兄妹2
カレンは何も言わない。
だったら、このままカレンを抱えて馬に乗せ、村へ連れ帰ってしまえ。
「カレン、お姫様抱っこしてやるからな」
焚火を消して、カレンを抱き上げる。ふわっと刺激臭が立ちこめ、腕にズシリと重さが伝わった。
カレンの瞳には、笑顔の俺が映っている。
口元が緩みっぱなしの俺とは対照的に、カレンはずっと無表情だ。笑っていてほしい、なんて、望みすぎか?
馬に乗ろうとして、振り返る。
だが、そこに馬はいなかった。
「チッ。あの能無しクソ馬野郎め」
あのクソ馬、腐敗臭に耐えきれず、逃げ出したに違いない。
仕方ない。
カレンを抱えたまま、俺はズシリ、ズシリと歩いた。馬がいねえなら、歩いて帰るまでだ。
「レノ」
名を呼ばれて顔をあげる。
そこには、顔をしかめたロケッティア団長と、鼻をふさぐピィが居た。
「なんだよ、どけよ」
ああ、うぜえ。
俺は二人を避けるように進路を変える。
だがロケッティア団長は、パカラ、パカラと馬を俺の横につけた。
「レノ。それをどこへ連れていく気だ?」
「ほっとけ」
俺は顔をそらしUターンする。が、今度は目の前に顔をマントで覆ったピィがいた。
「それ、死体ネ」
「ああ?」
ピィがカレンを指さしている。
「ふざけたこと抜かすんじゃねえぞ、クソが!」
死体だあ? どこがだよ。ふざけやがって。
叫ぶ俺の背後で、ガシャン! と音がする。
馬から降りたロケッティア団長が、俺の肩を掴んだ。
「レノ、埋葬するならここで」
――埋葬。
「あ? テメエの目は節穴かクソが! 埋葬? 生きてんだよ! カレンは生きてんだよ!」
「レノ」
肩に置かれた団長の手を振り払う。
その反動で、抱えていたカレンが腕から落ちそうになった。
「あっ、悪い、カレン」
カレンは俺の腕からするりと落ち、両足でしっかりと地面に立った。
どうだ、生きるぞ、と言わんばかりの力強い立ち姿に、俺は安心する。
だけどカレンはうつろな表情のまま、俺ではなくピィに顔を向けた。
「コクオウ、ノ、トコロヘ」
カレンの口から、普段よりもずっと低い、獣みたいな声が出る。
「カレン? ……なんだよ、その声」
俺はゴクリと息を飲む。
カレンがカレンじゃないように見えてしまう。
胸がざわついた。
「コクオウ、ノ、トコロヘ」
カレンはピィを凝視して、また同じことを言う。
どうもカレンは、ピィのマントに描かれた聖枢機院の十字架に反応しているようだった。
「なあ、どうしたんだよ、カレン」
モヤモヤする。
お前、カレンだろ?
聖枢機院なんて興味もねえはずだろ?
俺はカレンの手首をつかむ。だけどカレンは俺を見もしないで、簡単に俺の手を払いのけた。
「コクオウ、ノ、トコロヘ、オトモ、シマス」
カレンは俺にまったく興味を示さず、ピィに向かって頭を下げる。
「おい、カレン。どうしちゃったんだよ」
なんで俺を見ない?
さっき俺を「おにいちゃん」って呼んでくれたのは、なんだったんだよ。
なあ!
カレンの視線を受けたピィは、ブルルッと首を振った。
「無理ネ! アンタ、連れてけないネ! アンタ、死んでるネ!」
ピィを乗せた馬が後ずさる。
同じ分だけ、カレンが距離を詰めた。
「オトモ、シマス」
「いたさないネ! レノ! なんとかするネ! 臭いネ!」
そんなことを言われても、俺は動けなかった。
これはカレンだ。
そう、だよな?
違和感が俺の身体をカチコチにさせる。
「もう無理ネ! 耐えられないネ!」
なにもしない俺を見て、ピィは半泣きで馬を走らせ、猛烈な勢いで湖から去っていった。
「ピィ!」
ロケッティア団長がピィを呼ぶ。
同時に、カレンが目をカッと見開いた。
――ドンッ!
風圧だった。
何が起きたかわからない。が、俺は全身でとてつもない風圧を受けていた。
飛ばされた小石や木の枝が俺の身体中にぶつかって、目も開けられない。
その間、ほんの1秒か、2秒。
次に目を開いたときには、数十メートル先で、ピィの乗った馬がカレンに取り押さえられていた。
「な、……なんで」
もはや人間の動きとは思えなかった。
一瞬で移動し、走っていた馬を仕留めたカレン。手から血をしたたらせつつ、平然とピィの横で立ち尽くしている。
――これが、カレン?
俺の脳内に、村で生活していた頃のカレンの姿が浮かび上がる。
真っ白な肌で、ほがらかに笑い、誰にでも愛される少女だった、カレン。
だけど、これは――!
「レノよ」
ロケッティア団長が俺の耳元に顔を近づける。
「あの者は、『合成』されたのではないか?」
――合成?
「それは、……どういう意味だよ」
身体中がありえないほど震えた。
合成? 何と、何が?
「あの者の死体と、魔物の合成」
ロケッティア団長が芯のある声で言う。
「それによりあの者は、動く死体となった。そう考えるのが妥当ではないか?」
「……は?」
頭が働かない。
なんだって? 動く死体?
いや、カレンは生きてんだろ。動いてんだから。は?
ガチャリ。
重々しい音が響いて、俺はロケッティア団長を見た。
団長が剣を抜いている。
「……おい、アンタ何を考えてる?」
「危険なものは討伐する」
「あ? ふっっざけんなよ!!!」
俺はロケッティア団長の胸当てを強くどついた。
団長は少しよろめいたが、力強く踏ん張っている。その表情に優しさは微塵もない。
「討伐ってなんだよテメエ! 人を殺すのか! 自営軍ってのは、ただの人間を殺すのかって聞いてんだよ、クソ野郎!」
問答無用、みたいな顔をする団長が胸糞悪い。
俺はもう一度団長をどついた。
「討伐する必要なんてねえだろ!」
「だが、あやつは意味もなく馬を殺した」
淡々と話す団長にカッとなる。
「それがなんだよ! ああ? 意味なんて、あったかもしれねえだろ! なんか、理由がよお! なんも知らねえくせに切るっていうのか、テメエは!」
「あの身体能力を見たであろう。あのような動きは、人間には無理だ。あれは魔物。危険をもたらすならば、切らねばなるまい」
「テメエ! 俺の妹は魔物じゃねえ!」
叫ぶ俺の頬に、強烈な張り手が飛んでくる。
バシンッ!
大きな音と共に、刺すような痛みが頬全体に広がった。
「レノッ!」
団長が腹の底から吠える。
団長はデカい手で俺の頭頂部をわしづかみ、そのままカレンの方へ俺の頭を向けさせた。
「見るのだ、レノ! 人間の肌はあんな色か! 腐敗臭をまき散らすのか! あのような動きをするのか! よく考えろ。お前の妹は馬を素手で、一瞬で殺せるか? あれは本当にお前の妹か? 現実を見なさい!」
団長の声が頭にギンギン響く。
ズキン、ズキンと胸が痛い。
なんだよ。なんなんだよ!
肌の色がなんだ、臭いがなんだ。外見がいくら変わったって、あれはカレンだろ。カレンじゃねえのかよ。
だってあれは。
でも。
「……でもさ、だって、聞いてくれよ。ピィだって合成されたんだろ? ピィと俺たちは仲良くやってんじゃん。カレンだって、同じだろ? 仲良くできるかもしんねえだろ? だからさあ、切るとか言わないでくれよ、頼むから」
俺はその場に崩れ落ちた。




