魔界で食事トレーニング3
俺の視界が、パッと明るくなる。
――なんだ? 視力が強化されたのか?
目玉のなくなったドラゴンの目のくぼみの中で、俺は自分の身体に意識を向けていた。
ドラゴンに振り落とされないよう、目の周りの骨につかまりながら、遠くの草原を見る。
遠くに、草をわけて飛び回るジャックラビットの群れが見えた。
――ん?
だが、なにかおかしい。
ジャックラビットの身体の周りに、それぞれモワモワした空気の層みたいなものが見える。
しかも緑やピンク、黄色など、個体によってその空気の層に違いがあった。
「なんじゃこりゃ」
ぐらり、とドラゴンの顔が動いて、俺は目玉の入っていた空間で踏ん張りながら自分の足元を見た。
「――って、うえぇ?」
俺の足が真っ赤に燃えている。
慌てて足を振る。
真っ赤なモヤは、俺の足に引っ付くように揺れた。
「ああ、なんだ。燃えてるわけじゃねえのか」
炎と見間違えたものは、ただの真っ赤なモヤだった。
モヤは俺の足をぐるっと覆っている。
いや、足だけではない。
胴も手も、俺の全身すべてが赤いモヤで覆われている。
「なんだ?」
このモヤ、実体があるわけではないようで、触れようと思っても触れられない。
霧や煙に手を突っ込むみたいな、なんとも言えない空虚感がある。
――でも、視える。
「魔力……、もしくは生命力、とか?」
よくわからんが、身体からにじみ出る何かが可視化されたのだろう。
これもきっとドラゴンの能力に違いない。
モヤにも個体差があるようで、ジャックラビットのモヤはぼんやりしているが、俺の全身をおおうモヤは濃く、範囲も広い。
俺の方が強い、ってことか?
『ウォォォ、貴様! 我の目を! 我の目をぉぉぉ!』
ドラゴンは相変わらず暴れ続けている。
「うっせえなあ」
ドラゴンの顔の周りも、よく見れば赤いモヤモヤが充満していた。
だけど、目玉を失った目のくぼみの中にはモヤがない。
ここだけポッカリ穴が開き、生気を失っている――やっぱりこのモヤは生命力と連動しているみたいだ。
『出よ! 出るのだ! 我が目から出るのだ! 豆粒!』
「やだね。なんでテメエの言うことを聞かなきゃなんねえんだよ」
『なんでとはなんだ! 良いから、出るのだ!』
ドラゴンが前後に頭をブンブン振る。
ったく、あぶねえな!
俺は足を踏ん張り、手でガッチリ骨を掴んでいた。しかし、どうしても身体が揺さぶられてしまう。
ブンッと振られた瞬間、俺はドラゴンの目のくぼみの奥、視神経が通るあたりに、ゴチンと頭を強打した。
「っいってえ!」
目がチカチカしやがる。
それと同時に、俺の頭に映像が流れ込んできた。
【黒いモヤに覆われた、ドロドロした生物】
【ドラゴンの半分くらいの大きさの、ドロドロした噴水みたいな生物だ】
【ドロドロの生物は、湖に映る自分の姿を見て泣いていた】
【自分の醜い姿を呪い、周りの生物を皆殺しにする】
【ドロドロの生物は泣いていた。愛されたいと、泣いていた】
揺れがおさまり我に返る。
――なんだ、今の映像は。
ドラゴンの記憶か?
視力が良くなって、余計なものまで見えるようになったのかもしれない。
嫌なモンを見たな、と思う。
身の毛もよだつほど禍々しい、あのドロドロの生物。
胃がムカムカしてくる。
この世の怒り、不安、不満をすべて混ぜ合わせたような、陰気な空気が脳にこびりついた。
『豆! 豆粒! 出てこぬか!』
ドラゴンは相変わらず、わめいている。
俺は姿勢を整えた。
「嫌だね。上から目線でモノ言ってんじゃねえよ。もっと食わせてもらうぜ」
ドラゴンの目の奥、むき出しの筋肉に、俺は爪を立てる。
「オラオラオラオラオラオラァァァ!」
筋肉を削る、削る、削る、削る!
舞い上がったドラゴンの筋肉をかき集め、もっしゃもっしゃと食べていく。
細く切り裂いた筋肉は歯ごたえがあり、噛めば噛むほど旨味がジワッと口の中に広がった。
「うめぇ……コリコリした弾力が癖になるぜ……細く切れば切るほどプチプチッとした歯触りがたまんねえな」
ゴクンと飲み込み、カッと目を見開く。
視神経に力がみなぎってくる。
目を凝らすと、ドラゴンの目の筋肉の奥に、キラキラと光り輝くモヤが見え始めた。
「なんだァ?」
うざったく光りやがって。
このクソドラゴンめ、体内に何を隠し持ってやがるんだ? 折角だ。正体を突き止めてやる。
俺は、ガアァァァと強くドラゴンブレスを吐いて、謎の光まで一直線に筋肉を燃やしていった。
『ぐ、ぐああぁぁぁ。や、やめぬか、やめ、やめ』
筋肉はゴウゴウよく燃えて、香ばしい匂いがドラゴンの顔の中に充満する。
「新鮮なドラゴン炙り。たまんねえな」
よだれが滴り、胃液がガンガン分泌される。
軽く焦げた匂いってのは、なんでこう、食欲をそそるんだろうな。
俺の胃袋は、さっき食べたウロコや筋肉をあっという間に消化していく。
ああ、食っても食っても腹が減る。
焦げ目がついた筋肉をガブリと食いちぎり、その奥めがけてゴォォとドラゴンブレスをお見舞いする。アツアツのドラゴン炙りをハフハフしながら口に放り込むと、自然と笑顔になった。
美味すぎる。
それを何度か繰り返している間、ドラゴンは息も絶え絶えにのたうち回り、しまいにはズドォォンと草原に倒れてしまった。
「うわっ」
目のくぼみから鼻の奥あたりまで移動していた俺は、ドラゴンが倒れる瞬間に筋肉のすき間へ飛び込んだ。
倒れた衝撃で怪我でもしちゃあ、かなわねえ。ドラゴンの筋肉をクッションにして、身を守る。
まったく、ドラゴンの野郎め。
図体ばっかデカい割に、たかだか顔面をえぐられたぐらいで倒れるなんて、雑魚すぎるだろ。最強面しているくせに、笑わせてくれるぜ。
『ヒィ、ヒィ、ヒィ』
ドラゴンの荒い息づかいが聞こえる。
まあ、ほっとこう。
一心不乱にドラゴン肉を食い進めていたら、ようやくキラキラ光るモヤに辿り着いた。
顔面の筋肉を食い進めた先、首に近いところに、よくわからない球体がある。
首の筋肉に守られた謎の球体は七色に輝き、その周りをキラキラした白いモヤがおおっていた。
「なんだこれ」
俺は手を伸ばし、球体に触れる。
『や、やめろぉぉぉぉぉ』
ドラゴンの咆哮が響く。
俺は両手で耳を押さえうずくまった。
喉に近い位置にいるから、ドラゴンの声の圧が半端ない。
頭の中がギンギンする。
「なんだよ。これ、そんな大事なモンなのか?」
俺はそう言って、足で球体をゴツンと蹴った。
ごうぅぅん、と衝撃が球体の中で響き、七色の光が波打つように動く。
『ぐああぁぁぁぁ』
球体の振動に連動するように、ドラゴンも苦しそうな悲鳴をグワグワと上げた。
どうやら、玉へのダメージはドラゴン自身のダメージになるらしい。
「もしかして、これ、テメエの生命の源かなんかか?」
そういえば昔、村のジジイが言っていた伝承がある。
どこかの国の姫さんが、竜の玉を取って来いと無理難題を言いつけて、悪徳貴族を撃退したとかなんとか。
竜の玉ってのは、竜の命や知性を司るものだと、そのときジジイは言っていた。
その竜の玉が、この球体?
ということはこれ、相当大事なものだな?
にんまりと、口角が上がる。
「これは食い甲斐がありそうだ」
俺はニヤニヤ笑いながら手を振り上げた。
指先に力をこめる。
「テメエの命、ありがたく頂戴してやるぜ!」
『ま、待て! 待つのだ豆粒……いや、人間よ! 良いことを教えてやる。だから待て』
「あ? なんだテメエ。適当なこと言って、命乞いしようとしてんのかコラ。ぶっ殺すぞ」
『よ、よいではないか! 悪い話ではない。聞くのだ。とりあえず、聞くのだ』
ドラゴンはずいぶん慌てている。よほど大事な玉らしい。
だが、まあ、聞いたところで損はないか。
くだらねえと思ったら、すぐにこの球体をミンチにして食ってやれば良いのだ。
このクソドラゴンの命は俺の手の中にある。
俺はドラゴンのアゴの筋肉の上に、あぐらをかいて座った。
「しょうがねえな。いいぜ。話してみろよ」
『あ、ああ。感謝する。実はな――』




