魔界で食事トレーニング4
『これから、魔王様の結婚式が執り行われるのだ』
シューシュー息を漏らしながらドラゴンが言った。
……は?
「おい。テメエ馬鹿にしてんのか? 1ミリも『良い話』じゃねえじゃねえかよ」
俺は立ち上がり、ドラゴンの首に埋まった球体に向かって手刀を構える。
『ま、待て待て待て! 話は最後まで聞くのだ! 結婚式にはな、全魔界の魔物たちが貢物を持ってくるのだ!』
「だから何だ」
『貢物の中には、生贄もある。むろん、粗相があってはいけないので、みな余分に持ってくる。高価で、高級な、食べるための魔物を、山ほどだ』
「はあ、なるほど。ってことは、そこを襲撃すれば、俺は無限に魔物を食えるってわけか」
『その通り! どうだ、有益であろう!』
たしかに魔物を沢山食えるのは魅力的だ。
だが。
「馬鹿言ってんじゃねえぞクソドラゴン。そんな魔物の群れに突っ込んだら、危険じゃねえかよクソが」
俺は球体のすぐ真横の筋肉にパンチを10発ぶち込んだ。
『ふっ、ぐっふうぅぅ』
パンチをお見舞いするたび、ドラゴンがうめき声と共にブルブル震えた。
傷ついた血管からしたたる血を、飲み水代わりにゴクゴクと飲む。
「おいテメエ。俺を魔物の中にぶち込んで、殺そうって考えか? ああ? テメエ、俺をそんな馬鹿げた作戦で騙せると思ってんのかクソが。おい、雑魚! もう譲歩は無しだ」
『ヒッ! そんな!』
ドラゴンの首に埋まる球体が、怯えたように青く輝く。
おい、ビビってんじゃねえぞクソが。
俺を騙そうとするヤツに生きる権利はねえんだよ。
この玉を一突きで仕留めて、ドラゴンブレスで炙って食ってやる。
『ままま待て、待て。生贄だけではない。金銀財宝も沢山あつまる。各地に眠る秘宝もだ』
秘宝、という言葉に、俺は手を止めた。
『人間どもは知らぬだろうが、魔界にはあちこちに魔力の結晶化した秘宝が眠っておる。力が強くなる秘宝、不老不死の秘宝、さまざまな秘宝が魔王様の元へ集まるだろう』
「不老不死……本当に実在するのか?」
『おお、気になるか? もちろんだ。竜玉もいわば生命力の塊。長く生きたドラゴンは、死に際に不死の竜玉を残すと言われておる』
不死。
じゃあ、カレンは――?
「おい、ドラゴン。不死の竜玉ってのは、死んだ人間を生き返すこともできるのか?」
俺は目の前の球体を眺めながら言った。
球体はまた七色に輝いている。
ドラゴンがフゥゥと空気を漏らしながら唸る。
『死んだ者、か……本人に生きたいという意志があれば、アンデッドとして復活できるかもしれぬが、どうだろうな。こればかりは試してみるしかあるまい』
「……そうか」
生きたいという意思。
あるよな、カレン。
でも、あったとして、カレンはアンデッドとして復活したいのだろうか。
ウジまみれの足で、フラフラ歩く未来を、カレンは本当に望んでいるか?
俺は強く頭を左右に振った。
余計なことは考えるな、俺。
俺はカレンを助けたい。その一心でここまで来たんだろ?
だったらそれを貫けばいい。
カレンがまた動けるようになるなら、なんだってする。
だって俺、お兄ちゃんだから。
そうだろ?
「おい、ドラゴン!」
俺はドラゴンの脳に向かって叫んだ。
「お前、手ぇ貸せ」
『おお、協力か。どのような協力だ』
「俺はその不死の竜玉か、あるいは、死者を生き返す何かが欲しい。手に入れられるよう協力してくれるなら、ここでお前は殺さない」
『もし、断れば?』
「今、俺の目の前にある球を奪って、テメエをぶっ殺す」
ゴゴゴゴゴ、とドラゴンが動いた。
草原に倒れていたドラゴンは、改めて草の上に座り直している。
その振動の間、俺はドラゴンのアゴの筋肉につかまり、やりすごした。
『よかろう。協力しよう』
「あ? なんだテメエ。何が『よかろう』だ。調子乗ってんじゃねえぞ。自分の立場わかってんのか、テメエ」
『ヒェッ』
「上から目線になってんじゃねえよ。そこは『協力させてくださいお願いします』だろクソドラゴン。立場わきまえろや」
『…………協力させてくださいお願いいたします』
「フン。最初からそう言え、馬鹿が」
俺は納得するようにウンウン頷きながら、ズボッ! と、手刀を目の間の球体に刺した。
『ぐ、ぐわあぁぁぁぁ貴様っ! 何を!』
球体は真っ二つに割れ、それぞれ七色にキラキラ輝いている。
「食わねえとは言ってねえだろ、馬鹿が。半分くらい寄こせよ。俺は自分を強化してえんだよ」
俺はそう言って、球体の半分をガリガリ食った。
もちろん、残り半分はドラゴンの身体に残したままだ。
球体の表面はガチガチに固まった飴のようで、中はゆるいゼリーのようにトロッとしている。
甘味が強くて、デザートみたいだ。
「うん。まあまあイケるじゃねえか」
『ぐ、ぐあ、ぐあ、ぐああぁぁぁ』
「うるせえなあ。大丈夫だよ、半分は残しといてやっからよ。死にはしねえだろ?」
――ん?
球体の半分をガリガリ食っていたら、急に自分の居る空間が狭くなってきた。
ドラゴンの筋肉が四方八方から迫ってきて、俺をギュウギュウ締め付けてくる。
「なんだ?」
俺は今、ドラゴンの顔面をほじくり、喉のあたりまで進んできていたはずだ。
だが、よく見れば、俺の通ってきた筋肉の穴はどんどん細くなっていき、今にも脱出不能になりかけている。
「やべっ」
脱出しようと足に力をいれる。
しかし足の先は筋肉の収縮に巻き込まれ、筋肉の溝から抜けそうにない。
――まずい、潰される!
そうこうしているうちに、ドラゴンの筋肉は俺をギュウギュウ押し潰し始めた。
「チッ! クソがあぁ!」
もはや、手も足も動かせるスペースは無い。
動くのはせいぜい口だけだ。
出口もない。
すでに360度、すべて筋肉でおおわれてしまっている。
――死ぬ? こんなところで?
――ふざけんなよ。死んでたまるかよ。
だったら、出口を造るまでよ!
ゴオォォォォォ!
俺は渾身の力で口から息を吐き出した。
鋭いドラゴンブレスがドラゴンの筋肉を切り裂き、人ひとり出られるだけの穴が開く。
「ウラウラウラウラウラウラァ!」
俺は手足すべてに力を込め、絡みつく筋肉を無理やり引き千切った。
手足が自由になる。
俺はドラゴンの筋肉の壁を思い切り蹴って、ドラゴンブレスで開けた穴めがけて飛び込んだ。
ポンッ!
と、外へ飛び出た俺は、ドラゴンの肉体から離れ、宙を舞っていた。
――出られた!
地上にいたピィがグッとジャンプして、俺の身体をキャッチする。
「レノ! 無事ネ?」
「ああ、おかげさまでな」
「それはよかたネ!」
ピィはニコッと笑って、俺を抱えたままくるりと一回転して地面に着地した。
危うく、ドラゴンの体内ですり身にされるところだった。
クッソ、あのドラゴン野郎!
人を体内に閉じ込めようなんて、雑魚の癖にウゼエことを考えやがって!
「おいテメエ、このクソドラゴン!」
ドラゴンの方へ振り向いた俺は、目の前の光景を見て、そのまま開いた口がふさがらなくなってしまった。




