平和に暮らしたかっただけ2
カレンの元に戻ったオレは、カレンに近づくウルフを手あたり次第撃った。
一撃でドカン。
銃声が鳴るたび、血肉が宙を舞う。おかげでウルフたちもむやみに俺に近づかない。
カレンは相変わらず紫色をして脱力している。血生臭い。かすかに小便の臭いもした。あの、綺麗なカレンとは思えないような、生々しい悪臭。鼻を刺し、胃を刺激して、吐き気がこみ上げる。
カレン。
カレン。
カレン、お前。
お前、まさか。
俺は勝手に良からぬ想像をする自分の脳みそを破壊したくなった。
気のせいだ、気のせい。そんなわけがない。
自分で自分に言い聞かせる。死、なんてあり得ない。
ウルフを皆殺しにして、医者に診せたら、きっとカレンは助かる。また真っ白で絹のようにすべすべな肌の良い女に戻って、「お兄ちゃん、ありがとう」と俺に笑いかけ、「美味しいご飯を作るね」と言って俺の狩ってきたマウントボアの肉で美味い煮込み料理を作るのだ。
なあ、カレン。
さっさと医者に診てもらおうなあ。
そう願う俺の頬を大粒の涙が伝っている。
なんで涙が出るんだよ馬鹿。意味わかんねえ。
カレンの真横にしゃがんでいるくせに、俺はカレンの姿が見られなかった。
気付けば、歩いている人はほとんどいない。
俺は数メートル先に転がっている人間の腕に目を留め、唾を吐いた。
胸糞悪い。村人はみな地面に落ちているか、教会に居るかだ。
遠くで起きた火事がすぐ近くの家まで延焼している。焦げた臭いが鼻の奥を刺してキツい。時折、風に乗って襲い掛かる煙が目に染みた。移動したい気持ちは山々だが、カレンを抱えるのが怖くて無理だ。
火の手から逃げるように飛び出してきたウルフを、俺は容赦なく撃つ。
ドゴン、ドゴンと腕に衝撃が走るたび、胸の奥も震えた。
この一撃一撃がカレンを守っている。よくやってるんじゃないか、俺。
思い返してみれば、今まで一発も外していない。案外、俺には射撃の腕があるのかもしれない。ガキの頃からパチンコで鳥を打ち落としていたからか。それとも、死と隣り合わせの状況で神経が研ぎ澄まされているのか。
『厄介な人間もいるもんだねェ』
不意に、キンキンと頭に声が響いた。
「誰だ!」
相手の声に聞き覚えがない、だけじゃない。人間とは思えない、超音波みたいな声に身震いした。声は少し先の火事場あたりから聞こえるが、燃え盛る炎が邪魔で姿は見えない。
俺は地面に膝を立て、銃を構えた。
人を撃つのか? なんて倫理観はとっくに消え去っている。ウルフを10匹も殺せば、もはやなんだって殺せる。
俺を殺そうとするなら、それは敵だ。
カレンの尊厳を踏みにじる奴も万死に値する。
引き金から手は離さない。
目を凝らして火事場を眺めると、ゆらり、と煙が揺れた。
――誰か居る。
と思った次の瞬間、影が一瞬で俺の目の前に移動した。
なんだ?
と思う間もなく、強い風圧でよろめく。きつい獣の臭いと鉄の臭いに、俺は思わず顔をしかめた。
なんなんだ、こいつ。
人の形はしている。が、2メートルはある長身で、鎧を着ているのか身体全体がブラッドベアみたいにガッチリしている。
奴は黒い長髪を垂らし、前かがみに俺の顔を覗き込んできた。その顔は死人のように灰色で、上あごから長い牙が生えている。
プゥンと死臭が香る。
『ねえキミ、ボクのペット何匹殺したの』
人、か?
俺は答える代わりに銃口を相手の心臓近くに押し当て、引き金をひいた。
ドォンと音がして、両手に強い衝撃が走る。反動で俺の身体が後ろに倒れた。
やったか?
うっすら目を開ける俺の目の前に、灰色のバケモンみたいな顔がズイと寄せられていた。
「なっ」
なんで立っていやがる。
心臓めがけて撃った。ゼロ距離だ、外すわけがない。
でもこのバケモンは肉体をピンピンさせたまま、ニヤリと笑いながら俺を見下ろしている。
火薬のにおいが腐った臭いにかき消された。
バケモンの歯のすき間からゲロみたいな臭いが漏れる。
『ボクは威勢の良い人間は嫌いじゃあない』
超音波みたいな声は含み笑いをするように、軽快に俺の脳へ響いた。
『ボクの手下にでもなるかい?』
バケモンの口角がグイと上がり、のどの奥から『ケケケ』と笑う音が鳴る。
「ふざけんなよテメェ!」
馬鹿にするのも大概にしろ。
俺は背負っていた2丁の銃をバケモンめがけて構え、同時に引き金をひいた。
ひとつで殺せないのならふたつ使うまで。
バンバン撃ち込んでハチの巣にしてやれば良い。
「死ね!」
俺は反動でひっくり返りながら何発も銃を撃った。
撃って撃って撃ちまくって、バケモンなんざボロ雑巾になっただろうところまで撃って、弾薬のなくなった銃を放る。
地面に置いていた銃を両手で構えバケモンの頭部を狙った瞬間、目の前のバケモンがユラリと手を伸ばし、俺の銃を押さえた。
『効かないんだよねェ、それ』
ケケケと笑う超音波が脳に突き刺さる。
奴の触れた銃の先はなぜかドロドロに溶け、地面にボタボタ落ちた。それが俺の足に当たって、ジュワッと焼けるように痛む。
「っざけんな!」
俺は溶けた銃をバケモンの顔に力いっぱい打ち付けた。
溶けた熱で焼け死ねばいい。押し倒して、火事の中に放り込んで、骨の髄まで燃やし尽くしてやる。
そう思って押し込んだ銃は、バケモンの手で簡単にピュッと払われた。吹っ飛んだ銃が30メートルほど先の家の壁にめり込み、ドガンと音を立てる。バケモンはヘラヘラ笑っていた。
コイツ、人間じゃない。
これは無理だ。
冷や汗が背中を伝う。
勝てる気がしない、とはこういうことか。
俺は震える身体で精一杯手を広げ、カレンをかばうようにバケモンの前に立ちはだかった。
無力かもしれない。
俺なんて一瞬で消されるかもしれない。
それでも、それはカレンを見殺しにする理由にはならない。
俺は目に殺意を込め歯茎をむき出し、唸るように息を吐いてバケモンを威嚇した。
殺るならやれよ。
だがカレンは決して傷つけさせない。
そんな俺を見て、バケモンがよだれを垂らした。
『オマエ、美味そうだなァ』
発した声と共に手が伸び、俺の身体を爆風が包んだ。
息ができない。何も見えない。何も聞こえない。なんだ、なんだ、なんだ! 混乱する頭、自由を奪われた身体。抵抗とか退避とか、そんな発想もできず、ただ風圧に耐え続ける。
体感、数十秒が経過して、身体が自由になった。
目を開くとバケモンは消えていた。死臭もしない。ごうごうと燃え盛る家々の焦げた臭いと、刺すような熱気だけを感じた。パチパチと爆ぜる音が聞こえるが、マウントウルフの唸り声はしない。泣き叫ぶ人間の声もしない。
今この瞬間、「魔」の部分だけ綺麗さっぱり消え去って、ここには荒れた村だけが残っている。
俺はカレンの倒れている地面を振り返った。
そこに、カレンはいなかった。




