魔界で食事トレーニング5
「おい、ドラゴン。なんかオマエ、だいぶ小さくなってねえか?」
俺はさっきまで、全長15メートルほどのドラゴンと対峙していたはずだ。
だが、しかし。
目の前に居るドラゴンは、どう見ても足の先から頭のてっぺんまで、合わせて3メートルくらいの背丈しかない。
「……えぇと、大丈夫か?」
コイツ、めちゃくちゃ縮んだよな?
なんで?
さすがに15メートルが3メートルになるなんて、あり得ないだろ。別ドラゴンかと疑いたくなる。
俺は腕を組んで、ドラゴンにそろりそろりと近づいた。
ドラゴンの目の前に立ち、奴の顔を見上げる。
よく見ると、ドラゴンの首には大きな穴がポッカリ開いていた。
俺が体内から脱出したときの穴だろう。
『大丈夫なわけあるかあぁぁぁぁぁ!』
ドラゴンはスースースースー言いながら泣き喚いた。
『貴様! 貴様! 我の大事な生命力を食いおったな! 貴様のせいで! 貴様のせいで我は! 我はあぁぁぁ』
「おいおい、泣くなよ。男だろ?」
『我は女だ! ぴえぇぇぇん!』
「は、女? ……あぁ、そう。そりゃ、悪かったな」
俺はドラゴンの腰をポンポン叩いて慰めた。
いや、女ってガチか。初老のオッサンかと思ったぜ。
異種族の性別はどうにもわからない。
『貴様が我の生命力を! 生命力をぉぉ! うわぁぁん!』
「おい、泣くなって」
『泣くに決まっておるわ! こんなにも縮んだのだぞ! こんなにも!』
「いや、小さい方が可愛いんじゃねえの? 知らんけど」
『え……、か、可愛い?』
ドラゴンの表情がパッと華やぐ。
おい、何ときめいてんだよ!
ドラゴンは急に手をモジモジさせ、俺にすり寄ってきた。
なんだ、そのアピールは。
俺に「魔物フェチ」みたいな趣味はねえからな。鬱陶しい。
「はあ。とりあえず、なんか飯でも食って元気出そうぜ」
俺が話題を変えると、隣でピィがピョコンと跳ねる。
「メシ、良い案ネ! レノ、メシとてくるネ! 女の子泣かせた罰ネ!」
「はあ? なんで俺が」
『ぴえぇぇぇん、我の身体があぁぁぁ』
「ほら! ドラゴン泣いたネ! レノ、女の子泣かす、良くないネ!」
「いや、嘘泣きだろ。さっき泣き止んでたじゃねえか」
『ぴえぇぇぇん! こやつ、我を嘘つき呼ばわりしよったぁぁぁ! うわぁぁん!』
「あー! レノ、また泣かせたネ! 悪い奴ネ!」
ドラゴンはさっきまでの威勢はどこへやら、えんえん泣き真似を続けている。
その隣でピィが、両手を腰にあて、プンプンと頬を膨らませていた。
……クソ。めんどくせえ。
女二人を相手にすると、どうにも厄介だ。
「へえへえ、わかりましたよ。俺が狩ればいいんだろ、俺が」
「そうネ! さっさと行くネ!」
『ぴえぇぇぇぇん! 美味い飯をたのむ! ぴえぇぇ!』
ああ、ウゼエ。
だが言い争うのも面倒だ。俺はトンッと軽く地面を蹴って、狩りに出発した。
まあいい。
ドラゴンの玉を食って得た能力も試してみたいし、丁度いいだろう。
トンッ、トンッ、トンッと走る。
一歩足を踏み込むだけで、10メートルは前進した。
ゆるく走ってこれだ。全力を出したら、3倍は速く走れるだろう。
どんどん人間離れしていく身体に、ニヤリと笑みがこぼれる。
――キンッ!
鋭い音がした。
獣が歯を噛み合わせる音だ。
場所は、30メートル先の森。
加速する。
走りながら、森に視線をおくる。
緑色の草木の合間に、ぼやっとしたモヤが見える。
――いるな、そこに。
モヤの色はオレンジに近い赤。好戦的な色だ。俺に気付いて、待ち構えているのかもしれない。
いい度胸じゃねえか。
俺は口を尖らせ、細く、鋭く、ドラゴンブレスを吐いた。
ドラゴンブレスは針のように尖り、草木の合間を抜け、影に隠れる獣へ一直線に飛んでいく。
――ブシュッ。
肉を裂き、骨を砕いて、血しぶきの飛ぶ音が聞こえた。
俺の放ったドラゴンブレスは、俺の狙い通り獣の眉間を貫通して、一撃で獣を絶命させている。
楽勝だ。
そこに居たのは単体のグリムボア。
俺はでっぷり太ったグリムボアを肩に担ぎ、あたりを見回した。
「これだけじゃ物足りねえな」
せっかくドラゴンを食ったんだ。
もっと手ごたえのある奴を狩りたい。
どこかに丁度いい獲物はいないかと、耳を澄ます。
森の奥で、ザワザワとした聞きなれない音がする。
何か居るな。
「行ってみるか」
何が居るのかは知らねえが、俺はトトッと駆け出した。
聞こえてくるざわめきは、人間が音として拾える周波数ではなさそうだ。もっとずっとキンキンして、いかにも魔物っぽい。
というか、この音。
――ハルナフトプの声に似ている。
もしかしたら、ハルナフトプに近い種族が居るのかもしれない。
ぞわり、と鳥肌が立った。
あの、腐れ死神野郎。
一発ぶん殴らねえと気が済まねえ。
心の奥に潜んでいた怒りや不快感が、沸々とわき上がってくる。
数百メートル進んだところで、ざわめきがだいぶ大きくなってきた。
だがそのざわめき周辺からは、ハルナフトプとは違い、死の臭いや不快な気配は一切しない。
爽やかだ。
どちらかといえば、大自然の中を散歩しているときのような、心の洗われる感じさえする。
ざざめきにだいぶ近づいた。
そろそろ慎重に距離を詰めた方がいいだろう。
俺はその場にグリムボアを置き、自らの気配を消した。
草木に隠れながら、ざわめきの元へゆっくり近づいていく。
そろり、そろり。
――さわさわさわ、さわさわさわ。
聞こえてくる大きなざわめきは、ハープの演奏のように心地よい。
緊張感が緩みそうになる。が、油断している場合ではない。
木の陰から、ざわめきの震源地を覗き込む。
木々の間は、あたり一面が緑のモヤにおおわれていた。
――誰もいない?
けれど、ざわめきは確実にこの辺りから聞こえてくる。
モヤを頼りに、音の出どころを突き止めようとしたものの、やはり視認するのは無理だ。
ボワワワワ。
ざわめきが急に大きくなる。
「っ! なんだ!」
ピッと身体に変な感覚が走った。
身体が動かない。
全身が急に麻痺したみたいだ。指一本たりとも、ピクリとも動かせない。
俺は木の陰から少し身を乗り出した姿勢のまま、一歩も動けずにいる。
――まずい。
これが誰かからの攻撃なら、非常にまずい。
無防備すぎる。
間違いなく殺られる。
たらり、と汗が垂れる。口の中が急激に乾燥してきた。
――落ち着け。
まず、動けないのは何故か、考えろ。
誰かの攻撃か?
それとも、なんらかの罠を踏んだか。
見極めようとしたところで、おかしなものは何も見えない。
――何もない?
――いや、そんなわけあるか。
――見えないなら、感じろ。エネルギーを、五感で!
俺は視覚を遮断した。
目で見るのではなく、皮膚、鼻、耳、すべての感覚を使って、世界のエネルギーを全身で感じる。
意識の中で、自分のエネルギーを緑のモヤにぶつけた。
モヤに触れた瞬間、モヤの意識が俺に流れ込んでくる。
『おまえは何者だ』
『我らの生活を邪魔するな』
『出て行け、出て行け』
いくつもの自我が、俺に攻撃的な感情を向けている。
そのたび、俺のエネルギーは、ブチッ、ブチッと弾かれるような感覚を受けた。
『消えろ、消えろ』
『来るな、来るな』
まるで大勢の人たちから一斉に指を刺され、非難されているみたいだ。
精神的に追い詰められるような不快感が、俺の心を支配する。
――うぜえな。テメエらこそ何者なんだよ。
心をグサグサと刺されたような気持ちになりながら、俺は反抗的なことを思った。
その瞬間、緑色のモヤモヤたちが一斉にギョッとしたのが伝わってくる。
『なんだ、お前』
『話せるのか』
『話せる獣は珍しい』
『我らの村へ何をしに来た?』
『お前は何者だ?』
――ん? なんだ?
――もしかして、心の中同士で会話ができてる?
俺がそう疑問に思ったとき、モヤが『そうだよ』という感情を俺に送ってきた。
そう、なのか。
変な気分だ。
なんというか、やりづらい。
というかコイツら、実体はないのか。
『ないよ』
心の中の呟きに返事をされて、俺は心の中でさえ閉口してしまった。
『我々は魔力エネルギーの集合体。肉体という概念がない』
なんじゃそりゃ。
わけわかんねえ。




