第11章4
2029年4月1日 午前10時00分
**東京・首相官邸 閣議室**
5カ年計画の2年目が始まった。
佐藤優希総理は、閣僚たちに2年目の目標を発表していた。
「1年目は、制度の整備でした。2年目は、実践です」
優希は、ホワイトボードに書いた。
**2年目の重点課題:**
1. 経済格差の解消
2. 地方での多文化共生の促進
3. 世代間の理解促進(特に高齢者)
4. 国際社会への発信
「特に重要なのは、経済格差です」
優希は、グラフを示した。
「この3年間で、日本経済は成長しました。しかし——」
グラフには、衝撃的な数字が示されていた。
『上位10%の所得:年平均1200万円』
『下位10%の所得:年平均180万円』
「格差が、拡大しています」
早川美咲財務大臣が説明した。
「多文化共生政策で、新しいビジネスが生まれました。IT、貿易、教育——」
「しかし、その恩恵を受けているのは、高学歴・高スキルの人々だけです」
「低スキルの日本人労働者は、取り残されています」
優希は、深刻な表情で頷いた。
「これは、多文化共生政策の最大の副作用です」
田中健吾総務大臣が口を開いた。
「どうする?このままじゃ、『多文化共生は金持ちだけが得する政策だ』って批判される」
「対策はあります」優希は言った。
「『再分配強化政策』です」
優希は、新しい資料を配った。
**再分配強化政策の内容:**
1. 所得税の累進課税強化(上位10%の税率を45%→55%に)
2. 低所得者への給付金(年間50万円)
3. 職業訓練の完全無料化
4. 最低賃金の引き上げ(時給1000円→1500円)
「これで、格差を縮小します」
閣僚たちは、資料を見て顔を曇らせた。
「総理……これは、富裕層から猛反発が来ますよ」ある閣僚が言った。
「来るでしょう」優希は認めた。「でも、やります」
「なぜなら、格差が拡大すれば、社会が分断されるからです」
優希は、立ち上がった。
「多文化共生社会は、平等な社会でなければなりません」
「一部の人だけが豊かになる社会では、意味がありません」
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**2029年4月15日 午前10時00分**
**国会議事堂 本会議場**
優希総理は、『再分配強化法案』を提出していた。
しかし、予想通り、猛反発が起きた。
野党議員の一人が立ち上がった。
「総理!これは、富裕層への懲罰ではないですか!」
「懲罰ではありません」優希は答えた。「公平な負担です」
「しかし、税率55%は高すぎる!働く意欲を奪います!」
「奪いません」優希は反論した。「北欧諸国では、税率60%でも経済は成長しています」
「それは北欧だからです!日本は違う!」
議場が騒然となった。
優希は、マイクの前に立った。
「皆さん、質問します」
議場が静まった。
「私たちは、何のために多文化共生を進めてきたのですか?」
優希は、議場を見回した。
「それは、全ての人が幸せに生きられる社会を作るためです」
「しかし、今、格差が拡大しています」
優希は、グラフを示した。
「低所得者の多くは、多文化共生から取り残されています」
「これを放置すれば、彼らは『多文化共生は金持ちの遊びだ』と思うでしょう」
「そして、社会は分断されます」
優希は、拳を握りしめた。
「私は、それを許しません」
「だから、再分配を強化します」
議場に、長い沈黙が流れた。
やがて、リー・ジュンホ多文化共生大臣が立ち上がった。
「総理の提案に、賛成します」
ジュンホは、議場を見回した。
「私は、在日外国人として、日本で苦労してきました」
「低賃金で働き、差別され、貧しい生活をしてきました」
「しかし、多文化共生政策のおかげで、今はここにいます」
ジュンホは、優希を見た。
「でも、私と同じように苦しんでいる人が、まだたくさんいます」
「日本人も、外国人も」
「彼らを救うために、再分配は必要です」
ジュンホは、深く一礼した。
議場に、拍手が起こった。
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**2029年4月20日 午後8時00分**
**東京・高級住宅街 富裕層の集会**
再分配強化法案に反対する富裕層が、集会を開いていた。
約500人の経営者、投資家、高所得者が集まっていた。
「税率55%なんて、あり得ない!」
「私たちは、努力して成功したんだ!なぜ罰せられる?」
「佐藤優希は、共産主義者だ!」
会場は、怒りで満ちていた。
しかし、その中に一人——冷静な男性がいた。
元総理、藤堂誠一郎だった。
藤堂は、壇上に立った。
「皆さん、落ち着いてください」
会場が静まった。
「皆さんの怒りは、理解できます。しかし——」
藤堂は、会場を見回した。
「佐藤総理の提案は、間違っていません」
会場がざわめいた。
「なぜなら、格差の拡大は、社会を破壊するからです」
藤堂は、資料を示した。
「歴史を見てください。格差が拡大した社会は、必ず崩壊しています」
「古代ローマ、フランス革命前、ロシア革命前——全て、格差が原因でした」
藤堂は、真剣な目で言った。
「私たちが少し多く負担することで、社会が安定する」
「それは、長期的には私たち自身のためでもあります」
会場は、徐々に静まった。
ある経営者が質問した。
「でも、税率55%は高すぎませんか?」
「高いです」藤堂は認めた。「しかし、必要です」
「そして、考えてみてください」
藤堂は微笑んだ。
「私たちは、J-リセットを生き延びました。77億人が消えた中、私たちは生きています」
「それだけで、幸運です」
「だから、その幸運を、少しだけ分けましょう」
会場に、温かい空気が流れた。
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**2029年5月1日 午前10時00分**
**国会議事堂 本会議場 再分配強化法案採決**
投票の結果——
**賛成:378票、反対:92票**
**法案、可決**
議場に、大きな拍手が起こった。
優希は、安堵のため息をついた。
「やった……」
しかし、次の瞬間——
優希の目の前が、真っ暗になった。
「総理!」
優希は、その場で倒れた。
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**2029年5月1日 午後3時00分**
**東京・聖路加国際病院**
優希は、病室のベッドで目を覚ました。
「……ここは?」
「病院よ」早川美咲の声が聞こえた。
優希は、周りを見た。
美咲、健吾、ジュンホ、そして医師がいた。
「何が……?」
医師が説明した。
「過労です。総理、あなたは3日間ほとんど寝ていませんでした」
「体が限界に達していました」
優希は、頭を抱えた。
「くそ……大事な時に……」
「優希」健吾が厳しい口調で言った。
「お前、いい加減にしろ」
「え?」
「お前、また無理してたな」健吾は怒っていた。
「実家で『焦らない』って決めたんじゃなかったのか?」
優希は、何も言えなかった。
「お前が倒れたら、全部終わりなんだぞ」健吾は言った。
「分かってるのか?」
優希は、涙を流した。
「……ごめん」
美咲が、優希の手を握った。
「優希、私たちがいるわ」
「一人で全部背負わないで」
ジュンホも言った。
「総理、私たちは仲間です。一緒に戦いましょう」
優希は、みんなの顔を見た。
「……ありがとう」
医師が言った。
「総理、一週間は安静にしてください」
「一週間!?」優希は驚いた。「そんなに休めません!」
「休んでください」医師は厳しく言った。
「これは、医師の命令です」
優希は、渋々頷いた。
「……分かりました」
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**2029年5月8日 午前10時00分**
**首相官邸 総理執務室**
一週間の療養を終えた優希は、執務室に戻ってきた。
机の上には、大量の書類が積まれていた。
「うわ……」
田中健吾が入ってきた。
「おう、復帰したか」
「ああ」優希は微笑んだ。「みんなに迷惑かけた」
「気にすんな」健吾は言った。「お前が休んでる間、俺たちで回してたから」
「ありがとう」
健吾は、新しい資料を渡した。
「で、これ見てくれ」
優希は、資料を読んだ。
『地方での多文化共生、停滞』
「地方?」
「そう」健吾は説明した。
「東京、大阪、名古屋——大都市では、多文化共生が進んでる」
「でも、地方は違う」
健吾は、グラフを見せた。
「地方の多文化共生支持率、50%以下だ」
優希は、深刻な表情になった。
「なぜだ?」
「理由は、接触機会の少なさだ」健吾は言った。
「地方には、外国人が少ない。だから、実感がない」
「『多文化共生は都会の話』って思ってる」
優希は、しばらく考えた。
「……地方に、もっと外国人を」
「どうやって?」
「地方創生と組み合わせる」優希は言った。
「外国人起業家を、地方に誘致する。補助金を出す」
「そうすれば、地方も活性化するし、多文化共生も進む」
健吾は、目を輝かせた。
「それ、いいな!」
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**2029年6月1日 午前10時00分**
**石川県金沢市 地方創生×多文化共生モデル事業 発表会**
優希総理は、金沢市で新しい政策を発表していた。
「本日、『地方創生×多文化共生モデル事業』を開始します」
会場には、地方自治体の首長、外国人起業家、地元住民約1000人が集まっていた。
「この事業では、外国人起業家が地方で事業を始める際、最大1000万円の補助金を支給します」
会場がざわめいた。
「そして、地方自治体は、外国人起業家を積極的に受け入れます」
優希は、成功例を紹介した。
「例えば、ここ金沢市では、ベトナム人のグエンさんが、伝統工芸とITを組み合わせた事業を始めました」
グエン・ティ・ランが、ステージに上がった。
「私は、金沢の伝統工芸——九谷焼——をオンラインで世界に販売する事業を始めました」
グエンは、商品を見せた。
美しい九谷焼の皿に、ベトナムのデザインが融合していた。
「これは、日本とベトナムの文化が融合した作品です」
「今、世界中から注文が来ています」
会場から、大きな拍手が起こった。
地元の陶芸家——70代の男性——が立ち上がった。
「最初は、外国人が伝統工芸に関わることに反対でした」
男性は、グエンを見た。
「でも、グエンさんは真剣に学び、私たちの技術を尊重してくれました」
「そして、新しい可能性を見せてくれました」
男性は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
会場全体が、感動に包まれた。
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**2029年7月1日 午前10時00分**
**東京・首相官邸**
優希は、石橋恵子前総理と会っていた。
石橋は、総理を辞めた後、多文化共生推進財団の理事長として活動していた。
「佐藤総理、お元気そうですね」
「はい。おかげさまで」優希は微笑んだ。
「でも、無理はしないでくださいね」石橋は心配そうに言った。
「はい、気をつけます」
石橋は、資料を取り出した。
「実は、相談があります」
「何でしょう?」
「来年、『世界多文化共生サミット』を東京で開催したいんです」
「世界多文化共生サミット?」
「はい」石橋は説明した。
「世界中の多文化共生先進国を集めて、知見を共有する」
「そして、日本の経験を世界に発信する」
優希は、目を輝かせた。
「素晴らしいですね!」
「ただし」石橋は真剣な目で言った。
「そのためには、日本が『完全な多文化共生国家』である必要があります」
「つまり……」
「5カ年計画を、予定通り完成させてください」
優希は、深く頷いた。
「分かりました。必ず」
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**2029年9月1日 午前10時00分**
**東京都江東区 J-リセット記念館 完成式典**
J-リセット記念館が、ついに完成した。
完成式典には、5万人が集まった。
巨大なガラスの建物。中央には、地球儀のモニュメント。
そして、壁一面に刻まれた——77億人の名前。
優希は、その前に立った。
「この壁には、消えた77億人の名前が刻まれています」
優希は、壁を撫でた。
「私たちは、彼らを忘れません」
「彼らの死を、無駄にしません」
優希は、振り返った。
「私たちは、新しい世界を作ります」
「日本人も外国人も、平等に生きる世界を」
「それが、77億人への、私たちの誓いです」
会場全体が、黙祷を捧げた。
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**2029年10月18日 午前10時00分**
**東京・国会前広場 J-リセット4周年記念式典**
J-リセットから4年。
国会前広場には、20万人が集まっていた。
佐藤優希総理が、ステージに立った。
「皆さん、J-リセットから4年が経ちました」
優希の声は、力強かった。
「この4年間、私たちは多くのことを成し遂げました」
**4年間の成果:**
- 多文化共生支持率:85%
- 二重国籍取得者:18万人(在日外国人の53%)
- 外国人出身議員:22人
- 新日本語使用者:若者の40%
- 経済格差:縮小傾向(ジニ係数0.35→0.30)
- 地方での外国人起業家:3000人
「そして」優希は、最も重要な数字を発表した。
「出生率:2.0」
会場がどよめいた。
「日本の人口減少が、止まりました」
会場から、大きな拍手が起こった。
「これは、奇跡です」優希は涙を流していた。
「4年前、誰がこれを予想できたでしょうか?」
優希は、拳を握りしめた。
「残り1年——5カ年計画の最終年です」
「完全な多文化共生社会を、必ず実現します」
20万人が、一斉に叫んだ。
「一緒に!」
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**2029年10月18日 午後10時00分**
**首相官邸 総理執務室**
式典を終えた優希は、一人で執務室にいた。
「残り1年か……」
優希は、カレンダーを見た。
2030年5月——5カ年計画の完了予定日。
そして、その先——
優希は、決断しなければならなかった。
総理を続けるか、それとも——
「もう一期、やるべきか……」
優希は、自分に問いかけた。
その時、扉がノックされた。
「入って」
リー・ジュンホが入ってきた。
「総理、少しよろしいですか?」
「どうぞ」
ジュンホは、優希の前に座った。
「総理、相談があります」
「何ですか?」
ジュンホは、深呼吸をした。
「私、次の選挙で——総理大臣を目指したいんです」
優希は、驚いた。
「ジュンホさんが?」
「はい」ジュンホは頷いた。
「私は、在日外国人出身者として、初めての総理大臣になりたい」
「それは、多文化共生の完成を意味します」
優希は、ジュンホの目を見た。
そこには、強い決意があった。
「……いいですね」
優希は微笑んだ。
「でも、簡単じゃありませんよ」
「分かっています」ジュンホは言った。
「でも、あなたが道を作ってくれました」
「私は、その道を進むだけです」
優希は、ジュンホの肩を叩いた。
「頑張ってください」
「はい」
ジュンホが去った後、優希は窓の外を見た。
「俺の役割は……そろそろ終わりかな」
優希は、静かに呟いた。




