結婚式へ5
「……魔王?」
メロの視線の先には、聖女と呼ばれた人影しかない。
人影からは確かに、あり得ないほどのエネルギーや殺気、死臭、威圧感を感じる。
だけど、コイツが魔王?
聖女……ではなくて?
『レノ様! もう少しです、集中を!』
アレキサンドリアの声で我に返る。
そうだ。ピィの身体を再生しなければ。
俺はアレキサンドリアから受け取ったエネルギーをピィに注ぎ続けた。
ドクドクと流れ出ていたピィの血液が止まり、どす黒くなっていたピィの身体に少しずつ血の気が戻ってくる。
もう少しだ。
『魔王様、この者たちは魔王様のご結婚をお祝いに参りました。飛びかかった無礼につきましては、なにとぞご容赦を』
メロが人影に土下座する。
人影はジッと俺たちを観察しているようだった。
<ニンゲン、カ。シンロウ、ノ、ユウジン、ダナ>
キンキンキンキン頭に響く。
人影の手がぬるっと何メートルも伸びて、俺の首を掴んだ。
「うぐっ! テメエ、何しやがる」
<アイサツ、シロ>
首を持ち上げられ、俺の身体は宙に浮いた。
そのまま貢物の山の奥まで、にゅるにゅると運ばれていく。
「おい! 離せや、この野郎!」
手足をバタつかせると、奴の爪が俺の首に食い込んだ。
熱い血が流れていく。
「くそっ、抜け出せねえ」
首の変なツボを押さえられているせいか、身体が言うことをきかない。
ドガッ。
数千以上もの貢物の山の奥に、俺は投げ捨てられた。
「いってえな!」
悪態をつきながら立ち上がる。
そこには、キラキラ輝くデカい御殿がそびえたっていた。
「なんだよ、ここ」
御殿の正面には大きな両開きの扉があり、扉は大きく開け放たれている。扉の両脇も貢物でいっぱいだ。
建物の中には、金銀財宝やご馳走が所狭しと並んでいた。
「おい! なんなんだよ、テメエ!」
叫びながら振り向くと、聖女だか魔王だか知らん人影が、ニタニタ笑いながら俺を見下ろしていた。
デケエ。
改めてよく見ると、コイツ、身長2メートル以上はありそうだ。
<ワタシ、ノ、シンロウ、ニ、アイサツ>
クソデカ聖女魔王の手がにゅるにゅる動いて、俺の背中をドンと押した。
倒れこむように御殿へ入る。
ト、ト、ト、と入った御殿の中はひんやりして、異臭が少し和らいでいた。
ぼんやりした灯りに照らされ、奥の方で誰かが座っているのが見える。
――魔王の新郎、か?
どんな奴なんだ、と目を凝らしてみる。
目の前から、ガシャン、と手錠の音がして、奥に居た誰かが立ち上がった。
「た、助けてくれ」
そこに居たのは、白に近い金髪の、端正な顔立ちをした、若い人間の男だった。
「あ」
――国王だ。
城で見た。間違いない。
憔悴しきった顔をしているが、この整った顔立ちは正しく国王。
国王は相変わらず、ド派手な勲章や装飾がギラギラ付いた軍服を着ている。
その両手両足は鎖で繋がれ、自由はなさそうだ。
「国王が、……新郎?」
俺の呟きに、国王がその綺麗な顔をゴブリンのように醜く歪めた。
魔王の結婚式。
連れ去られた国王。
……ちょっと待て。
「国王は、魔王との結婚のために連れ去られた――?」
国王の様子を見るに、国王が自ら望んで結婚に応じたとは思えない。
魔王が一方的に国王との結婚を望み、国王を連れ去った。そう考えるのが自然だ。
いや、それだけじゃない。
俺は、聖女の姿をしている魔王に目を向けた。
――コイツ、なんで聖女の姿をしている?
魔王、というからには、魔物のはずだ。
それなのに、聖女の格好をしているということは、それは、つまり。
――合成?
そう、なのか?
魔王は、国王と結婚するため、聖女と合成した。
人間の肉体を使って、人間の国王と愛し合うために、人間の女と合成した。
そうだとしたら、魔王は聖女じゃなく、カレンと合成していた可能性だってあった?
カレンの身体を使って好き勝手して、国王を拉致して監禁して、こんな気持ち悪い結婚式を――。
「魔王、テメエ!」
カッと頭に血が登る。
「やめなさい!」
魔王に向かって拳を構えた俺に向かって、後ろから国王が制止した。
「なぜですか!」
「駄目だ、人間がかなう相手ではない。正面から戦いを挑んだところで、返り討ちにあうのがオチだ。頼むから、一旦冷静になってくれ」
国王は額に汗を浮かべ、俺に懇願する。
魔王に向けた俺の背中には、ヒリヒリした威圧感が突き刺さっていた。
気配だけでこの圧力。
チッ。
俺は舌を鳴らし、国王の元へ駆け寄った。
「国王陛下。俺は聖枢機院の使いです」
俺がふところから教皇の証を取り出すと、それを見た国王は目を潤ませた。
「よく来てくれた。……本当に、感謝する」
国王が張りの無い笑みをこぼす。
国王の頬はこけ、肌の色つやもくすんでいた。
はじめて見たときには綺麗な男だと思ったが、今ではみすぼらしく、小汚い男に見える。
ただ、瞳だけはキラキラと輝き、俺に希望の光を見出そうとしていた。
「それで、どう帰るのだ? 作戦は?」
期待の眼差しを受け、一瞬言葉に詰まる。
「申し訳ありません。まだ、未定です」
正直に返事をすると、国王は長めに息を吐いた。
落胆した国王が、その場にドサッと倒れこむ。
「国王……」
それを見ていた魔王の手がスゥゥと伸びてきて、国王の頭を撫でた。
サワサワ、サワサワ。
国王を慈しむような魔王の手の動きが、俺の心をざわつかせる。
<アイサツ、オワッタカ>
魔王の手が、俺の首根っこを掴んだ。
<カエレ>
ブンッ!
と強い力がかかり、俺は魔王の手でポイッと遠くへ投げ捨てられた。
ビュウウウウと吹っ飛ばされ、問答無用で俺の視界から国王の御殿が遠ざかる。
「チッ! 手荒い真似してやがって!」
受け身を取って着地したときには、国王の御殿はおろか、魔王の拠点からも遠く離れた参列者の列まで飛ばされていた。
どんな怪力だよ、クソ魔王!
「なめやがって!」
俺は足に力を込め、ふたたび全力で魔王の拠点へ飛びかかった。
とりあえず、国王の元へ!
だが、前方から魔王の手がにゅるっと伸びてくる。
――まずい。
よける間もなく、俺はボディに魔王の平手打ちをくらった。
――ドガガガガガン!
その勢いで、数百メートル離れた岩肌に身体を打ち付けられる。
「ぐはぁ」
ゴロロ、バララと岩が砕け落ちる。俺も、その上に着地した。
ピキッと足に激痛が走った。腰、背中、腕。身体中がヒリヒリ痛む。
魔物の肉を食って肉体を強化していなかったら、即死レベルだ。
「チッ。これじゃ近づけねえ」
国王奪還。
それが簡単ではないと思い知る。
参列者の行進を眺めながら、俺はその場に立ち尽くしてしまった。
『レノ殿!』
魔王の拠点から、メロが翼を広げ、バッサバッサと飛んでくる。
メロの背には、ぐったりしたピィが乗っかっていた。
「無事か、お前ら」
『レノ殿も無事でなによりだ。だが、ピィの様子がおかしい』
ピィは酷い汗をかき、ぐったりとうな垂れている。
呼吸はあるが、荒い。
『一旦、建築した村へ戻ってはどうだ。結婚式はまだ続く。体制を立て直すべきではないか?』
たしかに、その通りだ。
体制がどうのというより、そもそも国王を奪還する手立てが浮かばない。
考える時間が欲しい。
意識のないピィも気になる。
「……仕方ねえ」
俺はメロを抱き寄せると、村に向かって高速で駆けた。




