第16話 高一 十一月 『すれ違う』
中学生編ラストの、第15話『景色』は『幕間』の前に投稿しております。
読み飛ばされてしまった方がいらしたら、そちらを先にお読みください。
これより、物語は現在――序章へと繋がります。
菫が高一、先輩は高三です。
日常と非日常の間で煌めく菫たちの輝きを、どうぞご一緒に見届けてください。
*****
――現在、高校一年の十一月。文化祭一日目、午前。
「え、くま先輩もう帰っちゃったの?」
そんな声が聞こえて、菫は思わず息を詰めて、耳をそばだてた。
「午前中にちょっと顔出して、もう帰ったみたいだよ。先輩、いま受験前で忙しいから」
(うそ……。先輩、来てたんだ……)
今年はもう会えないと思っていた蜂須賀先輩に、もう少しで会えたかもしれない。そう気付かされて、菫は知らず息を呑んだ。
「駒野さん、くま先輩に会いたかったの?」
「まぁ、ちょっとねー」
「そ、そっかぁ」
(どうして、声をかけてくれなかったんだろう……)
「ねぇねぇ、おねえさん、色のやつ全部貼れたよー?」
「あ、うん。みせてー。いいね、きれいに貼れてる。上手だねぇ」
(ちがう。どうして、じゃない。私たちみんな、お客さん対応中だったんだから、あたりまえだ)
今は文化祭真っ最中。しかも土曜日のお昼前だ。後輩たちが一番忙しい書き入れ時だなんて、先輩が知らないはずがない。
「わぁ、ちゃんと光った!きれい!ママー、スマホ!スマホ!撮って撮ってー」
「あら、綺麗にできたね。はいはい、撮るよー」
「本当に、色選びがすごくおしゃれ。良いのができたね」
女の子がカラーセロファンを貼り付けた段ボールランプシェードを手際よく組み立て、小さなLEDランプにかぶせれば、ステンドグラス風ランタンの出来上がり。
菫にとっては中学から数えて四年目の文化祭。動揺する胸の内とは裏腹に、愛想笑いを張り付けての客さばきなんてお手の物だ。そのはずだ。
「おねえさん、ありがとう!さよーなら!」
「うん、来てくれて、ありがとうね。これからお昼ごはんかな?グラウンドの方に、出店が色々出てるからね」
嬉しそうな女の子とその母親を見送ったところで、午前中のクラフト体験客は全員さばけた。
「菫!おーつかれっ!」
体験に来てくれた親子を工作室の出口まで見送ったとたん、それを見計らってうしろから、とん、とやわらかいものに飛びつかれる。
いつも通り明るく振る舞う凜だが、その目は気遣わしげだ。それがわかるから、菫もなんとか普通の顔をしていられる。それでも、気を抜くと震えだしそうになる唇を、菫は一度きゅっとかみしめてから答える。
「凜。お疲れさま。お客さんいっぱい来てくれてよかったね」
「お客さんいっぱい来るのはホントうれしいけど、ちょっと忙しすぎたよー。あたし、おなかすいたぁ」
「そうだね。お昼、食べに行こうか。私、女バレのたこ焼き食べたいな。今の時間ならクラスの子たちもいるはずだし」
「たこ焼きー!あと、バド部!今年も恒例のクレープ!甘いもの!売り切れる前に行こ!」
「うん。とりあえず、女子部に戻ってグラウンド行こう」
凜が後ろから菫の腰に巻き付いたままで昼ごはんの算段をつけていると、周囲にいた男子がちらちらと気まずげに見てくる。
(しまった、ここ女子部じゃなかった。もうちょっと、我慢)
「はいはい、凜。暑いから離れて。お財布持って。いくよー」
「はぁい、菫ママ」
くすくすと笑い声をあげながら、甘えるように腕に巻きついてくる凜を連れて、工作室を出る。
*****
「お、いるいるー。牽牛織女があちこちに」
出店が立ち並ぶグラウンドへ向かって鵲橋を渡るときも、そこかしこで話し込む男女を見かけた。
男女交際禁止の青葉学園でも、今日ばかりは教員たちも堅いことは言わないのを、みんなわかっているのだ。
「菫の『牽牛』、会えなくてホント残念だったね。たぶん一番忙しい時間帯に来たんだろうね」
「仕方ないよ。先輩自身も今が一番忙しいときだもん」
「あー、先輩大学じゃなくて高専受験だっけ?珍しいよね。試験近いのかな」
「そうだと思う」
――『くま先輩、隣の県の高専編入を目指すんだってさ。すげぇよな』
そう言っていたのは、確か佐々木くんだ。
「ていうか、『牽牛』じゃないよ……」
七夕伝説では牽牛織女は夫婦だ。けれど、高三になって蜂須賀先輩が工芸部を引退してしまった今となっては、先輩との間には、菫が密かに抱いている想い以外の繋がりは……ない。
「菫ぇ、そんなに落ち込むなよー。また明日も来るかもじゃん。おいしいものでも食べて、元気出そ?凜ちゃんがクレープおごっちゃる」
小柄な割にボリュームのある胸を叩いて、努めて明るく凜が言う。
「うん……そだね……」
そう。文化祭は明日もある。先輩は、明日も来るかもしれない。
(でも、来ないかもしれない)
もう会えないなんて本当は思っていなかった。思いたくなかった。だって文化祭の準備で鵲橋を渡るときも、通学で黒森神社の前を通るときも、いつだって菫の目はあの大きな背中を探していた。それなのに、あの日以来一度だって先輩に会えたことなんてない。本当に、一度も。
「ほらほら、そんな暗い顔しないしない!
――レディ、ヴァイオレット。貴女の笑顔はこの私めが取り戻してみせますよ」
「ふふふ。よろしくてよ」
芝居がかった口調で左手のひらを差し出す凜のおかげで、やっと菫の顔にもかすかな笑みが戻る。
親友の気遣いをありがたく思いながら、菫は小柄な騎士に自身の右手を預ける。親友の小さな手のぬくもりが、菫をしっかりと支えてくれた。
そのまま手をつないで、二人は女子部グラウンドを目指して、また歩きはじめた。
*****
このまま、菫編は最終章まで駆け抜けます。
本作をお気に召してくださった方は、是非ご感想やリアクションなどをお寄せください。
私にとって、何よりの励みになります。
引き続き、菫の物語を、ご一緒しましょう。




