国王のところへ1
高くそびえ立つ城壁が、俺たちの視界いっぱいに広がる。
ロケッティア団長とピィ、俺とカレンは、城下町のすぐ手前まで来ていた。
城下町の奥には聖枢機院の土地があって、その奥が城だ。聖枢機院を目指すには、街を通り抜けなければならない。
「無理ネ! 街、入れるわけないネ!」
鼻を押さえたピィが、カレンを指さす。
「門番、止めるネ! こんな臭い奴、絶対無理ネ!」
「同感だ、レノ。カレンは街へ連れて行けない」
風が吹いて、俺の鼻を腐敗臭が刺激した。
――まあ、そりゃそうだ。
カレンはうつろな表情でフラフラしながら立っている。
自我なんて、あってないようなもので、見るからにウォーキングデッドだ。
こんな状態のカレンと街へ入り、住人や憲兵に囲まれて攻撃されようものなら、いくら俺でもカレンを守り切れない。
「……で? オッサン。本当に任せて大丈夫なんだろうな」
「当然だ」
俺の問いにロケッティア団長が胸を張る。
「まず、聖枢機院のトップにピィを見せて信用させ、浄化のペンダントを受け取る。そして、ここへ持ってくる。そうであろう?」
「ああ。よろしく頼むぜ、ほんと」
正直、浄化のアイテムを街の外まで持ってきてもらえるなら大助かりだ。
カレンを浄化させたらすぐに遠くの村まで逃げてやる。
その後のことなんか知ったこっちゃない。
「では、行ってまいる」
「行てくるネ!」
ピィと団長は聖枢機院を目指し、二人で城下町へ向かっていった。
二人を見送り、俺とカレンは二人きりの時間を満喫する。
「なあカレン。飴食うか? それとも、干し肉か? これ、お兄ちゃんが作ったんだぞ。カレン、好きだろ?」
鞄から美味いものをあれこれ取り出すも、カレンの返事はない。
なんだよ、ったく。
これも「合成」の影響かと思うと、合成しやがった魔物に、さらに腹が立ってくる。
「……ん? カレン、どうした」
フラフラと立って、空を見上げるカレン。
同じように、俺も空を見上げた。
その瞬間。
ピカッ!!!!
強い光が一面を照らす。
「うっ」
俺は反射的に腕で目をおおった。
あたりに広がる強烈な腐臭。
カレンとは比べ物にならないほどの、死の臭いだ。
「ハルナフトプ」
カレンの、低い声がする。
ハルナフトプ。
――カレンに、「王の元へ行け」と命令した奴?
いるのか、そこに。
俺は少しずつ目を開いた。
『どこかで見た顔だねェ』
超音波のような声と共に、目の前に、ぬっ、とどす黒い何かが現れた。
黒い長髪の、スラリとしたシルエット。
この声。
この腐臭。
あのとき、村でカレンを連れ去った人型の魔物だ!
「テメエがハルナフトプか!」
『いかにも』
キンキンと頭に声が鳴り響いた。
グッと息を飲む。
忘れもしない。
コイツ――!
「よくも俺の前にノコノコ現れやがったなあ!」
俺は背負っていた剣に手をかけた。
同時に、ハルナフトプが『盾になれ』と言う。
その声に反応して、カレンがその身を差し出した。
「タテニ、ナリマス」
「カレン!」
剣なんて、抜けるわけがなかった。
俺とハルナフトプの間に立ちふさがるカレン。
俺は手を止め、カレンを凝視する。
カレンの口からは、うわごとのように「タテニ」「タテニ」と声が漏れている。
それを、ハルナフトプがカレンの後ろで笑いながら見ていた。
「テメエ!」
許せねえ! 許さねえ、許さねえ!
カレンをモノみたいに操りやがって!
カレンを冒涜しやがって!
カレンを、バケモンにしやがって!
「カレンを返しやがれ!」
『へェ。これ、カレンって言うの? 良い仕事してくれるねェ、カレン』
ハルナフトプが片手でカレンの長髪をサラリとすくう。
そこへ、軽くキスを落とした。
『気に入っちゃったナ』
「テメェ!! 汚ぇ口をカレンにつけるんじゃねえ!」
ぶん殴ってやる!
そう思うのに、どうしても俺と魔物の間にカレンが立ちふさがる。
怒りをぶつけようとすればするほど、カレンがそれを邪魔した。
「クッソ。……カレン、頼むからどいてくれ。こんな奴の指示に従うな」
だけどカレンは無表情のまま、魔物の盾になり続ける。
「タテニ、ナリマス」
「タテニ、ナリマス」
うつろな目。
意味もわからず、行動しているとしか思えない。
――こんなの、あんまりだ。
俺はこぶしを強く握った。やり場のない怒りは、俺の手の中で握り潰すしかない。やるせない。
ハルナフトプはケラケラ笑う。
『クケケ。じゃあ、そろそろ行こうか。カレン』
「ハイ。コクオウ、ノ、トコロヘ」
そう言うや否や、カレンと人型の魔物はどす黒いモヤに包まれ始めた。
「お、おい! カレン!」
名前を呼ぶ間もなく、カレンと魔物の姿が消える。
あっという間だった。
その場はシンと静まり返り、そよそよと柔らかな風がそよいでいる。
空気が澄んできた。
四方八方、目をこらしても、カレンはおろかハルナフトプの痕跡すらない。
「……は? 嘘だろ? カレン?」
また連れ去られた?
俺は地面に膝から崩れ落ちる。
なにやってんだよ、俺は。なんでまた同じ過ちを――。
ドゴォォン!
遠くで激しい音がした。
何かが崩れるような、戦争みたいな音だ。
顔を上げる。城下町に、沢山の火の玉が降り注いでいるのが見える。
「はあ? なんだよ、これ」
街の上空に、浮遊するハルナフトプの影があった。
次第に大きくなる炎。
故郷の村での火災がフラッシュバックする。
ああ、そうか。
あのときの火事も、あの野郎がこうやって火ぃつけてたのか!
「チクショオオォォ!」
一発ぶっ飛ばしてやらなきゃ気が済まねえ!
ぶっ飛ばして、カレンを取り返してやる!
カレンはさっき、「国王の元へ」と言っていた。
カレンの狙い、ハルナフトプの狙いは国王。
だったら、王座まで乗り込んでやる!
俺は猛スピードで駆けだした。
街中いたるところに火球を落とされ、街はパニックになっている。おかげで門は開放状態だ。
検閲もなしに突っ込んでいく。
左手に黒煙。
右手から悲鳴。
焦げ臭い空気に、血の臭いが混じった。
――似てる。
故郷の村が襲われたときと、あまりにも状況が似ている。
どちらもハルナフトプによる襲撃なら、きっとこれからウルフの大群が攻めてくるに違いない。
「ガウッ、ワウワウ、グアァァ」
「キャアァァァ!」
――来た。
十字路付近から悲鳴が聞こえた。
この唸り声、足音、やっぱりウルフだ。
足音は1匹分。
殺るしかない。
距離10メートル。
7メートル。
4メートル。
今だ。
「飛び出してくるんだろ、右側からよお!」
俺は十字路に踏み込み、右手側を剣で突いた。
グシャアア! と、血しぶきが飛ぶ。
「死にな!」
剣は飛びかかってきたウルフののどを貫き、ヒクヒク動いたウルフが地面に落ちた。
「ザコが」
ウルフの死骸から顔を上げる。
黒煙の向こうに見える王宮は、まだ静けさを保っている。
だが、いつ火の手が上がってもおかしくない。
急いぐべきだ。
「ガウ、ガウガウッ、ウワゥ」
「チッ。また来やがったか」
ウルフが背後から飛びかかってきて、俺は一旦しゃがんでそれをかわした。
立ち上がりざまに反転して、正面からウルフを切る。
ウルフの断末魔がこだまする。
その声に誘われるように、別のウルフが何体も、俺をめがけて突進してきた。
「クソッ。埒が明かねえ!」
こういうときは逃げるが勝ちだ。
俺はウルフを無視し、全速力で走りだした。
王宮まで突っ走れば良い。
「ガウゥゥ! ガウッ! ガウガウ!」
ダッシュする俺の背後に、ウルフの鳴き声がどんどん近づいてくる。
一体や二体じゃない。
逃げれば逃げるほど、俺を追うウルフの数は増える。
「ああもう! 面倒くせえな、クソ!」
しょせん人間のダッシュなんてたかが知れてる。
はあ、はあ、と息が上がってきた。
ウルフの足音が増え、どんどん近づいてくる。
ガウガウッと飛びかかってきた一体が、俺の左腕をかすめ、鋭い痛みが走った。




