十字軍1
ウルフの燻製作りに4日、森を抜けるのに5日かかって、俺たちはようやく見晴らしのいい草原へたどり着いた。
やっとだ。
湿り気の少ない清々しい空気に気持ちがはやる。
「まぶしいネ!」
ピィは手をおでこにかざしながら、空を見上げ目を細めた。さえぎる物もなく照り付ける太陽は熱い。
ピィは金貨入りの鞄を背負ったままピョンピョコ歩き、ガチャガチャと金属音を立て続けている。おかげで、小心者の魔物たちに襲われることもなかった。
俺も日光を全身に浴びながら目を細める。
「……ん?」
遠くに、人工的な木の柵が見えた。
「村か?」
「ピ! 着いたネ? 早く行くネ!」
ピョンピョコ飛び跳ねたピィの背中が、ガチャガチャ揺れる。
野性味あふれる皮の服の下で、ピィの肉体もボヨンボヨン揺れた。
――コイツ、あらためて見ると変質者だな。
こんな怪しい女を連れて行ったら捕まるに決まっている。
「ピィ、提案がある」
俺は腕を組み、仁王立ちして言った。
「邪魔ネ。どくネ」
「ピィ、お前は一旦ここにいろ」
「は? 何言ってるネ!」
ピィの耳がピンと立った。
ショックと怒りに身を任せ、ピィは俺に爪をむき出している。
お? テメエ誰に爪向けてんだ、このメスウサギ。
俺はすかさずピィにデコピンを決める。
「そんな格好の人間がどこにいるんだよ。捕まって、身ぐるみ剥がされて、ボッコボコにされて死ぬのがオチだ」
「ぴ、ぴぇえ」
真顔で脅すと、ピィは絶望に顔を歪める。
俺はそれをフンと鼻で笑った。
「俺が先に村へ行って服を買ってくる。それまで大人しく待ってろ」
「戻ってくるネ? わ、わかたネ」
ピィの鞄から金貨を数枚抜き取り、俺は一人で村を目指した。
村は木の柵でぐるりと囲われていた。
門戸の奥には人が立っている。見張りだろう。
「すみません、村に入りたいのですが」
俺が声をかけると、鎧を着た見張りがこちらをギロッとにらむ。
おぉおぉ、怖いねぇ。
たかが草原の中の小さな村のくせに、ずいぶん重装備だ。
「何の用だ」
「アルトリ村から王都へ向かっています。この村で物資を調達させてもらえませんか」
「なにぃ? 王都だぁ?」
はあ? 大声を出すほどのことじゃねえだろ。
だが後ろにいた村人たちがぞろぞろとやってきて、俺にキツい視線を浴びせてくる。
なんなんだ、コイツら。
「あんた、十字軍の関係者じゃないだろうね」
「十字軍の関係者は村には入れられない」
「殺されたくなければ立ち去れ!」
は? ふざけんなよ、勝手なことばかり言いやがって。
腹の底から怒りがふつふつと湧いてくる。
俺は低姿勢に話しかけてやっただろうが。それがなんだ? 殺す? 脳みそ沸いてんのかクソが。
怒りをかみ殺していると、さらに奥から立派な金属製の鎧をきた男が近づいてきた。
「どうした」
恰幅のいい男の、低く張りのある声が群衆の中に響く。
「この小汚い男が、村に入れろと言うのです」
あ?
小汚くて悪かったなクソ野郎。
さっきから歯ぎしりが止まらない。
鎧の男はのけ反って歩いてくる。
クソが。鼻の穴でこっちを見てんじゃねえよ。
「なに。旅人くらい入れてやれば良いだろう」
金属鎧の男がダンディな声で言う。村人は慌てた。
「しかしロケッティア団長、こやつ、王都へ向かっているそうで」
「王都だと?」
男の目つきが変わる。
ナイフのような鋭い目を俺に向け、つま先から頭のてっぺんまで二度、三度眺める。
なんだテメエ。殺る気か。
だが男は緊張感を解いて笑った。
「お前たち、入れてあげなさい。こんな無防備な青年が戦に加担しているわけないだろう。ハハッ。キミ、悪かったね。入ってゆっくり休みたまえ」
馬鹿にしやがって。
俺はプルプル震えるこぶしを抑えるのに必死だった。
無防備で悪かったなクソが。金がねえだけだよマヌケ。人を見た目で判断しやがってよ。テメエは何様なんだよクソゴリラ。
と、言ってやりたいところだが、俺は歯を食いしばり、その隙間からなんとか「そりゃどうも」と礼を絞り出した。
鎧の男が「なんともないさ」とでも言いたそうに笑って片手を軽くあげるから、余計に腹が立つ。
だがしかし、鎧の男は村人に相当信頼されているらしい。男の言葉で村人の顔つきもコロッと変わり、俺に慈愛の目を向けはじめた。
「いやいや、悪かったね。ちょっと神経質になっていたようだ」
「きみ、宿に泊まるだろう? 案内しよう」
「ついでに、夕飯ならウチで食っていかないか。レストランをやっているんだ。お詫びにサービスするぞ」
なんだこの態度の変わりよう。
ありえねえだろ、さすがに。
俺は、ガッシャガッシャと歩き去っていった男の背に視線を向け、村人たちに尋ねた。
「あの鎧の人、凄い人なんですか?」
「おお、わかるかね!」
村人の声が弾む。
「ロケッティア団長はこの村の自営軍団長だ! あの十字軍から、この村を守ってくださっているのだよ」
「十字軍?」
「おお、おお。十字軍を知らぬか。十字軍は王都、聖枢機院のおかかえの軍隊だ。魔物に襲われた土地へ派遣され、魔物を倒して歩いとる」
俺は余計にわからなくなった。
魔物を倒す十字軍。十字軍からこの村を守る自営軍?
じゃあ、この村は――。
「なに、我々は魔物ではないぞ。見てわかるだろうがな。がはははは」
村人は俺の緊張感を馬鹿みたいに笑い飛ばした。
うるせえよ、ボケ!
こちとら人型の魔物に会ってんだよ! 警戒して悪いか!
この村の人間たちはみんな、どうもいけ好かねえ。
一発ぶん殴ってやりてえ。
と思ったその時。
「奇襲だぁぁ! 十字軍が攻めてきたぞぉぉ!」
見張り台から叫び声がした。
「なんだって!」
「なんというタイミング」
村人の視線が一斉に俺へ注ぐ。
「まさかお前、やはり十字軍のスパイだったのではないか?」
「そうだ、そうに違いない!」
村人の目つきは一気に怒りと恐怖に飲まれていった。
「は? いや、ふざけんなよ、俺は」
「捕らえろ! この男を捕らえろ!」
目の前にいたオッサンが叫び、村人が一斉に飛びかかってくる。
誤解だ! と叫ぶ俺の声はバタバタと駆ける足音にかき消された。
刀を抜く間もない。
俺はオッサンらに取り押さえられ、ロープでぐるぐる巻きにされてしまった。




