魔界で食事トレーニング2
大きな影は逆光で真っ黒だった。
だけど、わかる。
デカい頭。すらりと伸びた首。大きな翼が左右に広がり、威風堂々と鎮座している姿は、まさしくドラゴンだ。
「メインディッシュのお出ましだな」
「食べるネ? デカすぎるネ!」
俺とピィは二人して、高さ15メートルはあるだろうドラゴンの頭部を見上げた。
すぐ近くにそびえ立つドラゴンは、どこから降って湧いたのか、突如俺たちの前に現れたまま、じっと止まって動かない。
「まあ、さすがに一日じゃ食いきれねえかな」
「食う前に踏みつぶされそうネ」
石像みたいに固まっているドラゴン。
風を身体に感じ、大地のうねりを足で拾って、魔界の大自然を堪能しているように見える。
ドラゴンはちっぽけな俺たちに気付いていないのか、攻撃してくる様子もない。
好都合だ。
「今のうちに解体してやる」
俺は太ももに力を入れた。
――ズバンッ!
空気を切って飛び上がる。冷えた空気が火照った身体を冷やし、気持ちいい。
「レノ、すごいジャンプネ!」
地上からピィの声がする。
俺は頬をゆるめ、ドラゴンの足をめがけて、ゆるやかに落下した。
「よっと」
ドラゴンの膝あたりにトンッと足をつく。
赤黒く硬いドラゴンのウロコは、表面がザラザラしていて滑りにくい。足場として最適だ。
「けど、攻撃すんのは至難の業だな」
ウロコは一枚一枚が分厚いうえ、何枚も重なっていて皮膚がまったく見えない。
「すぅ……、フンッ!」
試しに手刀を入れてみた。
が、ウロコにガキンッと弾かれ、傷ひとつ付かない。
「なんだ、このウロコ! 硬すぎんだろ! ウッゼェなァ!」
どうやって解体すりゃ良いんだよ、クソが。
これじゃあ、いつまで経っても肉を食えそうにない。
ウロコか? ウロコをはぎ取って食えってか?
こんな硬ぇモン食えるかよ! 馬ァァ鹿!
「レノ―! だいじょぶネ?」
ピィが地上から俺に手を振っている。
なんで見てるだけなんだよ、アイツは。協力する気もねえのか。
チッ、イラつく。
俺はピィを無視して、ドラゴンの膝から頭を見上げた。
頭部までは膝から10メートル強。
攻撃が通りそうな部分といったら、あの目玉くらいだ。
しかしこのドラゴン。どこか遠くを見ながら、ボケッとしている。
ボケ老人みたいだ。
「どうすっかな」
目玉を攻撃しようものなら、一発で俺の存在がバレるだろう。
せっかく大人しくしているのに、わざわざ正面から攻撃を仕掛ける必要があるか?
「ってことはまず、気付かれにくい部位から食うべきだな。だとしたら――」
――ウロコだ。
これだけ何枚も生えているのだ。
数枚はがしたところで気付かれるはずがない。
よし。と、拳に力を込める。
「すぅぅ、フンッ! フンッ、フンッ!」
ウロコをガツンガツンとぶん殴る。
ガツガツガツガツガツガツガツ!
――ボロン。
ようやく、ウロコの一部が砕け落ちた。
「よし!」
俺は牙をむき、拾い上げたウロコにかぶりついた。
ガッ、ガッ、ガリッ!
――かってぇ!
ガリガリッ、ボリッ!
――でも、食える!
ボリボリボリボリ。
しかも何だこれ。
舌がピリピリする、刺激的な辛さだ。
「ヒッ、ヒッ、ヒィィ」
――ボワッ!
辛さを中和しようと一気に息を吐いたら、口から炎が出た。
「おわっ、なんだこれ。まさか、ドラゴンブレス?」
こいつを食うと、火が出せるのか! こりゃあ良い!
だけど火は、せいぜい50センチ程度まで出ると消えてしまう。
こんなんじゃ、焚火の着火くらいにしか使えねえ。
「っつーことはよぉ、もっと食えってことだよなァ! ウラウラウラウラウラウラァ!」
俺はウロコに無数の打撃を繰り出した。
ウロコはバキバキ音をたてて粉々になっていく。
砕けたウロコを寄せ集め、俺はそれをボリボリ食った。
口内が刺激でヒリヒリする。
辛くて熱い。
「すぅ、フアァァァァァ!」
辛さを吐き出そうとしたら、デッケエ炎が出た。
口のデカさの3倍はある直径の炎が、一直線に2,3メートル吹っ飛んでいく。
「レノ、すごいネ!」
ドラゴンの足元でピィがピョコピョコはしゃぐ。
「だろ?」
こりゃあ良い。
俺はドラゴンの膝に乗ったまま、膝のウロコを砕き続けた。
ガンガンボリボリ、ガンガンボリボリ。
砕いては食い、砕いては食い。
辛さが限界を突破すると、口から火を吐いて中和する。
ゴオォォォォ! と俺の口から放たれるドラゴンブレスは既に10メートルほどの飛距離を持っていた。
「とりあえずこんなモンにしとくか」
腹もいっぱいだしな。
俺はドラゴンの完食を諦め、足場にしていたドラゴンの膝から地面へ飛び降りようとした。
その時。
――バッッチィィーーーン!
ドラゴンの前足が、俺の頭上目掛けて飛んできた。
身体にまとわりつくハエを追い払うような動作だった。
「チッ! ようやく俺の存在に気付いたか。ドラゴンさんよお」
俺はとっさにウロコを踏みしめ、前足をよけるように高く高く飛び上がった。
「レノ! だいじょぶネ?!」
空中で一回転しながら、俺は「平気だ!」と叫ぶ。
身体がデカいぶん、このドラゴンは動作が遅い。
俺はドラゴンの前足を踏み台にして、さらに高く飛んだ。腕を駆けあがり、ドラゴンの肩までダッシュする。
ドラゴンは俺を振り落とそうと、必死に身体を動かしている。
「うっ」
ドラゴンの翼が大きく動く。
肩の筋肉が、つられて大きく前後に揺れた。
俺の足場もブンブン動く。
――落とされる!
俺はウロコにしがみつき、身を丸めた。
クソ。
ドラゴンの野郎、なんとしても俺を落としたいらしい。
続けざまに、ドラゴンがより一層大きく身体を振った。
遠心力で投げ出されそうになった俺は、ウロコのすき間に思い切り爪を立て、その振動をなんとか乗り切る。
『ええい! 猪口才な!』
ん?
シャーシャー、シャーシャー、空気の漏れるような音がした。
その音がなんとなく意味を持ち、言葉のように聞こえる。
「おいテメエ、今なんか言ったか?」
俺は数メートル先にあるドラゴンの顔に向かって問いかけてみた。
ドラゴンの頭部はぐるりと動き、俺の方へ目を向ける。
『貴様、人間のくせに我の言葉がわかるのか』
やっぱりシャーシャー空気の漏れた音がする。
コイツの口ん中、どういう構造してやがるんだ?
でも、言葉として理解できないわけではない。
俺は肩のウロコにつかまったまま、「ああ、わかるぜ」と返事をした。
「俺は魔物の力を吸収できる人間なんでね。言葉だけじゃねえ。テメエのドラゴンブレスも習得させてもらったぜ」
『ほう。あの小さな火のことか。あの程度で我のブレスを語るなど、片腹痛い』
ドラゴン野郎はシューシュー息を漏らしながら、俺を馬鹿にしたように笑う。
なんだコイツ。
ろくに喋れもしねえくせに、生意気言いやがって。
脳みそ沸いてんのか、このクソドラゴン。
「うるせえなあ。テメエをもっと食えば、俺だってもっとデケェ炎を吐けんだよ」
『食う! 我を? 貴様のような豆粒が? 笑止!』
ドラゴンはガハハハと笑って、炎を四方八方へまき散らした。
笑い声と一緒に炎を吐いてんじゃねえよ、危なすぎるだろ!
足元にいたピィはキャアキャア言いながら、ピョンピョン逃げ惑っている。
ドラゴンはゲラゲラ笑った。
『食えるものなら食ってみよ、豆粒めが』
「ああそうかよ。じゃあ、お言葉に甘えるぜ」
俺は足を踏み込み、ドラゴンの肩から高く飛び上がった。
食っていいなら食ってやろうじゃねえか。テメエの目玉をよォ。
ドラゴンの鼻先に着地すると、そのまま目の真ん前まで駆け寄り、目玉に手刀を打ち付ける。
「おらよっ!」
『うぐぅっ』
「おい! 目ぇ閉じてんじゃねえぞ、クソドラゴン! 食ってみろっつったのはテメエだろ」
『や、やめろぉ。目は駄目だ、目は。痛い! 痛い!』
「うっせえな。男に二言は無しだ」
俺はドラゴンの上下のまぶたを両手でこじあけた。
手刀でつけた切り傷に向かって、腹の底から息を吐く。
食らいやがれ。
――ハアアァァァァ!
直径50センチ程度のドラゴンブレスを、ドラゴンの目に一点集中させる。
ゴゴゴゴゴォォォと燃え盛る炎がドラゴンの角膜を溶かし、水晶体を破壊して、視神経を燃やし尽くす。
「どうだ、テメエのドラゴンブレスの威力はよお。良い感じに目ん玉焼けてるぜぇ?」
『ぐあぁぁぁ』
叫び声をあげながら、のたうち回るドラゴン。
俺はドラゴンの下まぶたに足を固定して、よく焼けた目玉を両手でズブリと取り出した。
「これが本当の目玉焼き、ってな」
ブリンとした目玉焼きを、もっしゃもっしゃと食べ進める。
ぶりんぶりんしたゼラチン質が多くて、目玉はするりと俺の喉を流れていった。
『目が、目があぁぁ』
「うっせえなあ。目ん玉ひとつ無くなったくらいで騒いでんじゃねえぞ、クソドラゴン!」
ドクンッ、と胃が跳ねる。
きたきた。
強化タイムだ。
次はどんな能力が強化されるんだ?




