兄妹3
「ふむ」
ロケッティア団長が唸る。
しばらくして、ロケッティア団長の剣がガチャリと音を立てた。
剣がスルスルと鞘にしまわれていく。
「では、話を聞く時間を取ろう。ピィ同様、あの者に害がないと思えば切らぬ。だが、人類の害になるならば、問答無用で切る。良いな」
口の中で血の味がする。
「わかっ……、た」
耳の奥で「切る」という単語がグワングワン鳴り響いた。
そんなこと、させるかよ。
なにかあったら、団長と刺し違えてでもカレンを守ってやる。
心の中でそう唱えながら、俺たちはピィとカレンの元へ歩いていった。
ピィは大騒ぎしながら、カレンから逃げ惑っている。
「もう! あち行くネ! 臭いネ! ……あ、レノ!」
俺に気付いたピィが、俺の背後に体を滑らせた。
「シッシッ、ネ!」
ピィは「あっちへ行け」とジェスチャーする。
だけどカレンは動じない。
「オトモ、イタシマス」
「もう! それしか喋れないネ? いい加減するネ! もう! もう!」
「落ち着け、ピィ。……カレンも」
カレンに近づくと、もわっと強烈な腐臭がした。
俺は吐き気をグッと飲み込み、カレンの肩を抱く。
「なあ、カレン。ピィなんて追っかけ回してないで、お兄ちゃんと村へ帰ろう」
「そうネ! さっさと帰るネ! シッシッ!」
「イヤダ」
カレンは男みたいに低い声で拒絶した。
「カレン……」
カレンは俺に目も向けない。
なんなんだよ、唯一の家族なのに。カレンだって、お兄ちゃん大好きっ子だったろ?
それなのに、なんで――。
手の震えが止められない。
ロケッティア団長はむせるように咳払いして、カレンに話しかけた。
「おぬしはなぜ国王の元へ行きたいのだ」
カレンの顔がゆっくり団長の方へ向く。
「メイレイ、サレタ」
「命令? 誰の命令だ」
「ハルナフトプ」
ハルナフトプ。
……人名か?
俺は首をかしげる。
団長もピンときていないようだ。
「それで? 国王に会って何をする」
「ツレテク。マオウサマ、トコロ」
「国王を? 魔王の元へ?」
カレンはコクンとうなずいた。
「ということはつまり、貴様はやはり国王陛下の敵なのだな」
ロケッティア団長の手が剣に伸びる。
「おい、やめろオッサン!」
剣を抜こうとする団長の手に、俺はすかさず蹴りを入れた。
団長がひるむ。
その隙に、ピィやカレンを振り払い、俺も剣を抜く。
団長と俺。互いに切っ先を向け合った。
「どきなさい。レノ」
「カレンを切るなら、その前に俺がテメエを切ってやるよ」
「……フン」
団長の口から嘲笑がもれる。
「レノ。これは国王陛下への反逆行為だ。貴様はいずれ地獄へ堕ちるだろう」
「は? ただの人間を殺そうとするテメエの方が地獄行きだろ」
「その者が『ただの人間』? 笑えぬ冗談だ。ただの人間が、国王陛下を魔王の元へ連れて行こうとするのか?」
「うっせえな! そんなの、カレンの意思なわけねえだろ! 今のカレンはきっと魔術かなんかで操られて――」
――あれ?
ふと思い出した。
そういえば、ピィも似たようなことを言ってなかったか?
「おい、ピィ!」
俺は背後のピィに向かって叫ぶ。
「お前、合成された直後、自分の意思で動けたか?」
ピィがブルブルと首を振る。
「動けなかたネ! 魔王とこ行く! 魔王とこ行く! 感じだたネ!」
「そう、それだよ! カレンは今、それと同じ状況なんだ!」
そして今、ピィは自由に動けている。
「なあ。ピィはなんで正気に戻った? 魔王のことがどうでもよくなったのは、なんでだ?」
「えと、ペンダントおかげネ」
「ペンダント、とは?」
ロケッティア団長がピィに尋ねる。
ピィは団長の前に進み出て、興奮したようにピョンピョコ跳ねた。
「すごいペンダントネ! 嫌な気持ち、全部吸うネ! スッキリネ! すごいネ!」
「ふむ。邪悪なものを吸い取るペンダント、か」
団長はカレンをチラリと見て、眉間にしわを寄せた。
「なあオッサン、そのペンダントがあれば、カレンだって普通の人間に戻るかもしれねえだろ!」
「……で、そのペンダントは今、どこにあるのだ」
「ないネ! ウチの気持ち吸って、壊れたネ!」
「ない!」
フンッと、ロケッティア団長が鼻で笑った。
「ないのであれば、正気には戻せぬだろう。やはり魔物として切るしかあるまい」
「待て待て待て!」
一歩踏み出そうとする団長を、俺も一歩間合いを詰めて静止する。
ないなら切る。
なんて、短絡的すぎるだろうが! 馬鹿が!
ないなら探せ!
「おいピィ! そのペンダント、どこで手に入れた?」
「知らないネ! 人間なたとき、気付いたら持てたネ」
人間になったとき。
気付いたら、持っていた。
「ってことはそのペンダント、ピィと合成された人間の持ち物だった、ってことじゃねえのか?」
「聖枢機院のベアトリーチェか」
俺の言葉に、ロケッティア団長の剣先がわずかに下を向く。
背後で、カレンの「ふぅ」という息づかいが聞こえた気がした。
「なるほど。聖枢機院のアイテムであれば、魔力に対抗できてもおかしくない。ふむ。魔物の意思を浄化させるペンダント、か。あり得るな」
「だろ?」
と、返事をしながら、俺は身震いした。
魔物の意思を浄化させるペンダントなんて、とんでもない話だ。
「合成」という現象でさえ、聖枢機院でも一部の人間にしか知られていない。
さらに、合成時に植え付けられた悪意、指示、命令を浄化できるアイテムが存在する?
普通の村人たちの知らないところで、この世界ではとんでもないことが起こっている。
「もしかしたら俺たち、聖枢機院の秘匿情報にドップリ足を突っ込んでるかもしれねえな」
俺のつぶやきを聞いて、団長の口角がひくひく動いた。
秘匿情報、という言葉には、金と権力が渦巻く甘美な響きがある。
オッサンのリアクションを見るに、このオッサンも金と権力に支配された人間のひとりだ。
だったら――。
「なあ。オッサン」
俺は剣を鞘におさめ、団長の肩を抱いた。
団長はまだ戦闘態勢のままだ。その耳元へ、俺は顔を近づける。
「ピィもカレンも、貴重な『合成のサンプル』だぜ? そんなカレンを、本当にここで殺して良いのか? 聖枢機院は合成について情報を集めてる。カレンが死んじまったら、聖枢機院、いや、国まで敵に回しかねないんじゃねえの?」
「な、何を言う」
そう言う団長の声は震えていた。
「どうするよ。カレンを殺すことで、また村が襲われたら」
団長の暮らす村と聖枢機院は、「聖女をかくまっている」という勘違いで戦争になるような間柄だ。
秘匿情報の一部を殺し、隠ぺいしようものなら、もっとデカい争いが起きてもおかしくない。
「よく考えてみろよ。この前の戦いの復興だってこれからだろ。崩れた家もあったよなあ。また争ってる場合か?」
俺は、小金持ちが背伸びして作ったような団長の胸当てを、ネットリ撫でた。
「復興資金、欲しいんじゃねえの?」
団長は何も言わない。
「カレンを殺すのと、生きたまま王都へ連れて行くの。聖枢機院が懸賞金を出すとしたら、どっちだと思う? 賢いアンタならわかるよなあ?」
ロケッティア団長はしばらく黙って考え、剣先をゆっくり地面に着地させた。
――チョロいもんだ。
聖枢機院までカレンを連れて行ってしまえば、こっちの勝ちだ。
カレンを浄化してもらったら、そのままカレンを連れてトンズラする。
そしたら、俺のこのくだらない旅も終わる。
しかし。
そんな俺の計画もむなしく、王都がこれから地獄と化し、戦火に巻き込まれることを、このときの俺は知らなかった。




