第7章4
二月一日、午前七時。東京・投票所。
投票が始まった。
全国各地の投票所に、長蛇の列。
投票権を持つのは、十八歳以上の全ての人間。
日本人、在日外国人――区別なく。
優希は、自分の地区の投票所を訪れた。
報道陣が、殺到する。
「佐藤先生! 今の心境は!?」
「勝てると思いますか!?」
「コメントを!」
優希は、立ち止まった。
そして――
「今日、全ての人が自分の意志で投票します」
優希は、カメラを見た。
「その結果を、私は受け入れます」
「負けても?」
記者が、尋ねた。
「はい」
優希は、頷いた。
「負けても、受け入れます。それが、民主主義です」
優希は、投票所に入った。
投票用紙を受け取る。
【新世界秩序法案について】
□ 賛成(桜井案)
□ 反対(佐藤案)
優希は、ペンを握った。
迷わず――
「反対」にチェックを入れた。
投票箱に、投票用紙を入れる。
「これで......僕にできることは、全部やった」
優希は、呟いた。
---
**同時刻。桜井晋三も投票していた。**
報道陣に囲まれる。
「桜井大臣! 勝利の自信は!?」
「もちろんです」
桜井は、自信たっぷりに答えた。
「国民は、秩序を求めています」
「そして――」
桜井は、カメラを見た。
「私が、それを与えます」
桜井は、投票所に入った。
投票用紙を受け取る。
迷わず――
「賛成」にチェックを入れた。
投票箱に、投票用紙を入れる。
「今夜、新しい時代が始まる」
桜井は、不敵に笑った。
---
**午前十時。在日外国人コミュニティセンター。**
リー、パク、アフマド、ワン、グエン、カルロス、チャン――
全員が、集まっていた。
「みんな、投票しましたか?」
リーが、尋ねた。
「ああ」
「もちろん」
「当然だ」
次々と、答える。
「よかった」
リーは、安堵した。
「あとは......結果を待つだけだ」
「勝てるかな......」
グエン・ティ・ランが、不安そうに言った。
「わかりません」
リーは、正直に答えた。
「でも――」
リーは、全員を見回した。
「私たちは、やるべきことを全部やりました」
「三日間で、五万軒訪問しました」
リーは、拳を握った。
「だから、後悔はありません」
「ああ」
パクが、頷いた。
「後悔は、ない」
「俺もだ」
チャンも、笑った。
「負けても、悔いはない」
「でも――」
ワンが、口を開いた。
「勝ちたいな」
全員が、笑った。
「ああ、勝ちたいな」
---
**午後八時。首相官邸・大会議室。**
開票が始まった。
大型モニターに、リアルタイムで結果が表示される。
藤堂総理、桜井、石橋副長官、各省庁の大臣――
そして、優希。
みんな、固唾を呑んで見守っている。
「開票率、10%」
**賛成(桜井案):55%**
**反対(佐藤案):45%**
「......桜井有利だ」
誰かが、呟いた。
優希は、拳を握りしめた。
「開票率、30%」
**賛成:53%**
**反対:47%**
「差が、縮まってきた......」
石橋副長官が、呟いた。
桜井は、腕を組んで見ている。
表情は、変わらない。
「開票率、50%」
**賛成:51%**
**反対:49%**
「二ポイント差......」
優希の手が、震えた。
「開票率、70%」
**賛成:50%**
**反対:50%**
「同率!?」
会議室が、ざわめいた。
優希は、モニターを見つめた。
「開票率、90%」
**賛成:49.8%**
**反対:50.2%**
「逆転した......!」
優希は、立ち上がった。
桜井の顔が、初めて歪んだ。
「開票率、95%」
**賛成:49.5%**
**反対:50.5%**
優希の心臓が、激しく打った。
「あと、五パーセント......」
「開票率、99%」
**賛成:49.3%**
**反対:50.7%**
「勝てる......勝てるかもしれない......」
優希は、拳を握った。
そして――
「開票率、100%」
全員が、息を呑んだ。
モニターに、最終結果が表示される。
---
**【最終結果】**
**賛成(桜井案):49.2%**
**反対(佐藤案):50.8%**
---
瞬間。
会議室が、静まり返った。
そして――
「やった......!」
優希は、叫んだ。
「勝った......! 僕たち、勝ったんだ......!」
石橋副長官も、立ち上がった。
「おめでとうございます、佐藤先生!」
会議室が、拍手に包まれた。
藤堂総理も、立ち上がった。
「佐藤君」
藤堂総理は、優希に歩み寄った。
「よくやった」
藤堂総理は、優希を抱きしめた。
「本当に、よくやった」
優希は、藤堂総理の胸で泣いた。
「ありがとうございます......ありがとうございます......」
---
桜井晋三は、一人で席に座っていた。
モニターを見つめている。
**反対:50.8%**
「......負けた」
桜井は、呟いた。
「俺が、負けた......」
桜井は、拳を握りしめた。
そして――
立ち上がった。
優希のもとへ歩く。
「佐藤優希」
「......桜井大臣」
優希は、桜井を見た。
桜井は、手を差し出した。
「おめでとう」
「......」
優希は、その手を握った。
「ありがとうございます」
「だが」
桜井は、優希の目を見た。
「これで終わりじゃない」
「......わかっています」
優希は、頷いた。
「僕は、結果を出さなければなりません」
「ああ」
桜井は、手を離した。
「期待しているぞ」
桜井は、会議室を出ていった。
---
**午後九時。在日外国人コミュニティセンター。**
リーたちは、テレビで結果を見ていた。
**反対:50.8%**
「勝った......」
リーは、呟いた。
「勝ったんだ......」
そして――
全員が、抱き合った。
「やった!」
「勝ったぞ!」
「信じられない!」
涙と笑顔が、混ざり合う。
パクは、天を仰いだ。
「神様......ありがとうございます......」
アフマドも、泣いていた。
「これで......自由が守られる......」
ワンは、チャンの肩を叩いた。
「お前のおかげでもあるぞ」
「俺だけじゃない」
チャンは、笑った。
「みんなのおかげだ」
リーは、スマートフォンを取り出した。
優希に電話をかける。
「もしもし」
『リーさん!』
優希の声は、興奮していた。
「おめでとうございます、佐藤先生」
『いえ、リーさんのおかげです』
「私たち、みんなのおかげです」
リーは、涙を拭った。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
『こちらこそ、ありがとうございます』
優希の声も、震えていた。
『一緒に、頑張りましょう』
「はい」
リーは、笑った。
「一緒に、頑張りましょう」
---
**午後十時。全国放送。**
藤堂総理が、緊急記者会見を開いた。
「国民の皆様」
藤堂総理の声が、響いた。
「本日行われた国民投票の結果をお知らせします」
カメラのフラッシュが焚かれる。
「賛成四十九・二パーセント、反対五十・八パーセント」
「よって――」
藤堂総理は、深呼吸をした。
「『新世界秩序法案』は、否決されました」
拍手が起こった。
「これは、国民の皆様の意思です」
藤堂総理は、カメラを見た。
「私たちは、この結果を尊重し、佐藤優希氏の提案する『段階的統合案』を採用します」
「具体的には――」
藤堂総理は、資料を見せた。
「統一政府ではなく、地域自治を尊重する」
「移動の自由は、制限しない」
「日本国民への統合は、強制しない。時間をかけて、自然に進める」
藤堂総理は、深く頭を下げた。
「国民の皆様、ご協力ありがとうございました」
---
**午後十一時。優希のマンション。**
優希は、ソファに座っていた。
隣には、美咲。
「勝ちましたね」
美咲が、笑った。
「......はい」
優希は、頷いた。
「でも――」
「でも?」
「これで、終わりじゃありません」
優希は、窓の外を見た。
「むしろ、ここからが始まりです」
「......そうですね」
美咲は、優希の手を握った。
「でも、大丈夫です」
「なぜ?」
「あなたには、仲間がいますから」
美咲は、笑った。
「私も、その一人です」
優希は、美咲を見た。
そして――笑った。
「......ありがとうございます」
優希は、美咲を抱きしめた。
「これから、一緒に頑張りましょう」
「はい」
二人は、抱き合ったまま――
夜景を見ていた。
---
**同時刻。桜井の執務室。**
桜井晋三は、一人で窓の外を見ていた。
「負けた......」
呟く。
「だが――」
桜井は、振り返った。
デスクには、別の資料。
『長期戦略・佐藤優希失脚計画(改訂版)』
「これで終わりじゃない」
桜井は、資料を手に取った。
「佐藤優希。お前が失敗するのを――」
桜井は、不敵に笑った。
「じっくり待つ」




