うさ耳女との出会い5
ジャックラビットだったピィは当時、群れで生活していた。
草食動物の彼らは基本的に穏やかだ。
しかし肉食魔物に獲物として狙われることも多く、戦闘能力は高い。
その日もピィは群れの中にいた。
お父さん、お母さん、兄弟姉妹。たくさんの仲間たちに囲まれた、いつも通りの朝。
そのはずだった。
不意に、一匹のジャックラビットが物音を察知する。
顔を上げ、警戒を始める頃にはすでに、数匹のマウントウルフに囲まれていた。
朝飯を前によだれを垂らすマウントウルフが、じりじりとピィたちとの間合いを詰めてくる。
ピイィィィ! と、ラビットの一匹が鳴いた。
それを合図に、ジャックラビットたちはマウントウルフの間をぬって走る。
逃げろ、逃げろ。
足に力を入れ、懸命に地面をける。
ドタドタと舞い上がる土ぼこりの中、一匹のラビットがウルフに捕まった。
だが、みんな止まらない。止まってはいけない。
走るのだ。走って、走って、逃げる。たとえ一匹になっても。
誰が死のうが、誰が食われようが、一匹でも多く生き延びる。
それがジャックラビットだ。
ピィも走った。
目の前のウルフをよけ、次のウルフをかわした。
次の瞬間。
ガブリッ!
首に衝撃が走る。
足が宙にういた。
血とウルフのよだれがピィの身体を伝う。
あ、死ぬ。
食われる!
そう思ったのに、ピィはドサッと地面に落ちた。
ピィは目を見開き、ウルフを見上げる。
ピィを噛んだウルフの顔に、お父さんが噛みついている。
お父さん!
立ち止まるピィに、お父さんが目で訴える。
走れ。走って逃げろ。森へ急げ。
でもピィの足は震えて動かない。
別のウルフがお父さんに気付く。
これ幸いと口を大きく開け、お父さんの下半身に噛みついた。
ピィィィという断末魔が響く。
ボタボタと落ちる血。食いちぎられたお父さんの身体。次の獲物を探すウルフの眼。
それを見て、ピィの足はようやく動いた。
食われる。
食われる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
お父さんを置いていく罪悪感と、逃げなきゃという生存本能。
そして、もうお父さんは助からないという絶望。
すべてが合わさって、ピィは過去一速く走った。
首から血を流しながら、森へ。
走って、走って、走ったら、ウルフは追いかけてこなくなった。
でも、ピィももう動けなかった。
身体が重い。
足が動かない。
息ができない。
ピィはのっそりのっそり木の根元へ近づき、そこへ倒れこむ。
身体がぐんぐん冷え、目の前は霧で覆われたようによく見えない。
そんなとき、唯一残っていた嗅覚が、血生臭い死の臭いをとらえた。
死の臭いはどんどん濃く、深くなっていく。
ズズ、ズズ、と、何かを引きずる音もする。
『いいもん、見ぃっけ』
キンキン響く音がピィの聴覚を刺激する。
ピィの視界に黒い影が近づいていた。
『丁度いい。試してみよう』
影はキンキン言いながら、引きずってきた大きなものをピィの目の前に投げ捨てた。
目の前に落ちたそれは、昔見た「人間」というものに似ている。
『@pdei-lt9'3#,+xw*/a1&』
キンキンキンキン響く音と共にピィの肉体が強い圧力に包まれた。
外からグイグイ押されるように、それでいて内臓が内側から破裂するように、身体が四方八方から高圧エネルギーを受ける。
「ピィィィィ」
ピィの声は圧力でかき消され、四次元の世界と二次元、三次元を行ったり来たりしながら、小さく小さくグチャグチャになった。そうかと思えばまたビヨビヨボロロと膨張して、しまいにひとつの塊へ進化する。
ピィの手、足、体。それぞれの神経が、意識と一致しない。
ピィは横倒しになったまま、不思議な感覚の迷路をさまよっている。
『意識が戻ったら魔王様の元へ戻りなさい』
キンキンとピィの頭に声が響いた。
モド、ラナキャ。
マオウサマ、ノ、トコロヘ。
ピィの頭はその感情で埋め尽くされた。
他に何も考えられない。
恐怖も、不安も、なにもない。
モド、ラナキャ。
マオウサマ、ノ、トコロヘ。
しばらくすると先ほどの影は消え、あたりは静寂に包まれていた。
動くようになった手で、地面をまさぐる。枯れ葉の下の大地に手を添える。
グッと力をいれ、立ち上がる。
モド、ラナキャ。
マオウサマ、ノ、トコロヘ。
ゆらり、ゆらりと歩く。
マオウ、サマ。
マオウ、サマ。
唱えながら歩くピィの胸に、青い宝石のペンダントが揺れる。
コツン、コツンと胸に当たる宝石が不快だった。
ピィは宝石を手のひらで包みこむ。
「ウッ」
力を吸い取られるような感覚が走る。
宝石から手を放そうとするが、指が動かない。
その間も、宝石に触れた手の先からジュルジュルジュルジュル、エネルギーが吸い取られ続けた。
「はあ、はあ、はあ」
息が苦しい。
立っていられない。
ピィは地面に倒れた。
手の中の宝石はピィのエネルギーをすべて吸いとり、バリンと割れた。
割れた宝石の断面から「魔王様の元へ」「魔王様の元へ」と声が聞こえる。
気付けば、ピィの身体は軽くなっていた。
まるで宝石が悪魔の力を吸い取って破壊したみたいに、清々しい。
あまりの気持ちよさに、ピィはその場で眠りについた。




