、無理なこと言っちゃったかな……)
段々と視線が落ちていく菫の頭上で、蜂須賀先輩がおもむろに口を開いた。
「島野、図面をこっちで引いたとして、デザインだけ、女子で頼めるか?」
「え、うん。そういうの、得意な子たちいるし、できると思うけど」
「そしたら、それだけ女子でやってもらえれば、後の作業は俺らがやれば良いな。型通りに線入れて切り出すだけなら、うちの人数で手分けすればひとり頭3枚ってとこか。問題ない」
なんでもないことのように言う蜂須賀先輩に、菫は思わず顔を上げる。
「できる……んですか?」
「できるというか、助かる。材料費を抑えたいのはそもそもこっちの希望だし、そこをうちの労働力で賄えれば願ったり叶ったりだ。体験費用は通常通り取れれば、利益も出る」
「それめっちゃ良いじゃないすか!佐藤さん、天才じゃん!」
遅れて理解した佐々木くんが身を乗り出す。
むしろ言い出しっぺの菫のほうが、話の展開の速さに驚き、目を見開いている。
「一応、手芸部の顧問の喜美子先生にも確認は取るけど、それなら私らもオーケーだと思う。佐藤、お手柄じゃん」
「だな。……先生、それで良いですよね?」
「ああ、良いんじゃないか」
口々に褒められ、嬉しさが遅れてやってくる。
「あ、ありがとうございます」
(嬉しい、私の思いつきがみんなの役に立てるんだ)
菫の口元が自然と綻ぶ様子を、先輩二人は優しい眼差しで見つめる。
「さて。じゃあ、詳細は次回詰めるとして、進め方はそんなところでいいな。俺はそろそろ職員室に戻る。
……ああそうだ。佐藤さん、今年もヒートガンは使うんだっけか?」
時計を見て立ち去ろうとした岩本先生が、ふと菫をかえりみて尋ねる。
ルーズリーフのメモを書き直していた菫は、慌てて顔を上げた。
「え、はい。もし、よろしければ……使いたい、です」
「かまわんが、夏休みの間は工作室にワックスがけが入るから、使うなら八月下旬以降で頼むな。あと、一人での作業は安全上許可できないから、使いたい日をあらかじめ連絡するように。喜美子先生を通して伝えてくれれば良い」
「わかりました。ありがとうございます」
「よし。じゃあお前たちも、遅くなる前に今日はもう帰れよ」
そう早口で言い置いて、岩本先生は立ち去った。
残された四人は、誰からともなくふっと息をつく。
「佐藤、後でそのメモ回してね。……あーっと、そうだ。先生いなくなったところで、連絡先、交換しとこう」
先生の気配が完全に消えたのを見計らって、明日香先輩がごそごそとカバンからスマホを取り出す。
「あぁ、そうだな」
「はいっすー」
男子二人もそれぞれにカバンを探っている中で、菫はへにゃりと眉尻を下げた。
「私、スマホ持ってないです……」
「あー、佐藤は家近いもんね。いいよ。私が交換しとくし。問題ないよ」
明日香先輩はそう明るく告げて、三人で連絡先を交換し合う。
その様子を眺めながら、菫は胸がちくりと痛むのを感じた。
(なんだろ。別に困りはしないのに、仲間はずれみたいで嫌だな。明日香先輩にそんなつもりはないの、わかってるのに……)
誤魔化すようにのろのろとカバンに荷物をしまう菫に、ふと蜂須賀先輩が声をかけた。
「今年もオーシャンアート、作るんだ?」
「……え?あ、はい!今年は、去年よりもっと大きいサイズで、夕焼けの海を作ってみようかと……」
「そうか。頑張れよ」
顔を上げると、思いがけないほど優しい焦げ茶色の目と視線が合う。
「はい!また、お世話になります」
(気、遣わせちゃったかな……でも、嬉しい。頑張ろう)
蜂須賀先輩のなんでもない一言で、簡単に気分が上向く自分の単純さに、菫は気づかないふりをして微笑んだ。
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ここからしばらくは菫の中三編です。




