第11話 中三 八月 『覆う』
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工作室での作業、三日目。
菫は作業灯が射す白い光の筋を、目で追いかけている。その視線は、滑るようにボードの上を駆け回る。
顔の角度をわずかに変えて、もう一度。ほんの小さな違和感も見逃さないように。
けれど、レジンの表面を流れる光は、何度見ても柔らかく、滑らかだ。
ふーっ。
細く長く息を吐くと、菫は張り詰めていた緊張の糸を緩めた。
それを合図にしたかのようなタイミングで、かたんと小さな音がする。
(そうだった。ここ、工作室だった)
どこか別の次元からやっと現実に戻ってこられたような不思議な気分で、菫は向こうの作業台から立ち上がった蜂須賀先輩を、なんとはなしに目で追う。
「おつかれ。一息入れるか?」
「あ、はい。というか、今日の分の作業はひと区切りです。あとは硬化してからなので、明日以降かな」
「じゃあ、これ。不格好だけどカバー作ったから、良かったら使って」
先輩がそっと差し出したのは、段ボールにビニールを張り付けて作られた、手製のカバーだ。菫のレジンボードよりひと回り大きく、上からのホコリは防ぎつつ、横や下からは空気が入って乾燥と硬化の妨げにはならないように、工夫がなされている。
「え、作ってくれたんですか?!」
「俺の作業で砂が混じったら悪いから」
ぶっきらぼうに言うが、それは先輩なりの優しさだと菫にはもうわかる。だって先輩の使うサンドブラスターと菫の作業台はきちんと距離が取られており、間に換気扇も、集塵機も置かれている。もともと気を遣ってもらっているのはよくわかっている。
「あ、ありがとうございます!」
菫は勢いよく頭を下げた。
(先輩だって自分の作業も色々あるのに、いつの間に……)
体の奥からじわじわと体温が上がるように、嬉しさがこみ上げる。
渡されたカバーをボードの上にそっと被せる。
菫がふわふわした気持ちのままでそれを眺めていると、先輩がどこか重たそうに再び口を開く。
「その……終わったなら、もう帰る?」
「え、いえ。もう少しいようと思ってましたけど、何かあります?」
「そうじゃなくて。今から俺の作業、すごく大きな音が出るから」
「もしかして、サンドブラスター使うんですか?」
「そう」
先輩はちらりと無骨なスチール製の装置に目をやる。
「あ……もしかして、私の作業が終わるまで待ってくれてました?」
「いや……まぁ、俺も色々やることあったし」
言葉を濁すが、つまりはそういうことだろう。
「ありがとうございます。あの……」
「ん?」
「邪魔にならないようにおとなしくしてるので、先輩の作業、見学したらだめですか……?」
「ああ、それは別に構わないけど」
恐る恐る切り出した、菫としては大胆なお願いに、先輩は拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
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