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文化祭の君  作者: 獅童最
side 佐藤菫 『文化祭の君』
7/13

第6話 中二 十月 『熱』

 *****


 額を流れる汗が目に入り込んできて、菫は思わずパチパチと目を瞬かせながら、制服の袖口で汗をぬぐった。


(ちょっとずつ、思う通り絵の具が動くようになってきたな……。わ、もう一時間も経ってたの)


 アクリル絵の具の粘度と色を調整しながら練習を進めていた菫は、壁にかかった時計にちらりと目を向けて驚く。


(はー、肩凝ったかも……ちょっと休憩)


 軽く伸びをしながら、作業手袋を外して傍らのトートバッグからペットボトルを取り出す。


(あぁ、マスク)


 集中のあまり、マスクをしていたことを忘れていた。菫は小さく苦笑してマスクを外した。

 その時――菫の肘が、置いてあった絵筆を引っ掛けた。


(あ、筆、落ちる……)


 転がり落ちそうになった絵筆をつかんだ菫の手のひらに、思いがけない熱さが伝わる。


「あっつ……!」


 驚きに小さく声を上げた。

 次の瞬間――菫の腕が、強い力でぐいっと引き上げられる。


「大丈夫か?!火傷?」


 ガタンと椅子が音を立てて動いた。それをどこか他人事のように遠くに聞いたところで、気付けば菫の右手は冷たい水の流れにさらされていた。


(え?え?え?)


 突然の事態についていけない本人をよそに、菫の腕を引いた蜂須賀先輩は、真剣な眼差しで菫の手のひらを見つめている。


「どこに触った?ノズル?」

「え、あの、筆の……持ち手の、金属のところです」

「なら、そこまでひどくはないか。火傷は、初動が大事だから。軽い火傷なら流水で10分以上冷やすこと」


 ほっと息を吐いた先輩の横顔を見て、菫の思考が遅れて回りだす。


「あ、あの、そんなに熱くなかったんです。ちょっと驚いちゃっただけで……」

「でも、佐藤さん右利きだろう。利き手を怪我すると、あとあと響く」

「や、あのほんとに、たいしたことないんです。たぶん、全然なんともなってないですから……」


(それより、手、手が……)


 流水にさらされた右手より、つかまれた腕のほうが熱い気がして、菫は小さく息を呑む。


「そうか。そう……か」


 蛇口を閉めて、菫の手のひらをじっくりと見つめたあと、先輩はようやく手を離す。


「あー、まぁ、たいしたことないなら、よかったな」


 取り戻した手をポケットのハンカチで拭きつつ、心なしか肩をすくめて小さくなっている菫の様子に、先輩も我に返ったように気まずげに視線をそらす。


「はい。あの、お騒がせしてごめんなさい。ありがとうございます」

「いや、ほんとに、よかったよ」


 いつかのようにひらりと手を振って、先輩は男子の群れに戻っていく。

 それを横目で見送りながら、菫は火傷とは違う熱を感じて、右腕をそっと抱きしめた。


 *****

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