結婚式へ4
俺は、連れてきた魔物たちへ一斉に指示を出した。
「おい、テメエら! ここに拠点を作る! テメエらの村だ! この赤い石は、村の守り神! テメエらは命をかけてこの玉を守りやがれ!」
数百匹の魔物たちは俺の声にピクリと顔を動かし、赤い石をそれぞれ視認する。
グルルル。
キエェェェ。
唸り声をあげた魔物たちは、周囲の様子を伺い、動き始めた。
「あれ? どか行っちゃうネ」
『整地をはじめるようだな』
ゴゴゴゴゴと大きな音をたて、力のある魔物たちが地面を平らにしていく。
故郷の村に引けを取らないほどの広大な土地に、数百の魔物。
魔物たちは我が物顔で土地に手を付けた。
『しかし村を作るとは。大胆なことをしよる』
「石を守るためだからな。カレンのためなら何だってしてやる」
鋭い爪をもつ魔物たちが、ズガガガガと巣穴を掘っている。
バキン、ズガン、ドガン。ヴァルグリオスの解体も始まった。
ゴツくて頑丈なヴァルグリオスの骨は、赤い石を守るバリケード作りに丁度いい。
モグラ型の魔物は土を掘り、水脈を引き当てた。湧き出る水は水路づくりに生かせるだろう。
植物を司る魔物たちは田畑を作り、大地を司る魔物は巨大な岩で建造物を造っている。
――意外とマトモな村ができそうだな。
――っつーか、ここに住んでも良いレベルかもしれない。
さまざまな方向から同時に建設されていく村は、あっという間に形になってきた。
巨大な鳥型ドラゴン、ヴァルグリオスの蒸し焼きもまだ残っている。
数日ここを拠点にして、俺自身の戦力を強化するのも良いだろう。
「おい、メロ。魔王の結婚式ってのは、いつまでに到着すればいいんだ?」
『いつでも良いと思うぞ』
「は?」
なんだ、その意味不明な返事は。
「急いで行かなくて良いネ?」
『良い、良い。式なぞ1、2か月続くものだ。好きなタイミングで行けば良い』
「ずいぶん長ぇ式だな」
『好きなタイミングで伺い、貢物をささげ、挨拶して帰る。それが結婚式というものよ』
たったそれだけのために行くのかよ。
面倒くせえイベントだ。
が、国王を奪還したいだけの俺には関係ねえ。
「じゃあ、数日ここにとどまるぞ。いいな?」
「おけネ! ウチもおうち造るネ!」
『うむ。問題ない』
そんなこんなで、俺たちは3日ほどその場にとどまった。
俺は三日三晩、たらふくヴァルグリオスの蒸し焼きを食った。
おかげで、すっかり筋肉も増強されている。
同時に五感も鋭くなった俺は、魔物どもの異臭が気になって仕方なかった。
やむを得ねえ。
面倒だが、魔物どもに入浴のルールをつくる。魔物どもに人間らしい生活を教えてやると、少しはマシになった。
って、俺は一体、何をしているんだ。
そして、四日目の朝。
「さて、と。そろそろ行くか」
俺たちは、ついに魔王の元へ向かう。
俺は両手いっぱいに貢物の石を抱えた。
「よし。ピィ、メロ、アレキサンドリア。俺に掴まれ」
「ピ? なんでネ」
『どこを掴めというのだ』
『実体のない私もですか、レノ様』
「いいから、さっさとしろやテメエら」
困惑しながらピィが俺の腰に手を回し、メロは俺の頭上から覆いかぶさった。
アレキサンドリアはエネルギー体であることを生かして、ピィやメロと俺とのすき間にズルリと入り込む。
「よし、行くぞ」
――ドンッッッッ!
俺は3人と貢物を抱えたまま、勢いよく駆けだした。
「ピ!」
『ウッ、息が』
バシュッと鋭く風を切る。
肥大化した足の筋肉が、人間本来の1000倍以上の力を出して加速する。
空気抵抗が鉛のように重く俺たちの身体を押さえつけ、俺はそれを切り裂く弾丸のように先へ進んだ。
「はや……すぎ……ネ」
風にあおられながら、ピィが無理に口を開く。
「喋らない方がいいぜ。舌を噛む」
トトトッと空間を飛び越え、チンタラ歩く魔物の群れをいくつも追い越して、俺たちはすぐに魔王の居住するエリアへと足を踏み入れた。
どんよりと重い空気が漂う岩山の奥。
切り開かれた山に無数の魔物が集っている。
デカい獣のような魔獣に、空を覆う翼の生えた魔物。
すべての魔物が貢物で身体の一部を輝かせながら、空間を埋め尽くしている。
――ここが、魔王の居住地。
死とエネルギーが混じった、クッセエ匂いがする。
数キロメートル先から、強烈な腐敗臭とピリピリする殺意を感じた。
他の魔物とは桁が違う。
自然と鳥肌がたった。
これが魔王の気配なのだろう。
『ここへ並び、順番に魔王様へご挨拶するのだ』
メロが魔物の大群を見ながら言う。
「は? そんな面倒くせえことしねえよ」
俺は貢物とピィ、メロ、アレキサンドリアを抱えたまま、さらに加速する。
「あのクッセエところに行きゃあ良いんだろ? チンタラしてられっかよ」
ドラゴンの頭を踏みつけ、大鷲のような魔物の背をジャンプ台代わりにして、ビョンビョン飛び進む。
くさい。
くさい。
くさい。
死の臭いが、血の臭いが、肺を腐らせるほど匂ってくる。
邪気が肌を刺し、ビリビリ痛む。が、気にせず突き進む。
岩肌の向こうに大きな焚火が見えた。
その周りにいくつもの秘宝が山積みになり、まばゆい光を放っている。
「あそこか」
強い死の臭いがした。
ハルナフトプとは比べ物にならないほど強い臭いに、吐き気を飲み込む。
焚火の奥に人影が見える。
そこに居たのは魔物ではなく、人間のシルエットだ。
俺たちはその100メートルほど手前にトンと降り立った。
「ピ……聖女、さま……ネ?」
「なんだと?」
抱えていたピィの身体が小刻みに震える。
次の瞬間、ピィは俺の腕からスルリと抜け出し、焚火の先の人影へと飛びかかっていった。
「聖女さま! 聖女さま! 私です、ベアトリーチェです! です、ネ!」
ベアトリーチェと名乗ったピィが、人影に向かって両手を大きく広げる。
向かいの人影がユラリと動き、ピィへ手を差し伸べた。
「聖女さ――」
聖女の手の先に、あり得ないほどのエネルギーが集まってくる。
煌々と光る手先。
「ピィ! 危ない! よけろ!」
俺が声を張り上げたその瞬間、人影の手の先から高濃度のエネルギーが発射された。
エネルギーは巨大な刃となり、ピィの身体を一瞬で貫く。
バシュン、ビチャビチャ、と嫌な音がした。
『ピィ殿!』
ゆらりと後ろへ倒れこむピィ。
エネルギーの刃はピィを貫くだけでは飽き足らず、近くの魔物十数匹の身体を突き抜け、大きな岩肌に激突して消えた。
刃の通りすぎた道すじに、無数の魔物の死体が転がる。
「ピィ!」
ピィの元へ駆け寄る。
地面で仰向けになっているピィは、うんともすんとも言わない。
ピィの身体にはデカい穴が開き、そこからドバドバと血液が流れだしている。
呼吸の音さえ聞こえなかった。
とめどない血が地面を赤黒く染め上げる。
『これを使え!』
メロが貢物の石を、ピィの身体に3つも4つも押しあてた。
「使えったって、どうやって使うんだよ!」
『そなたはエネルギーの流れが視えるのだろう。それをピィ殿の身体にまとわせ、修復するのだ』
「はあ? どういうことだよ。チッ。簡単に言ってくれるぜ」
石をおおうエネルギーのモヤは視える。
でもそれで、どうやってピィの身体を修復するって?
石を手にしてみたが、モヤを操れない。
修復なんてもってのほかだ。
『私が手伝います!』
アレキサンドリアがふわりと舞ってきて、石の周りをぐるぐる回る。
緑色のアレキサンドリアと、石の黄色、青、オレンジのモヤが染料のように混ざっていく。
混色のモヤがぐるぐると渦を巻く。
そのまま蛇のように、俺の腕をにゅるにゅると登ってきた。
『エネルギーをレノ様へお渡しします。レノ様はピィ様の身体を造るイメージで、このエネルギーをピィ様に流し込んでください』
「あ、ああ」
よくわからんが、とりあえずやってみる。
俺の腕に絡まる三色のエネルギー。
腕が燃えるように熱い。
このエネルギーで、ピィの身体を造る。造る。造る。
肉体を、血液を、エネルギーを、造る。
<キ、エロ。ジャマ、モノ>
キーーーンと頭に響く音がした。
頭にノイズが走り、ピィを再生するイメージがかき消される。
「クソ、なんだ?」
声のようなノイズは、明らかに人影が居た方向から発せられている。
顔を上げると、その人影が俺たちの目の前まで迫ってきていた。
――なんなんだよ、コイツ。
人影は明らかに人間の女性の姿かたちをしていた。
青白い肌に、肩につく程度の髪。清楚な顔をしているくせに、目は白目をむいている。
そして、とんでもなく臭い。
死と、呪いと、邪気。どす黒い感情を煮詰めたような空気が、人影から強く噴出している。
――聖女。
ピィはこの人影を見て、聖女だと言った。
魔王の元へ連れ去られた、聖枢機院の聖女? コイツが?
だが、コイツが生身の聖女とは思えない。ただの人間なはずがない。魔物と合成され、操られていると考えるのが妥当だ。
『レノ様、ピィ様の再生に集中してください!』
「チッ。わかってるよ」
そうは言ったものの、迫りくる人影の威圧感で手が震える。
まるで悪意が肉体を持ち、俺の身体を押さえつけているみたいだ。
気配だけで窒息しそうになる。
そんな中、傍観していたメロが俺たちと人影の間に立ち、人影に向かって言った。
『おやめください、魔王様』




