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文化祭の君  作者: 獅童最
side 佐藤菫 『文化祭の君』
13/22

第12話 中三 八月 『重なる』

 *****


「じゃあ、今から回すから」

「はい」


 額に上げていたゴーグルを目に下ろしながら、蜂須賀先輩が言う。

 知らず、菫の喉がこくりと鳴るのと同じくして、先輩が空気圧縮機コンプレッサーのスイッチをパチンと弾く。


 ゴォォォ


 獣のような唸り声を上げて、機械が動き始める。イヤマフを着けた菫の耳にも、音の塊が押し寄せてくるようだ。

 先輩は慣れた様子で、アナログ時計のような圧力メーターの針が、ゆっくりと回る様子を眺めている。


 しばらくして、始まったときと同じ唐突さで、叩きつけられていた轟音がふつりと止まる。それを確かめてから、先輩はおもむろにスチール製のタンスのような箱の横っ腹に空いている二つの穴に、両手を差し入れた。


 菫が固唾を飲んで見守る中、箱の中にあるチューブが伸びた水鉄砲のようなノズルを右手でつかむ。そして左手で、A4判のコピー用紙くらいの、黒いシートでマスキングされたガラス板を手に取る。


 ジャッ。ジャジャッ。


 一、二度ほど箱の底に向けて引き金を引くと、ノズルの先からけぶるように白い粒が噴き出した。


(ちょっと、ヒートガンに似てるかも)


 そう思ったのも束の間、先輩の手のなかでノズルが踊りだす。


 シャー、ジャジャッ。ジャッジャー。


 時に洗い流すように、時に優しく撫でるように、勢いと角度を変えながら砂粒がほとばしり、ガラス板の表面を削り取っていく。


 箱の天面にある小窓からその様子を眺めている菫には、迷いのない先輩の動きが、まるで魔法のように見えた。


(綺麗……)


 板を揺らして積もった砂を振り落とし、作業灯の明かりで表面を確かめつつ、板に命が吹き込まれていく。


 ゴッ、ゴウン、ゴォォォ


 時折機械が不満そうに唸り声を上げるが、先輩はものともしない。猛獣のような機械も、凶暴な砂の嵐も、先輩の手にかかると従順な子犬のように飼いならされてしまうのだ。


「うん。よし」


 どのくらいそうしていただろうか、先輩が満足そうにつぶやき、全ての砂を振り落とす。そして、慎重な手つきで箱から板を取り出した。


「うわ……すごいです。魔法みたい……」


 黒い板の上には、静かな森の陰影が浮かび上がっている。


「ふ……おおげさ」


 先輩は照れたようにそう返してから、板を洗い場に運んでいった。


「ああ、もう保護具は外していいから。暑いだろ」


 自身もゴーグルとマスクを外しながら、菫にそう声をかける。


(そう言えば着けてたっけ。すっかり忘れてた)


 夢から覚めたような、魔法が解けたような、不思議な心地で着けていた装備を解いていく。


 そして、ゴーグルを外して視界が広くなった菫の目が、隣の作業台に乗ったスケッチに吸い寄せられる。

 シャープペンシルの細い線で描かれたその絵には、木々に囲まれた静謐の中に、澄んだ泉が湧き出ていた。


(あれが、こうなるんだ……)


 静寂が音になって聞こえそうなその森が、あんな凶暴な砂嵐から生まれるというのが、不思議だった。


「ああ、それ。設計図。あと二層削ってそうなる予定」


 言われてみると、木々や水面など、景色のパーツごとに1から3までの数字が振ってあり、深く浅くなどの彫り方まで細かく書き込まれている。


(似ているようで、全然違う。先輩は、この森の神様なんだ……)


 同じように層を重ねるにしても、菫のレジンアートの波模様は、どこか感覚と偶然に任せた瞬間的なものだ。一方で先輩の作品は、木々の葉一枚一枚まで緻密に計算し尽くされた、静かな世界だ。


(静と動……重ねる。本当にすごい。私もこんな世界を、いつか作ってみたい)


 無骨で大きな先輩の手が生み出す魔法に、菫はすっかり魅入られてしまったのだ。


 *****

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