平和に暮らしたかっただけ3
「カレン……? カレン!」
前後左右どこを見てもカレンの姿はない。
血だまりは残っている。が、どこかへ伝うような跡はない。歩いてどこかへ行くとか、引きずられて連れていかれたとは思えない。考えられるとしたら、あのバケモンがカレンを――。
「ぐあっ、がはっ、あっ」
俺は胃の中身をビチャビチャとすべて地面にぶちまけた。
あのバケモン、カレンをどうした?
連れ去った? 食った? それとも?
何もわからない。バケモンがどこへ行ったのか、奴が何者かもわからない。少なくとも、人型の魔物なんて聞いたことがない。全部わからない。
火事は延焼を続けている。
この村にカレンがいるとは思えなかった。
カレンを探さなくては。
そのためにはまず、あのバケモンを見つける必要がある。
正体を突き止めて、追う。
俺はゴウゴウ唸る炎の音を聞きながら立ち上がろうとした。が、足に力が入らず、体重を支え切れない。よろめいて血だまりに手をついた。俺の手がカレンの血でベットリ染まる。ぬるりとしたこの感触だけが、カレンの残したぬくもりだ。
ふざけんなよ。
こんな、ちっぽけになっちまってよお。カレン。
ギリリと歯を食いしばる。
あの野郎、絶対見つけ出してカレンを奪い返しボコボコのハチの巣にして地獄を味わわせてやる。
俺は血の付いた地面をぎゅっと握り無理やり立ち上がると、村はずれの教会を目指した。途中、バラバラになった男の遺体から小刀を一本頂戴し、腰に差して歩いた。
教会の電気は消えていた。
こんな小細工で魔物が襲ってこないとでも思ったか。馬鹿が。
教会の扉を押すが、開かない。施錠し、バリケードを組んでいるのだろう。そこが突破されていないということは、魔物はここまで来なかった、みんな無事ということだ。
俺は大声を上げた。
「ウルフは撤退した! 開けてくれ!」
教会の上部の窓がガタンと開く。中から男が顔を出した。
「本当か? ……って、レノじゃないか! おまえ、よく無事だったな。良かった」
「良くねえだろ。村は壊滅だ。死体もゴロゴロ転がってる」
俺の返事に男は絶句する。
俺は気にせず続けた。
「そんな事より、テンプル・キーパーを呼んでくれ。聞きたいことがある」
「ホシノ様に? ……ああ、わかった。待っててくれ」
ホシノを待つ間、俺は村の方向を眺めた。
未だ真っ黒な煙がもくもくと上がり、空を埋め尽くしている。焦げた臭いはここまで強く匂っていた。
魔物による大規模な襲撃。
悪夢でも見ているようだ。
今までだって、魔物の一匹や二匹、森から迷い込んできたことが無かったわけじゃない。村で生きている以上、危険はつきものだ。
だが、魔物が大群で村を襲うことなんて無かった。
何かがおかしい。何かが、この世界に起こっている。
ガチャガチャと扉の向こうで物音がする。
ずいぶん長いこと物音を立ててから、ようやく扉が開いた。そこから、十字架の刺繍入りローブを羽織ったホシノが出てくる。ホシノは村の教会を守る聖職者だ。
高齢のホシノは襲撃の恐怖からか普段よりもおぼつかない足取りで歩を進め、俺に倒れこむようにしがみついた。
「おお、おお。無事で何よりだ」
そう言うホシノの声が震えている。
「キーパー、この世に人型の魔物って存在しますか」
「……なに?」
「人型の魔物です。人間のように行動して、人の言葉をしゃべる魔物」
ホシノは口をだらしなく開いて俺を見ている。理解が追い付かないのか、俺の「キーパー?」と問う声にハッと正気を取り戻した。
「それは、本当に魔物か?」
ホシノは、ただのクズ人間の話か、と問いたいのだろう。
だけど俺の鼻の奥には、あのバケモンが放つキツい死臭がこびりついている。人間とは思えない速さで俺の前に現れ、去って行った光景が、この目に焼き付いている。
「間違いなく魔物です。村を襲ったのも、そいつの策略だと思います。マウントウルフをペットだと言っていた。何か目的があって村にウルフを放ったとしか思えない」
俺はギリリと歯を食いしばった。
あんな奴のせいで、カレンは――。
ホシノが震える手で俺の腕を揺らす。
「本当か。本当にそんなことがあるのか」
ホシノの瞳に、燃え盛る村の光景が映って見えた。焦げた臭いが強くなった気がする。
「王都の聖枢機院へ報告した方が良いだろう。人型の魔物。我々には想像もできないが、聖枢機院ならば何か情報を持っているかもしれぬ」
ホシノは振り返って、教会の奉仕者を探した。教会の使いとして、そいつを王都へ派遣する気なのだろう。
「キーパー」
俺はホシノの動きを遮るように強い声を出す。
「俺が聖枢機院へ行っちゃ駄目ですか。俺はこの目で人型の魔物を見た。話もした。報告には俺が適任です」
俺の提案にホシノの瞳が揺れる。
俺は教会の人間ではない。いち村人が、聖枢機院で受け入れてもらえるとは限らない。馬鹿げた提案だと思っただろう。
だが俺に引く気はなかった。
カレンを取り戻すにはバケモンを知るしかない。バケモンに辿り着くルートは、今の俺にはこれしかないのだ。
ホシノは眉をひそめたまま、少し考えて言った。
「そう、だな。おまえに頼むしかないだろう。ああ、レノ、おまえに祝福を授ける。準備を整え、明日村をたちなさい」
ホシノが俺を教会内へ誘導する。
俺はグッと拳を握った。
本当は、一刻も早く王都へ向かいたい。だが、教会の印を押した請願書のひとつでも持たねば、門前払いされるのがオチだ。
冷静になれ。キーパーの意見に従うべきだ。
俺は身体についた死の臭いをかき消すように頭を強く振り、教会へ足を踏み入れた。




