第14話 中三 八月 『近道』
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カナカナカナカナカナ……
昼過ぎまで降っていた雨が上がり、蜩がさみしげに鳴く夏の夕方、学校の坂下にあるバス停に、菫たちは来ていた。
「バス、行ったばかりか」
「次は三十分後……。油断してました。夏休みだから、休日運行ですよね」
淡々と告げる蜂須賀先輩に、菫はしょんぼりと答えた。
「どうする?待つ?」
「いえ……昼間の雨で暑さも少し落ち着いてきてるし、このまま歩いて帰ります」
「家、どこ?駅の方?」
「あっ、はい。駅前のコンビニ裏手から、遊歩道を歩いてしばらくのところです」
「ああ、あっちか。なら途中まで一緒に行こう。俺も駅向こうの図書館方面だから」
「え、でも先輩自転車……」
「別に、これくらい牽いて歩けばどうってことない。それより『親戚』的には放って帰るほうがよっぽど気になる」
「なんか、申し訳ないですが……じゃあ、よろしくお願いします」
なんでもないことのように言って、さっさと自転車を牽いて歩き出す先輩を、菫は慌てて追いかける。それを確認した先輩は、この一週間でだいぶ見慣れた顔でちらりと笑ってから、菫に合わせて少しペースを落とした。
(先輩のこういうところ、ちょっとずるいな)
「佐藤さんも、いつもは自転車だろ?どの道通ってる?」
「あ、私はいつもは川沿いの自転車道です」
「あぁ、そっちか。ちょっと遠回りだけど通りやすくはあるな」
「先輩は、違うんですか?」
「俺は、坂だけど、近道通ってる。神社の方」
「え、あっちって自転車通れる道あるんですか?」
「実はある。眺めも良いし、車も通らないし、わりと穴場。行ってみようか。ついておいで、こっち」
そう言いながら、先輩は木々が生い茂る横道に入っていく。
「夕方だと時々タヌキとか出るから、気をつけて」
「……化かされないように?」
「そう」
くくくと喉の奥で笑って冗談を言う先輩に、菫は唇をとがらせた。
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アスファルトが途切れ、民家の裏庭と見間違いそうな砂利道をたどり、畑の横の坂道を登る。
傾きかけた陽が射す夏空の下、青々と茂る木々が影を落とす。少しひんやりとした木のトンネルをくぐると、そこは菫も知っている神社の石段の前だった。
石碑に刻まれた『黒森神社』の文字に止まっていたセミが、近づいてきた二人に驚いて、みぃんとかすかな音をたてて飛び立つ。
「うわぁ、こんなところに出るんですね。知らなかった」
「夏でも日陰で涼しいし、高台だから見晴らしもいい。なかなかいいだろ?まぁ、冬の帰りは灯りもなくて暗いし、お勧めしないけど」
その言葉通り、少し湿った緑の匂いを帯びた夕方の風が二人の横をすり抜け、八月の終わりに爽やかな涼を届けてくれる。
いま来た道を右に曲がり、石段を背にして坂を下れば、菫たちの目指す駅はすぐそこだ。
「ここ、行き止まりだと思ってました。確かにこれならかなり近道ですね」
「そう。だから朝はギリギリまで寝てられる」
「なるほど」
にやりと言う先輩にくすくすと笑い返しながら、菫の心は不思議と沈んでいた。
生徒数が多い青葉学園はいわゆるマンモス校で、通学時の混雑緩和のために中学女子部、男子部、高校女子部、男子部の順に始業と放課の時間がずらして設定されている。たとえ菫が今後通学にこの道を使ったとしても、行きや帰りに先輩と偶然出くわすことはないだろう。それはきっと、いままでとなんら変わらない。
(なのになんで、こんな気持ちになるんだろう)
足元で列をなして移動するアリを眺めながら、菫は自分のなかに何か言葉にできない気持ちがあることに気づいてしまった。
「少し、寄り道してくか?この時間、神社からの眺めも格別なんだ」
「……!はい、ぜひ!」
「じゃあ、こっち」
内心の動揺を知ってか知らずか、うつむいた菫の頭上から、先輩が軽い調子で提案してくる。そして、勢いよく顔を上げた菫を連れて、先輩は石段を登り始めた。
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