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第7章2

一月十五日、午前十時。東京・渋谷スクランブル交差点。


桜井晋三が、街頭演説を行っていた。


集まった聴衆は、約千人。


「国民の皆さん!」


桜井の声が、マイクを通して響いた。


「私たちは今、岐路に立っています」


桜井は、群衆を見回した。


「このまま、混乱を続けるのか。それとも、秩序を取り戻すのか」


拍手が起こった。


「佐藤優希氏は、『時間をかけて対話すべき』と言います」


桜井は、首を振った。


「しかし、その間に何が起こるか――」


桜井は、パネルを掲げた。


そこには、新宿での衝突事件の写真。


血を流した人々。


「衝突です。暴力です。混乱です」


桜井の声が、強くなった。


「時間をかければかけるほど、こうした事件は増えます」


「だから――」


桜井は、拳を握った。


「今すぐ、秩序が必要なんです」


「強いリーダーシップが、必要なんです」


拍手が、さらに大きくなった。


「『新世界秩序法案』。これは、皆さんの安全を守るための法案です」


「移動の制限? それは、治安維持のためです」


「中央管理? それは、資源の無駄をなくすためです」


「日本国民への統合? それは、差別をなくすためです」


桜井は、カメラを見た。


「この法案に、賛成してください」


「そして――」


桜井は、笑った。


「安心できる未来を、一緒に作りましょう」


大きな拍手が起こった。


---


**同時刻。大阪・梅田。**


優希も、街頭演説を行っていた。


集まった聴衆は、約五百人。


桜井の半分。


「皆さん、聞いてください」


優希の声は、緊張で震えていた。


「新世界秩序法案。確かに、効率的です。合理的です」


「でも――」


優希は、深呼吸をした。


「それは、人間を数字として扱うものです」


聴衆の反応は、薄い。


「人間は、データじゃありません。感情を持ち、文化を持ち、誇りを持つ存在です」


「それを無視した秩序は――」


優希は、拳を握った。


「本当の平和をもたらしません」


「佐藤さん!」


聴衆の一人が、手を上げた。


「でも、新宿で事件が起きたじゃないですか! 秩序がないから、ああなったんじゃないんですか!」


「......確かに」


優希は、頷いた。


「秩序は必要です。でも――」


「でも、じゃないです!」


別の聴衆が、叫んだ。


「私たちは、安全が欲しいんです! 理想論はいりません!」


ざわめきが起こった。


優希は、言葉に詰まった。


「......」


その時――


「待ってください」


声がした。


人混みの中から、リー・ジュンホが現れた。


「リーさん......」


「皆さん、聞いてください」


リーは、前に出た。


「私は、在日韓国人です。リー・ジュンホと言います」


「......」


「皆さんが求める『秩序』。それは、私たち在日外国人を管理するものです」


リーは、全員を見回した。


「移動の制限、日本国民への統合――これは、私たちの自由を奪うものです」


「でも、安全のためには必要でしょう!」


聴衆の一人が、反論した。


「安全......」


リーは、悲しそうに笑った。


「確かに、安全は大切です。でも、自由を失って得た安全は――」


リーは、拳を握った。


「檻の中の安全と、同じです」


沈黙。


「私たちは、人間です」


リーの声が、震えた。


「管理される存在ではありません」


「だから――」


リーは、優希を見た。


「佐藤先生の案に、賛成してください」


「時間をかけて、対話して、お互いを理解する」


「それが――」


リーは、全員を見回した。


「本当の平和への道です」


拍手が起こった。


小さいが、温かい拍手。


優希は、リーを見た。


「リーさん、ありがとうございます」


「いえ」


リーは、笑った。


「これは、私たちの戦いでもありますから」


---


**一月十八日。全国放送・討論番組。**


桜井と優希が、テレビ討論に出演していた。


司会者が、二人に質問する。


「では、まず桜井大臣から。なぜ、今すぐ秩序が必要なんですか?」


「ありがとうございます」


桜井は、カメラを見た。


「理由は単純です。混乱が、続いているからです」


桜井は、データを見せた。


「犯罪率、十五パーセント増」


「資源の無駄、三十パーセント」


「治安への不安を感じる人、六十五パーセント」


桜井は、カメラを見た。


「これが、現実です」


「そして――」


桜井は、優希を見た。


「佐藤氏の言う『対話』では、この問題は解決しません」


「対話には、時間がかかります。その間、混乱は続きます」


「だから――」


桜井は、拳を握った。


「今すぐ、強い秩序が必要なんです」


拍手が起こった。


「では、佐藤先生」


司会者が、優希を見た。


「桜井大臣の主張に、どう答えますか?」


「......はい」


優希は、深呼吸をした。


「確かに、混乱はあります。でも――」


優希は、別のデータを見せた。


「この混乱は、一時的なものです」


グラフを表示する。


「犯罪率の推移を見てください」


「確かに増えています。でも――」


優希は、グラフの先を指した。


「最近は、横ばいになっています」


「つまり、落ち着き始めているんです」


「それは――」


桜井が、口を挟んだ。


「まだ、不十分だ」


「確かに」


優希は、頷いた。


「でも、強制的な秩序で解決するより――」


優希は、カメラを見た。


「時間をかけて、根本から解決する方が、持続可能です」


「持続可能?」


桜井は、冷笑した。


「その間に、何人が傷つくんだ?」


「......」


「答えられないだろう」


桜井は、カメラを見た。


「国民の皆さん。佐藤氏は、理想を語ります。でも、現実は厳しい」


「私たちに必要なのは――」


桜井は、拳を握った。


「理想ではなく、結果です」


大きな拍手。


優希は、何も言えなかった。


---


**討論後。楽屋。**


優希は、一人でソファに座っていた。


「負けた......」


呟く。


桜井の方が、説得力があった。


データも、論理も、全て桜井の方が強かった。


「僕は......何を言えばいいんだ......」


ドアが開いた。


美咲が入ってきた。


「佐藤先生」


「早川さん......」


「今の討論、見ました」


美咲は、優希の隣に座った。


「正直、厳しかったですね」


「......はい」


優希は、頭を抱えた。


「僕、桜井大臣に勝てません」


「勝てない......」


「だって、桜井大臣の方が正しいんです」


優希は、顔を上げた。


「データも、論理も、全部桜井大臣の方が強い」


「僕は......感情論しか言えない」


「......」


「それじゃ、国民は納得しません」


優希は、拳を握った。


「国民投票、負けます」


美咲は、しばらく黙っていた。


そして――


「佐藤先生」


「はい」


「あなたは、何のために戦っているんですか?」


「......何のため?」


「ええ」


美咲は、優希を見た。


「桜井大臣に勝つため?」


「いえ、そうじゃ――」


「では、何のため?」


優希は、考えた。


何のため......


「......在日外国人を守るため」


「なぜ?」


「なぜって......」


優希は、言葉を探した。


「彼らも、人間だから」


「そう」


美咲は、笑った。


「それが、答えです」


「答え......?」


「ええ」


美咲は、優希の手を握った。


「あなたは、データや論理で戦っているんじゃない」


「人間の尊厳のために、戦っているんです」


「......」


「それは、感情論じゃありません」


美咲の声が、優しくなった。


「それこそが、人間として最も大切なことです」


優希は、美咲を見た。


「でも、それじゃ国民は――」


「伝わりますよ」


美咲は、自信を持って言った。


「あなたの誠実さ、優しさ――それは、必ず伝わります」


「......」


「だから」


美咲は、優希を抱きしめた。


「自信を持ってください」


優希は、美咲の温もりを感じながら――


涙が溢れた。


「早川さん......」


「泣いてもいいですよ」


「......ありがとうございます」


---


**一月二十日。SNS上。**


国民投票まで、残り十二日。


SNSでは、激しい議論が交わされていた。


**桜井支持派:**

『秩序が必要! 佐藤は甘すぎる』

『現実を見ろ。理想論じゃ世界は変わらない』

『桜井大臣に投票する。安全第一』


**優希支持派:**

『人権を守れ! 桜井は独裁者だ』

『時間をかけるべき。急ぐと失敗する』

『佐藤先生を信じる。彼は誠実だ』


世論調査の結果:


**桜井支持:58%**

**優希支持:35%**

**未定:7%**


圧倒的に、桜井有利。


---


**同日、午後八時。優希のマンション。**


優希は、世論調査の結果を見ていた。


「58対35......」


呟く。


「二十三ポイント差......」


スマートフォンが鳴った。


健吾からだ。


「もしもし」


『よう、優希。世論調査、見たか?』


「......見ました」


『厳しいな』


「はい」


優希は、窓の外を見た。


「もう、無理かもしれません」


『バカ言うな』


健吾の声が、強くなった。


『まだ、十二日ある』


「でも――」


『でも、じゃねえ』


健吾は、笑った。


『お前、諦めるのか?』


「......」


『リーさんも、パクさんも、アフマドさんも――みんな、お前を信じてる』


「わかっています」


『なら、最後まで戦えよ』


健吾の声が、優しくなった。


『俺も、お前を信じてるからな』


「健吾さん......」


『じゃあな。明日も頑張れよ』


電話が切れた。


優希は、スマートフォンを握りしめた。


「そうだ......諦めちゃいけない」


優希は、立ち上がった。


「まだ、十二日ある」


優希は、拳を握った。


「やれることを、全部やる」


---


**一月二十五日。国立競技場。**


優希は、最後の大規模集会を開いた。


集まったのは、約二万人。


桜井の集会(五万人)の半分以下。


でも――


優希は、ステージに立った。


「皆さん」


優希の声が、響いた。


「国民投票まで、残り一週間です」


「世論調査では、私は負けています」


優希は、正直に言った。


「でも、私は諦めません」


優希は、全員を見回した。


「なぜなら――」


優希は、拳を握った。


「私は、信じているからです」


「何を、ですか?」


誰かが、尋ねた。


「人間の善意を、です」


優希は、笑った。


「人間は、データじゃありません」


「効率だけで動く存在でもありません」


優希は、胸に手を当てた。


「人間には、心があります」


「他者を思いやる心」


「弱い者を守ろうとする心」


「そして――」


優希は、全員を見回した。


「違いを認め合う心」


「それが――」


優希の声が、震えた。


「人間の、最も美しいところです」


沈黙。


そして――


拍手が起こった。


最初は小さく。


でも、徐々に大きくなる。


スタンディングオベーション。


優希は、その光景を見て――


涙が溢れた。


「ありがとう......みんな......」

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