人と魔物の融合4
「教皇の証?」
教皇はうなずき、ローブの内ポケットから宝石の付いた鏡を取り出して机に置いた。
「これじゃ」
年季の入った小汚い鏡。
……なんか、どっかで見たような。
「聖枢機院を司る4人の司祭には、それぞれその証が与えられる」
聖枢機院のトップである教皇には、すべてを司る赤い宝石の付いた鏡。
教皇の補佐を務める2人の司祭には、それぞれ黄色の宝石の付いた鏡。
そして聖女には、青い宝石の付いた鏡。
教皇が言うには、そのお偉いさんたちが自身の身分を証明するため、それぞれ鏡を持ち歩いているらしい。
――あ。
「おい、ピィ!」
思い出した。
ピィと出会ったときに見つけてきた、聖枢機院の十字架が刺繍された鞄!
あのなかに、教皇の鏡とソックリな小汚い鏡が入っていた。
ピィがそれを見て、涙を流していたじゃねえか。
「お前、拾った鞄どうした? あの中にあったろ、似たような鏡」
「あたネ! それ、教皇見せたネ! そしたら」
「ああ、あの鏡はまさしく聖女のものじゃった」
教皇がピィの言葉を引き取って言う。
「聖女は荷物を残し行方不明。そして聖女の付き人であるベアトリーチェは合成の餌食に。残酷なことよ。聖女はもう、魔界へ連れ去られたのだろうな」
――連れ去られた?
「殺されたとか、合成されたとかじゃなくて?」
なんでそう思うんだ? 俺は眉をひそめた。
聖女の付き人が合成されたなら、聖女だって合成されたと考える方が自然なはず。
――おかしい。
この街だってこれだけ大量殺戮が起きているのに、「連れ去られた」という発想になること自体が不自然だ。
なんなんだ?
もしかして、聖女になにかあるのか?
俺の表情を見た教皇が、フゥと息を吐いて誤魔化した。
「聖女の安否はともかく、今は国王陛下じゃ。この鏡を持ってゆけ、レノ。そなたが教皇の使いであることを示せる」
まあ、たしかに聖女のことなんて深追いする必要もねえか。
俺は鏡をポケットに突っ込み、ウルフ肉をガブリ、ガブリと3枚食べた。
――ピキッ。
筋肉に電流が走ったような、鋭い痛みを覚える。
「……?」
――ピキピキッ、ピキッ!
胃から胸。肩。腕。指先。尻。もも。つま先。すべてに電流がピキピキ流れていく。
「レノ? どうしたネ」
隣に座っていたピィが、異変に気付いて俺に話しかけた。
同時に危険を察知し、ピョンッと後ろへ飛びのく。
「レノ?」
腕が熱い。
いてもたってもいられない。
身体を、動かしたい。早く!
俺は衝動のまま腕を力いっぱい振り上げる。
――ブゥゥンッ!
俺の手は風を切り、音が遅れて聞こえた。
ピシ! ピシピシ! ドゴッ、ドゴォォン!
振り上げた手の先から生まれた衝撃波が、食堂の床、壁、天井へ一直線にぶつかる。
「ピ!」
「ううっ」
壁を破壊し、細かな砂ぼこりが無数に飛んできた。
教皇は身を伏せ、ピィは腕で顔をガードしている。
俺は全身で砂ぼこりを浴びながら、衝撃波のぶつかった先を目で追った。
壁に、床に、天井に、綺麗な亀裂が入り、天井からはボロボロと木の破片が落ちてきている。
「やべぇ、崩れるぞ」
俺はとっさにピィと教皇を両脇に抱え、足にグッと力を込めた。
「――え?」
身体が意識よりも速く動く。
全身で風を切る感覚。
気付けば、俺は一瞬で食堂を飛び出して、外の芝生の上に立っていた。
食堂の建物を振り返る。
この距離を一瞬で移動した?
俺が?
しかも、息も切らさず、疲れも感じていない。
「レノ! 足、速いネ!」
「信じられん。これが合成の力か」
両脇に抱えていたピィと教皇を地面へ落とす。
俺は自分の両手を眺め、グーパーしてみた。
人間ふたりを抱えてもなんの苦労もなかった。足だって、あり得ないほど速い。
なんだこれ。
これが、合成による力?
でも、そうだろうか。
この手足に力が集まってくる感覚、どうもウルフを食ってから続いている気がする。
――だとしたら。
「レ、レノや」
落っことされた教皇が芝生の上でうずくまり、腰をさすりながら俺を見上げて言った。
「食堂の、なかには……まだ厨房に、人がおる。助けてくれんか」
「え? あ、ああ」
助ける、か。
自分の力を試すのに好都合だ。
俺は地面を軽く蹴ってみる。
――ピュンッ。
「え?」
足を踏み込んだ瞬間、ひとっ飛びで厨房に辿り着いた。
「とんでもねえ脚力だぜ」
身体に羽根が生えたように軽い。
厨房の中には3人の料理人がいた。
みな壊れゆく食堂を見ながら、腰を抜かして歩けなくなっている。すべての天井が崩れる前に、外へ出してやらねえと。
――だが、その前に。
「なあ、ウルフ肉ないか?」
目の前にいた女性の料理人に尋ねる。
「あ、こ、ここに」
料理人の指さした先に、調理前のウルフの生肉があった。デケエかたまりだ。
ぐるるるる、と腹が鳴る。
唾液が湧き出る。
「美味そうだな」
俺はその生肉に、そのままかぶりついた。
ぐしゃ、ぐしゃ、とウルフの筋肉をかみ砕き、すりつぶしていく。
ゴクンと飲み込むと、ピシッ、ピチッと俺の細胞ひとつひとつが歓喜に震えた。
――ああ、やっぱりそうだ。
食った魔物の力が俺の力になっている。
俺の歯はウルフのように強靭になった。足の筋肉も、腕の筋肉も、ウルフみたいに力強い。
ぐしゃ、ぐしゃ、ごくん。
ウルフを食えば食うほど、さらに体が熱くなる。
メラメラと内側から燃えるように、力がみなぎってくる。
なんでもできそうな気さえする。
ヒヒッ、と笑みがこぼれる。
「よし、逃げるぞ」
俺は3人の料理人を片手で小脇に抱え、足をグッと踏み込んで、厨房の天井めがけてジャンプした。
「えっ、やだ、ぶつかるっ」
料理人が叫ぶ。
「うるせえな、黙って見てろ」
握りこぶしに力を込め、天井へ右ストレート。
ドゴゴゴゴォォォン!
俺の手が天井に付く間もなく、衝撃波で天井が弾け、周囲に砕け散った。
「きゃああああ」
叫ぶ料理人を抱えたまま穴の開いた天井をすり抜け、屋根に右足でトンと着地する。
「飛ぶぞ」
俺は一言そう言って、右足のももに力を入れた。
ブワッと浮き上がる身体に、清々しいい外の風がグングンぶつかってくる。
鳥をよけ虫をはじき、空高く飛び上がる爽快感。
ふわっとした浮遊感を全身に浴びて、俺たちの身体は地面に向かって落下する。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃああああ」
「うるせえな」
風を切り、一直線に落下した俺は、両足をグンッと踏ん張って地面にしっかり着地した。
反動で、抱えていた料理人たちが大きく揺さぶられている。
一応、死んではいない……だろう。
「ほらよ」
芝生の上に転がした料理人たちは、すっかり気絶しているようだ。
「まったく、無茶をしよる」
見ていた教皇がため息を漏らした。
俺はそんな教皇を無視して、軽くストレッチを始めた。
――俺、もしかしたら、魔物を食べるほど強くなるんじゃないか?
あくまで憶測だ。
一時的なものかもしれないし、恒久的なものかもしれない。
とはいえ、試してみる価値はある。
魔界へ行けば、魔物は大勢いるのだ。
食って食って食いまくったら、きっと魔界探索も楽になる。
そしたら、カレンを助けられる「何か」だって、きっと見つけやすくなる。
高揚感で俺の口元は緩んだ。




