「両脚合わせて」いただきます!
短編です。予期せぬ来訪者の青年(慶田)をもてなす家主(古箕)の一幕です。
「ッ一日、泊めて、いただけません、か!!」
唐突すぎる。なんのアポもなく、そして早朝にやってきた大きな青年は、息を切らしながら叫んだ。
「近所迷惑です、オニイサン。……そもそも、あなた誰、ですか?」
古箕は小さな背丈に似合わぬドアを押し開けながら首をかしげている。それもそうだ、ここは彼の住んでいる、なァんの変哲もないマンションの一室であったから。そのうえここ一帯はヒト純種の居住地であり、青年のようなセミ族――それも成人した!――が現れるコトさえ稀。古箕はあたかも未確認生命体を目の当たりにした幼子のように目を丸くし、キョトンと扉を抑えるしかない。そんな風に目に映った。
そも、青年の声のかけ方に問題があったのだ。インターホンを鳴らし、相手がカギを開けた途端に自らの手で乱雑に扉をこじ開ける! そんな所作でひとまわりちいさい相手が恐怖しないことがあろうか。いや、ない。
「アっ、エト、お親御さん、ィ、います、か、な?」
「……えっと、僕の親は」
「ちょっと、アノ少し、スこォしでイイんで、保護者のカタとお話を……」
このひと、話が通じない! 古箕は右ッカワの下唇ダケを下へ引き延ばしため息をつく。こういうトキのセミ族は大体話を聞いてくれない。こちらは良心をもって接しようとしているのに……。男は肝を嚙み潰したような表情で、
「……とりあえず入りませんか?」
この膠着状態をどうにかせんと古箕が口を開く。マアタシカニ、と瞬きをした青年は、彼の右手に誘われるまま玄関ドアに吸い込まれていった。
「どうぞ。……なにか、御用でしょうか?」
コト。簡素な音を立てカップの片割れが置かれた。その、樹液の入ったものには通販サイトのロゴがデカデカと踊っていて、「保存食に最適!」とポップに喋っている。そして、もう片方の角砂糖たっぷりの紅茶をトン、と置き、古箕は「こんなものですみません」と形式ばかりの謝罪を告げた。いつもの調子で作られたその液体は非常に甘ったるく、もし慶田が取るカップを誤った暁には、その糖が慶田の舌を焼かんとするだろう。予定外のもてなしを受け固まった彼は、ギュルリと目線をうろつかせてその樹液入りカップを手に取った。
「エト、こんな寛いじゃってイイんスか? 保護者さんに怒られちゃうンじゃ……」
「大丈夫ですよ」
でも……と唇をギュムと擦り合わせつつ目線を泳がせる慶田に、どういう気持ちでココにいるんだお前は! と内心笑いながら叫ぶ。ド早朝にアポもなくインターホンを鳴らしたのはお前だろう! と。周囲のヒトの目も世間体もあるのだから、古箕は「入れてくれ」と叫ぶこの青年を匿う他ないのに!
エアホッケーゲームのように自らの黒目をカコカコ回す慶田を見かね、カップを半分ほど減らした古箕が机に手を置き身を乗り出しては、
「フ、アノ。僕、僕ね。ひとり暮らしなんですよ。ひとり。この部屋、僕しか住んでないです」
えっ。慶田が黒目を真ン中に戻し、瞼と瞼で拍手をしながら驚嘆の声をあげた。だって彼にとって、古箕というひとは小さすぎたのだ。背が。青年がよっつの歳であったときくらいの背丈しかない。思わず、小さくないですか、何歳なんですか、なんていう失礼極まりない質問をしそうになってしまい手持ち無沙汰そうにカップののふちをカツカツとひッ叩く。
「なら、イイんスかね」
「ン、ハイ。……それで、僕はあなたに何をして差し上げたらイイんですか?」
古箕が首を傾げた。丁寧に準備された樹液が、そろそろ新鮮さを失う。
「ヤ、なんつーか……その、……俺、明日死ぬんス」
慶田はアリの行列のようにとめどなく続ける。
「金、なくて。施設飛び出してきたから申請……伝わるかな、エッと、セミ族の義務? みたいな。俺らはアレしないとダメで……ッだから、さいご、最期はその辺に捨ててくれてイイんで、それまでの間家に置いテテ欲しくッて……」
セミ族の人間は基本、施設で育つ。彼らは成人後7日で寿命が来てしまうため、種族内では種を繋ぐことが叶わないためだ。(つまり、同種内で子を育てられないということ! よくもまあ、ここまで絶滅せずにいられたものだ。)
「……成人申請と死亡申請。だしてないんですか?」
「……ウス、出してないッす」
アラ法律違反。男はムム、と眉を顰める。またまたセミ族は、成人した時に成人申請と死亡申請を役所に届け出す義務がある。しなくてももうすぐ死ぬので逮捕はされないが……遺体がマトモに弔われることがなくなるのだ。基本的に専門の建物に収容され、死んでもいないのに棺桶に入れられ、死が確定するまでそこに閉じ込められ焼却処分されてしまう。さすがにそんな悲惨な最後を迎えたくはないだろう?
ああ、そして、急にポックリ逝ってしまう彼らのことだから、一般市民に意図せず死体を見せてしまうこともあるのだ。そういう面でも、これは彼らが遂行すべき義務である。…………ちなみに、これは他種族にあまり知られていない。
「僕がオニイサンを1日住まわすことへのメリット、あります? そう、メリット。損得勘定ってダイジらしいんで」
青年は元気よく、
「俺の死体、その辺に転がされるように……ソウだな、行き倒れたカンジにしとくんで! ヒトのセミ族研究機関? にツーホーしたらおカネ貰えます、タブン」
俺が蛹ンときの読み聞かせでしったんス、合ってるかは……と徐々に自信をなくしていく姿は萎んでいく風船のようで、つつんとつついたら割れてしまうのかなアなんて考えながら男は紅茶を飲み干した。
「僕、お金には困ってないです。………………フフ、ケド、いいですよ」
金に困っていないと言った瞬間の青年の哀れさたるや。あんまりにもカワイソウだったのか……反射でつり上がった口角を、どうにか穏やかな笑みに擬態させる。
古箕は、空になった手持ちのカップをカチャ、と粗末な机へ置きなおし、善人のように大きく頷いてから、コトン、とカップを置くと同時に深く頷いた。
「僕だって暇なんですよ、ひとりですから。そう、だから、1日間話し相手になってください」
ぽけり。慶田は、礼を言うことも忘れこんなにも上手く行くモンかねェ……と驚いていた。すんなり行き過ぎじゃないか? ヒト族は優しいナア、俺の死後もこのヒトがシアワセになるように祈っとかなきゃナア。と。
彼はひとつ、仲間からとある情報を貰っていた。。“ヒト族の中にはセミ族に詳しく、匿ってくれる者がいる”と。また、“そういう者のいる場所には印がある”とも。そして、その者たちは世界各地に居るらしい。“印”だなんて、詳細を聞かねばわかるはずがない! と半ば絶望していた慶田であったが、このヒトの街に来た途端に分かった。とある一軒から強烈に仲間の香りがするのだ。――仲間の決死の想いが詰まった、いのちの香り。それだけを頼りに飛べなくなった翅を引き摺り走りに走って、……辿り着いた部屋のドアの横には、同種の翅で付けられたであろう“印”があったのだ。アア、これが印か! と気付いた青年は、こういう経緯で、嬉々として、また先読みもせずにインターホンのボタンをブチ押したのであった。
しかし、中にいたのがこんな小さなヒトだなんて、……もしや、あの印はこの住居に以前住んでいた者に対するものだったのか? と思いあたる。ちょっと慌てすぎたカナ……なんて焦りながら、マア研究機関に通報して貰えれば施設にもおカネ入るし……と終わり良ければ全てヨシなんて考えを脳ミソの中でドラム洗濯機のようにグラグラ回して、
「……ハッ、スマセン、考え事してました。アザす」
ソの脳ミソを口から放り出した。危ない危ない、礼を言っていなかったと。
「フフ、お気になさらず。……ホラ、折角準備したのに鮮度下がっちゃいますよ。いただいちゃってください」
古箕は幼子のようにクスクスと笑い、ちいさな手でカップをちょんと指さした。そして慶田はそれを受け取り、首から上だけのお辞儀を済ませてから両手を合わせて一言呟いた。
―――
翅をもぎ取る。
高潔だなんて腐っても言えないような甘ッたれた生を謳歌して、大空に羽ばたくことなんてなかった翅をもぎ取る。
棒のように骨が目立つ弱弱シイ腕では、食虫植物と、ソレに捕まったハエ族のように接触した結合部分を華麗に解くことなんざマッタクカッタク不可能であったため、大人しくペンチを握り解体工事を試みる。
ミシ、ヵキゅリと一丁前にファンタスティックな鳴き声をあげ翅が主と別れを告げると、寂しさのあまりに薄汚い肉がお邪魔シマスと顔を出す。今は御対面する気分ジャないんだよなアとたるんだ皮フをツッパらせ、眉根を寄せ、肩をキュッと竦めては何かを手に馴染ませる。ソレは、ノコギリ。チョイと小さめのレッキとした刃物であった。
「……フ、骨が折れる」
大きな肢体を開きにする目的でノコギリを背に割り入れる。食事を疎かにしたのであろうその身体は空洞で、思いのほか軽い調子で刃が刺さった。そうだ、まるで近所の安上がりなパン屋で購入したクロワッサンを4割引の型落ちオーブンで乱雑に焼き上げ、濁った包丁でつぶしつつ両断したときのような。……あゝ、忘れていたがアノ半分がまだ残っていた。コの作業が終わったら小腹満たしにいただこう。
妄想で口内を濡らしつつセミの開きを完成させ、膝まで捲ったズボンのスソに血がつかぬよう注意を払って立ち上がり、乳白色の棚からタッパーを回収する。そうして発音膜や発音筋からなる発音器を外骨格からぺリりと剥がしタッパーに入れ……ようとして、やめた。変わらぬ解体ルーティーンでは飽きてしまう。
フとした思い付きに脳髄を揺らし、荒れに荒れ獣の皮のごとくカサついた項をポリと掻いてはその発音器を……食った。冷えた肢体をぬくい口内であたためて、体温が混ざり混ざって一体になる感覚を楽しむ。普段はシッカリ加熱調理してから食ろうてやるのでとても新鮮だ。
「……ア、やべ」
食事前のだいじなコトバを忘れていたようだ、この男は。顔前に垂らしたふた房を耳にかけ、モニャモニャと咀嚼し、そして、
「ン、マいっか」
……どうやら、ヒトのココロを棄てたらしい。
前に垂らしたふた房の触覚をスルリと動かす。餌のいい香りだ。このヒトばかりの街に、また行場をなくしたセミ族がやってきたらしい。古箕は扉の外へ飛び出し、先程もいだ翅の先を握りしめて背伸びをし、ドアの横に引っ掻きキズをつけた。ソレは自然発生的な要因によるもののようで、人為的なもののようで、そして作為的なもののようで。マアつまるところ、死を待つセミたちが看取ってくれる相手を探すためのマークのようなものなのだ。この地区のヒトに伝わるように喩えるとすれば、そう、強盗によるマーキングと同様だと言える。
古箕は、まだ自分のための食事を集めなくてはならない。充分な量が集まったと思っても、その手を止めてはならない。アリ族の誇りにかけて、夏の間歌に夢中になり、冬の間飢えのあまり踊るしかなくなるあの愚かなセミたちのようになるワケにはいかないのだ。
死臭の残る浴室のドアをガチャドンと勢いよく閉め、先程までの来客の後を濁す。汚れたシーツや空ダンボールを新調して、あたかも引越し直後であるかのような雰囲気を出す。きっと、古箕が対策して対策して……しすぎたか、というくらいで丁度いいのだ。去年も一昨年もそうだったから。
足音が聞こえる。ボロく錆びた薄汚い銀色がうるさく泣き喚く音が聞こえる。きっとまた、走っている。こちらの事情も何も知らないヒト族に見つかってしまえば、通報され、使い古された静かな棺桶で死を待つしかなくなってしまうのだから。ドタドタ。ピタ、……かちり、ピンポーーーン。
前に垂らしたふた房の触覚を耳にかけ、モニャモニャと口内の筋繊維を粘ついた唾液で喉奥へ押し込んで、そして、
「いらっしゃいませ。なにか、御用でしょうか?」
好評であれば、彼らのささやかな交流の一部始終を加筆することや、続編を書くことがあるやも。
初投稿ですので、なにか至らぬ点がありましたらもう試験ありません。




