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文化祭の君  作者: 獅童最
side 佐藤菫 『文化祭の君』
10/15

第9話 中三 八月 『蝉時雨』

 *****


 ――一年前いちねんまえ、中学三年の八月。


 夏休みも終盤にさしかかったある日。

 うだるような暑さと、蝉時雨せみしぐれが降り注ぐ中、菫は一人、鵲橋を渡っていた。

 夏休みの校舎は、人影ひとつなく、がらんとしている。


(なんか、世界に一人きりになっちゃった気分)


 一年前に、ヒートガンを使わせてもらうために初めて一人で工作室を訪ねたときとは、また違った心細さを感じながら、菫は久しぶりの共用エリアに足を進める。


(誰もいなかったらどうしよう……なんて)


 遠方から通ってくる生徒も多い青葉学園では、長期休みに登校する生徒は、一部の熱心な運動部を除いてほとんどいない。

 菫たち手芸部も、夏休み中は基本的に部活動はお休みだ。


 とはいえ、登校が制限されているわけではない。菫のように家が近い生徒の中には、図書室や自習室などの利用のために登校してくる生徒もいる。

 ただ、そんな中でも工作室がある共用エリアを訪れる生徒は、ほとんどいないのが実情だ。


 すー……。ふぅ。


 人気ひとけのない廊下を歩いて、目当ての工作室の前にたどり着いた菫は、心を落ち着けるように深呼吸をした。


「失礼します」


 がらりと工作室の戸を開ける。


「おう。来たな」

「蜂須賀先輩、お久しぶりです」


 広い工作室の中に、一人でいた作業服姿の蜂須賀先輩が、菫を見てひらりと手を上げる。


「掃除、してたんですか」

「ああ、ちょっとな」


 よく見れば先輩の手には、ほうきが握られていた。さらに、ワックスをかけ直したばかりのツヤツヤの床の上には、ちりとりも置かれている。


「私、手伝います」

「ああ、悪いな。助かる」


 手近な作業机に荷物を置いて、菫は先輩の元に駆け寄ってしゃがみ込み、ちりとりを支える。

 先輩が掃き集めた砂粒をちりとりに受けながら、菫はぽつりと切り出した。


「あの、今日、良かったんですか。私の作業に付き合ってもらっちゃって……」

「ああ、いや……もともと俺も作業したかったから、ちょうど良かったんだ」

「そうなんですか?」

「休み中なら、コイツ……サンドブラスターを、ほかの連中と取り合わないでも、好きに使えるから」


 そう言いながら、先輩は傍らの機械をぽんと叩いた。


「一人作業禁止なのは、俺も一緒だし。だから、ちょうど良かったんだ」

「なるほど」

「まぁ、そういうわけだから、佐藤さんが来る前から俺が作業していたことは、ガンちゃんには内緒な」

「……なるほど」


 そう言いながら、先輩は肩にかけたタオルで汗を拭く。

 その様子をなんとなく目で追いつつ、菫はちりとりの中身をゴミ箱に空ける。


「それにほら、俺ら、『親戚』だし」

「……『遠縁』ですけど」

「そうだな。でもって、あのホームセンターに通うくらいだから、俺も家は近いんだ。だから、気にしないでいい」

「……はい」


 いたずらっぽく小さく笑う先輩に、菫もふっと肩の力が抜けた気がした。


 *****

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